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月光の師と未完の魔術師 ― 世界はまだ、繋がっている ―  作者: 平子 天陽


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封印の核

 エルディオンは静かにページをめくった。


 継承庫の中は静まり返っている。

 石壁に掛けられたランプの火だけが淡く揺れ、その光が古びた羊皮紙の文字を静かに照らしていた。

 アルノは無意識に息を潜め、膝の上でそっと拳を握る。

 リネも腕を組んだまま口を開かず、レグルスも銀縁眼鏡の奥から日記へ視線を向けたまま、一言も発しなかった。

 もう誰も途中で口を挟もうとは思わない。

 これは歴史ではない。

 一人の人間が歩み続けた人生、その記録だった。


 ◇


 エルは帰らなかった。

 私は封印地点へ向かった。


 最初はエルを探すためだった。


 あいつに何が起きたのか。

 どこへ行ったのか。

 なぜ戻らないのか。

 それが知りたかった。


 答えは封印陣の中にある。

 そう考えた私は、時間があれば封印地点へ向かった。


 一本ずつ線を追い、意味を読み解き、紙へ書き写しては計算する。

 疑問があれば現地へ戻り、また最初から見直す。

 その繰り返しだけが、私の日常になっていた。


 その間も、魔術塔と王国は捜索を続けていた。

 封印地点の調査、異空間への干渉実験、帰還術式の研究。

 持てる力はすべて尽くしたが、成果は何一つ得られなかった。


 手掛かりはない。

 生存の証拠も、死亡の証拠も見つからない。

 ただ消えた。

 それだけだった。


 最初は、エルディオンが描いた封印陣は、時間をかければ解読できると思っていた。


 エルは天才だった。


 だが、魔法陣の解析なら私も負けない。

 そう思っていた。

 いや。

 負けるつもりはなかった。


 一か月。

 半年。

 一年。


 エルディオンが描いた封印陣は解けなかった。


 何かがおかしい。

 封印は今も維持されている。

 術式も正しく機能しているように見える。

 それなのに、どれだけ解析を進めても説明できない構造だけが残り続けていた。


 私は何度も最初から見直した。

 線を追う。

 文字を読む。

 魔力の流れを書き起こす。


 途中で思考が止まれば、翌日また最初からやり直す。

 同じ計算を繰り返し、同じ場所を何度も確認した。

 それでも答えだけは見つからなかった。


 ある日、私は地面いっぱいに広がる魔法陣を見つめたまま動けなくなった。


 最初は、平面の魔法陣だと思っていた。

 だが、それでは計算が合わない。

 説明できない接続が残る。


 ならば、立体なのか。


 そう考えた瞬間、自分でその考えを否定した。


 これは、二次元ではない。


 その答えだけが、静かに私の中へ積み重なっていった。

 私は、その結論を受け入れられなかった。


 三次元魔法陣。


 そんなものは存在しない。

 少なくとも、私たちが知る魔法陣学には。


 私は再び魔法陣全体を見渡した。


 地面いっぱいに刻まれた膨大な術式。

 複雑に交差する線、幾重にも重なる接続。

 二次元として見れば矛盾しか残らない構造が、不思議なほど自然に繋がって見えた。


 視点を変える。

 平面ではなく、立体として。

 その瞬間だった。

 ばらばらだった術式が、一つに繋がった。


「……そうか。」


 思わず声が漏れた。

 平面ではない。

 立体だった。


 線は交わっていたのではない。

 上下へ重なっていたのだ。


 私は息を呑んだ。

 エルは、こんなものを一人で完成させたのか。

 全身に鳥肌が立った。


 私は魔法陣学を誰より学んできたつもりだった。

 それでも、この発想には辿り着けなかった。

 魔法陣は平面に描くもの。

 その常識そのものが、最初から覆されていた。


 私は静かに視線を落とした。

 ならば、この封印陣は何を封じている。

 何を支え、何によって維持されている。


 そこまで分からなければ、本当の意味で理解したことにはならない。

 私は解析を続けた。


 封印術式。

 補助術式。

 固定術式。


 一つずつ役割を切り分け、全体を組み直していく。

 そうして解析を続けた末、私は封印陣の中心部へ辿り着いた。


 そこは封印陣全体の要だった。

 幾重にも重なる術式が、一点へ収束している。

 私は一つひとつの術式を切り分け、その役割を確かめていった。


 封印。

 固定。

 接続。

 維持。


 どれも理論どおりに組み上げられている。

 だが、その中心にある最後の術式だけが理解できない。

 私は何度も計算をやり直した。

 読み違えたのだと思った。

 どこかに見落としがあるはずだと、最初から解析を繰り返した。

 それでも答えは変わらない。


「……あり得ない。」


 思わず声が漏れた。

 術式が示していたのは、封印を維持するための核だった。

 その座標が指し示していたのは、一人の人間。


 エルディオン・ルクス=アルヴァレス


 私は息を止めた。


 そんなはずがない。

 封印術式は対象を閉じ込める術だ。

 術者自身が封印の核になるなど、聞いたことがない。

 私はもう一度術式を読み返した。


 違う。

 もう一度。

 違う。


 何度見ても結果は変わらない。


 震える手で計算を書き直す。

 紙が積み重なる。

 数字を書き、消し、また書く。

 それでも結論だけは変わらなかった。


 エルは。


 あいつ自身が、この封印を支えていた。

 私は椅子へ腰を下ろしたまま動けなかった。


 どうして。

 どうして、そんな術式を選んだ。

 他に方法はなかったのか。


 ……いや。


 あったのなら、あいつはそうしていた。

 きっと、他に方法はなかったのだ。


 あの瞬間、世界を守るには、それしか選べなかった。


 私は封印陣を見つめ続けた。

 そこに残されているのは、術式だけだった。

 だが、その術式は確かに語っていた。


 エルは、この封印の核になった。

後まで読んでいただき、ありがとうございました!

次回もよろしくお願いいたします!

更新は19時半です( ᴗ ᴗ)⁾⁾

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