第64話 チェン族の魔獣避け
◆帝国歴635年現在
アリア(茜)視点
そう話した義父は喉が渇いたのか、コップを取ると中の水を一気に飲み込んだ。
まあ、ずっと喋り通しだからね。
当然だと成り行きを見ていた。
アメリアさんの講義の延長にブロンキス町の成り立ちについて言及したところ、何故か義父が現れてアメリアとバトンを交代した。
いや、別にアメリアさんで良かったんですが?
ハッキリ言って義父から直々に講義はちょっと引くしやってらんない。
勘弁してって言おうとしたんだけど、肝心のアメリアさんは瞬時に居なくなるし、目の前には何故か目をキラキラ☆させてる義父がニコニコ顔で控えている。
おっさんがウザさ100%で本当に嫌だ。
アメリアさんカムバック願います。
「ここからはオレの方が詳しいからだ」
バトンタッチした理由をそう宣言し一方的に始まった義父の講義は、領主とギルド長を兼任してるだけあってかなり分かりやすい講義内容だった。
意外な義父の講義能力にちょっとは見直すべきと思ったけど、先程のアメリアさんが目にクマを溜めていたのを見るに、やはり雇用環境はブラックかと改めて雇用主に対する警戒が大きくなっただけ。
はぁ、溜息しか出ないわ。
でもサーベルとアルフレッドの関係やブロンキス町の創立は分かったと思う。
それはそれとして、引続き続いた講義内容は次のようなものだった。
ブロンキス町はつまり旧メンデル領からの移住者で構成された新造の町であり、この地に元々町も何も無かったという事実だ。
しかし現在、ブロンキスは外周を強固な城壁で囲み、魔森から得られるレアな薬草や魔獣の貴重な素材で潤い帝国内でも有数の発展した町となっている。
ならば武器も足りず非戦闘員中心の構成で移住を強行したブロンキスの創設に関わったであろう旧メンデル領移住者達。
凶悪魔獣が闊歩するこの地へ彼らはどうやって拠点を築く事が出来たのだろうか?
「それは蛮族であったチェン族。そして弟達の信頼のお陰だ。絶望的な状況でチェン族は門外不出の物を我々に開示した。そのお陰でブロンキスの今がある」
「門外不出の物?」
「ああ、チェン族にだけ伝わる氷結系魔獣に対して有効な《魔獣避け》だ。北部しか採取出来ないベガという薬草を乾燥させ粉末にした物を燃やすと魔獣が嫌う臭いを出す。不安要因は氷結系魔獣以外の魔獣に対した使用が初めてだった事。だが思った以上に効果があり我々は一定期間安全に拠点を築く事が出来たんだ」
何それ?初めて聞いた。
だけど、そんな便利な物があるなら今の開拓村の惨状は理解出来ない。
まさか義父はブロンキスだけに秘匿して開拓村を見殺しにしてきた?!
「………………」じっ
「あ〜あ〜待て待て勘違いするな!?睨むんじゃない。ったく、まだ話には余談があるんだ。早とちりするんじゃない!!」
「………ちゃんと話て。誤魔化したら許さない」
「くっ、そういう誤解をされるからオレが説明してるんじゃないか。だからこの後の話を聞いてくれ!」
「………分かった」
その後の義父の話はこうだった。
先ずはチェン族の《魔獣避け》だが、結論からいうともう存在しない。
ブロンキス町を築く過程で全て使い尽くしたのだ。
元々チェン族の持っていた《魔獣避け》は拠点作りには潤沢ではなく、なによりの問題は補充が出来ない現実があった。
「蛮族の中でも共有化されなかったのは薬草ベガの生息地が雪と氷で閉ざされた為だ。ベガはチェン族の故郷にだけ生育していた薬草。寒冷化でチェン族が故郷を離れた頃には生息地は雪と氷に覆われ二度と手に入らない」
「代替えの捜索は」
「今もやっているが如何ともし難い。元々北部の固有種でチェン族が持っていたのは乾燥され粉末化したもの。元の薬草自体は殆どの者が知らない。実際の薬草を見た事があるのはチェン族戦士や族長、サーベルぐらいなものだ」
「サーベル……」
あのブラック児童労働の元締めサーベルにチェン族との意外な接点やその生い立ちも驚きだが、彼が今では幻となった《魔獣避け》の元である薬草を見た事がある数少ない人物である事もビックリだ。
双子で疎まれてやむなく蛮族チェン族として育った幼少期。
そして数奇な時を経て再び邂逅した双子の兄弟。
サーベルは波乱万丈な生涯を過ごしてきた苦労の人だったという事になる。
是迄彼についてはブラック児童労働元締めの一面しか知らなかった訳だが、義父の話を聞いてちょっとだけサーベルへの評価が上昇した。
だからと言って現代日本の価値観からは受け入れ難い部分が残るのも仕方無い事ではあると思う。
「気にするな。アイツは実は恥ずかしがりやで自分の事は誰にも話さん主義なんだ。だから町の創立に重要な役割をしてくれた事もずっと隠して過ごしている。まあ、お前は家族同然なんだから伝えただけだ」
「…………………」
恥ずかしがりやかは分からないけど、まあ少しは尊敬の念が芽生えた事は確か。
今後は優しく接しられるかな?
「………それでその後の話をするが、お前の生い立ちの事を話さなければならない」
「覚悟してます……」
先程の話で義父がリングルベル当主と友好関係であった事は知れた。
その後に諸悪の根源と思われる宰相と何らかの確執があったのも分かる。
そしてアリアのその後の運命を知れば義父がこれから話す事はけっして良い話ではないだろう。
だけど私がこれからアリアとして生きるなら、それを知る事は避けては通れないと思ったからだ。




