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月光の師と未完の魔術師 ― 世界はまだ、繋がっている ―  作者: 平子 天陽


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13/18

湖水地方

 裏庭には穏やかな風が吹いていた。

 アルノの掌では、小さな火球が静かに揺れている。

 先ほどまで今にも消えそうだった炎は、もう形を崩さない。


 アルノは小さく笑った。

 昨日の自分より、ほんの少しだけ前へ進めた。

 その様子を見届けると、エルディオンは満足そうに頷いた。


「さて。」


 軽く手を叩く。


「邪竜を追わないとね。」


 ◇


 宿へ戻ると、四人は食堂の隅のテーブルへ腰を下ろした。


 昼を過ぎた食堂には旅人や商人たちの姿があり、静かな話し声があちこちから聞こえてくる。


 三人が地図を広げ、邪竜の行方について話し合う横で、レグルスだけは昨日持ち帰った羊皮紙を机いっぱいへ並べ、一枚ずつ丁寧に分類していた。


 古い石板の写し。

 神代文字を書き写した記録。

 破れた報告書。


 羽ペンを走らせながら内容を整理し、束ね、また次の資料へ目を通す。


 まるで周囲の会話など聞こえていないようだった。


「でも、南西遺跡群にはいなかった。」


「次はどこ探す?」


 アルノも頷く。


「あそこにいると思ってたんだけど……。」


 エルディオンは少しだけ考え込む。


「手掛かりがないね。」


 三人とも地図を囲み、しばらく黙り込んだ。


 邪竜はどこへ向かったのか。

 次にどこを探すべきなのか。

 答えは出ない。


「……すごい集中。」


 羊皮紙へ視線を落としたまま、次々と資料を読み進めるレグルスを見て、アルノが小さく呟いた。


 リネは苦笑した。


「自分の世界だね。」


 その時だった。

 レグルスの手が止まる。

 一枚の羊皮紙を静かに持ち上げた。


「アルノさん。」


「はい?」


「少し、お時間よろしいでしょうか。」


 灰紫色の瞳が真っ直ぐこちらを見る。


「昨日回収した資料です。」


「読んでいただきたいものがあります。」


 やっぱり、という気持ちが半分。

 アルノは苦笑した。


「やっぱり読むんですね。」


「もちろんです。」


 迷いのない即答だった。

 レグルスは羊皮紙を机へ静かに広げる。


 古びた羊皮紙だった。

 長い年月を経た羊皮紙は黄ばんでいたが、神代文字だけは不思議なほど鮮明に残っている。

 アルノは羊皮紙へ視線を落とした。

 神代文字が、いつものように意味へ変わっていく。


「……第一星環運営記録。」


 レグルスの羽ペンが静かに動き始める。

 アルノはそのまま読み進めた。


「中央祭壇。」


「魔力循環設備。」


「外周維持機構。」


 聞き慣れない言葉が並ぶ。

 けれど、その中の一つにアルノは引っ掛かった。


「中央祭壇……。」


 昨日、自分たちが立っていた巨大な円形の祭壇が脳裏に浮かぶ。

 床いっぱいへ刻まれた魔法陣。

 祭壇を囲む石柱。

 静まり返った地下空間。

 アルノはゆっくり顔を上げた。


「もしかして……。」


「あの遺跡のことかな。」


 リネも資料を覗き込む。


「ってことは。」


「昨日行った遺跡が第一星環だったってこと?」


 レグルスは静かに頷く。


「その解釈が最も自然でしょう。」


 そう言って手帳へ書き留める。

 アルノは次の羊皮紙を手に取った。

 先ほどとは書式が違う。

 文書の冒頭だけを読む。


「……星環共有文書。」


 一拍置く。


「第一星環より。」


 レグルスの手が止まった。

 アルノは続きを読む。


「第二星環。」


 初めて聞く名前だった。

 さらに視線を走らせる。


「所在地……。」


「南。」


「湖水地方。」


 レグルスはすぐに地図を広げる。


「湖水地方なら、この辺りです。」


 細い指が南を示す。

 四人が地図を囲んでいると、不意に隣の席から話し声が聞こえてきた。


「そういや昨日さ。」


 旅人らしい男がパンをちぎりながら口を開く。


「南の空を、でっかい黒い生き物が飛んでいくのを見たんだ。」


 向かいの男が眉をひそめる。


「なんだそれ。」


「俺も最初は見間違いかと思ったんだけどな。」


 男は苦笑しながら肩をすくめた。


