第三十二話 そんなのってないよ
(ん……意識が……)
謎の時間から帰ってきた。
意識が戻ってくるのと同時に、こっちの世界での記憶も段々と蘇ってくる。
そうだ、自分は異世界に来たんだ。
(なんだか……柔らかい……というか、この匂い……)
ゆっくりと目を開ける。
そこには、自分とフィリアが必死に守った商人たちが床に座って楽しそうに談笑している。
そして上を見ると、寝ているフィリアがいた。
どうやら彼女にずっと膝枕をしてもらっていたらしい。
「お兄ちゃん! 美人さんの膝、どうだ!?」
「馬鹿野郎! こんなべっぴんさんの膝なんて良いに決まってるだろ!」
その会話を聞いた途端、恥ずかしくなり、信之は体を急いで起こした。
フィリアは首をカクカクさせながら寝ている。
よっぽど疲れたのだろう。
「このお嬢ちゃん、シーデビルとの戦いの後、アンタが死体みてーに海に浮かんでたのを見た途端、海に飛び込んで助けに行ったんだぜ」
カイゼルの話を聞くと、本当に申し訳ない。
正直、何があったのかははっきりと覚えていない。
先程の戦いで魔力をすべて出しきってしまい、出来事を脳に記憶するための力も残っていなかったからだ。
「フィリア……って、うわぁ!」
眠っているフィリアの前に座ってカイゼルの話を聞いていたので、船の揺れによって彼女が信之に倒れてきた。
「……ん? フィリア、お前起きてない?」
「……!?」
ほんの一瞬、目が開いたように見えたのだ。
そして明らかにわざと腰に両腕を回している。
「起きてないよ、これは寝言……」
「起きたまま夢見られるタイプの人かな?」
しかし、バレてもなおくっつき続けるので、信之は「はぁ」と言いながら彼女の腰に手を回し、もう片方の手で頭を撫でてみた。
「な、なにこれ、の、信之……くすぐったい……」
「助けてくれてありがとうってことだ」
そう言うと、彼女は安心したように彼の腰に回していた手を握り直し、眠った。
「カイゼルさんも、本当にありがとうございます」
「礼はいらねぇよ。あのバケモノ倒してくれりゃ、俺達にとっては一億どころか百億エルダ分の価値があるんだよ」
本人はそう言っているが、その後すぐ顔をそらしていた。
その姿が少し照れているように見えたのだ。
◇ ◇ ◇
「え、ど、どういうことですか!?」
次の国の大陸に着き、カイゼルと商人たちに別れを告げ、まだ眠いのかふらふらしているフィリアを取った宿に置いた後、信之は討伐報奨金を受け取るためギルドに向かった。
この世界のギルドは世界共通で、魔王領の国ファルシタスの国以外はすべて同じ世界ギルド協会が運営している。
「ですから、シーデビルの討伐依頼書など、協会に確認してみましたが、そんなモノ出してはいないと……」
おかしい。
確かにフィリアが受け取ってきた討伐依頼書は本物だった。
なのになぜ……。
「ギルド、特に田舎のギルドは稀に『空依頼』ってもんを作るんだ」
そう話しかけてきたのは、歴戦の勇士という呼び名が似合うような勇者だった。
「空依頼?」
「あぁ、そのギルドの管轄内に、国の騎士団や剣聖ですら倒せないようなヤツが現れた時、駆け出し冒険者が調子に乗って命を落とさないように、架空の討伐依頼書を作るんだ」
話を聞くと、空依頼は無謀な敵に挑もうとする者の戦意を削ぐために作ることがあると受付嬢も話した。
確かに合理的だとは思うが、自分たちのように本当に倒してしまった時の対処法は何も考えられていなかったという事だ。
「この協会が設立して五百年が経ちますが、空依頼を達成してきた人は誰もいませんでしたので……申し訳ありません」
この受付嬢が謝る義務はない。
信之は下げられた頭を上げるように言った直後、後ろから声が聞こえた。
「お前、空依頼書を達成したのか!!?」
「信じられない、私ですら出来なかったのに……」
そう言って、周りの冒険者たちは信之の周りに集まってきた。
亜人に見習い勇者、老剣士、などがいる。
「ほら、これ持っていけ」
そう言って目の前に来た老剣士は、かなりのお金が入った袋を手渡してきた。
「こ、これは……?」
「これからの若者に貢ぐ金だ、礼はいらん」
そう言うと、その老剣士は背中を向けてギルドを出ていった。
「お、俺もだ。あまりにも彼が可哀想だ!」
「私も!」
「俺様もだ!」
そうして、その時ギルドにいたほぼすべての冒険者が信之にお金を渡してくれた。
到底一億エルダには届かない額だが、このお金にはそれ以上の価値があるような気がした。
◇ ◇ ◇
「それで、あの鯨ちゃんのほうは……?」
「はい、つい先程、鯨の魔力が消滅したのを確認いたしました」
マレリスとカラ。
二人は魔族トップの魔王と、その秘書だ。
「あの……マレリス様、なぜこのような場所で……」
二人がいるのはサピエンティア南部にある温泉地だ。
マレリスは大事な会議などという事を忘れて羽根を伸ばしている。
カラはそれに巻き込まれた。
温泉を周りに人がいないため、ほぼ貸し切りとなっている。
「だってぇ、リフレッシュしながらのほうが良い会議ができると思わない?」
「は、はぁ……」
聞き終わると、カラは咳払いをし、報告を続ける。
「現在、例の二人はアエニグマ最北端の町に滞在しているようです。予想以上にペースが早く、冬を挟んでいても、早ければ来年の初頭にも到着する可能性があります」
これから冬が始まってくる。
そのため今までのペースでは移動はできない。
しかし……
「カラ、相手はあのクジラちゃんを一日で攻略したのよ。そんな相手が雪で足止めは考えにくいんじゃない?」
「そ、そうですね……申し訳ございません」
マレリスはゆっくりと上を向く。
そして一息置く。
「しょうがないわね。『彼ら』に襲撃命令を」
「ほ、本気ですか!? 彼を殺してしまいます」
マレリスは少し微笑む。
その微笑みは非常に不気味だ。
「大丈夫よ、彼ならもしかして……」
それ以降の言葉を口にすることはなかった。
こんにちは、あまないです。
とうとう、とうとう第二章が終わりました!!!
長いようで短かったです(笑)。
苦手な戦闘シーンも頑張ってみました。
皆さんの推しは誰ですか!? 推しえてください!




