↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自称大魔導士と空の名前  作者: 白瀬余白


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/46

第十四話 それでも前へ

ガレスが崖を下りる場所を見つけたのは、日が山へ隠れる直前だった。


「下に古い作業道がある」


戻ってきた彼の手は、泥と苔で汚れていた。


「炭鉱の水を流していた跡だ。谷底を半里進めば、術式の向こう側へ出られる。ただし、途中で水路が切れてる」


「幅は?」


カイルが尋ねる。


「十二歩くらい。下は川だ。流れが速い」


飛んで越えられる距離ではない。


術式を解くのは無理でも、谷を越える方法なら考えられる。


リタは紙を裏返し、簡単な図を描いた。


「向こう岸に木は?」


「ある」


「ガレスの矢で縄を渡せる?」


「届くが、人の重さには耐えない」


「最初は細い縄でええ。それを使って太いのを引っ張る。向こうで固定する人が要るね」


「誰が渡る」


全員がソラを見た。


「私ですね」


「そうじゃね」


「異論はない」


「適任です」


「俺より重いが、落ちても助かりそうだからな」


ガレスまで続いた。


ソラは特に不満を見せなかった。


「どうやって渡りますか」


「そこを今から考える」


「まだ決まっていなかったんですね」


「適任だけ先に決まった」


夜は崖の上で休んだ。


翌朝、五人は荷を分けて谷底へ下りた。


作業道は崖へ打ち込まれた石の棚だった。人ひとりが歩ける幅しかなく、横では白く泡立つ川が流れている。


切れた場所まで来ると、対岸の水路が遠く見えた。


ガレスが細い縄を矢へ結ぶ。


「風は」


「右から左」


リタは濡れた指を上げた。


「うちが抑える。いつでも」


ガレスの矢が放たれた。


同時に、リタは谷を横切る風を一瞬だけ止める。


矢は対岸の木を越え、細い縄を運んだ。


その縄で少し太い縄を引き、さらに人の重さへ耐える綱へ替える。こちら側はカイルが岩へ固定した。


問題は、向こう側だった。


綱は木の幹へ回しただけで、締める者がいない。


「これを伝っていくん?」


ソラが綱を引いた。


「途中までは」


リタは杖を水路の端へ向けた。


土の魔法で、残った石材を少しずつ前へ押し出す。橋にはならない。せいぜい、二歩分の足場だった。


「足場の先から綱へ飛びつく。振り子みたいに向こうへ。届かん分は風で押す」


「私が重すぎた場合は?」


「川で泳ぐ」


「泳げます」


「冗談よ。落とさん」


ソラは剣と盾を置き、最低限の荷だけを背負った。


綱を両手で握る。


「合図したら」


「はい」


「三、二、一!」


石の足場を蹴り、ソラの身体が谷へ出た。


綱が大きくしなる。


結び目が軋み、木の幹から少しずれた。


「重っ!」


「今言うことか!」


カイルがこちら側の綱を支える。


ソラが最も低い位置へ来た瞬間、リタは風を放った。


人を持ち上げるほど強くはない。落ちる方向を、わずかに横へ変えるだけだ。


ソラの足が対岸の石壁へ着いた。


一度滑る。


腕だけで身体を支え、もう一度足をかけた。そのまま綱を上り、水路の縁へ手を伸ばす。


届いた。


対岸へ上がったソラが、木へ綱を結び直す。


「もう大丈夫です」


谷越しに声が響いた。


最初に、荷を渡した。


剣や盾、薬箱、食料を二つずつ袋へまとめる。濡らせない物は油布で二重に包んだ。


ガレスがこちらで滑車を確かめ、ソラが対岸から引く。


一袋目は無事に渡った。


二袋目が谷の中央まで来たとき、上から小石が落ちた。


袋へ当たり、回転する。結び目が綱へ食い込んだ。


「止めて!」


エレナが障壁を頭上へ張る。


透明な光へ小石がぶつかり、川へ落ちた。


「崖が緩んどる」


リタは上を見た。


昨夜の雨で、岩の隙間の土が柔らかくなっている。大きな振動を与えれば、綱ごと崩れかねない。


「急いだ方がいいですね」


エレナの声は落ち着いていたが、障壁へ次々に石が当たっている。


荷を渡し終え、次は人だった。


「私から行きます」


エレナが滑車へ身体を固定する。


「障壁は?」


カイルが尋ねた。


「自分の頭上だけなら、渡りながら維持できます」


「無理だと思ったら切れ。魔力を使い切るな」


「分かっています」


リタが脇から言う。