「翼を広げたら、あの丘くらいありそうだった。」


「そんな馬鹿でかい生き物がいるかよ。」


「いや、本当なんだって。」


 四人の手が止まる。

 アルノは思わず隣の席を見た。

 リネも耳を傾ける。

 エルディオンは静かに旅人たちを見つめていた。

 レグルスだけは一度地図へ視線を落とす。

 細い指が、先ほど示した場所をなぞった。


「南……。」


 小さく呟く。

 もう一度、資料を見る。

 そして地図を見る。

 数秒考えたあと、静かに顔を上げた。


「方向は一致しています。」


 アルノが聞き返す。


「一致?」


「はい。」


 レグルスは地図の南を指した。


「資料に記されていた湖水地方と、今の目撃情報の方向です。」


 エルディオンも小さく頷く。


「偶然かもしれない。」


「でも、確かめる価値はありそうだね。」


 リネは腕を組み、地図を見つめた。


「じゃあ決まり。」


「湖水地方に行こう。」


 アルノも頷く。

 邪竜の行方はまだ分からない。

 けれど、今ある手掛かりは一つだけだった。

 四人は荷物をまとめると、南へ続く街道へ歩き出した。


 ◇


 数日後。


  街道の先で、視界が大きく開けた。


「わぁ……。」


 アルノは思わず足を止めた。


 目の前いっぱいに、青い湖が広がっている。

 湖面を渡る風。

  水鳥の鳴き声。

  市場から聞こえてくる人々の声。

 穏やかな景色だった。


 少なくとも、昨日までいた地下遺跡とはまるで違う。


「まずは聞き込みだね。」


 エルディオンが街へ歩き出す。

 三人も後に続いた。


 ◇


 市場を歩きながら、アルノたちは何人もの住人へ声を掛けた。


「すみません。」


「この辺りで、大きな黒い生き物を見ませんでしたか?」


 魚を並べていた老人は首を横へ振る。


「いや、見てないな。」


 今度は荷車を引いていた青年へ尋ねる。


「黒い生き物?」


「聞いたこともない。」


 店番の女性も同じだった。


「そんなものが飛んでたら、街中大騒ぎですよ。」


 結局、誰一人として心当たりはなかった。

 アルノは小さく息を吐く。


「違ったのかな……。」


 エルディオンも困ったように笑う。


「ここじゃなかったのかもしれないね。」


 少しだけ沈黙が流れる。

 その時だった。

 レグルスが静かに口を開く。


「邪竜の行方は、現時点では分かりません。」


 三人が振り向く。


「やみくもに探しても、見つかる可能性は低いでしょう。」


 淡々とした口調だった。


「魔術塔の情報網を使えば、新しい目撃情報が入るかもしれません。」


 アルノは頷く。


「確かに。」


 エルディオンも賛成した。


「その方が効率はいいね。」


 リネも腕を組んだまま頷く。


「じゃあ、魔術塔に依頼しよう。」


 レグルスは一度だけ眼鏡の位置を直した。


「その間、一つ提案があります。」


「なに?」


 リネが聞く。

 レグルスの灰紫色の瞳がわずかに輝いた。


「せっかく第二星環が存在すると考えられる湖水地方まで来ています。」


 一呼吸置く。


「調査しない手はありません。」


「現在分かっているのは、所在地だけです。」


「どれほどの規模なのか。」


「どのような施設だったのか。」


「入口がどこにあるのか。」


「何一つ判明していません。」


 熱のこもった口調だった。


「ですが、お付き合いいただけませんか。」


 アルノは苦笑する。

 やっぱりこうなる。

 リネも肩をすくめた。


「まあ。」


「邪竜の情報が入るまで暇だしね。」


 エルディオンは楽しそうに笑う。


「決まりだね。」


「第二星環について調べよう。」


「邪竜も、そこを目指している可能性がある。」


 レグルスは街の中心にある案内板へ目を向けた。


「この規模の街なら、公文書館か図書館があるはずです。」


 レグルスは街の中心へ向かって歩き出す。

 アルノたちは慌ててその後を追った。


 邪竜の手掛かりは、まだない。


 それでも、調べるべきものは見つかった。


 ――第二星環。

後まで読んでいただき、ありがとうございました!

次回もよろしくお願いいたします!

更新は19時半です( ᴗ ᴗ)⁾⁾

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