第十話 作る責任、知る責任
「何って、シチュー」
表情を変えずに淡々と言ってきたので、信之はかなりの恐怖を覚えた。
なぜなら、目の前にあるのはゲテモノ料理人もびっくりの見た目のシチューだったからだ。
いや、これをシチューと言っていいのかも怪しい。
まず色。シチューって普通、白か茶色のはずだが、フィリアのシチューは紫色だ。
(なんだコレ……)
料理を目の前にして固まっている信之を、向かいの椅子に座っているフィリアが不思議そうに見つめている。
「早く食べないと冷めちゃうよ?」
「そ、そうだね……」
信之は恐る恐るスプーンで料理をすくった。
入っている具材におかしなものはない。だが、シチューの色そのものがありえない色をしている。
「そ、そういやフィリアって実家でも料理とかするの?」
彼女は少し上を見て考えてから答えた。
「一昨年、メイドたちに振る舞ったことがあるけど、それ以来、作ろうとしたらメイドたちに止められて……」
要するに、メイドさんたちもフィリアの料理がトラウマになっているというわけだ。
しかし困った。こんな色のシチューを食べようものなら気を失いそうだ。
「ほら、早く食べてよ」
そんなにかわいい顔でお願いされたら、断れるものも断れない。
というか、その無意識の上目遣いは非常にずるい。
そして信之は覚悟を決めた。
どんなにまずくても、美味しいと言ってやろうではないか。
彼は手に持っていたスプーンを口に運んだ。
「い、いただきます」
そのままスプーンを口へ入れる。
信之は口の中、特に舌にはできるだけ触れないよう、スプーンをなるべく奥へ突っ込もうとした。
しかし上手くいかず、しっかり舌で味わってしまった。
しかし、なんだろう。
何かが変だ。
「おいしい……」
正直、今まで食べたどのシチューよりも美味しい。
おそらく先ほどの彼女の言葉から考えるに、何もかも適当に調味料を入れた結果、奇跡的に味のバランスが噛み合って美味しくなったのだろう。
「そう、よかった」
信之の「美味しい」という言葉を聞いた途端、彼女の口角が少しだけ、ほんの少しだけ上がったような気がした。
「美味しい、美味しいよ!」
信之は我を忘れたようにシチューを食べ進める。
本当に美味しいからだ。
しかし、食べ進めていると何か大きな具材を見つけた。
「これは?」
中には大きな玉ねぎのような野菜が丸ごと入っていた。
「それは、信之をおんぶして帰る途中の木になってた果物」
丸ごと入っているというのが少し気になるが、危険そうな感じはしない。
信之はスプーンですくってかじった。
普通に美味しい。マンゴーのような甘い味がした。
果物を丸ごと入れるとはどんな発想だと思ったし、このシチューにも合わない味だが、今はそんなこと気にしない。
しかし――
(ん? なんだろう、この感覚……)
謎の果物をかじって十数秒後、体に違和感を感じた。
何かが外へ吸い取られているような感覚だ。
(なんだこれ……?)
そういえば、一度かじって残した果物が段々と立派になってきているような気がする。
この感覚、結構前にも……いや、さっきも感じた気がする。
「うっ!?」
信之はそのまま机に頭を打ち付けた。
力が抜けてしまったのだ。
「信之どうしたの? 眠いの? 寝るならベッドで……」
相変わらずフィリアは表情を崩さない。
どう見たって緊急事態なのに、慌てる素振りすらまったく見せない。
(いや違うから! 体に力が入らないんだって!)
信之の心の叫びがフィリアに届くことはなかった。
◇ ◇ ◇
「アイラさん、大丈夫?」
ここはアルム魔法学校の教室。
休職中という名目で不在のイリスに代わり、代理教師が授業をしている最中、隣の席にいるステラが小声で話しかけてきた。
「だ、大丈夫よ」
そう言うと、ステラは「そうですか」とだけ返し、前を向き直した。
なぜ彼女はこんな質問をしてきたのか。
それはアイラの様子が明らかにおかしかったからだ。
以前まではパウルス公国のご令嬢として、髪のセット、化粧、服装の準備にそれなりの時間をかけて学校へ登校していた。
しかし信之がいなくなってからは寝不足が続き、眠りも浅い。
ルーラに起こされ、時間ギリギリで登校する日が増えていた。
(信之、今アンタ何してるのよ!)
登校中も授業中も、戦闘訓練中でさえも。
彼のことが頭から離れることはなかった。
◇ ◇ ◇
(早く帰りましょ……)
一日の授業が終わった。
いつもならご令嬢仲間と談笑しながら帰るのに、信之がいなくなってからは足早に帰るようになっていた。
「あの……! ア、アイラさん!」
馬車乗り場へ向かうため、授業終了直後でほとんど人のいない廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、少し前に迷宮で苦楽を共にした仲間――ステラが立っていた。
「な、何? 何か用?」
心に余裕がないせいか、心から信頼しているステラ相手にも、つい強い口調になってしまう。
その態度が少し怖かったのか、ステラは半歩下がった。
しかし、すぐに一歩前へ出た。
「あの、アイラさん。何か悩み事がありますよね……?」
図星だった。
今、アイラの頭の中は彼のことでいっぱいだ。
しかし、人に簡単に話せることではない。
そのため、嘘をつくことにした。
「ないわよ、そんなもの。ただ少し風邪気味なだけ」
しかし、ステラは諦めなかった。
「嘘です! 最近ずっと顔が暗いままです!」
彼女の言葉に、アイラは何も返せなかった。
「私はあなたのお友達です! だから、その悩みを聞く権利があります」
その言葉を聞いた途端、アイラの視界がゆっくりと滲んでいった。
こんにちは、あまないです。
また投稿日が開いてしまい本当にすいません。
でも、短編小説が終わったのでこれからは毎日投稿を
していきますのでよろしくお願いいたします。




