第22話 「氷漬けと家なき魔法使い」
「な……なぜ分かったのですか……?」
「勘じゃよ……わしは昔、冒険者をやっていてな……」
その老人の話によると、昔ディアリングの力に魅了され、この指輪を追って旅をしていたらしい。
しかし結局、ディアリングと出会えたのは十五年前。
それもたった一度だけだった。
「彼に出会った時のことは、今でもはっきり覚えておる。その男は家族を捨ててまで旅に出て、魔族を狩り続けた」
その男もディアリングを持っていたらしく、一度感じた指輪のオーラをずっと覚えていたらしい。
「そうして、もしかしたらこのリベリタスに店を構えれば、またディアリングに会えるのではないかと思ってな……」
そんなに見たくて十五年間も待っていたのなら、見せないわけにはいかない。
信之はそっと手袋を外した。
「おぉ! ……これが……ディアリング……しかも……グラキエスではないか!」
「そんなに珍しいんですか?」
またおじさん――じゃなかった。
商人の話に戻る。
この世界には七つのディアリング。
通称『悪魔の指輪』が存在する。
グラキエスもそのうちの一つだ。
しかし、その中でも特に珍しいらしい。
「グラキエスは魔王が直接使用していた指輪なのだ。それ故、適合者になるための条件が他の指輪より遥かに高い」
商人は信之の指輪を見つめながら続けた。
「千年以上の歴史を持つディアリングの中で、グラキエスの適合者になれたのは魔王と、もう一人の男……そしてお前さんだけじゃ」
その言葉を聞いた瞬間、胸が高鳴った。
歴代で魔王を除けば二人しかいない適合者。
そのうちの一人が自分なのだから。
(もう一人の男は、あの禁書庫の本の人か)
信之は以前、禁書庫へ無断侵入したことがある。
そこにグラキエスに関する本があった。
もう一人の男というのは、間違いなくその著者だろう。
「お前さんのようにディアリングを持つ者に渡すものがある。ついてきなさい……」
そう言って商人は路地を歩き始めた。
信之も後を追う。
そして少し歩いた先に、人目にまったく付かない小さな店があった。
「おじさん、ここって誰もいないね――って、ギャーーーーー!!」
店へ入った瞬間。
上から骸骨が降ってきた。
「それはわしが昔狩った魔族の骸骨じゃ。意外と金持ちには売れる」
商人は平然と言う。
「あと、おじさんと言うでないと言っておるじゃろ」
そう言いながら、商人は店の奥で何かを探し始めた。
「何探してるんですか?」
「待て待て! ついにアレを渡す時が……!」
なんだか一人で盛り上がっている。
まあ、すぐ見つかるだろう。
そう思っていた。
この時までは。
◇◇◇
「あったあった! これじゃ!!!」
「ねぇ、何時間探してんの?」
外を見る。
太陽はほとんど沈みかけていた。
このおじさんは三時間近く、何も言わずに物を探していたのだ。
(せめて『ちょっと長くなるけどごめんね』くらい言ってよ……)
「ほれ、お主にこれをやろう」
「なんですか? これ?」
手渡されたのは小さな緑色の巾着だった。
「ディアリング所有者専用の魔力増大剤じゃ」
その名前を聞いた瞬間、信之は確信した。
これが女神の言っていた物なのだと。
「いいんですか!? あ、せめてお金を――」
「いや、いらん」
商人は首を横に振る。
「ワシはこの指輪が見られただけで大満足じゃ……」
「おじさん……」
今この瞬間だけ、この商人が世界で一番格好良く見えた。
だが。
腕に違和感があった。
指輪をはめている左手の人差し指が妙にムズムズする。
信之は視線を下へ向けた。
そして見てしまった。
商人が魔道具のようなもので、ディアリングを外そうとしている姿を。
「お……じ……さ……ん……?」
「な、ななななんじゃ!? いきなりそんな顔をしよって……」
商人は焦ったように手を引っ込める。
そして――
「って、なにしようとしておる? お主にその薬をやったじゃろ……」
一秒後。
おっさんは氷の中に閉じ込められた。
◇ ◇ ◇
「信之〜! どこ行ってたんだよ!! みんな探してたんだぞ!」
「あー、ごめん」
スラム街の通りを出て大通りに出ると、意外にもすぐ今回の迷宮実習のパーティーと再会できた。
アイラとステラの手には大量の紙袋が抱えられている。
「マジであの後大変だったぜ……アイラ様がチンピラに絡まれるわ、ステラが迷子になるわ……」
後ろではアイラとステラが楽しそうにおしゃべりしている。
それにもかかわらず、クラウスは死んだ魚のような目をしていた。
信之はそんな彼の愚痴を聞きながら、リベリタスの大通りを歩いた。
しかし、アイラには少し元気がないように見える。
