第十一話 冗談の通じない男
ラウルを出た翌日、五人は壊れた荷車を見つけた。
道の中央で片輪が外れ、車体が大きく傾いている。周りには鍋や毛布、木箱が散らばっていた。
荷の持ち主は六人家族だった。
夫婦と、十歳を頭にした三人の子ども。それから足の悪い祖母。魔王国軍を避け、東の親戚を頼る途中だという。
「車軸が割れています」
カイルが荷車の下を覗き込む。
「近くに直せる職人はいないのか」
「ラウルまで戻るしかありません」
父親が答えた。
戻れば一日。足の悪い老人と子どもを置いてはいけない。この道を魔王国の巡回兵が使う可能性もあった。
「うちが直そうか」
リタが腕をまくる。
「直せるのか?」
「大魔道士に不可能はない」
「なら任せた」
ガレスは即座に離れた。
「ちょっとは止めんさいよ」
「不可能はないんだろ」
割れた車軸を魔法だけで元へ戻すのは難しい。木を生やす魔法など、リタは使えなかった。
近くで太さの合う枝を探し、折れた部分へ添える。熱で鉄の留め具を広げ、冷やして締めた。最後に土の魔法で作った薄い板を、隙間へ噛ませる。
「これで三日は持つ」
「ラウルまでは一日ですが」
母親が言った。
「余裕ある方がええじゃろ」
「最初から一日と言う自信がなかっただけでは?」
エレナが尋ねる。
「三日持つ言うとるんじゃけえ、ええじゃん」
荷を積み直すあいだ、ソラは荷車の片側を一人で持ち上げていた。
子どもたちが周りへ集まる。
「お兄ちゃん、力持ちだね」
いちばん下の娘が言った。
「はい」
「自分で言うんだ」
「事実なので」
「大魔道士のお姉ちゃんと、どっちが強い?」
ソラは荷車を持ったまま、リタを見た。
「比べる条件によります」
「そこはうち言うとこじゃろ!」
「腕力なら私です」
「魔法ならうち」
「私は魔法を使いません」
「勝った!」
リタが両手を上げる。
真ん中の男の子が、疑わしそうに尋ねた。
「使わないのと、使えないのは違うの?」
ソラは一度黙った。
「今は、使いません」
「使えたら、お姉ちゃんより強い?」
「さあねえ、うちは大魔道士じゃけえ」
リタはソラが答える前に割って入った。
彼が魔法の膜をまとっていることは、誰にも話していない。
子どもの質問に深い意味はない。それでも、ソラが答えにくいことまで追わせたくなかった。
「お姉ちゃん、本当に大魔道士なの?」
「本当よ」
「嘘じゃない?」
「なんでみんな、うちのときだけ疑うん!」
荷車の向こうで、ソラが笑った。
声は出さなかったが、はっきり分かった。
「今、笑うたじゃろ」
「笑っていません」
「笑うた!」
「証拠はありますか」
「うちが見た!」
「では、見間違いです」
リタは目を見開いた。
「あんた、そんな嘘つけたん?」
「大魔道士に不可能がないなら、見間違いもあり得ませんか」
「どっちなんよ!」
子どもたちが一斉に笑い出した。
とうとうカイルまで顔を背ける。肩が揺れていた。
「笑うなら堂々と笑いんさい!」
「悪い」
「全然思うとらんじゃろ!」
荷車が走れる状態になったあと、家族はラウルへ戻ることを選んだ。
討伐隊も安全な分かれ道まで同行した。
直した車軸は、石を踏むたびに低く軋んだ。
そのたびリタは振り返った。三度目で、荷台の祖母と目が合った。
「心配かい、大魔道士様」
「うちの仕事に心配するようなとこはないよ」
「なら、さっきから荷車を睨んでるのは何だい」
「睨んどるんじゃない。見守っとるんよ」
「同じ顔に見えるねえ」
祖母は膝に毛布をかけ、傾くたびに片手で荷台の縁をつかんでいた。もう片方の手は、隣で眠る孫の頭へ置かれている。
リタは歩調を緩め、車輪の横へ回った。
土で作った板は外れていない。鉄具にも割れはなかった。だが添え木の端が、少しずつずれている。
「カイル、いっぺん止めて」
全員で荷を下ろし、車体を持ち上げ直した。
リタが留め具を締めているあいだ、父親は何度も謝った。
「急いでおられるのに、ここまでしていただいて」
「ここで車が折れたら、最初に直した時間まで無駄になるじゃろ」
