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月光の師と未完の魔術師 ― 世界はまだ、繋がっている ―  作者: 平子 天陽


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5/18

幼馴染

 翌朝。

 王都は雲ひとつない青空だった。


 両親に見送られ家を出たアルノは、一度だけ店を振り返る。


 見慣れた木の看板。

 窓辺に並ぶ新刊。

 朝から本を読み始めている父の姿。

 台所では母が朝食の片付けをしている。

 いつもと変わらない朝だった。


「行ってきます。」


 小さく呟くと、アルノは歩き出した。


「アルノー!」


 元気な声が朝の通りへ響く。


 振り返ると、小柄な少女がこちらへ向かって手を振っていた。


 朝日を受けて、明るい赤茶色のポニーテールが元気よく揺れる。

 光の加減ではワインのような深みも見せる髪色だった。

 真っ直ぐな琥珀色の瞳。

 大きな琥珀色の瞳はアーモンド形で、笑うたび柔らかく細められる。

 動きやすい旅装束に身を包み、細い体つき、足取りは驚くほど軽い。

 商隊護衛として各地を巡る日々が、その身のこなしに自然と表れていた。


 リネ・カッセル。

 アルノの幼馴染だった。


「リネ!」


「久しぶり!」


 リネはアルノの前で立ち止まると、嬉しそうに笑った。


「やっと帰ってきた!」


「昨日?」


「うん。」


 何度も頷く。


「東の港町まで香辛料の仕入れだったの。」


「兄さんが『護衛も兼ねて行ってこい』って。」


「往復十五日。」


「結構遠かったね。」


「遠かったよ。」


 リネは肩を回しながら苦笑する。


「荷馬車は重いし、夜は見張りだし。」


「帰ってきたと思ったら今度は倉庫の荷下ろし。」


「少しは休ませてほしいよね。」


 アルノは思わず笑った。


「でも無事でよかった。」


「うん!」


 その笑顔は昔と何も変わっていなかった。

 嬉しいことも。

 疲れたことも。

 全部そのまま顔に出る。

 昔からそういう子だった。


「……で?」


 リネが首を傾げる。


「その荷物、どうしたの?」


 そこで初めて、アルノの鞄へ目が止まったらしい。


「そんな荷物持って、どこ行くの?」


 アルノは少しだけ言葉を探した。


「旅に出る。」


 リネが瞬きをする。


「旅?」


「うん。」


「どこまで?」


 アルノは返事を探すように視線を落とした。


 無意識に右手が動く。

 指先が空中で点と点を結び、小さな線をなぞる。

 自分でも気付き、慌てて手を止めた。


 アルノは昨日、遺跡で起きた出来事を一つずつ話した。


 封印の儀式。

 邪竜の復活。

 五百年ぶりに目を覚ました伝説の魔術師。


 そして、自分がその旅へ同行することになったことを。


 話し終えても、リネはしばらく何も言わなかった。

 朝の通りを吹き抜ける風だけが、二人の間を通り過ぎていく。


「リネ。」


 落ち着いた声が響いた。


 二人が振り返る。

 カッセル商会の店先から、一人の青年が歩いてくる。


 リネより頭二つは背が高い。

 整えられた明るい赤茶色の短髪。

 仕立ての良いベストに白いシャツ。

 商人らしい身なりだった。


 穏やかな笑みを浮かべているが、その視線は鋭い。

 店先に並ぶ荷箱。

 行き交う荷馬車。

 客の様子。

 一瞬で全体へ目を配る癖があった。


 カッセル商会を切り盛りする若き店主。

 リネの兄、カイルだった。


「おはようございます。」


 アルノが頭を下げる。


「おはよう。」


 カイルは穏やかに頷くと、アルノの背中の鞄へ目を向けた。


「話は聞こえた。」


「旅に出るそうだね。」


「はい。」


「昨日の儀式で何があった?」


 アルノは頷く。


「伝説の魔術師が目を覚ました。」


 カイルは少しだけ考え込んだ。


「邪竜が復活した、普通なら信じない話だ。」


 そう言って苦笑する。


「でも、アルノ君は嘘をつく子じゃない。」


 アルノは思わず顔を上げた。


 カイルは続ける。


「だから信じる。」


「それで。」


 視線が鞄へ戻る。


「覚悟は決まってるのかい。」


 アルノは迷わなかった。


「……はい。」


「怖くない?」


 少しだけ考える。


「怖いです。」


 正直に答えた。


「でも。」


 深く息を吸う。


「行きたいんです。」


 昨日、エルディオンに言われた言葉を思い出す。


『君、見えてるから。』


 あの一言が、何度も胸の中で響いていた。


「僕にしか見えないものがあるなら。」


「その意味を知りたい。」


 カイルは静かに頷いた。


「そうか。」


 その一言だけだった。

 無理に止めようとはしない。

 もう答えは出ていると分かったからだ。


 その隣で。

 リネが一歩前へ出る。


「兄さん。」


「私も行く。」


 カイルは眉一つ動かさなかった。


「は?なんでお前が?」


 短い問いだった。


 リネは大きな琥珀色の瞳で兄を真っ直ぐ見つめた。


「アルノが心配。」


「そんな顔で、一人で旅なんて無理。」


 アルノが苦笑する。


「そんな顔って……。」


「青白い。」


「アルノ体力ないじゃん。」


 図星だった。

 反論できない。


「それに。」


 リネは続ける。


「邪竜なんて相手にするなら、一人でも多い方がいい。」


「私、戦えるし。」


 カイルは腕を組んだまま、小さく息を吐いた。


「お前は昨日帰ってきたばかりだ。」


「少しは休め。」


「体力ならある。」


「兄さんも知ってるでしょ。」


 カイルは思わず笑った。


「それは知ってる。」


 カイルはしばらく黙っていた。

 視線がアルノへ向く。


「アルノ君。」


「はい。」


「君は、リネが一緒に来ることをどう思う?」


 突然の問いだった。

 アルノは少し驚いた。

 考えもしなかったからだ。


「その……。」


 思わずリネを見る。

 琥珀色の瞳が真っ直ぐこちらを見返していた。


「正直に言っていい。」


 カイルが穏やかに促す。

 アルノはゆっくり頷いた。


「危ない旅になると思います。」


「だから、本当は来てほしくありません。」


 リネが少し頬を膨らませる。


「でも。」


 アルノは続けた。


「一緒に来るって決めたリネを、僕は止められないと思います。」


「昔から、一度決めたら聞かないので。」


「うん。」


 リネは素直に頷いた。


「聞かない。」


「自分で認めるんだ……。」


 アルノは苦笑した。

 カイルも思わず笑う。


「そこは昔から変わらないな。」


 小さく息を吐く。


「分かった。」


 兄はリネを見る。


「止めても無駄なんだろう。」


「うん。」


「だろうな。」


 苦笑しながら頷く。


「だったら一つだけ約束しろ。」


 リネの表情が少し真面目になる。


「必ず帰ってこい。」


「無茶はするな。」


「困ったら一人で抱え込むな。」


「ちゃんと帰ってきて、また店を手伝え。」


 リネは力強く頷いた。


「約束。」


 兄は少し笑う。

 それからアルノへ向き直った。


「アルノ君。」


「はい。」


「妹をよろしく。」


 アルノは首を横に振る。


「たぶん……。」


 少し照れくさそうに笑う。


「僕の方が助けられると思います。」


 一瞬。

 静かだった通りへ笑い声が広がった。

 リネは胸を張る。


「それは任せて。」


「アルノは私が守る。」

後まで読んでいただき、ありがとうございました!

次回もよろしくお願いいたします!

更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾

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