第二十三話 最後の亀裂
最初に動いたのは、エレナだった。
光の障壁が五人の前へ広がる。
見えない衝撃がぶつかり、広間の床がめくれた。障壁の内側だけが残り、左右の石柱は途中から砕けている。
「広がって!」
エレナが叫ぶ。
五人は決めていた位置へ散った。
カイルとソラが正面。
ガレスは左の柱の陰へ走り、拘束具を床へ打ち込む。
リタは右へ回り、魔王の周囲へ魔力を広げた。
「遅い」
魔王が指を動かす。
黒い刃が床から生えた。
カイルが盾を下ろし、一本を受ける。ソラは横へ避け、魔王の懐へ入った。
剣を振るう。
魔王の腕へ届く直前、黒い魔力が刃を止めた。
老人は触れてもいない。
「剣士が二人。つまらぬ」
黒い力が弾け、ソラの身体を押し返す。
カイルが受け止めた。
「足を止める!」
ガレスが床の拘束具を起動する。
四本の鎖が魔王の足首へ巻きついた。魔導火薬が弾け、鎖を床へ縫い止める。
同時に、リタは土を盛り上げた。
鎖の杭を石で包み、抜けないように固定する。
「この程度で」
魔王が片足を上げる。
床ごと石が割れた。
一本目の鎖が切れる。
ガレスはもう次を準備していた。
矢が二本、魔王の肩と腰へ飛ぶ。刺さる直前に割れ、中から細い鋼線が広がった。
リタが風を巻きつけ、鋼線を身体へ寄せる。
カイルの盾が正面からぶつかった。
ソラの剣が、今度は魔王の脇腹を浅く切った。
黒い血が落ちる。
老人の顔から笑みが消えた。
「虫どもが」
広間すべての魔力が、魔王へ吸い寄せられた。
リタの風が消える。
エレナの障壁まで薄くなる。
「伏せて!」
白と黒の光が広間を満たした。
エレナは障壁を半球へ変え、五人を包んだ。
光がぶつかる。
甲高い音が続いた。
障壁の表面に、細い亀裂が入る。
リタは杖を床へ突き立てた。
障壁の外側へ、土の柱を三本立てる。光そのものを直すことはできない。せめて、押し寄せる力の一部を石へ逃がす。
一本目が砕けた。
二本目には、黒い染みが広がった。
「触らんで!」
エレナが叫ぶ。
「呪いです!」
リタは伸ばしかけた魔力を引いた。
呪いを薄める技術は持っている。だが、魔王の呪いへ直接触れれば、自分まで内側から壊される。
エレナの光が二本目の柱だけを包んだ。
黒い染みが止まる。
「浄化に回す分、障壁が薄くなります!」
「柱は捨ててええ!」
リタは土の魔法を解いた。
石が崩れ落ちる前に、カイルが盾で破片を外へ押し出す。
ソラはその隙間から飛び出し、魔王へ斬りかかった。
一人の術を一人で支える余裕はない。
エレナが呪いを止め、リタが形を捨て、カイルが道を空け、ソラが次の一撃へつなぐ。
それでも、魔王を傷つけるには足りなかった。
黒い力が二度目の波になって押し寄せる。
エレナは五人を包む障壁を保ったまま、その外側へ薄い光を重ねた。
衝撃の向きだけを逸らす、使い捨ての受け流し層だった。
重ねた位置は、傷のあるカイルの正面に寄っている。
「俺の前へ寄せるな!」
「嫌です」
「お前の魔力が減る!」
「あなたが倒れれば、前がなくなります」
「お前が倒れても同じだ!」
「では、どちらも倒れないようにしてください!」
エレナが声を荒らげた。
カイルは一瞬だけ彼女を見た。
「分かった」
それ以上は争わず、盾を構えた。
二度目の衝撃が来る。
外側の受け流し層へ、亀裂が一気に走った。
薄い光は砕けた。
