第十二話 王国剣技
古い関所は、山道が最も狭くなる場所に建っていた。
かつては王国の徴税所だったが、国境線が西へ移ってから使われなくなった。屋根は落ち、石壁の上には草が生えている。それでも谷を渡る道は門の下にしかなく、避けて通るには丸一日かかる。
今、その門には魔王国兵がいた。
「十一人」
斜面の木立から、ガレスが小さな鏡をのぞかせる。
「見えるのはな。中に術師が一人いる。角なし。裏手に馬が六頭」
「巡回隊が休んでいるだけでしょうか」
エレナが声を落とした。
「たぶんな。伝令を出される前に片づける」
地面へ簡単な関所の形を描き、ガレスは配置を示した。
谷側は崖。山側には崩れた監視塔がある。正面の門を閉められれば、狭い坂で矢と魔法を受けることになる。
「俺が裏から馬を逃がす。混乱したところで、カイルとソラが門を取れ。リタは術師。エレナは矢を防いでくれ」
「了解」
リタは布を外し、杖を握った。
ソラが加わって十日近くになる。
町で共に戦った一度きりではない。歩幅も、指示への反応も、誰がどこを見ているかも分かり始めていた。
ガレスが森へ消える。
待つ時間は短かった。
関所の裏で馬がいななき、柵を蹴破る音がする。兵たちが一斉に振り返った。
「行くぞ」
カイルが坂を駆け下りた。
ソラが続く。
二人の盾が並び、門前にいた兵の矢を受けた。カイルは長方形の大盾、ソラは小さな丸盾。形は違っても、身体の向きは同じだった。
「閉めろ!」
敵の一人が門扉へ手をかける。
ソラが先へ出た。
丸盾を縦にし、閉じかけた扉の間へ肩ごと入れる。三人がかりで押されても、足が止まらない。
カイルはその背後から剣を突き入れ、扉を押す兵の腕を打った。
敵兵の一人が、倒れたふりをしていた。
ソラが踏み込んだ瞬間、低い位置から槍の石突きが足首を払う。
身体がわずかに傾いた。
剣が首元へ来る。
カイルの大盾が横から割り込み、刃を受けた。鈍い音が門の下に響く。
「前だけ見るな!」
カイルが盾で敵を押し返す。
ソラは倒れずに踏みとどまった。だが、次の一歩がほんの少し遅れた。
「すみません」
「謝るのはあとだ。左足を半分引け!」
ソラが従う。
足幅が変わった途端、三人分の力を受けていた身体に余裕ができた。
強い身体で耐えているだけだった立ち方が、盾で押し返すための構えに変わる。
「右を空けろ!」
ソラが半歩引く。
できた隙間へカイルの大盾が滑り込み、一気に門を押し返した。
まるで何度も同じことをした二人のようだった。
「あれ、王国剣技なら誰でもできるん?」
リタは走りながらエレナへ聞いた。
「少なくとも、私は初めて見ます」
「じゃろうね!」
関所の二階から矢が飛ぶ。
エレナが光の壁を斜めに張り、二人の頭上から矢を逸らした。
リタは術師を探す。
崩れた窓の奥で、黒い杖が動いた。
「見つけた!」
石壁へ杖を向け、水を放つ。
術師本人ではなく、窓の上に積もった土を狙った。濡れた土が崩れ、目と杖の先へ落ちる。
敵の術が逸れた。
紫色の光が門の横へ当たり、石を砕く。
リタは次の魔法を練る。
「ソラ、三つで左へ!」
声に反応し、ソラが前の兵へ踏み込む。
一。
丸盾で剣を受ける。
二。
相手の身体を扉側へ押す。
三。
ソラが左へ離れた。
リタの風が空いた場所を抜け、二階の術師を窓から引きずり出す。威力が足りず、地面までは落とせない。術師は窓枠へ腕をかけて耐えた。
そこへ矢が飛ぶ。
ガレスの矢が杖を持つ手へ刺さった。
「相変わらず、ええとこ取るね!」
「聞こえないぞ!」
関所の裏から返事が来た。
術師を失った敵に、流れを戻す手段はなかった。
カイルとソラが門を開ききり、リタの火が兵を壁から離す。エレナの障壁は敵を囲う檻へ形を変えた。
