花を贈る日
予約の日付間違ってました
(≡人≡;)スィマセン...
城門をくぐった瞬間、祭りの賑わいが一行を包み込んだ。
石畳の大通りには色鮮やかな花々が飾られ、店先には大小さまざまな花束が並んでいる。
屋台からは焼きたての肉や甘い菓子の香りが漂い、楽団の演奏に合わせて子どもたちの笑い声が弾んでいた。
冬の澄んだ空気さえ、どこか温かく感じられるほど町全体が活気に満ちている。
「わあ……。」
やや明るい栗色の髪を揺らしながら、アルノは思わず足を止めた。
淡い灰銀の瞳があちこちへ向き、初めて目にする祭りの景色を夢中で追いかけている。
旅の途中で立ち寄った町はいくつもあった。だ
が、これほど華やかな光景を見るのは初めてだった。
「すごい人ですね。」
周囲を見回すアルノの横で、赤茶色のポニーテールを揺らしたリネも嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ちょうどお祭りの日だったみたいね。」
人の流れへ視線を巡らせていたレグルスは、銀縁眼鏡をそっと押し上げながら口を開いた。
「宿を確保するなら、早い方が良さそうです。」
「そうだね。」
長い銀髪を揺らしたエルディオンが穏やかに頷く。
その深い蒼の瞳は祭りの賑わいよりも、はしゃぐアルノの様子を楽しそうに見つめていた。
「先に宿を取ってから見て回ろうか。」
「はい!」
◇
宿へ荷物を預けると、四人は再び祭りの通りへ戻ってきた。
夕暮れが近づき、軒先に吊るされたランタンへ一つ、また一つと明かりが灯っていく。
花飾りに照らされた町並みは昼間とは違う柔らかな雰囲気に包まれ、人々の笑顔もどこか穏やかだった。
大道芸人の前では子どもたちが歓声を上げ、屋台には長い列ができている。
アルノは目に入るものすべてが珍しいらしく、忙しそうに視線を動かしていた。
「見て、あのお菓子。」
「こっちはお肉を焼いてる。」
「花のお店もいっぱいあるね。」
次々と興味を見つけては声を弾ませるアルノを見て、リネは思わずくすりと笑う。
「そんなに慌てなくても、お祭りは逃げないわよ。」
アルノは少し照れくさそうに笑った。
「そうだね。でも、見たいものがいっぱいあって……。」
その時、一軒の花屋の前を通りかかった。
店先には色とりどりの花束が並び、多くの人が足を止めている。
赤や白、黄色や青の花々が冬の町を鮮やかに彩り、祭りの中心にある店だということが一目で分かった。
アルノは不思議そうにその光景を見つめる。
「今日は花屋さんが特に賑わってますね。」
店番の女性が笑顔で答えた。
「今日は花祭りだからね。」
「花祭り?」
「この町では、大切な人へ花を贈る習わしがあるんだよ。」
アルノは目を丸くする。
「普段は照れくさくて言えない気持ちを、花に託して贈るんだ。」
少し考え込んだあと、アルノの表情がぱっと明るくなった。
「じゃあ、お世話になった人へ『ありがとう』を伝える日なんですね。」
女性は一瞬だけ意外そうな顔を見せたが、すぐに優しく微笑んだ。
「もちろん。『ありがとう』って気持ちで贈るなら、それでいいんだよ。」
「素敵なお祭りですね。」
心から嬉しそうに頷くアルノを見て、女性も自然と笑みを深めた。
四人は再び通りを歩き始めた。
炭火で焼かれる肉の香ばしい匂い。
甘い菓子の香り。冬の冷たい空気の中でも、人々の笑い声が町を温かく包み込んでいる。
通りの中央では楽団が軽快な曲を奏で、その周りでは子どもたちが手を繋いで楽しそうに踊っていた。
その穏やかな光景を眺めながら、アルノはぽつりと呟く。
「平和ですね。」
「ああ。」
隣を歩くエルディオンが静かに頷く。
その短い返事だけで十分だった。
アルノは嬉しそうに微笑み、祭りを行き交う人々へもう一度視線を向ける。
しばらく歩くと、湯気を立てる屋台が目に入った。
大きな鍋からは生姜や香辛料の香りが立ち上り、冷え始めた身体を誘うように辺りへ漂っている。
