亡国の王墓
鉱山都市グランベルを出て五日目、四頭の馬は緩やかな丘を越えた。
視界が開けた先には、春の陽射しを浴びた麦畑がどこまでも広がっている。
街道沿いには白い花をつけた果樹が並び、その向こうには赤い屋根を載せた城が見えた。
東部地方、ルーゼン侯爵領。
今回の目的地である地下遺跡は、その城からさらに北へ進んだ森の中で発見されていた。
アルノは馬上から城を見つめ、風に揺れる明るい栗色の髪を片手で押さえた。
グランベルの鉱山で手に入れた神代スペル――Limesの響きは、今も胸の内に残っている。
境界。
越えるべきものに、ようやく名前がついた。
けれど、それだけでエルディオンのもとへ辿り着けるわけではない。
月光を編み込んだような銀髪と、最後に見た深い碧眼が脳裏をよぎる。
アルノはそれを振り払うことなく、馬の手綱を握り直した。
「もうすぐ着くね」
少し前を進んでいたリネが振り返る。
赤茶色のポニーテールが風に弾み、大きな琥珀色の瞳には、目的地を前にした明るさが宿っていた。
「グランベルで予定より時間を使いましたが、調査日程への影響は軽微です」
レグルスは淡い金髪を風になびかせながら、地図と前方の地形を見比べている。
細い銀縁眼鏡の奥にある灰紫色の瞳は、城から北の森へ延びる道を追っていた。
「今日は侯爵から詳しい話を聞き、遺跡へ向かうのは明朝が妥当でしょう」
「賛成です」
先頭を進むアレクシスが答えた。
白い上着と外套には街道の土埃が薄く付いていたが、金髪も馬上の姿勢も乱れていない。
四頭の馬は速度を緩め、城へ続く石造りの門をくぐった。
◇
ルーゼン侯爵は、五十代半ばほどの男だった。
豊かな髭を綺麗に整え、深緑の上着には、この地を治めた古い王家の紋章が刺繍されている。
恰幅のよい体つきと人好きのする顔立ちのせいか、身分を示す豪奢な服装をしていても、近寄りがたい印象はなかった。
「ようこそお越しくださいました」
侯爵は自ら城門まで出迎え、馬を下りた四人へ丁寧に頭を下げた。
「遠路はるばる、ありがとうございます。王都からルーメル先生がお越しくださるとは、心強い限りです」
「こちらこそ、お呼びいただきありがとうございます」
アルノも慌てて頭を下げたが、先生と呼ばれたことには、いまだに落ち着かなさを覚えた。
王都魔術塔では日常的に呼ばれるようになっても、十八歳の自分には、どこか大きすぎる呼び名に思えてしまう。
侯爵はその戸惑いに気付かず、四人を城の中へ案内した。
「遺跡の調査は明日で構いません。本日は旅の疲れをお取りください。詳しいお話は、夕食の席でさせていただきましょう」
移動を続けてきた四人にとって、その申し出はありがたかった。
アルノたちは用意された客室へ荷物を置き、日が暮れるまでの短い時間を休息に充てることになった。
◇
晩餐の席には、領内で採れた野菜や川魚を使った料理が並んでいた。
白身魚の香草焼き、根菜を柔らかく煮込んだスープ、焼き立てのパン。
温かな湯気と香ばしい匂いが、長旅で疲れた身体をほぐしていく。
侯爵は食事が一段落するのを待ってから、傍らに用意されていた地図を卓上へ広げた。
「遺跡が発見されたのは、城から北へ半日ほど進んだ森の中です。春先の長雨によって斜面が崩れ、地中に埋もれていた石造りの入口が姿を現しました」
地図の一点を指し示しながら、侯爵が説明を続ける。
入口付近には読めない文字と古い魔法陣が残されており、最初に確認した調査隊が神代文明の遺跡ではないかと判断したという。
アルノはいつの間にか食事の手を止め、地図へ身を乗り出していた。
「魔法陣は動いていたんですか」
「いえ。調査員が近付いても反応はなかったそうです。ただ、無理に扉を開けることは避けました」
「魔法陣の形は記録されていますか?」