ほどなく、武器が地面へ落ちた。
捕らえた兵を関所の倉庫へ入れ、扉を外から固定する。縄も食料も残した。近くの部隊が巡回へ来れば、半日ほどで見つけるはずだ。
エレナが捕虜の傷を診ているあいだ、リタは水を運んだ。
敵の術師はガレスの矢を抜かれ、苦痛で汗を流している。それでもリタが近づくと、唾を吐こうとした。
口が乾いていて、何も飛ばなかった。
「元気じゃね」
「王国の犬が」
「犬に水もろうてから言いんさい」
椀を床へ置く。
エレナは傷へ包帯を巻きながら、静かに言った。
「飲むかは本人が決めます」
「毒が入っているかもしれないぞ」
術師が睨む。
「毒を盛るんなら治療せんよ。効率悪いじゃろ」
リタが立ち上がると、術師はしばらく椀を見ていた。
倉庫を出る直前、水を飲む小さな音が聞こえた。
「ずいぶん息が合ってたね」
リタは門の脇で、二人の騎士を見比べた。
カイルは大盾の縁を確かめている。ソラは剣についた血を拭っていた。
「基本どおりに動いただけだ」
カイルが答える。
「あれが基本なら、うちでもできる?」
「まず盾を持て」
「重いけえ嫌」
「話にならないな」
カイルはソラへ向き直った。
「門へ入るとき、なぜ右足を残した」
「押し返された場合、後ろの者を巻き込まないためです」
「誰に教わった」
「剣の師です」
やはり名は聞かなかった。
カイルは自分でも答えを知っているようにうなずく。
「俺も同じように教える」
「そうだと思います」
今度はカイルが黙った。
「それから、さっきの足だ」
カイルは自分の剣を鞘へ収め、門前の土へ立った。
「お前は右足を残す理由を知っている。だが、残すことと居つくことを同じにしている」
剣を抜かず、ソラの肩を押す。
ソラは動かない。
今度はカイルが足先で踵の内側を払った。関所で敵兵が狙ったのと同じ場所だった。
ソラの身体が揺れる。
「身体が強いから倒れない。倒れないから、間違いに気づきにくい」
「はい」
「左足を半歩後ろへ。腰は正面へ向けすぎるな」
ソラはその場で構え直した。
カイルがもう一度肩を押す。今度は力が足から地面へ逃げ、身体が揺れない。
「こうですか」
「まだ固い。だが、さっきよりはいい」
「ありがとうございます」
教わることを恥じる様子はなかった。
むしろ、知っていた形へ不足していた一つが戻ったように、何度も足の位置を確かめている。
「あんた、剣上手いのにまだ直すとこあるんじゃね」
リタが言うと、ソラは構えたまま答えた。
「あります」
「悔しゅうないん?」
「直せることが分かったので、よかったです」
カイルがわずかに笑う。
「その考えは悪くない」
「剣の師にも、同じことを言われました」
「そうか」
それだけ答え、カイルは今度は自分の足で見本を示した。
二人の周りに、いつの間にか小さな稽古場ができていた。
「なんで分かるん?」
リタが尋ねると、ソラは少し考えた。
「あなたの動きが、私の知っている剣に近いので」
「同じ王国剣技だからだろう」
カイルはそう言ったが、完全には納得していない顔だった。
リタは二人の周りを一周した。
「実は遠い親戚なんじゃない?」
「違います」
「なぜお前が即答する」
「違うので」
「カイルんとこ、兄弟多いじゃろ。一人くらい忘れとるかも」
「人の家を何だと思っている」
エレナが関所の中から出てくる。
「リタ。捕虜の傷を診るので手伝ってください」
「はいはい」
「返事は一度です」
「うちの母さんと同じこと言わんで」
リタはエレナの後を追い、二歩進んで振り返った。
カイルとソラは、もう門の損傷を調べている。
似ているのは剣だけではないのかもしれない。
その考えは少しおかしく、同時に、なぜか自然に思えた。




