第61話 アルフレッド回想5
過去
アルフレッド視点
今、宰相は何と言った?
悪しき魔獣を討伐せよと言ったのか?!
宰相の言うメンデル領における魔獣とは領民として迎え入れた蛮族、少数部族チェン族の事だ。
その大半は女子供の非戦闘員。
彼らは私が提示した領民に迎え入れるとした条件を飲み、武装解除に応じてくれた者達だ。
チェン族は騎馬を駆使し自在に荒野を駆け抜ける蛮族の中では武闘派だ。
その変幻自在な機動力から《風の民》と云われるほどの神出鬼没さを持っている。
そしてチェン族の戦士は実に粘り強く、強靭で縦横無尽に戦場を支配出来た。
正直、彼らが本気になればメンデル領の私兵など、ただの雑兵の寄り集め程度にしかならなかっただろう。
つまり彼らは北部において強者だったのだ。
しかしチェン族は戦いより話し合いを選んだ。
力による征服では平和が長続きしない事を彼らも知っていたからだ。
こうして戦力的優位性を捨ててまで私を信頼し武装解除に応じてくれた彼らを、まるで騙し討ちのように討伐しろと言う宰相の言葉。
これは彼らとの道義や信頼を踏みにじり、もはや悪魔の考え方に他ならなかった。
だが、ここで反論したとしてどうなるのだ?
オレは反逆の一味として捕まり、メンデル領には帝国正規軍が差し向けられてしまう。
その後に起きるのは一方的な虐殺だ。
領民は散り散りとなりメンデル領は事実上、滅亡となるだろう。
作り上げた新しい平和も全て水疱に帰してしまう。
かといって、宰相の言葉通りにチェン族を討伐すれば、それは不条理な虐殺行為がメンデルの所業にすり替わるだけだ。
どちらにせよ北部全体に知れ渡り、怒りに満ちた蛮族達の攻撃の的となるのだろう。
何故なら北部の蛮族は皆バラバラに少数部族を形成しているが、その分其々にお互いの血を入れた親類関係を構築している。
横の繋がりが強く、理不尽な敵には一致団結する傾向があるからだ。
そうなればメンデル領は蛮族全体の敵として認定され、彼らの積極的侵攻に晒される事となる。
そして元老院はメンデル領が自身で領を守れなくなった段階で帝国正規軍を投入。
蛮族を追い出した上でメンデル領を元老院の直轄地とし、後に自分達の息のかかった貴族に継承させる気なのだろう。
どちらにせよ、メンデル家に明日は無いという事になる。
「返答は如何にかの?」
「!」
くそっ、この成金ジジイ。
結局は自分達の金儲けしか考えていない。
メンデル家没落が避けられないのなら、優先すべきは家門の存続ではなく領民達の安全を図ることだろう。
だとしたら………。
「失礼しました宰相閣下。蛮族は魔獣。どうやら私は奴らの偽の姿に惑わされていたようです。人のような姿で騙すのがこの魔獣の特徴だった様です。直ぐ様とって返し、魔獣達を討伐して参ります」
「魔獣に騙されていた、という事か。それは大変悪辣な魔獣だな。メンデル領の私兵だけでは対処し辛かろう。帝国の正規軍を貸し与えても良いが」
「だ、大丈夫です。たかが地方領の事に一々正規軍を派遣するのは些か大げさ過ぎるというもの。メンデル領だけで対処してみせます」
「うむ、よくぞ言った。我が国を害するものは魔獣であれ他国であれ絶対に許してはならぬ。必ずや一体残らず討伐せよ。よいな」
「は、承りました」
こうしてオレは自領に舞い戻る事となった。
宰相との後戻りの出来ない命令を受けざるおえない形で故郷の自領に戻る事となってしまったのだ。
だが、これにはオレなりに考えがあった事。
後で父に自身の考えを伝えるつもりで行った回答だった。
メンデル領はこれで終わらない。
終わらせてたまるものか。
ガタッ
「では急ぎ自領に戻り魔獣討伐に向かいます」
「まあ待て、そう急く事もない。その前にそなたに問いたい事がある」
「は?」
「貴公はリングルベル侯爵家とは親交があったかの?」
「リングルベル侯爵家、ですか?!」
一体何の話だろうか。
まさかジョージの身に何事か起きている?
「いえ、親交といえるほどの関係はありません。何分自分は男爵家の次男、侯爵家と親交を交わせるほど身分があるわけもありません」
「ふむぅ?どうやら誤報だったという事かの」
その時私は咄嗟にジョージとの親交を誤魔化した。宰相の雰囲気に嫌な予感がしたからだ。
しかし誤報とは何だ?
「では吉報を待っておるぞ」
「……ははっ」
宰相の顔は当てが外れたような顔。
気になる。
どういう事なのだろうか。
ジョージとリングルベル侯爵家に何事か起きているのか!?
宰相との謁見が終わるやいなや私は通路を駆け出した。
ジョージの安否を確かめるべく再び治安局を目指したのだ。
だが、訪れた治安局は依然として硬い扉を閉ざしたままだった。
それだけでなく治安局周辺は閑散としており、とても機能しているとは言い難い。
(治安局は閉鎖されている?)
益々ジョージが心配になったが、これ以上の帝都への留まりは宰相に非ぬ疑念を抱かせてしまう。
後ろ髪を引かれる思いではあったが、手短に旅支度を整えメンデル領への帰路についた。
自領に戻ったオレは直ぐ様、領主である父に事の次第を報告した。
そして考え込む父に自身の考えを明かす事としたのだ。
「父上、帝国の正義は地に落ちました。皇帝陛下は病にふせり政権は実質的に宰相が握っております。元老院も機能せず老害共の関心は目先の金儲けだけしかありません。いずれにせよメンデルは無くなるでしょう。であれば領民と新たに入れたチェン族達を領外に逃がすのが我らの最後の務めと思います」
「成る程。宰相に引導を渡される前に我ら自身で領の幕引きを図るか……。不条理な冤罪を仕向けられ晴らす手段も皆無ならそれが最善なのかも知れんな。だがどうする?チェン族だけでなく我が領民全てが対象なら膨大な数だ。友好を保っている周辺領に頼むとして、果たして受け入れられるか調整も困難だろう」
「お忘れですか?この大陸には帝国以外に国家が存在します。領にこだわらなければ自ずと道が開けるはず」
「亡命……か」
これがオレが出した答え。
メンデル領を捨て他国に亡命する。
最早これしか我らメンデルに生きる望みは無かったのだから。




