第43話 冒険者への道2(黒幕とアヘナ)
パチパチパチパチパチッ
カタッカタッカタッカタッカタッ
ここはこの世ならぬ虚空の果て。
そこに一人寡黙にキーボードを叩く、ある女性の姿がありました。
彼女こそ地球の天音に協力を求め、自身の世界を救わんと日夜奔走する神の一柱でもありました。
時と運命を司る女神フォルトーナ。
その思いと慈愛はどこまでも深く⋯⋯⋯⋯。
(『ふいぅ、邪神の侵食に何とか対応が追いついてきたけど復旧には程遠いわ。天音さんは大丈夫かしら?あ、いけない?!ヒューズ2のタイムスケールの確認がまだだった。今のヒューズ2は一体何時になって⋯⋯⋯??えぇ!!わ、私は大変な事を?!こんなスケールじゃ天音さんの意識がどうなるか分からないわ。ど、どうしよう?!ああ、なんて事!不味い、不味いわ!!天音さんが天音さんじゃなくなってしまう!どうしてこんな事態に!』)
一瞬慌てる彼女はその後再び寡黙となり、ただひたすらキーボードを打ち続けるのみ。
どれほどの時間が流れようと、集中する彼女に最早何も届きません。
全ては永劫の片時の夢。
女神の呟きは虚空に只響くだけでした⋯⋯⋯。
❇❇❇❇
◆帝国歴635年
「あ?わ、私は何を??!」
「やっと気づいたか」
目覚めたら、そこはサーベルの部屋のソファだった?!
目の前には書類に目を通しているサーベルがおり、私は恥ずかしくも彼に寝顔を晒してたらしい。
何がどうしてこうなった?!
「何か私、粗相をしたようで申し訳ありません」
「その様子だとすっかり忘れているようだ。まあ仕方ない。しかしアレだ、寝顔は歳相応のガキの顔だったな。可愛いもんだ」
「あ、うわっ?!!」ババッ
「今更恥ずかしがるのか?面白いヤツだ」
自身の身体に目を移せば、はだけた貫頭衣から素足が付け根近くまでもろ出しだ。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
その慌てふためく私を面白そうに観察しながら、ニヤリと笑うサーベル。
私はどんな醜態を晒してたのだろうか。
うう、彼に玩具にされているようで情けない。
本当に私は何をしてたんだ?
「ハンギ兄弟を使っていた黒幕はブルガ商会のブルガだ」
「?!」
突然のサーベルから伝えられた衝撃的な黒幕の名前。
それがアリアの死の元凶?!
「俺が何故黒幕の名前を打ち明けたかだが⋯⋯お前が間違いを起こさないようにする為だ。相手の実体を掴み正しく判断し無闇な行動を取らない事。そしてこの先の情報を伝えるにあたり今後は俺の指示に従う事。守れるか?」
「分かりました」
「いいだろう⋯⋯お前は歳に似合わず合理的判断が出来るはずだ。だから俺が持っている情報を全て教えてやる。だが最初に言っておく。当面は力をつけろ。そしてその魔力の操作や戦い方を学べ。分かったか?」
「はいっ」
「その為には冒険者を目指す事。冒険者は様々な依頼を受けられお前が力をつけるには早道だ。ガキの内は簡単な仕事しか受けられないが十歳を過ぎれば大体は何とかなる。それからその髪色は目立ち過ぎる。後でベスに染めて貰え。いいな?」
「冒険者……⋯⋯」
冒険者か。
あの悪人ハンギ兄弟達と同じ立ち位置になるのは複雑だが、サーベルが言わんとする事は何となく分かる。
確かに様々な依頼を受けられる冒険者は経験値を最短で高めてくれるに違いなく、間違いなくアリアの、私の成長に役立つ事になるだろう。
「ブルガ商会は帝都に本店がありブロンキスには支店を置いている。ブルガ本人は本店にいて、このブロンキスの支店はセバスという者に一任している。お前はブルガの指示でセバスがハンギ兄弟に命じて誘拐された。そしてブロンキス支店の倉庫内でアヘナを投与されたんだろう」
