第32話 仕事
「いつも悪いね、ベスちゃん」
「そんな事ないですよ、マーサさん。私もここの仕事は好きですから」
「本当はギルドにお願いするところだけど、こんな安い給金で請け負う冒険者は居ないのよ。だからサーベルさんところにお願いするしかなくて」
「大丈夫です。今日も私に任せて下さい」
「申し訳ないね。それといつもの事だけど⋯⋯」
「分かってます。《こっそりと裏口から》でしたね」
「私はそういうのは気にしないけど、町の人の中には規律に厳しい人もいるんでねぇ。世間体は気おつけたいのよ。ごめんなさいね」
「いえ、気にしてませんから平気です」
「それじゃあね。新入りの珍しい髪色の子もお願いね」
「分かりました」
ガタンッバタン
今ドアから出ていったのは、かなりふくよかな頭巾を被った四十代?のマーサおばさん。
彼女がこの店のオーナーらしい。
ここは宿泊施設のシーツ類を回収し、洗濯して再び宿泊施設に戻すリネン専門の洗濯屋。
普通は各宿泊施設で洗濯するが、冒険者は基本的に長期に宿泊するしその数も膨大だ。
そして実は近年の町特有な事情もある。
このブロンキス郊外に大きな森があり、そこで魔獣被害が拡大しているのだ。
魔獣といえば私が倒した巨鳥も魔獣だったと思われる。
魔獣とは通常の獣類が過度な魔力を蓄えて変質したもので、普段は大きな森に数匹程度が本来なのだが、この辺境においてはその枠内に定まらない。
実はブロンキスの町は近くに魔獣が多く住む森を抱えている。
そこの魔獣はいずれも巨大で、ここには専門の魔獣対策に特化した冒険者をギルドが雇っていたのだ。
だが近年は魔獣の活動が活発化し、その数も大きさも相当に増加しており、元々の町の冒険者だけでは対応困難な事態に追い込まれていた。
それで町のギルドは近隣の町に呼び掛け、魔獣を討伐出来る冒険者を募ったのだ。
今では町の冒険者は従来の二倍。
それで宿泊施設も満席が続き、リネン専門の洗濯屋も活況というのが最近の事情らしい。
「それじゃあ、ぼちぼち始めようか」
「ベスさん、ちょっと聞いていい?」
「いいけど、ベスさんは駄目」
「え?」
「アリアちゃん、私と幾つ歳が離れてると思ってるの?私の事はベスおねぇちゃんって呼ぶの。いい?」
「うっ」
「ベスおねぇちゃん!」
「ベス⋯⋯おねぇ⋯⋯さん」
「ちゃん」
「ベスおねぇちゃん⋯⋯」
「はい、よく出来ました。可愛いいわアリアちゃん!」ぎゅう
「うわわっ」
ベスに抱きつかれた。
ちょっと苦しい。
しかし本当は私の方がずっと歳上なのに10歳の子をおねぇちゃん呼びなんて、何か恥ずかしい気がして困る。
でも今の私はアリアだ。
だからおねぇちゃん呼びが正しい?
うーん、混乱するわね。
「それでアリアちゃん、聞きたい事ってなーに?」
「その、開拓村って、幾つあったのかなって」
「ブロンキス周辺って事?」
「そう」
「最初は七つだったそうよ。私の村が移住して来た頃は既に三つになっていて今はゼロ」
「え?」
「全部廃村したの。殆どが魔獣の被害で全滅した。でも私の村は特別ね。焼き打ちで廃村だから。お陰で半数の村人は生きている。散り散りになってるけど、他の町とかに移ってる人が殆どかな。ブロンキスじゃ開拓村の住民って直ぐに分かっちゃうもんね」
「そうなんだ」
「アリアちゃんところも最後は魔獣被害で廃村だったよ」
「!」
「アリアちゃんが誘拐された後、直ぐに魔獣が沢山押し寄せて来たの。それで廃村してうちで生き残りの村人を引き取ったんだけど、その時はアリアちゃんのご両親は居なかった。多分アリアちゃんを奪還しに向かっていたんだと思う」
つまりアリアは誘拐されなくとも魔獣に殺されていた可能性があったのか。
これも邪神による因果律改変の影響?
だとしたら魔獣が増えてる事もなんらかの関係があるかも知れない。
「アリアちゃん?」
「あ、大丈夫。ちょっと考え事をしてただけ」
「⋯⋯じゃ、ちゃっちゃとやちゃおか」
「ちゃっちゃと?うん」
こうしてベスと洗濯を始めた私。
洗濯機無しはカルチャーショックだったけど、手洗い足踏みの方法は初めてながら良い経験になったと思う。
もちろん最初は大変だったが慣れてくると魔力のコントロールで上手く体力を温存でき、後半は疲労感を残さないように調整する事が出来た。
親友の話のお陰だと感謝だ。
(ラノベではね、よくある身近な魔法の使い方で魔力を体力に変換する方法があるの。これを《肉体強化》っていって、魔力だけあればスポーツ選手並みの力を出せるらしいわ)
「ふふっ」
「ハァハァハァ。あ、アリアちゃん、あれだけの洗濯をこなして、なんで何ともない様な顔で立ってられるの?もしかして全然疲れて無いとか。やってる最中も私より早くこなしてるのに汗もかいてなかった。結果も私の3倍は洗濯終わってるとか、おかしいでしょ?!」
私が親友の言葉を思い出してほくそ笑んでいたら、グタグタになって息切れして座り込んでいたベスが不思議そうな顔で私に言った。
うん、ちょっとやり過ぎたようだ。