「簡単な写しであれば、こちらに」
差し出された紙を受け取ったアルノの灰銀色の瞳が、灯りを映して淡い銀色へ変わる。指先が無意識に動き、写し取られた線と線を空中で結び始めた。
その横から、リネがアルノの前へ残っていた皿をそっと押し戻す。
「話を聞くのはいいけど、ちゃんと食べてね」
「食べてるよ」
「さっきから一口も減ってないよ」
指摘されて初めて気付いたらしく、アルノは気まずそうにパンを手に取った。
侯爵は二人のやり取りを微笑ましそうに見つめてから、地図の横へもう一枚の紙を広げる。
そこに描かれていたのは、王冠を戴く鳥の紋章だった。
「石造りの入口には、この紋章も刻まれていたそうです」
レグルスが紙へ視線を落とす。
「侯爵家の紋章と同じものですね」
「ええ。正確には、かつてこの地に存在したルーゼン王国の紋章です」
侯爵家は、かつてこの地を治めていた王家の末裔だった。
三百年ほど前、ルーゼン王国が現在の王国へ編入された際、王家は侯爵家として存続する道を選んだのだという。
「では、発見された遺跡は神代文明より新しい可能性があります」
レグルスの言葉に、侯爵が頷く。
「私も、紋章の報告を受けてからはそう考えております。ただ、我が家に残る記録にも、あの森に建造物があるとは書かれていません」
「王家の時代にも知られていなかった?」
「少なくとも、今の我々には伝わっておりません」
侯爵はそこで言葉を切り、少し迷うように視線を動かした。
「ただ、今回の遺跡と関係があるかは分かりませんが、この城にも王家の時代から開かない部屋があります」
「開かない部屋?」
アルノが顔を上げる。
「扉には同じ紋章が刻まれています。鍵穴はあるのですが、肝心の鍵が残されておりません。王国最後の王が亡くなった頃に失われたと伝えられています」
何度も扉を調べたものの、鍵穴の奥には複雑な術式が組み込まれており、破壊して開けることもできなかった。今では侯爵家でも、由来の分からない開かずの部屋として扱われているという。
森の地下遺跡と、城に残された開かずの部屋。どちらにも、同じ王家の紋章が刻まれている。
偶然だと断じるには、気になる一致だった。
「明日、まずは遺跡を確認します」
アルノが答えると、侯爵は安堵したように頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
アルノは手元の写しへ、もう一度視線を落とした。
そこにある魔法陣は神代文明のものとは異なっている。それでも、線の重なりの奥に、まだ何かが隠れている気がしてならなかった。
◇
翌朝、四人は侯爵家の兵士たちとともに北の森へ向かった。
街道を外れてしばらく進むと、手入れされた畑と果樹園は途切れ、背の高い木々が周囲を覆い始める。朝の光は重なり合う葉に遮られ、地面へ届く頃には淡い緑色へ変わっていた。
森の奥には、長雨によって大きく崩れた斜面があった。
剥き出しになった赤茶色の土の中から、石造りの門が半分だけ姿を現している。
入口の前には、先行していた調査隊が土砂を取り除いた跡が残されていた。
扉の中央には、昨夜見た王冠と鳥の紋章が刻まれている。
アルノは門の前へ進み、周囲に残された魔法陣を確認した。
大きな灰銀色の瞳が線の流れを追ったが、見慣れた神代文字はどこにもない。
「神代文字じゃない……」
「ルーゼン王国文字ですね」
レグルスが隣へ立ち、扉の上部に刻まれた文字列を見上げる。
古代史を専門とする彼にとっても容易な文章ではないらしく、一文字ずつ形を確かめながら意味を拾っていった。
「読めるんですか?」
「完全ではありません。ですが、この程度であれば」
レグルスはしばらく文字を追い、やがて淡々と読み上げた。
「眠りを妨げる者は、試練を受けよ」
「歓迎されてないね」