「アヘナ?」
「最近帝都の貴族社会に流れている麻薬だ。海を隔てた魔大陸と呼ばれる未開の大陸に自生しているらしい。元々は魔力増幅剤として出回った。貴族共は魔力を持つ事をステイタスにしている。それが平民との違いで貴族の証としてやがるのさ」
「魔力がある事が貴族の証⋯⋯⋯?」
「元々この国の貴族は魔力が強い者達が貴族となった経緯がある。大陸の過去は戦国の世。乱世が長く続く時代があった。その時に強力な力を持つ者が現れ乱世を終わりに導いた。それが魔力持ちだ。魔力持ちの多くは常人離れした特出した力を持って、様々な戦場において戦いに勝利をもたらした。人より怪力であったり、誰よりも早く走れたり、そして魔法使いであったりだ。まあ、戦場で武功を上げた者が貴族になったわけなのだが、その殆どが魔力持ちだったという事だ。そうして《貴族は魔力持ち》という社会的地位が確立され今に至っているわけだ」
戦場で武功を上げた者が皆魔力持ち。
逆説だが魔力持ちでなければ武功は成立しなかったとも云えるわけだ。
それだけ当時の戦場は過酷だったという事か。
「その後に続いた天下泰平の時代、怠惰な生活を続ける貴族達は世代交代と共に魔力を弱めてきた。昨今の魔力持ちは大した力も無く、魔道具測定に表れる程度の者が殆どだ。まして魔法使いのような魔力を具現化できる者などはほんの一握りとなってしまった。つまり帝都の魔力持ちの大半は実用性の無い、お遊び程度の力しか持っていない。だがそれでも、魔力を持っている事が貴族の証明となるが故に彼らはこぞって魔力を高める方法を模索していた。家門を守る為には魔力持ちを保持し続ける必要があるからだ。たまに現れる平民の魔力持ちを養子に迎えるのもその為だ。そうした体裁を取り繕うだけに血眼になっている貴族達。そこに突然投げられたのがアヘナだ。コイツは測定器にも反応しない微弱な魔力持ちであっても、一時的なら相当の底上げが可能になる代物らしく、貴族達の間にまたたく間に広がった。しかし常習性が高く高確率で廃人になる事が分かると、国は直ちに規制した。今は水面下に潜り、闇で違法に取り引きされている」
魔力の底上げに麻薬を使う。
ブルガがアリアにアヘナを与えたのは魔力の底上げが目的だった。
僅かしかなかったアリアの魔力を上げ、より高値で取り引きされるポーションを作らせる為だ。
そして結果はアリアの死。
「悪人共め⋯⋯⋯」
「馬鹿な考えは捨てる事だ。ブルガは護衛に数十人の冒険者くずれを飼っている。その連中は皆ハンギ兄弟並みか、それ以上にイカれた奴らばかりだ。残虐で狡猾、ブルガ自身も智略に長けたロクデナシだ。今のお前ではひとたまりもない」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
彼の言葉は正論だ。
例え巨鳥を倒した魔法が使えたとして、対抗出来るのは一人か二人。
それがハンギ兄弟並みに狡猾な護衛が数十人もいたらどうにもならない。
しかもコチラはデカい魔法を一つ撃つだけで動けなくなる只の子供だ。
サーベルは私に現実を語っているのだろう。
「時期を待つ事だ。そして今は力をつけろ。俺が言いたい事はそれだけだ。もう下がっていいぞ」
「はい⋯⋯⋯⋯⋯」
サーベルを最初、私を利用して何かを成そうという欲を持つ警戒すべき人物だと思った。
だけど彼からその欲が消え、今は別の感情が働いているような気がしてならない。
未だサーベルの本音が見えないが、いずれ分かる時がくるはずだ。
当面は彼の世話になって様子見よう。
そして情報を得て力をつけるんだ。
それがアリアの身体を守り、いつか天音に戻る為に最善だと思えるから。




