↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月光の師と未完の魔術師 ― 世界はまだ、繋がっている ―  作者: 平子 天陽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/84

邪竜の進路

「入ります。」


 部屋の扉が開き、レグルスが姿を現した。

 銀縁眼鏡の奥の灰紫色の瞳は真っ直ぐ前を見据え、その腕には数枚の資料と大きく丸められた地図が抱えられている。

 その様子を見た瞬間、アルノは自然と背筋を伸ばした。


 レグルスが大量の資料を持ってくる時は、決まって何か大きな動きがあった時だった。


「邪竜の追加報告です。」


 短い一言で、部屋の空気が静かに張り詰める。


 レグルスはテーブルへ地図を広げ、その上へ報告書を一枚ずつ並べていった。

 各地の目撃情報。

 汚染された村。

 魔獣が凶暴化している森。

 それらを示す赤い印が、地図の上には幾つも記されていた。

 アルノは思わず身を乗り出す。


「増えてる……。」


「あなたが眠っていた十日間の報告です。」


 レグルスは静かに答え、一本の線を指先でなぞった。


「最初の目撃は西部山岳地帯。その後、南方街道沿いで二件。さらに昨日、南西海岸で新たな目撃情報が確認されています。」


「十日で、そこまで……。」


 リネが思わず息を呑んだ。

 赤い印は迷うことなく南西へ続いていた。

 まるで、何かを目指して進んでいるようだった。


「海岸まで来たんですね。」


 アルノが呟くと、レグルスは小さく頷く。


「現在の移動速度を考慮すると、このまま南西へ進む可能性が最も高いでしょう。」


 そして、その指先は南西の海へ浮かぶ小さな島で止まった。


「目的地として最も可能性が高いのは、死の島です。」


 その名を聞いた瞬間、エルディオンがわずかに眉を寄せた。


「死の島……? ここはイオ島じゃないの?」


 アルノは思わず聞き返す。


「イオ島?」


 レグルスは地図へ視線を落としたまま説明する。


「正式名称はイオ島です。ただ、現在は死の島という呼び名の方が一般的ですね。長年、人が住めない島となっていますから。」


「……死の島。」


 エルディオンはその名を確かめるように繰り返した。

 五百年前を知る彼にとって、その呼び名は初めて耳にするものだった。


 アルノはそんな横顔を見つめながら、ふと尋ねる。


「エルさんは、その……イオ島へ行ったことがあるんですか。」


 部屋へ短い沈黙が落ちた。

 リネもレグルスも、自然とエルディオンへ視線を向ける。


「あるよ。」


 返事は驚くほどあっさりしていた。


「どんな場所だったんですか。」


 エルディオンは地図の上の小さな島を見つめ、遠い記憶を辿るように目を細める。


「人が住んでいて、港があって、漁で暮らしてる人が多い、ごく普通の島だった。」


 その静かな声を聞きながら、アルノの脳裏へ一つの光景が浮かぶ。

 朝になれば漁船が港を出て、夕方には魚を積んで帰ってくる。

 家々からは夕食の匂いが漂い、子どもたちが笑いながら道を走る。

 今では死の島と呼ばれる場所にも、そんな当たり前の日常が確かに存在していたのだ。


「応援要請を受けて向かったんだ。」


 エルディオンは静かに目を細めた。


「僕が着いた頃には、避難はもう終わりかけてた。」


「港には漁船だけが残っていて、人影はほとんど見えなかった。」


 その時の光景を思い返すように、エルディオンはしばらく地図から目を離さなかった。

 その一言に、部屋の空気が静かに重くなる。


 アルノの脳裏には、第一星環で見た黒変がよみがえっていた。

 木々を侵し、魔獣を狂わせ、森そのものを蝕んでいた異界エネルギー。

 もし五百年前のイオ島でも同じ現象が起きていたのなら、穏やかな港町は、ほんの短い時間で姿を変えられてしまったのかもしれない。


 レグルスは地図へ視線を落としたまま静かに口を開く。


「死の島で確認されている汚染は、第一星環周辺で確認した現象と一致しています。」


 指先がゆっくりと島の位置をなぞった。


「イオ島にも星環、あるいはそれに類する神代施設が存在する可能性は十分あります。」


 淡々とした分析だったが、その言葉は誰もが抱き始めていた予感を裏付けるものだった。

 エルディオンも静かに頷く。


「第一星環には、邪竜が残した裂け目があった。」


 深い碧眼は、地図の上の小さな島を見つめたまま動かない。


「あいつは、そこから漏れ出した異界エネルギーを取り込んでいた。星環は異界から力を受け取るために造られた施設なんだと思う。」


 アルノの脳裏に、地下深くで見た黒い裂け目がよみがえった。


 空間を引き裂くように開いた傷口。

 そこから溢れ出した異界エネルギーは森を侵し、魔獣を凶暴化させていた。

 邪竜は偶然あの場所へ現れたわけではない。

 異界エネルギーを求め、自ら星環を探していた。

 そう考えれば、これまで点だった出来事が一本の線となって繋がっていく。


「邪竜は、その力を求めて星環を探している……?」


 アルノが静かに問い掛けると、エルディオンは小さく頷いた。


「たぶんね。」


 軽い返事だった。

 けれど、その言葉には妙な説得力があった。

 エルディオンは南西へ続く赤い印の先へ指を置いた。


「次に向かっているのは、イオ島かもしれない。」


 レグルスも否定はしなかった。


「現在確認されている進路と、邪竜が星環を目指しているという仮説は矛盾しません。ただし、島に星環が存在するかどうかは現地で確認する必要があります。」


 アルノはもう一度地図を見つめた。


 西部山岳地帯から南へ下り、さらに南西へ伸びる赤い印。その進路は一本の流れとなって海へ続き、その先にはイオ島が静かに描かれている。


 五百年前には人々が暮らし、今では死の島と呼ばれる場所。


 そこに次の星環があり、邪竜もまた、その場所を目指しているのかもしれない。

 そう考えると、胸の奥が静かに熱を帯びた。


「急がないと。」


 思わず漏れた言葉だった。

 レグルスはアルノへ視線を向け、穏やかな口調で答える。


「ええ。でも、焦ってはいけません。」


 一拍置き、その視線がアルノの身体へ向けられた。


「現在の体調では長距離の移動だけでも負担になります。第一星環の影響は、まだ完全には抜けていません。」


 責めるような言い方ではない。

 仲間として現実を伝えているだけだった。

 アルノも素直に頷く。


「分かっています。」


 アルノは小さく頷いた。

 もう焦るつもりはなかった。

 急ぐことと、急ぎ過ぎることは違う。


 第一星環で、その違いは嫌というほど思い知った。

 エルディオンはやり取りを静かに聞いていたが、不意に小さく笑った。


「じゃあ、目的地は決まりだね。」


 肩の力が抜けるような、いつもの口調だった。

 その一言だけで、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。

 アルノは思わず笑みを浮かべた。

 本当に、この人は変わらない。

 初めて出会った日、何でもないことのように「世界を救いに行こうか」と笑った時と同じだった。


 窓の外では、夕陽がゆっくりと西の海へ沈もうとしていた。


 イオ島。

 五百年前には人々が暮らし、今は死の島と呼ばれる島。


 その地下には、まだ誰も知らない星環が眠っているのかもしれなかった。

後まで読んでいただき、ありがとうございました!

次回もよろしくお願いいたします!

更新は19時半です( ᴗ ᴗ)⁾⁾

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。