リネが扉の奥へ目を向ける。
柔らかな琥珀色の瞳はすでに鋭さを帯び、いつ仕掛けが動いても対応できるように周囲を見渡していた。
「墓所の入口に使われる定型句に近いものです」
「墓所?」
「現時点では推測です。内部を確認するまでは断定できません」
レグルスの言葉を聞き、案内役の兵士たちの間へ緊張が走った。
アレクシスは白い手袋をはめた手で剣の柄に触れ、扉の向こうへ意識を向ける。
内部に魔物や守護機構が残されている可能性を考えれば、大人数で足を踏み入れる方が危険だった。
「ここから先は我々だけで入ります」
アレクシスの申し出に、兵士たちは素直に従った。
四人が戻らない場合は、日没を待って侯爵へ報告するよう指示を残す。
アルノが扉の魔法陣へ慎重に魔力を流すと、長く沈黙していた導線が淡く光った。
石と石が擦れる重い音が森へ響き、門がゆっくりと内側へ開いていく。
冷たい空気が、閉ざされていた闇の中から流れ出した。
◇
内部には、切り出した石を積み上げた通路が続いていた。
湿り気を帯びた壁には王冠を戴く鳥の紋章が繰り返し刻まれ、その間を古い魔力の導線が走っている。
神代文明の遺跡ほど複雑ではないが、長い年月を経ても形を保っていることから、当時としては相当に高度な技術だったことが分かった。
四人が奥へ進むと、壁際に設けられた魔導灯が一つずつ淡い青色の光を灯した。
人の侵入へ反応しているらしく、後方の灯りは一定の距離を過ぎると再び消えていく。
「今のところ、魔物の気配はありません」
アレクシスが前方を見据えたまま告げる。
「だからといって、安全とは限りません」
レグルスは壁の文字と床に残された傷を交互に確認していた。
古い墓所であるなら、侵入者を防ぐための仕掛けが残されていても不思議ではない。
やがて通路の幅が広がり、長い回廊へ出た。
床には幾何学的な紋様が敷き詰められ、左右の壁には王国の歴史らしき光景が浮き彫りにされている。
軍を率いる王、城壁を築く民、麦の束を抱えた農夫。欠けている部分はあるものの、王国で暮らした人々の姿が時代順に刻まれていた。
回廊の入口には、短い文章が残されていた。
「王の前へ進む者は、共に歩む者を見捨てるな」
レグルスが読み上げると、リネが床の紋様へ視線を落とした。
「試練って、これのこと?」
「可能性はあります。ただ、仕掛けの内容までは分かりません」
「結局、進むしかないってことだね」
リネが先に足を踏み出す。
アレクシスが先頭へ並び、アルノとレグルスも間隔を空けずに回廊へ入った。
中央まで進んだところで、レグルスの足元から乾いた音が聞こえた。
古い床石に亀裂が走り、踏み出した足が大きく沈む。
均衡を失ったレグルスの身体が、床へ倒れかけた。
「レグルス!」
隣を歩いていたリネが腕を伸ばし、レグルスを横の窪みへ突き飛ばした。
直後、回廊の奥で巨大な石が動く音が響いた。
低い轟音とともに壁の一部が開き、通路を塞ぐほど大きな石球が姿を現す。
傾斜のついた床を転がり始めた石球は、回廊全体を揺らしながら四人へ迫ってきた。
「走って!」
四人は一斉に、壁際に設けられた退避用の窪みへ駆け出した。
アレクシスがレグルスを引き起こし、最も近い窪みへ押し込む。
その後ろでリネも駆けようとしたが、レグルスを庇った時に踏み込んだ床が崩れた。
赤茶色の髪が大きく翻り、リネの身体が床下の暗がりへ沈んでいく。
「リネ!」
アルノは逃げ込もうとしていた窪みから引き返した。
伸ばした手がリネの腕を掴み、落ちていく身体を寸前で止める。
肩に強い衝撃が走り、アルノの上半身も崩れた床へ引きずられた。
「アルノ、離して!」
「嫌だ!」
迫る石球の轟音で、自分の声さえ聞こえにくい。
それでもアルノはリネの腕を掴んだまま、靴の踵を床石の隙間へ押し込んだ。
