第十六話 砦の裏口
五人は夜明け前に村を出た。
炭鉱の奥へ入り、使われていない坑道を西へ進む。
ミラから借りた坑道図は古く、崩落が書き込まれていない場所も多かった。先頭のガレスが空気と足場を確かめ、印を残す。エレナの光は布で覆い、足元だけを照らした。
「敵より先に、山に潰されそうじゃね」
リタは低い天井を見上げた。
「縁起でもないことを言うな」
「言わんかったら潰れんの?」
「少なくとも、聞かずには済む」
カイルの背後で、ソラが天井を避けて屈んでいる。
「あんたは特に気ぃつけんさい。頭ぶつけたら、山が崩れるよ」
「私のせいですか」
「今んとこ一番大きいけえ」
「理不尽ですね」
二刻ほど進み、坑道は行き止まりになった。
崩れた壁の上に、木で塞がれた縦穴がある。
ガレスが梯子を上り、板の隙間から向こうを確かめた。
「貯蔵庫だ。人はいない」
板を外し、一人ずつ砦の中へ入る。
穀物袋と酒樽が積まれた、薄暗い部屋だった。扉の向こうから兵の話し声が聞こえる。
目的は砦を落とすことではない。
西側の門を抜け、城下へ続く道へ出る。見つからないのが最善だった。
全員が縦穴から出る前に、扉の鍵が鳴った。
「戻れ」
ガレスが息だけで言う。
エレナは梯子へ片足をかけたところだった。リタがその肩を押し、穴へ戻す。
カイルとソラはもう貯蔵庫の中にいる。
隠れられる場所は、穀物袋と酒樽の間しかない。
ソラが穀物袋を二つ持ち上げ、その後ろへカイルが入った。袋を戻すと、肩幅ほどの隙間に大柄な男が二人、無理やり収まる。
リタは積まれた木箱の陰へ滑り込んだ。
扉が開く。
入ってきたのは、兵ではなかった。
帳面を抱えた少年と、腰の曲がった倉庫番だった。
「南の隊へ、麦をあと十袋だ」
「昨日も出しました」
「だから数が合わん。盗んでる奴がいる」
倉庫番はぶつぶつ言いながら、穀物袋を数え始めた。
一、二、三。
カイルとソラを隠す列へ近づいてくる。
リタは木箱の隙間から、ガレスの手を見た。
彼は棚の向こうへ伏せ、指を二本立てている。
二人とも気絶させる。
カイルが袋の陰で剣の柄へ手をかけた。
そのとき、少年が入口の樽へ足を引っかけた。
空の木杯が床へ落ちる。
乾いた石の上へ当たる直前、止まった。
ソラの手が、穀物袋の隙間から伸びている。
杯をつかみ、音もなく床へ置いた。
少年も倉庫番も、帳面を見ていて気づかない。
倉庫番は九袋まで数え、そこで外から呼ばれた。
「爺さん! 北の馬車が着いたぞ!」
「今行く!」
数えかけの列へ指を向ける。
「お前、残りを数えとけ」
「一人でですか」
「数くらいできるだろうが」
倉庫番が出ていく。
少年は嫌そうに帳面を開き、また一から数え始めた。
ガレスの指が一本になる。
リタは杖を使わず、床の小石を拾った。
棚の奥へ投げる。
小さな音がした。
少年が振り返る。
ガレスが背後へ回り、口を塞いだ。首の横を押さえると、少年の力が抜ける。
エレナが穴から出てきて、脈を確かめた。
「眠っているだけです」
カイルとソラが袋の陰から出る。
「今、杯を取ったのは見えたけど」
リタはソラへ囁いた。
「あれ、誰が落とすか分かっとったん?」
「いいえ。動いたので」
「動いたけえ取れる速さじゃなかったよ」
「落ちる場所は分かりました」
身体の速さと、目のよさ。魔法を使った気配はない。
「話はあとだ」
ガレスが少年を縦穴の横へ寝かせ、毛布をかけた。
「倉庫番が戻る前に出る」
ガレスが扉をわずかに開けた。
廊下に人影はない。
五人は二列になって進んだ。前をガレスとカイル、中央にリタとエレナ、後ろをソラが守る。
一つ目の角で、足音が近づいた。
ガレスが脇の小部屋を開ける。
全員が滑り込んだ直後、二人の兵が廊下を通った。
「王都の連中、本当にここまで来てると思うか?」
「関所の隊が戻らない。何かあったんだろう」
声が遠ざかる。
「もう伝わっとるね」
リタが囁いた。
「捕虜が見つかるのが早すぎたか」
「馬で知らせたなら、計算は合う」
ガレスは戸を開け、先へ進んだ。
最初の階段は、上から兵が下りてきた。
二つ目は、中ほどの床板が抜けていた。
