第38話 サーベル
いわゆる屋上。
日本においても異世界においても屋上のある家屋は珍しいものだが、サーベルが提供する孤児達の宿舎には洗濯物を干せるだけのスペースがある屋上が確かにあった。
そして小さいながらも椅子とテーブルがあり、サーベルは屋上の街並みがよく見える側に座ると私に振り返った。
「まあ、なんだ。座れ」
「はい」
対面を指図されてそこに座る。
だが彼は私に目を向けず街並みへ視線を移した。
視界に広がるのはナーロッパ的オレンジ瓦屋根と中央にある支配層らしき大型の建造物。
そして周囲を取り囲む無機質な城壁だ。
何だろう?
私への話の理由がこの景色にあるのだろうか。
「この国の名前は知っているな」
「えーとアグニス帝国、でしたね」
「そうだ。この国はアルカディーテ大陸中央にあり、大陸の半分を占める大国だ。だが大半は未開地を含む山と森の国になる。そしてもっとも西部に位置するのがこのブロンキス。まあ辺境だ」
「はい」
「で、だ。だからこそのブロンキスなる。ここは開拓地の窓口でありながら魔物が潜む広大な魔森を抱えた危険地帯、その手前にある町だ。そしてこの国、アグニス帝国はこの西部の未開地開拓を重要視している。もちろん未開地が開拓されれば領土拡張と食料増産に繋がるだろう。だが未開地は他にもあり、早急に食料増産が必要なほどこの国は困ってはいない。にも関わらず中央はこの地域の開拓に固執している。だから失敗しても開拓民を送ってくる。何度失敗してもだ。不思議だろうが」
少し熱く語り出したサーベル。
つまりブロンキスはアグニス帝国未開地開拓の最前線で、その開拓の為に送られてきた人々が開拓村の人々になるのか。
そして失敗という事は開拓村の消滅を指すのだろう。
「だが今回は深刻だ。開拓村が全て全滅した。こんな事はここ十年では無かった事だ。そしていずれもが魔獣の被害に遭っている。魔獣が森から溢れた事で開拓村に魔獣の大群が襲いかかったんだ。そして近年は魔獣が溢れる事が増加している。だからブロンキスのギルドは国の支援もあって冒険者を大量に増やしている。冒険者は魔獣対策の要だからな。だが大量に増やした結果、中には犯罪に手を染めるような質の悪い冒険者が混じってしまった。その結果がランベル達の村だ。あれは人災だったからな」
人災⋯⋯ハンギ兄弟による焼き打ち事件はイレギュラーで人災だったという事になるのか。
その原因が私だと、言葉のニュアンスからサーベルも知っているらしい。
全くとんだ悪人達だったが、そういえば奴らは冒険者という職業だった。
そんな輩が他にもいるなら、何とも気が重くなる話だ。
「しかしな。だからこそランベル達は生き延びた。魔獣災害で全滅した村はその殆どが死体も残らない行方不明者のみ。そういう事だ」
悪人に襲われて、だからこそ生き延びた。
皮肉な論理だと思うが、結果としてランベル達には幸運だったともいえる。
しかし魔獣被害がそれ程とは、サーベルの説明に改めてその脅威に驚かせられる。
まあ私自身も巨鳥との戦いには命からがらだった訳だし、あの時魔法が使えなかったらと思うと今更ながらにゾッとするところだ。
「見ろ」
「!」
サーベルが指差したのは私とタロが越えてきた城壁だ。
周りを見れば城壁は町全体を取り囲んでいる。
この町は要塞か何かの砦のような作りのようだ。
だけど町は辺境にあって周りに広がるのは深い森や山、そして未開地の荒地だけだ。
魔獣対策にしては過剰過ぎるし敵対国があるわけも無い辺境の町。
守りは異常なほど強固とも云える。
これはどういう事なのだろうか?
「敵対国も無い辺境の地。魔獣対策としては過剰防衛だと、今お前はそう思っただろう?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「こんなやり取りは意外か?だが俺はもうお前を年齢相応のガキだとは見ていない。分かっているんだろう?お前は明らかに異質だ。間違いなくランベル達よりも人生を長く経験した大人に近い感性を持っている。今も俺とのやり取りを冷静に聞き、自身に有益な情報を取捨選択出来ているんだろう。だから俺はお前に、この町の全てを叩き込む事にしたんだ。お前がいつかサーベル一家を率いてやっていけるようにな」
「ボス、買いかぶり過ぎです」
「ふ、そうか?」
「⋯⋯⋯⋯」
ベスからは、サーベルは町一番の商人の息子だったと聞いていた。
だが親の商売が上手くいかずに全ての財産が人手に渡り、彼の親も商売苦に耐えられずに自殺したそうだ。
そうして町の最下層に落ちたサーベルは、教会や町の運営ギルドが手を焼く開拓村孤児達の取りまとめ役をする様になり今に至るというわけだ。
商人の血を引く事業家で先見の明を持ち人の機微に鋭いやり手な男。
人を見抜く力に秀でているのだろう。
やはりサーベルは侮れない人物のようだ。
「ここからは国の不条理を教えてやる」
「国の不条理、ですか?」
「お前は不思議に思わなかったか?何故に開拓村は町郊外にあって町の恩恵を受けられないのか。魔獣の危険に晒されながらも開拓民達は何故に町に住まなかったのか」
「?!」