第七星環では、リネを庇って地下施設へ落ちた。
あの時は助ける方法も分からず、ただ落ちることしかできなかった。
けれど、今は違う。
三年間、馬を操り、遺跡を歩き、何度も危険な場所から生きて帰ってきた。
細身だった身体には確かな力がつき、伸びた腕はリネの重さを支えていた。
「上げるよ!」
アルノは床へ片膝をつき、全身の力を使って腕を引いた。
リネも空いた手で床の縁を掴み、二人の力で身体を引き上げる。
石球は、もう回廊の半ばまで迫っていた。
アルノは立ち上がるより先に、神代スペルへ魔力を乗せた。
「Le-Aegis!」
発音と同時に黄金の光が迸り、二人の前へ透き通った防壁が展開される。
直後、巨大な石球が正面から激突し、王墓全体を揺るがす轟音が響いた。
黄金の防壁が大きく軋む。
表面には幾筋もの亀裂が走り、押し返されたアルノの靴が床を滑った。
それでもアルノは、Leによって接続の漏れを抑えながら、石球を受け止めている箇所へ魔力を集中させた。
「今のうちに!」
リネがアルノの外套を掴み、二人で壁際の窪みへ飛び込む。
その瞬間、防壁が砕けた。
再び動き始めた石球が、二人のすぐ脇を轟音とともに通過し、回廊の奥へ消えていく。
しばらくは、遠ざかっていく地響きと四人の荒い呼吸だけが残った。
「……助かった」
床へ座り込んだリネが、隣にいるアルノを見る。
大きな琥珀色の瞳には驚きが残っていたが、やがて柔らかな光が浮かんだ。
「僕だって、たまにはリネを助けるよ」
アルノが息を整えながら答えると、リネは掴んでいた外套から手を離した。
「たまにじゃなくてもいいよ」
短い返事だった。けれど、その声はどこか嬉しそうだった。
窪みから出てきたレグルスが、二人の前へ立つ。
「私を庇ったせいですね。申し訳ありません」
「怪我がないならいいよ」
リネは立ち上がり、服についた砂埃を払った。
大きな怪我がないことを確かめると、何事もなかったように回廊の奥へ目を向ける。
アルノも立ち上がったが、先ほどまでリネを支えていた腕にはまだ熱が残っていた。
守られるだけだった頃とは違う。
そのことを、自分の力で初めて確かめられた気がした。
やがて石球が回廊の奥へ消え、遠くで何かに衝突する鈍い音が響いた。
それを合図にするように、突き当たりを塞いでいた石扉がゆっくりと開き始める。
どうやら、仕掛けをやり過ごせば先へ進める構造になっていたらしい。
「共に歩む者を見捨てるな、ですか」
レグルスが、入口に刻まれていた言葉を振り返る。
「試練というより、警告だったのかもしれません。誰かを置き去りにすれば、生きてここを通り抜けることはできないと」
「それにしても物騒すぎない?」
「王墓へ侵入しようとしているのは、私たちですから」
「真面目に返さなくていいよ」
リネの声に、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
四人は開いた石扉をくぐり、さらに王墓の奥へ進んだ。
その先では、壁一面に刻まれた浮き彫りが、さらに古い時代の出来事を伝えていた。
王冠を戴く男と、その傍らに立つ王妃。
二人の間には幼い子供たちが描かれ、周囲を騎士や領民が囲んでいる。
続く壁には、他国の使者と向かい合う老いた王の姿があった。
剣は抜かれておらず、王冠が次の場面で別の国の旗の下へ置かれている。
レグルスは浮き彫りの下に残された文章を追い、灰紫色の瞳を細めた。
「おそらく、ここはルーゼン王国第十二代国王の墓所です」
「第十二代?」
「王国最後の王でもあります。周辺国との戦を避け、民の暮らしを守る条件で、現在の王国へ領土を編入した人物です」
王家は爵位を受け入れ、以後は侯爵家としてこの土地を治め続けた。城で会ったルーゼン侯爵は、その血を引く子孫ということになる。