何かあったのだろうか。
「そういやみんな、そろそろ宿取らないと」
クラウスが言った。
「そうね」
「わ、わかりました」
そんなこんなで、僕たちの宿探しが始まった。
このとき全員、
『せっかく宿も自由なんだから、ちょっと良いところにしたいな』
と思っていた。
この時までは――。
◇◇◇
「ま、満室? ここも?」
「はい。本日はアルム生の方々が街に多くいらっしゃいましたし、本日は特にリベリタス全体でお客様が多く……」
(オワタ……)
一応、いろいろな所をたらい回しにされた末、滑り込みで馬車の予約だけは取れた。
しかし宿は違う。
あれから何件回っただろう。
どこもかしこも満室だった。
信之パーティーは完全に途方に暮れていた。
そんな中、クラウスが勢いよく手を挙げた。
「みんな! 誰でも無料で絶対に泊まれる場所を知ってるぜ!!」
そう言って道具屋へ走っていく。
しばらくして戻ってきた彼の手には、大量のキャンプ用品が握られていた。
(おい……まさかそこって……)
◇◇◇
「クラウスー! そっちをもっと引っ張ってくれ!」
「了解!」
結果。
僕たちは街を出て、最初に転移してきた丘の近くでキャンプ――という名の野宿をすることになった。
仕方がない。
このまま街中で寝るわけにもいかないのだ。
「なんでリベリタスにまで来て野宿なのよ……」
「まぁアイラさん、いいじゃないですか。ほら! この魚、本当に美味しそうですよ」
アイラとステラの女子組は料理。
信之とクラウスの男組はテント設営。
役割分担をしながらキャンプを進めていく。
最初は少し残念な気持ちもあった。
だが不思議なことに、だんだん楽しくなってきた。
みんなで火を囲みながら雑談をしたり。
くだらないことで笑ったり。
クラウスの水魔法でキャンプファイヤーが消えたり。
色々あったが、本当に楽しかった。
◇◇◇
「ふぁ〜〜……眠い……早く寝よ……」
テントは資金の関係上一つしかない。
少し不安だったが、みんな疲れていたのかすぐに眠ってしまった。
その時だった。
「信之、ちょっといい?」
「あ、アイラ。どうした?」
「ちょっと話に付き合って」
トイレから戻ってきた信之に、アイラがそう声を掛けた。
二人は先ほどまでキャンプファイヤーをしていた場所へ腰を下ろす。
そして消えかけていた火に、もう一度火を灯した。
◇◇◇
「どうしたの? アイラ」
「怖くないの? アンタは……明日の迷宮実習」
意外と普通の質問だった。
信之はてっきり、
『お金足りないから貸して』
とでも言われるのかと思っていた。
「怖いかって……そりゃ怖いよ。成績にも関わるし……」
「そうじゃなくて!! 迷宮そのものよ!」
アイラが急に声を荒げた。
「アイラ! 静かに……他の二人が起きるでしょ……」
「ッ……ご、ごめんなさい……」
二人は声を潜める。
しばらく沈黙が流れた。
そしてアイラがぽつりと呟いた。
「前に洞窟に閉じ込められたことがあったでしょ? あれから狭い場所が怖くて……」
信之は黙って続きを待った。
「あの時、私は何もできなかった。
帰ろうと思ったら後ろから魔法を受けて……
気が付いたらあそこにいて……
だから……今回も何もできないんじゃないかって……」
その声は震えていた。
普段の強気なアイラからは想像もできないほど弱々しかった。
◇◇◇
「アイラ……」
信之はそっと彼女の肩を抱き寄せた。
「あの時は一人だったかもしれないけど、今回は違う」
「……」
「僕もいる。
クラウスもいる。
ステラもいる。
だから大丈夫だよ」
少しだけ笑って続ける。
「まぁ、確証は持てないけどね……」
「ッ!!」
アイラの肩が跳ねた。
「バカ……暑いわよ……離れなさいよ……」
そう言って立ち上がる。
だが、その声にはいつもの鋭さがなかった。
「もう寝る……」
「え? あ、ごめん。急に……」
「……」
「アイラ?」
すると彼女は振り返らないまま言った。
「アンタのその言葉……一応信じるから……」
それだけ言うとテントへ入っていった。
◇◇◇
布団へ潜り込む。
そして顔を毛布に埋めた。
(大丈夫……)
(大丈夫……)
(大丈夫私……)
胸がうるさい。
顔が熱い。
でも、それを認めたくなくて。
(ドキドキなんてしてない……)
そう何度も自分に言い聞かせる。
しかし、その努力はあまり意味を成していなかった。
信之にはアイラの心の叫びが聞こえないまま――。
迷宮実習前夜は静かに更けていった。
こんにちは!!!あまないです
今回も長くなってしまいスイマセン…
でもここまで読んでくれた方には感謝しか無いです!!
続きもどうぞお楽しみに…




