第32話 「貴族に慣れたのにな」
「そ、それ以上のこともする度胸も私にはあるのよ!」
アイラは信之の上に馬乗りになったまま、どこうとはしない。
そして、自分に度胸があることを証明するために、信之の服のボタンを一つずつ外していった。
(ヤバイヤバイ! このままだと対象年齢が上がってしまう!……)
心の中でそう叫んでも、彼女には届かない。
(いや、でも……)
アイラは信之の上着を脱がし終わったところで、自分の寝間着の上のボタンも脱ぎ始めた。
そこで、信之は悟った。
この世界に来てろくなことがなかった。
時にはヤバ女神にお菓子の包み紙占いをされたり、アイラとルーラに剣と言葉でボコられたり、キラキラしている人しかいない学校に行かされたり、いつの間にか成績トップの貴族と戦うことになったり……
(そう考えると、いいのかもな……)
アイラは上を脱いで、上半身は下着のみになった。
(お父様、お母様、今度こそあなた達の息子は大人になります……)
アイラが信之の両頬に手を当て、顔を近付けてきた。
そう、実に三回目の《《アレ》》である。
「アイラ」
咄嗟に思ったことがあるので、彼女の名前を呼んだ。
「ッッ!……な、なに……? 信之……」
名前を呼ばれただけで、火が吹き出しそうなぐらい顔は真っ赤になった。
「アイラってさ……」
彼女は息を呑んだ。
何を言われるのかと、心臓をドキドキさせている。
「剣持ってる時とそんなに重さ変わらないな」
彼女の中の時が止まった。
世界から音が消えたような気がした。
そして、信之の上から降りてベッドの下に置いてある剣を手に取った。
何かの足音が近づいている気がするような……
「ア、アイラ? その……備え付けの剣を抜かないで? その……なんというか……」
彼女は真っ赤な顔のままゆっくりと剣を抜いた。
そして両手で構えて……
「乙女心を……よくも……!」
振りかざす直前で、信之の部屋のドアがガチャっと開いた。
「何をやっているのですか? アイラ様? 信之?」
入ってきたのはルーラだ。
鬼の形相でこちらに迫って来たという記憶が最後の記憶だった。
◇ ◇ ◇
「……起きなさい……信之? 起きなさい……信之?」
「あ、はい」
気が付くと朝になっていた。
ルーラがいつも通り朝一番に起こしに来た。
しかし、なんだか覚えのある感触が左腕にあった。
「……また?」
「ここから離れたくないと言うもので……」
ルーラが若干呆れ声で離したのは、信之の腕の中でスヤスヤと眠っているアイラだ。
布団をかぶっていて頭しか見えない。
「アイラ? 起きて……って……え?」
布団をめくって信之の目に入ってきたのは、上半身に下着しか付けていない金髪美少女の姿だった。
信之は理性がそこそこある方というのと、目の前にルーラがいることもあって、なんとか平常心を保つことができた。
「ん……? あれ? 信之……? って……」
次の瞬間、アイラの悲鳴が屋敷に響いた。
◇ ◇ ◇
「……」
「……」
信之、アイラ、ルーラはいつも通りアルム魔法学校へ向かう馬車に揺られていた。
しかし、いつもの空気ではなく……
(どうしよう、鬼気まずい……)
異様に気まずい空気がずっと流れていた。
聞こえてくる音は、馬車が馬に引かれる音だけだった。
「その……信之?」
珍しくアイラの方から口を開いた。
「き、昨日はいろいろとごめんなさい……」
聞こえてきた言葉は、なんと謝罪だった。
「な、なんで謝るんだよ! 謝るのはこっちだと思うけど……」
昨日のことについては何も怒っていなかった。
むしろすごく嬉しかった。
美少女に襲われてそのまま……
全男子が憧れるシチュエーションではないだろうか。
「そ、そうよ! 大体、アンタがあんな事言うからでしょ!?」
ごもっともである。
女の子の扱いに関しては無知の信之は、つい本音を口に出してしまった。
虚言を一切発さないことが彼の長所であり、時には大きな短所でもあった。
「それは本当にスイマセン」
そして、正直に謝る。
これは当たり前のことだと思うだろうが、これがしっかりとできている人は結構少なかったりする。
そして、信之が謝ると、アイラの顔には笑顔が浮かんだ。
それにつられて信之も自然と口角が上がっているような気がした。
「お二人とも、転移魔法陣に着きましたよ」
ルーラがこう知らせるまで、二人はいつもと変わらない会話を続けた。
いつまでもこんな時間が続けばいいのにな、と二人は思った。
「それでは、いってらっしゃい」
「「いってきます!」」
二人はいつも通り転移魔法陣に乗り、白い光に包まれた。
光を抜けると、見慣れた制服を着たアルム生がたくさん見えた。
「あ! アイラ様!」
「おはようございます、皆様」
いつも通りお嬢様モードに切り替え、教室へ向かう。