黒い風の向きがずれ、広間の天井と床を削る。
逸らしきれなかった力が、五人を包む障壁へぶつかった。
ガレスが床へ伏せ、カイルがリタの前へ盾を置いた。
本障壁の亀裂が深くなる。
それでも、光は五人を包んだまま残った。
エレナの膝が揺れたが、倒れない。
「エレナ!」
カイルが駆け寄ろうとする。
「前を見て!」
エレナの声が飛ぶ。
魔王は拘束を引きちぎり、こちらへ歩いていた。
ガレスが最後の鎖を手にする。
「もう一度止める!」
柱の陰から飛び出した。
魔王の足元へ鎖を投げ、自分の腰にある巻き取り具へつなぐ。
「ガレス、離せ!」
カイルが叫んだ。
「離したら止まらん!」
ガレスの足が床を滑る。
巻き取り具を外せば逃げられる。だが拘束も緩む。
魔王が手を向けた。
リタは火球を放つ。
老人の注意が一瞬こちらへ向いた。
その隙にソラが鎖をつかみ、ガレスと共に引いた。
「手を離してください」
「お前まで何を――」
「私が持ちます」
「一人で持てる相手じゃない!」
「分かっています」
黒い刃が飛ぶ。
カイルの盾が間へ入った。
刃は盾を貫き、肩当てまで届いた。
カイルが膝をつく。
「カイル!」
エレナの障壁が二人の前へ滑り込んだ。
二撃目がぶつかる。
亀裂が広がった。
エレナの口元から血が落ちる。
それでも障壁は消えない。
リタは魔王へ魔法を撃ち続けた。
火を防がれれば水。水を散らされれば土。風で視界を遮り、光で影を消す。
どれも傷を与えられない。
ただ、魔王がガレスとエレナへ向けるはずの力を、少しずつこちらへ引くだけだった。
「半端な術ばかりを」
魔王が吐き捨てる。
黒い魔力が杖へ向かってくる。
リタは土の壁を作った。
一枚目が砕ける。
二枚目も。
三枚目で勢いが落ち、風で横へ逸らした。
腕の中を、熱いものが走る。
魔力回路が無理を訴えていた。
一つ一つは大きな魔法ではない。それでも切れ目なく系統を替え続ければ、身体への負担は積もる。
「リタ!」
ソラの声がした。
「まだいける!」
「そうではありません!」
彼は鎖をガレスへ戻し、魔王へ走った。
剣が黒い魔力とぶつかる。
一度、二度。
三度目で刃が折れた。
ソラは短くなった剣を握ったまま、魔王の腕をつかむ。
老人の目が細くなる。
「その身体……」
何かを感じたようだった。
だが、次の瞬間には魔力を爆発させ、ソラを振り払う。
「邪魔だ」
身体が宙へ浮いた。
リタは風を放ち、壁へ叩きつけられる前に受け止めた。
ソラが床へ落ちる。
薄い魔力の膜が大きく揺れた。
「もう剣では無理じゃ!」
リタが叫ぶ。
「分かっています」
ソラは立ち上がった。
折れた剣を捨てる。
エレナの障壁は、今にも割れそうだった。
ガレスは腰の巻き取り具へ手をかけている。鎖を自分から外すためではない。残った魔導火薬へ、まとめて火を入れる位置だった。
カイルは血の流れる肩で盾を持ち直す。
リタの腕では、魔力回路の痛みが消えない。
このまま続ければ、誰かが死ぬ。
ソラがリタを見た。
「あの拘束を、もっと大きく作れますか」
「作っても、うちの魔力じゃもたん」
「形を作ってください」
ソラの身体を覆っていた膜が、ゆっくりと広がった。
その内側から、押し隠されていたものが現れる。
広間の空気が震えた。
リタは息を忘れた。
これまで感じたことのないほど、巨大な魔力だった。
「力は、私が入れます」