五人は洗濯場へ回り、干された軍服の間を抜けた。濡れた布が顔へ張りつき、リタはくしゃみを飲み込む。
出口の先には、炊事場があった。
鍋を洗う音と、怒鳴り声が聞こえる。昼の支度には遅く、夜には早い。それでも十人以上が働いていた。
「中庭へ出るしかない」
ガレスが壁の小窓を指す。
炊事場を横切らず、外の薪置き場へ出られる。だが窓は、人が通るには狭い。
ソラなら壁ごと壊せるかもしれないが、音が出る。
リタは窓枠の釘へ触れた。
熱を流す。木を焦がさず、鉄だけを少しずつ膨らませる。
釘が緩んだところを、ガレスが細い刃で抜いた。
カイルとソラが枠を持ち上げ、音を立てずに外す。
「なんでもできるんですね」
ソラが小声で言った。
「ちょっとずつね」
「窓を外す魔法も習ったんですか」
「そんな魔法あるわけないじゃろ。鉄を熱うしただけ」
「では、用途を考えたのはリタです」
「そこ褒めるとこ?」
「違いますか」
「合うとるけど、今は先行きんさい」
一人ずつ薪置き場へ下りる。
最後のリタが枠を戻したとき、炊事場から扉の開く音がした。
全員が薪の陰へ伏せる。
料理人は汚れた湯を捨て、こちらを見ずに戻っていった。
五人は同時に息を吐いた。
砦は古い王国式の造りだった。
廊下を二度曲がれば中庭へ出る。そこを横切り、反対側の兵舎を抜ければ西門だ。
中庭には十人ほどの兵がいた。
訓練ではない。出発の支度をしている。鎧を身につけ、馬へ荷を結びつけていた。
「このままじゃ渡れんな」
カイルが壁の陰から様子を見る。
「上を行く」
ガレスが頭上を指した。
回廊の屋根へ、雨水を流すための太い梁が渡っている。人が歩く場所ではないが、中庭を迂回できる。
「エレナから。次にリタ」
裏階段を上り、屋根へ出た。
瓦は乾いている。音を立てないよう、梁の上を四つん這いで進む。
「大魔道士が見せてええ格好じゃないね」
リタは前を行くエレナの足元へ小声で言った。
「下へ降りて堂々と歩きますか」
「遠慮しとく」
半分まで渡ったところで、下の馬が鼻を鳴らした。
一頭が頭を上げ、屋根を見た。
ソラの足元で、瓦が小さく鳴る。
兵が振り返った。
「誰だ!」
矢が飛んだ。
エレナの障壁が屋根の縁に広がり、矢を弾く。
「走れ!」
ガレスが叫んだ。
五人は梁を駆けた。
術師が中庭へ出てくる。黒い火が屋根へ当たり、瓦が弾けた。
足場が崩れる。
リタは風を下へ叩きつけ、落ちる身体を押し戻した。前のエレナへ手を伸ばす。
指が届く前に、背後から腰をつかまれた。
ソラだった。
片手で梁をつかみ、もう片方でリタを引き上げる。
「エレナを!」
「カイルがいます」
前を見ると、カイルがエレナの腕をつかみ、屋根の向こう側へ引き上げていた。
「全員おるね!」
「いる。進め!」
屋根から二階の窓へ飛び込む。
隠れて通る道はなくなった。
カイルとソラが廊下へ出て、追ってきた兵を押し返す。エレナが後ろへ障壁を張り、リタは扉の蝶番を熱して歪めた。
「西門まで二階を行く!」
ガレスが先導する。
階下では警鐘が鳴り始めた。
角を曲がるたび、敵が増える。
狭い廊下では、一度に戦える人数が限られる。カイルの盾が道を作り、ソラの剣が左右を抑えた。リタは床を滑らせ、壁から水を噴かせ、敵の足を止める。エレナの光が味方の傷だけを塞ぐ。
五人の仕事が、途切れずにつながった。
西門の上へ出る。
下では門扉が閉まり始めていた。
「飛ぶぞ」
ガレスが外壁へ縄を掛ける。
エレナ、リタの順に下りる。
カイルが続こうとしたとき、廊下の奥から紫の光が走った。
ソラが丸盾を上げる。
光が盾を砕いた。
破片が散り、ソラの身体が壁へ叩きつけられる。
「ソラ!」
リタは縄へ手を掛けたまま叫んだ。
ソラは立ち上がった。
左腕から血が流れている。
「下りてください!」
カイルが大盾を構え、次の光を受ける。
「先に行け!」
ソラは砕けた盾を捨て、右手だけで剣を握った。
魔法の気配はない。
あの薄い膜は全身を覆ったままなのに、彼は剣しか使わなかった。
三人が縄を下りる。
最後にカイルが飛び降り、エレナの障壁が落下を受け止めた。
五人は砦の外へ出た。
だが、警鐘は山中へ鳴り響いている。
逃げ切ったとは、まだ言えなかった。