「寒いし、何か飲もうか。」
エルディオンが足を止めると、店主が威勢よく声を掛けてきた。
「祭り限定のホットジンジャーと、香辛料たっぷりのホットワインだよ!」
「私はホットジンジャー。」
「僕も。」
リネとアルノが答える。
「じゃあ、僕とレグルスはホットワイン。」
「お願いします。」
温かな木のカップを受け取ると、アルノは両手で包み込むように持った。
冷えていた指先へじんわりと熱が伝わり、それだけで肩の力が抜けていく。
そっと一口飲む。
生姜のほどよい辛みと蜂蜜の優しい甘さが身体の芯まで広がり、思わず頬が緩んだ。
「美味しいです。」
隣ではエルディオンもホットワインを口に運び、小さく満足そうに頷いている。
その様子を見たリネも笑みを浮かべ、四人は湯気の立つ飲み物を片手に屋台の並ぶ通りをゆっくり歩き始めた。
やがて炭火で焼かれた串焼きの屋台を見つけ、一人一本ずつ買う。
アルノは熱々の串へ慎重にかぶりついた。
香ばしく焼けた肉から肉汁があふれ、口いっぱいに旨味が広がる。
「美味しい……。」
「良かった。」
エルディオンも小さく笑う。
アルノの視線が、先ほど立ち寄った花屋へ向く。
店先では、若い男性が少し照れくさそうに花束を差し出し、それを受け取った女性が嬉しそうに笑っていた。
少し離れた場所では、小さな子どもが母親へ一輪の花を渡し、抱きしめられてはにかんでいる。
その光景を見つめながら、アルノは静かに頷いた。
(お世話になった人へ、ありがとうを伝える日……。)
旅に出てから、多くの人に助けられてきた。
危ない時は前に立って守ってくれるリネ。
どんな時も冷静に支えてくれるレグルス。
そして、自分を旅へ誘い、この景色を見せてくれたエルディオン。
伝えたい「ありがとう」が、胸の中に自然と浮かんでくる。
串焼きを食べ終えると、アルノは三人へ振り返った。
「ちょっとだけ、いいですか?」
「どうしたの?」
「すぐ戻ります。」
そう言うと、アルノは花屋へ向かって駆け出した。
リネとレグルスは顔を見合わせ、不思議そうにその背中を見送る。
「何か買い忘れでしょうか。」
「さあ。」
二人の横で、エルディオンだけがアルノの向かった先を静かに見つめていた。
その穏やかな表情には、どこか優しい笑みが浮かんでいた。
花屋へ戻ると、店番の女性がアルノの姿に気付き、優しく笑みを向けた。
「あら、おかえり。」
「えっと……。」
アルノは並べられた花をゆっくりと見回した。
赤、青、黄、白。
色とりどりの花が夕暮れの灯りを受けて柔らかく揺れ、それぞれが違う表情を見せている。
その花々を眺めているうちに、自然と三人の顔が思い浮かんだ。
アルノは小さく息を吸い、女性へ顔を上げた。
「三つ、お願いします。」
「三つ?」
「はい。大切な人たちに渡したいんです。」
その言葉に、女性は嬉しそうに目を細めると、一輪ずつ花を選び始めた。
「この白い花は感謝。」
そう言って白い花を手に取る。
「淡い青は信頼。」
続けて青い花を添え、最後に小さな黄色い花を優しく束へ加えた。
「それから、この小さな黄色い花は、一緒に笑っていたいって意味があるんだ。」
アルノは花束と女性の顔を見比べ、嬉しそうに頷く。
「全部入れてください。」
「ふふっ、ありがとう。」
女性は慣れた手つきで花をまとめ、色違いのリボンで丁寧に結んでいく。
やがて、小ぶりながらも温かな想いが詰まった花束が三つ出来上がった。
「ありがとうございます。」
アルノは大切そうに両腕へ抱えると、花が傷まないよう胸元へ寄せながら三人の待つ場所へ急いだ。
◇
「お待たせしました。」
アルノが戻ると、その腕には三つの小さな花束が抱えられていた。
「かわいい花ね。」
リネが目を細める。
「はい。」
アルノは少し照れくさそうに笑うと、花束をそっと荷物へしまった。
何に使うのかは、まだ秘密だった。