「じゃあ、神代遺跡じゃなかったんだ」
リネが浮き彫りを見上げる。
「そのようですね」
レグルスの答えに、アルノは少しだけ肩を落とした。
神代文明の手掛かりを期待していたため、残念でないと言えば嘘になる。
けれど、グランベルではLimesを手に入れた。
そして今、自分たちは記録から失われた王墓の中にいる。何も得られないと決まったわけではなかった。
「ここまで来たんだ。もう少しだけ調べよう」
アルノの言葉に、三人も異論を唱えなかった。
◇
最奥へ続く扉の前には、円形の広間があった。
壁際には、古びた鎧を纏った人影が並んでいる。
初めは騎士を模した像にも見えたが、兜の隙間から覗いていたのは、白く乾いた頭蓋骨だった。
中央に立つ一体だけは、ほかの騎士よりも装飾の多い鎧を身につけている。
胸元には王家の紋章があり、両手で長剣の柄を握っていた。
アレクシスが足を止める。
「近衛騎士です」
その声には、王国最強の騎士として生きてきた者だけが分かる緊張が含まれていた。
中央の騎士の眼窩へ、青白い炎が灯った。
続いて、壁際に並んでいた騎士たちの目にも次々と炎が宿る。錆びついた鎧が軋み、長い眠りから目覚めた骸骨騎士たちが一斉に剣を抜いた。
「王の眠りを妨げる者」
中央の騎士が低い声を発する。
「排除する」
「我々は墓を荒らしに来たのではありません」
アレクシスが一歩前へ出る。白銀剣を抜きながらも、切っ先を床へ向けたまま言葉を続けた。
「王家の末裔から依頼を受け、内部の調査へ参りました。どうか剣を収めていただきたい」
骸骨騎士は答えなかった。
眼窩に揺れる炎が強くなり、長剣の切っ先がアレクシスへ向けられる。
残された命令以外は、すでに届かないのだろう。
次の瞬間、広間の両側から近衛騎士たちが駆け出した。
リネが床を蹴る。赤茶色のポニーテールが炎のように翻り、最前列の騎士が振り下ろした剣を身体をひねってかわした。
踏み込みと同時に放たれた拳が、古い胸当てへ叩き込まれる。
鎧が大きくへこみ、骸骨騎士の身体が後方へ弾き飛ばされた。
反対側では、アレクシスの白銀剣が閃いていた。
迫る二本の剣を一度の斬撃で弾き、返す刃で一体の武器を根元から断ち切る。
陽光を思わせる金髪が揺れ、澄んだ蒼眼は正面に立つ近衛騎士団長から離れない。
アルノはレグルスとともに後方へ下がり、床へ広がる魔力の流れを追った。
骸骨騎士たちは、それぞれが独立して動いているわけではない。
眼窩の炎から伸びた導線が床へ入り、広間中央の王家の紋章へ集まっている。
「全員、中央の紋章と繋がってる」
「守護術式の核ですか」
「たぶん。でも、壊したら奥の扉まで開かなくなるかもしれない」
アルノの指先が、空中で点と点を結ぶように動く。
複雑に重なった線の中から、騎士たちへ魔力を送っている経路だけを探していく。
その時、一体の骸骨騎士がリネの脇を抜け、後方にいるレグルスへ剣を振り上げた。
「Le-Aegis!」
黄金の防壁が二人の前へ展開され、錆びた刃を正面から受け止める。
金属が激突する甲高い音が響く間に、リネが背後から騎士の頭部を殴り飛ばした。
頭蓋骨が床を転がり、眼窩の炎が消える。身体から力が抜け、残された鎧と骨がその場へ崩れ落ちた。
「アルノ、分かりそう?」
「もう少し!」
中央では、アレクシスと近衛騎士団長の剣が激しくぶつかり合っていた。
古びた長剣とは思えないほど重い一撃を、アレクシスが白銀剣で受け止める。
火花が散り、衝撃を受けた石床に細かな亀裂が走った。
リネも残る近衛騎士たちを引き受けていた。
一体の腕を掴んで別の騎士へ投げつけ、二体が重なったところへ踏み込んで拳を叩き込む。
それでも、骸骨騎士は何度も立ち上がった。
身体を砕くだけでは、床から供給される魔力によって再び動き始める。