「カイルはエレナのことになると、うちより心配性じゃね」


「今言うことか」


「今じゃないと、あとで言いにくいじゃろ」


エレナが滑車へぶら下がったまま、二人を見た。


「送っていただいてよろしいですか」


「はい」


カイルが即座に綱を押す。


エレナの身体が谷へ出た。


小さな障壁が彼女の頭上だけを追い、落石を左右へ弾く。半分を過ぎたところで光が揺れた。


ソラが綱を引く速度を上げる。


対岸へ着いたエレナは、自分より先に薬箱の結び目を確かめた。


「無事です」


「どっちが?」


「両方です」


カイルが息を吐く。


次はリタだった。


「うち、飛んだ方が早くない?」


「さっきソラ一人を押しただけで、ずいぶん魔力を使っただろう」


カイルが言う。


「滑車を使え」


「分かっとるよ」


胴へ縄を回す。腰の横で金具が鳴った。


川を見下ろした途端、思ったより遠く感じた。


ソラが渡るのを見ていたときは、風の向きと綱の動きしか考えていなかった。自分の身体が宙へ出るとなると、下の白い流れが急に現実味を持つ。


「リタ」


対岸からソラが呼んだ。


「何よ」


「落としません」


昨日、自分が言った言葉だった。


「分かっとる。うちの作戦じゃけえね」


強がってから、滑車へ体重を預ける。


カイルが背中を押した。


足場が離れる。


川の音が全身を包んだ。


滑車が小さく跳ねるたび、指へ力が入る。途中で風が吹き上がり、外套が顔へ張りついた。


対岸に近づく。


ソラが片腕を伸ばした。


リタはその腕をつかみ、石棚へ引き上げられた。


「ほら、余裕じゃった」


「目を閉じていました」


「風が強かったんよ」


「そうですか」


笑っている。


リタは脇腹を一度小突いた。


「落とさん言うた人が笑わんの」


「もう渡り終えたので」


「ほんま意地悪になったね、あんた」


続いてカイルが渡った。


対岸へ着くなり、エレナが肩の留め具を外す。カイルは礼を言ったあと、彼女の手に擦り傷がないかを確かめた。


最後にガレスが残った。


こちら側の固定を解けば、綱を張る者がいなくなる。


彼は回収用の細縄を結び、太い綱を岩から外した。自分の身体を古い鉄輪へ通した短い縄で支え、崖沿いに移る。


「それ、最初からできたんじゃない?」


リタが叫ぶ。


「一人ならな! 全員やったら誰か落ちる!」


「誰が?」


「お前だ!」


「なんでうち!」


怒鳴り合う声に、崖の土がまた崩れた。


「二人とも静かにしてください!」


エレナの声が一番よく響いた。


ガレスは最後の数歩を飛び、ソラとカイルに腕をつかまれて対岸へ上がった。


細縄を引き、太い綱を回収する。


結び目を解き終えたころ、五人とも手のひらが赤くなっていた。


谷底の作業道を進み、昼過ぎに斜面を上る。


森へ出たところで、リタは魔力を探った。


空間を曲げる術式は、もう背後にある。


「抜けた!」


両腕を上げる。


「術は解けませんでしたけどね」


エレナが言った。


「抜けたんじゃけえ、うちらの勝ちよ」


「勝敗だったのか?」


「うちが決めた」


ソラは地図へ現在地を書き込むガレスを手伝っていた。


リタは隣へしゃがむ。


「どう?」


「何がですか」


「大魔道士の判定」


「それを聞くために考えたんですか」


「違うわ! みんなを進ませるためじゃ!」


声が谷へ反響した。


ガレスが耳を押さえる。


「監視を抜けた意味をなくすな」


リタは声を落とした。


「で、どうなん」


ソラは少しだけ笑う。


「まだ保留です」


「厳しすぎん?」


「ですが、一つ分かりました」


「なに?」


「あなたは、自分にできないことを認めても、止まらない人です」


思いがけず、まともな言葉が返ってきた。


リタは何も言えずにソラを見る。


淡い青の目が、まっすぐこちらを見ていた。


「それは、大魔道士に必要?」


「私は、必要だと思います」


胸の奥が、むずがゆくなる。


褒められることには慣れている。討伐隊へ選ばれるだけの実績もある。


けれど、できなかったことごと認められたのは初めてだった。


「ほいじゃ、あとちょっとじゃね」


リタは立ち上がり、服についた土を払った。


「魔王んとこ着くまでには、絶対認めさせちゃる」


「楽しみにしています」


今度は、言わせなくてもそう答えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。