第一話 自称大魔導士
「大魔道士リタ、魔王をぶちのめして帰ってくるけえ! みんな、ええ子にして待っときんさい!」
レグナ王国の西門前で、リタは馬上から高らかに宣言した。
見送りに集まった人々が、わっと沸く。
半分は歓声で、残りの半分は笑い声だった。少なくとも、泣いて送り出されるよりはずっといい。
「国家の命運を担う出立で、よくそこまでふざけられるな」
隣で白銀の鎧を着たカイルが言った。
リタは胸を張った。
「ふざけとらん。大魔道士が魔王を倒しに行く、最初から最後まで本当の話じゃ」
「大魔道士の部分だけ審議が必要ですね」
聖女エレナが柔らかく付け加える。
「却下じゃ、却下。聖女のくせに信心が足りん」
「私は神殿の聖女ですから。リタを信仰する役目はありません」
「ほら見てみい、ガレス。これが長年一緒にやってきた仲間の態度じゃ」
名を呼ばれた斥候は、門の脇に立ったまま街道の先を眺めていた。使い込んだ革鎧に、短弓と二本の短剣。王都の華やかな門前には、いまひとつ似合わない姿だ。
「俺に振るな。信仰するなら、もう少し御利益のありそうな相手を選ぶ」
「魔王を倒して世界を救う予定の女より、御利益ある相手がおるんか」
「予定の段階なら大勢いる」
カイルが馬の首を西へ向けた。
「そろそろ行くぞ。予定を実績に変えなければ、ガレスの信仰心は得られないらしい」
「要らんわ、こんなひねくれた信徒」
再び笑いが起こった。
人垣の前から、小さな手が上がった。
十歳にもならない男の子が、父親の袖を握ったままリタを見上げている。声を出しかけては飲み込み、それでも手だけは下ろさなかった。
リタは馬を一歩寄せた。
「なんね。大魔道士に質問?」
父親が慌てて頭を下げる。
「申し訳ありません。西の村から避難してきたばかりで」
「子どもの質問に謝らんでええよ」
リタが身を屈めると、男の子はようやく口を開いた。
「魔王を倒したら、父さんの畑も返ってくる?」
門前の笑いが、わずかに静まった。
簡単に約束できることではない。
魔王を倒しても、焼けた家や畑が元へ戻るわけではない。戦争が終わったあとに、どれほどの時間がかかるかも分からない。
それでも男の子が聞いているのは、王国の復興計画ではなかった。
「返しちゃる」
リタは答えた。
「畑も家も、また帰れるようにしちゃる。うちら四人で、そのために行くんじゃ」
「絶対?」
「大魔道士の言葉を疑うん?」
男の子は首を振った。
「なら大丈夫。帰ったら、あんたんとこの野菜を一番に食べさせて」
「うん」
やっと子どもらしい返事が返った。
父親は何も言わず、深く頭を下げた。
リタが身体を起こすと、カイルが横目でこちらを見ていた。
「何よ」
「約束を増やすな」
「あった方が帰る理由になるじゃろ」
カイルは一度だけ男の子を見た。
「違いない」
その笑いの向こうに、不安を隠しきれない顔がいくつもあることを、リタは見ていた。
西から届く報せは、日を追うごとに悪くなっている。
国境の砦は二つ落ちた。ヴァルド魔王国の軍はレグナ領内へ入り、王国軍はエルザ河の防衛線でどうにか侵攻を食い止めている。河を越えられれば、魔王軍が王都へ達するまでに大きな城塞は残っていない。
正面から軍をぶつけ続けても、いずれ押し切られる。
だから王国は、軍同士が戦っている間に少数で敵地へ入り、侵略の中心である魔王を直接討つことにした。
選ばれたのが、リタたち四人だった。
門前に整列していた兵のひとりが、筒に入った書状をカイルへ差し出した。
「前線から今朝届いたものです。南の旧街道は、まだ敵の監視が薄いと」
「分かった。将軍には予定どおり進むと伝えてくれ」
「ご武運を」
兵は拳を胸へ当てた。
カイルが同じ礼を返す。その横で、エレナは見送りの人々へ静かに頭を下げた。ガレスはいつの間にか門の外へ出て、道端の土を靴先で確かめている。
リタだけが、最後まで馬上で偉そうにしていた。
四人の誰も、駆け出しではない。
カイルは王国騎士団でいくつもの防衛戦を経験し、エレナは流行り病に沈んだ三つの町を救った。ガレスは国境地帯で十年以上生き延び、地図から消えた道さえ見つけ出す。
そしてリタは、火、水、風、土、そのほか細々とした術を人より少しずつ上手く扱えた。
少し魔力が多い。少し威力が高い。少し制御が上手い。覚えている術も少し多い。
どれか一つを競えば、その道の専門家には負ける。
それでも、何が起こるか分からない旅へひとり連れていくなら便利だと、そういう理由で選ばれた魔法使いだった。
本人としては、その評価には大いに不満がある。
「カイル」
門を抜けたところでリタが呼ぶと、先頭の騎士が振り返った。
「なんだ」
「さっきの兵、うちのこと便利じゃ言うた目で見とらんかった?」
「見ていない。そもそも一言も話していないだろう」
「目で言うた」
「被害妄想です」
エレナが即答した。
ガレスは街道の先を見たまま、片手だけを上げる。
「静かにしてくれ、大魔道士。王都を出た瞬間から、俺の仕事は始まってる」
「はいはい。うちがおらんときに寂しゅうなっても知らんけえね」
「魔王城までずっといるだろうが」
西門が背後で小さくなっていく。
街道の両脇には、刈り入れを待つ麦畑が広がっていた。風が吹くたび、金色の穂が波のように傾く。そのさらに向こうでは、兵糧を積んだ荷車が何台も西へ進んでいた。
戦争はまだ遠くにあるように見える。
けれど東へ向かう荷車には、家財道具を積んだものが混じっていた。西の村や町から逃げてきた人々だ。
幼い子を抱いた女が、すれ違いざまに一行を見上げた。
リタと目が合う。
女は何も言わなかった。ただ、抱いた子を少し強く胸へ寄せた。
リタは片手を上げてみせた。
笑ってみせると、女もほんの少しだけ頭を下げた。
「戻るぞ」
カイルが前を向いたまま言った。
「何が?」
「四人でだ」
リタは目を瞬いた。
カイルはそれ以上説明しない。エレナが小さく笑い、ガレスは聞こえなかったふりをしている。
さっきの女の顔を見て、カイルも同じことを考えたらしい。
「当たり前じゃろ」
リタは馬の腹を軽く蹴った。
「誰に言いよるん。大魔道士がおるんじゃけえ、魔王の方が逃げ出すわ」
今度は、カイルも否定しなかった。
四人は西へ進んだ。
それは剣を持ったばかりの若者が、名を上げるために出る旅ではない。
戦い方を知る者たちが、帰れないかもしれない場所へ、それでも帰るつもりで向かう旅だった。