「ですが、魔王を討ちに行く方々だと……」
「じゃけえよ。魔王を倒す前に、荷車に負けたいう噂が立ったら困るけえね」
父親は、笑ってよいのか迷った顔をした。
「今のは笑うところですよ」
ソラが横から教えた。
「あんたに判定されたくないわ」
父親がようやく笑う。緊張の残る、短い笑いだった。
車体を持ち上げていたソラは、リタが鉄具を締め終えても下ろさなかった。
「もうええよ」
「三日持つようになりましたか」
「三日どころか四日よ」
「先ほどより一日増えました」
「うちの成長速度を甘う見んさんな」
今度は祖母が声を上げて笑った。
道中、子どもたちはソラから離れなかった。剣を見せてほしい、盾を持たせてほしい、魔族を何人倒したのか。次々に質問する。
ソラは一つずつ答えた。
盾だけは重くて危ないと断り、代わりに鞘へ入れた剣の柄を触らせる。
「お兄ちゃん、あんまり笑わないね」
末の娘が言った。
「そうですか」
「怖いの?」
「何がですか」
「魔王」
ソラは少し考えた。
「怖くないと言えば、嘘になると思います」
「でも行くの?」
「行きます」
「大魔道士がいるから?」
娘がリタを指す。
「そうです」
今度は迷わなかった。
リタは足を止めそうになった。
先ほどの冗談の続きだ。子どもを安心させるために、話を合わせただけだろう。
「ほら見てみい。ソラもようやく、うちの実力を――」
「大魔道士を自称する人は、怖いときに役立つと聞いたので」
「そっち?」
雨の夜に話したことを、きちんと覚えていたらしい。
娘は理由まで気にせず、安心したようにうなずいた。
しばらく歩くと、真ん中の男の子が道端の黄色い花を摘んだ。
「これ、食べられる?」
ソラは花を受け取り、葉と茎を確かめた。
「食べられません」
「毒?」
「毒ではありません」
「じゃあ、食べられるじゃん」
「食べる物ではないという意味です」
「食べてみたことある?」
「ありません」
「食べたらおいしいかもよ」
ソラは花を見た。それから子どもを見た。
「では、あなたが先に」
男の子の顔が引きつった。
「いやだよ!」
「私もです」
「ソラ。それは冗談としては、ちょい怖い」
リタが言うと、ソラは眉を寄せた。
「先ほどは嘘をつくと笑われました」
「嘘ならなんでも冗談になるわけじゃないんよ」
「基準は何ですか」
「相手も笑えること」
末の娘が笑いながら言った。
「わたしは面白かったよ」
「ほら、一人笑っています」
「食べさせられそうになった子を数えんさい」
男の子は姉の後ろへ隠れ、ソラを疑わしそうに見た。ソラは花を道端へ戻す。
「すみません」
謝られると、男の子の方が困ったらしい。
「べ、別にいいけど」
少しして、またソラの隣へ戻った。今度は剣の話を始める。
冗談に失敗しても、嫌われたわけではない。そのことを、ソラは何度か横目で確かめていた。
分かれ道へ着くと、家族は何度も頭を下げた。
祖母は荷台から身を乗り出し、ソラへ手招きした。
彼が近づくと、節くれ立った手で肩を一度叩く。
「子どもの話を、あれだけ真面目に聞ける大人は少ないよ」
「私は大人ですか」
祖母は目を丸くし、それから笑った。
「身体だけなら、ずいぶん立派な大人だね。あとは自分で決めな」
ソラは答えなかった。
だが、荷車が動き出してからも、その言葉を考えているようだった。
荷車が東へ遠ざかっていく。
末の娘は荷台から身を乗り出し、見えなくなるまで手を振っていた。
「いい子でしたね」
エレナが言った。
「ええ子じゃった」
「リタとソラに、ずいぶん懐いていました」
「うちは子ども人気あるけえね」
「私は?」
隣でソラが尋ねる。
「あんたは、でっかい玩具と思われとったんじゃない?」
「そうですか」
少し残念そうに聞こえた。
リタは笑いかけて、途中でやめた。
「嘘よ。たぶん、ちゃんと好きじゃったよ」
「分かっています」
ソラの口元が上がる。
今度は隠そうとしなかった。
冗談の通じない男だと思っていたが、違うらしい。
通じたうえで返されるなら、その方が少し厄介だった。