アルノの灰銀色の瞳が、紋章の外周にある一本の導線を捉えた。
「あった」
守護術式全体を破壊せず、騎士たちへの接続だけを切り離せる箇所。
アルノは戦いの間を縫って広間の中央へ走った。
「アルノ!」
近衛騎士団長が気付き、アレクシスを押し返してアルノへ向き直る。
長剣が振り上げられた。
だが、その前へアレクシスが滑り込む。
白銀剣が長剣を受け止め、甲高い音とともに軌道を逸らした。
「こちらはお任せください」
「お願いします!」
アルノは床へ膝をつき、王家の紋章へ手を伸ばした。
壊すのではない。
幾重にも重なった術式の中から、騎士たちへ魔力を供給する一本だけを切り離す。
指先へ魔力を集め、接続を担う導線へ逆向きの流れを重ねた。
紋章を走っていた青い光が、激しく明滅する。
次の瞬間、乾いた音とともに一本の導線が途切れた。
広間にいた骸骨騎士たちの動きが止まる。
眼窩に宿っていた青い炎が一斉に消え、古い鎧と骨が次々に床へ崩れ落ちた。
しかし、中央の近衛騎士団長だけは倒れなかった。
床からの供給を失っても、眼窩の炎は消えていない。
命令ではなく、王を守ろうとする意思そのものが、朽ちた身体を動かしているようだった。
アレクシスは白銀剣を正面へ構える。
「見事な忠義です」
近衛騎士団長も長剣を構え直した。
二人の騎士の間から、ほかの三人が下がる。
先に動いたのは近衛騎士団長だった。
重い踏み込みから放たれた斬撃を、アレクシスは半歩だけ身体をずらしてかわす。
長剣が床を砕いた瞬間、白銀剣が下から跳ね上がった。
古びた長剣が宙を舞い、石床へ落ちる。
アレクシスの切っ先が、近衛騎士団長の喉元で止まった。
しばらく、二人は動かなかった。
やがて近衛騎士団長が剣を失った手を下ろし、アレクシスへ向かって深く頭を垂れた。
眼窩の青い炎が淡く揺れ、今度こそゆっくりと消えていく。
身体を支えていた力が失われ、古い鎧がその場へ崩れ落ちた。
アレクシスは白銀剣を収めると、倒れた騎士へ同じように頭を下げた。
広間の奥で、重い音が響く。
最奥を塞いでいた巨大な石扉に細い隙間が生まれ、長く閉ざされていた空気が流れ出した。
◇
石扉の向こうには、高い天井を持つ墓所が広がっていた。
壁際には金貨や宝石、儀礼用の剣、王笏が整然と並べられている。何百年もの時を経ても輝きを失っていない品々は、かつてのルーゼン王国の豊かさを伝えていた。
けれど、アルノの視線は財宝へ向かなかった。
墓所の中央には、王冠の紋章を刻んだ一基の石棺が置かれている。
そのすぐ隣に、金銀の装飾とは不釣り合いな一枚の絵が飾られていた。
描かれているのは、王冠を戴く男と、その隣に立つ女性。二人の前では、幼い子供たちが笑っている。
国王と王妃、そして、その子供たち。
家族の肖像画だった。
「これが、最後の王様なのかな」
リネがアルノの隣へ立つ。
「たぶん」
宝石や王冠よりも、棺に近い場所へ置かれている。
それだけで、この王にとって何が大切だったのかが伝わってくるようだった。
その時、墓所の空気が柔らかく揺れた。
石棺の前へ、淡い光の粒が集まり始める。
無数の光は人の輪郭を形作り、やがて一人の男の姿へ変わった。
年の頃は五十代ほど。王冠を被ってはいないが、家族の肖像画に描かれていた男と同じ穏やかな目をしている。
そして、城で会ったルーゼン侯爵と驚くほどよく似ていた。
アレクシスが白銀剣へ手を添える。リネもアルノの前へ半歩出たが、現れた男から敵意は感じられなかった。
男は四人を順番に見回し、最後にアルノへ目を留める。
「おや」
拍子抜けするほど穏やかな声だった。
「誰か来たのか」
後まで読んでいただき、ありがとうございました!
次回もよろしくお願いいたします!
更新は19時半です( ᴗ ᴗ)⁾⁾