二人の視界の先には、家の警備が付いて恥ずかしそうにしているプルウィアたちの姿も見えた。
「信之さん、ちょっといいですか?」
教室へ向かう途中、イリスに話しかけられた。
そして、先に教室へ向かってもらうようアイラに頼み、広い廊下に信之とイリスの二人きりになった。
「信之さん、今日の放課後、私の校長室に来ていただけませんか?」
てっきり迷宮実習のことかと思っていた信之だったが、どうやら違ったらしい。
理由を聞いても答えてはくれなかったが、彼に断る理由もないので承諾した。
◇ ◇ ◇
「やっと終わった……」
半日後、授業が終わった。
もうすぐテストらしいので授業のスピードも早く、ついていくので精一杯だったので疲れた。
(そういや、放課後予定あるんだっけ……)
この時までイリスとの約束を完全に忘れていたが、運良く思い出したので荷物をまとめて席を立ち、教室を出ようとした。
「信之! どうしたの? 予定とかあるの?」
教室を出ようとしたら、隣の席のアイラが話しかけてきた。
「うん、珍しく」
「へぇ、珍しいこともあるのね。じゃあ私は先に馬車に行ってるわね」
「了解」
そう言って教室を後にした。
少し歩いて校長室の前に着く。
信之は扉をコンコンと叩いた。
「失礼します」
「ノックは三回ですよ、信之さん」
信之は「スイマセン」と言いながら校長室の中に入った。
「よく来てくれましたね。お茶を入れてあるのでどうぞ」
席に案内され、信之は席に座った。
偉い人の部屋にありがちな、向かい合った高級そうな革張りの黒い椅子だ。
そして、淹れられたお茶を飲んだ。
「それで、どんなご用件ですか?」
「私の過去の話を聞いてもらおうと思いまして」
不思議だ。
これだけのために呼んだのだろうかと疑問に思ったが、そのまま話を聞くことにした。
「分かりました」
「……ありがとうございます。では、私の幼少期のお話から……」
話の内容をまとめると、イリスの家は父、母、そしてイリスの三人家族で仲睦まじく暮らしていた。
父は魔法使いを生業としていた。
イリスにとっては、とても楽しく静かな毎日だったらしい。
しかし、そんな生活に亀裂が入ったのは今から十八年前、イリスがまだ六歳の時のこと。
「ある日、父アルトが『もう一緒にいることができない』と言って家を出てしまったんです」
母によると、アルトはここ一か月様子がおかしかったらしく、家に帰っても夕食も食べず、魔法の研究と言ってずっと部屋に籠もるようになったのだという。
「それで、ある日突然、家を出ていってしまって……」
母はアルトに捨てられたと泣き叫んでいたらしい。
生活費が手に入らなくなったイリス家は、その後しばらくアルトの置いていったお金で飢えをしのいだ。
信之の頭がフラフラしてきたような……
「ある日、父の部屋を調べたんです。父が出ていってしまった理由を知ることができるかもしれないと思って……」
幼少期のイリスは部屋の中をくまなく調べ尽くした。
そして……
「日記が出てきたんです。中にはこう書いてありました。
『私は洞窟の中を探索中、ディアリングの一つ、ウェントル・リングを見つけ適合者になった。そして魔族に襲われるようになり、魔族と戦い続けなければならなくなった。なので、家族を巻き込みたくない。そのため家を出る決意をした』
と……」
信之はそれを聞いた瞬間、背筋が凍った。
それと同時に頭がぼんやりとしてきた。
「そして、それから私はディアリングに対する底の見えない憎悪が湧きました」
それからイリスは鬱状態になってしまった母を養うため、日々魔法の鍛錬に時間を費やし、アルム魔法学校の特待生として学費免除で入学し、『風の支配者』と言われるまでの魔法使いになったのだ。
「イリス校長、このお茶……」
信之は床に倒れた。
とてつもない眠気が襲ってきたからだ。
「そのお茶に睡眠薬を混ぜました。言いましたよね? 私はディアリングを恨んでいると……」
信之はまさかと思い、背筋に冷たいものが走る感覚がした。
「そう、《《あなたの持っている》》指輪、グラキエスに対してもです……」
信之の記憶では、それがイリスの最後の言葉だった。
信之が完全に意識を失った後……
「終わりました。後はご自由に……」
水晶に映る誰かに向かって話し、イリスはその場を去った。
こんにちは!あまないです
とうとう終わりました。第一章!
長いような短いような…そんな気がします。
近況ノートにも記載しますが、私は進級に単位習得のため、
一時的に投稿をお休みします。次の投稿は7月12日を予定しております
どうかお楽しみに!!!
P.S
推しはステラです。
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