祭りの灯りが町を優しく照らす中、四人はゆっくりと宿への道を歩いていく。
賑やかな音楽や笑い声は少しずつ遠ざかり、代わりに夜の静けさが辺りを包み始めていた。
宿の灯りが見えたところで、アルノはふいに足を止める。
「あの……。」
三人が振り返った。
アルノは少し緊張したように荷物を開き、花束を取り出す。
まず、一つをリネへ差し出した。
「リネ。」
「いつも守ってくれて、ありがとう。」
突然のことに、リネは目を丸くする。
やがて花束へ視線を落とし、頬を少し緩めながら両手で受け取った。
「……ありがとう。」
「すごく嬉しい。」
その笑顔を見たアルノも、ほっとしたように笑みを浮かべた。
続いて、青い花束をレグルスへ向ける。
「レグルスさん。」
「いつも助けてもらってます。」
「レグルスさんがいてくれるから、安心して旅ができます。」
レグルスは静かに花束を受け取り、胸の前で大切そうに抱えた。
「……ありがとうございます。」
短い言葉だったが、その声音はいつもより少しだけ柔らかかった。
最後に残った花束を、アルノはエルディオンへ差し出す。
「エルさん。」
「いつもありがとうございます。」
「エルさんが僕を旅に誘ってくれたから、今こうしてここにいます。」
「大変なこともたくさんありますけど、この旅に来られて、本当によかったです。」
少し照れくさそうに笑いながら、アルノは花束を差し出した。
「だから……ありがとうございます。」
エルディオンはしばらく花束を見つめ、それから静かに受け取る。
長い銀髪が夜風に揺れ、深い蒼の瞳が柔らかく細められた。
「……ありがとう。」
その穏やかな笑顔を見た瞬間、アルノは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
ただ「ありがとう」を伝えたかった。
その気持ちは、きっと三人に届いたのだと分かり、自然と笑みがこぼれた。
宿の食堂は祭り帰りの客で賑わっていた。
笑い声と食器の触れ合う音が絶え間なく響き、窓の外ではまだ祭りの音楽がかすかに聞こえてくる。
四人は窓際の席へ腰を下ろし、煮込み料理を注文した。
アルノとリネは水を、エルディオンとレグルスはホットワインを頼む。
ほどなくして湯気の立つ料理が運ばれてきた。
「いただきます。」
身体の温まる食事に自然と会話も弾み、穏やかな時間が流れていく。
その時だった。
隣の席から陽気な笑い声が聞こえてきた。
「お前、ちゃんと花を渡せたのか?」
「もちろん。彼女、真っ赤になってたよ。」
「それなら告白は成功だな!」
アルノは気にする様子もなく食事を続けていたが、その言葉にリネの手がぴたりと止まる。
ゆっくりとエルディオンへ視線を向けた。
「……エルさん。」
「ん?」
「このお祭りって…」
「恋人や想いを寄せる人へ花を贈る祭りだけど。」
あまりにも自然な返事だった。
リネは思わず額へ手を当てる。
「……知ってたんですか。」
「うん。」
隣ではレグルスも小さく息をついた。
「止めなかったのですか。」
エルディオンは不思議そうに首を傾げる。
「どうして?」
「アルノがお礼を言いたかっただけでしょ。」
「だったら、それでいいじゃない。」
二人は顔を見合わせ、苦笑した。
一方、アルノだけは何が起きているのか分からず、不思議そうに三人を見回している。
「……何の話ですか?」
リネは苦笑しながらアルノへ向き直った。
「アルノ。」
「はい?」
「このお祭り、本当は恋人や好きな人へ花を贈るお祭りなの。」
アルノの動きが止まる。
「…………え?」
一拍遅れて、食堂中へ声が響いた。
「えええぇぇぇっ!?」
周囲の客が何事かと一斉に振り向く。
「し、知らなかったです!」
「そんな意味だったんですか!?」
慌てふためくアルノの様子に、リネは思わず吹き出した。
アルノは勢いよくエルディオンを見る。
「エルさん!」
「知ってたなら止めてくださいよ!」
エルディオンは少しも悪びれる様子はなく、穏やかに笑う。
「でも、アルノはお礼を言いたかったんでしょ。」
「……はい。」
「だったら、何も問題ないよ。」
その一言に、アルノは三人を見回した。
リネは受け取った花束へ目を落とし、優しく微笑む。
「びっくりはしたけど、ちゃんと気持ちは伝わったわ。」
レグルスも静かに頷いた。
「ええ。感謝の気持ちとして受け取りました。」
胸のつかえが少しだけほどけ、アルノは照れくさそうに頭を下げる。
「……ありがとうございます。」
エルディオンは空になったグラスを見つめた。
「ホットワインを、もう一杯。」
新しいグラスが運ばれてくる。
その様子を見たアルノは苦笑した。
「飲みすぎないでくださいね。」
「大丈夫。」
エルディオンは即答する。
「酔ってない。」
そう言ってアルノへ視線を向けると、ふっと口元を緩めた。
「ほんとにアルノは可愛いなぁ。」
すっと手が伸びる。
むに。
「ふぇっ!?」
「エ、エルさん!」
「酔ってますよね!?」
「酔ってない。」
真顔のまま、もう一度。
むにむに。
「ちょ、ちょっと!」
その隣でレグルスもホットワインを一口飲み、静かに頷いた。
「……分かります。」
「アルノさんは、放っておけないんですよね。」
「可愛いというか……。」
一拍置く。
「……可愛いですね。」
「レグルスまで!?」
「失礼します。」
むに。
「……思ったより柔らかいですね。」
むにむに。
「何を納得してるんですか!」
リネはとうとう吹き出した。
「もう、二人とも酔ってるじゃない。」
「酔ってない。」
「酔っていません。」
二人の返事が重なり、食堂のあちこちから笑いが漏れる。
リネは笑いながらアルノの頭をくしゃりと撫でた。
「しょうがないなぁ。」
「私も前から思ってた。」
「アルノって、弟みたいで可愛いのよ。」
「リネまで!」
エルディオンが楽しそうに笑う。
「でしょ?」
「ええ。」
レグルスも真面目な顔で頷く。
「うん、可愛い。」
三人の視線が一斉に集まり、アルノは耳まで真っ赤になった。
「なんで僕だけなんですか!」
「僕、もう十五歳ですよ!?」
「関係ないよ。」
エルディオンは笑みを浮かべたまま言う。
「可愛いものは可愛い。」
「その理屈、おかしいです!」
食堂は再び笑い声に包まれた。
祭り帰りの客たちも四人のやり取りを微笑ましそうに眺め、温かな空気が食堂いっぱいに広がっていく。
◇
翌朝。
宿の食堂で朝食を前にしたアルノは、恨めしそうな視線をエルディオンとレグルスへ向けた。
「……昨日のこと、覚えてます?」
「昨日?」
エルディオンが首を傾げる。
「ホットワインを飲んだあとです!」
「僕のほっぺ、むにってしましたよね!?」
エルディオンは少し考え、小さく笑った。
「……そうだっけ?」
レグルスも銀縁眼鏡を押し上げる。
「申し訳ありません。私も記憶が曖昧です。」
「僕だけ覚えてるんですか……。」
肩を落とすアルノを見て、リネがくすりと笑う。
「私はちゃんと覚えてる。」
「二人とも、アルノを可愛いって言ってた。」
リネはにやりと笑った。
「僕、もう十五歳です! 『かわいい』は嬉しくないです!」
耳まで真っ赤になって抗議するアルノを見て、三人は顔を見合わせ、思わず笑みをこぼした。
◇
翌朝。
朝食を終えた一行は荷物をまとめ、宿の主人へ礼を告げると、それぞれ馬へ跨った。
冬の朝の空気は澄み切っている。
花祭りで賑わっていた町も、いつもの穏やかな表情を取り戻していた。
「じゃあ、行こうか。」
エルディオンの一言に三人は頷く。
蹄の音を響かせながら、一行はゆっくりと町を後にした。
その先に待つのは、雪と岩に覆われたラウム山脈。
そして、そのさらに奥に眠る第七星環だった。
後まで読んでいただき、ありがとうございました!
次回もよろしくお願いいたします!
更新は19時半です( ᴗ ᴗ)⁾⁾




