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番外編⑧ 刻龍のお料理教室 ⑤|刻龍編

 ――翌日。


「次は刻龍だな」


 蘭鈴がそう言った瞬間、どこからともなく軽い声が返ってきた。


「俺とのデート、楽しみにしててくれたのかな」


 ウィンクとともに現れた刻龍の口元は、どこか楽しげに歪んでいる。


「デートってなんだよ」


「え? これってデートじゃなかったの?」

  

「……なんだそれ」


 蘭鈴は思わず眉をひそめた。


「なーんだ。俺はデートだと思って楽しみにしてたんだけどなー」


「はあ? これは“勝負”であってデートではない」


 蘭鈴は断言する。


「へぇ、勝負なんだ」


 刻龍はくすっと笑った。

 

「じゃあ俺、負けてもいいや。 

 でもさ、俺以外のヤツもデートだと思ってたと思うけどな……」


 刻龍は清龍と琉龍の顔を見やる。

 清龍は刻龍の墨色の瞳を睨み、琉龍は目線を逸らしていた。  


「要はさ」


 刻龍は蘭鈴を見て笑う。

 

「蘭鈴ちゃんが“楽しい”って思えば、それでいいんでしょ?」

 

「まぁ、そうだな」


 蘭鈴は頷く。


「……で、今日は何をするんだ?」


 蘭鈴が尋ねると、刻龍はにやりと笑った。


「んー、秘密かな」


 再びウィンク。


「は?」


「先にネタバラシしたらつまんないでしょ?」


 そう言って、くるりと背を向ける。


「とりあえずついてきてよ」


「……なんだか嫌な予感しかしないんだけど……」


「大丈夫大丈夫。清龍みたいに働かせないし、琉龍みたいに走らせないから」


「それはそれで不安なんだが……」


 蘭鈴のツッコミを軽く受け流し、刻龍は歩き出す。


 その足取りは軽い。


 ――だが。


(……なんだろう)

 

(“勝負してる感じがしない”)


 蘭鈴はほんの少しだけ、違和感を覚えていた。


 清龍の時とも、琉龍の時とも違う。

 どこか、先が読めない感じ。


「……ま、いっか」


 小さく呟き、後を追う。


 刻龍の背中はやけに楽しそうに見えた。


✕✕✕ 


 連れてこられたのは、見慣れない一室だった。


「……こんな部屋あったんだな」


 蘭鈴が辺りを見回す。


 柔らかな光に包まれた室内。

 壁際には衣装がずらりと並び、奥には大きな鏡まで置かれている。


「……まさか、これ全部に着替えろとか言わないよな?」


「お! 半分正解かなー」


 刻龍は軽く手を振ると、棚から一着の衣装を取り出した。


「はい、これ」


「……うん?」


 差し出されたのは、見たこともない服だった。


 軽やかな布地に、細かい装飾。

 どこか可愛らしく、それでいて上品な意匠。


「……なんだこれ」


「お着替えして」


「やっぱり着替えるんじゃないか!」


「全部に、とは言ってないよ」


「いや、そういう問題じゃない!」


 蘭鈴のツッコミにも特に気にした様子もなく、刻龍はにこにこと笑っていた。


「だってさ、ずっと“黄龍”のままで遊ぶのもつまんないでしょ?」


「……」


「今日は“お休み”。ただの蘭鈴ちゃんでいこうよ」


 その言葉に、蘭鈴は一瞬だけ口を閉じた。


「……別に、そんなのわざわざ――」


「いいからいいから」


 刻龍は背中を押すようにして、蘭鈴を更衣スペースへと押し込む。


「ほら、着てみて!

 着方分からなかったら手伝ってあげ――」


「自分で着替える!」


 ぱたん、と軽い音を立てて扉を閉める。


「……」


 一人残された空間で、蘭鈴は手に持った衣装を見下ろす。


「……なんでオレがこんなの……」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、しばらくして――


 衣擦れの音が小さく響いた。


✕✕✕


(……なんでだろう)

 

(少しだけ、落ち着かない気がする)


「――これでいいか?」


 扉が開く。


 そこに立っていたのは――

 いつもの装いとはまるで違う、蘭鈴だった。


 柔らかな色合いの服。

 軽やかに揺れる布。

 どこか幼さと無防備さを感じさせる姿。


「……」


 刻龍は、一瞬だけ言葉を失った。


「……なんだよ」


 視線を逸らしながら蘭鈴が言う。


「変だろ」


「いや」


 即答だった。


「似合ってる」


「……お前、何着てもそれ言うだろ」


「だって本当だし!

 蘭鈴ちゃんは何を着てもかわいいよ」


 刻龍はとびきりの笑顔で蘭鈴に笑いかける。


 蘭鈴は「かわいい」という言葉にピクリと反応する。

 藍鈴の生まれ変わりとして扱われていた過去。


「かわいい」と言われるのが嫌いだった。


 でも――


「それはそれは、お褒めにあずかり光栄だな」


 冗談っぽく言うその姿に、刻龍は目を細めていた。  


 そして、少しだけ距離を詰めた。


「いつもより無防備でいい感じだよ」


「なっ! 無防備ってなんだよ!」


 思わず一歩下がる蘭鈴。


 だがその動きを、刻龍は楽しそうに眺めていた。


「いいじゃん。“黄龍”じゃない顔してるよ」


「……」


 蘭鈴は何か言い返そうとして――やめた。


 代わりに、小さく息を吐く。


「……で、次は?」


「ん?」


「これ着せたんだから、ちゃんと“楽しませる”んだろ?」


 仁王立ちになりながら、蘭鈴はじとっと睨む。

 可愛い服と仁王立ちの姿のギャップに刻龍は笑った。


「もちろん!

 ここからが本番だよ」


 そう言って手を差し出す。


「――お姫様、ご案内します」


「誰がお姫様だ!!」


 即座にツッコみながらも――

 蘭鈴は、その手を取った。


✕✕✕


 案内されたのは、庭園に面した小さなテラスだった。


「……おお」


 蘭鈴の目が少しだけ見開かれる。


 白いテーブルに、整えられた茶器。

 柔らかな風に揺れる布。

 そして――色とりどりの菓子が並んでいた。


「すごいな、これ……」


「でしょ?」


 刻龍はどこか得意げに笑う。


「全部、今日のために用意したんだよ」


「……全部?」


「うん。味も見た目も、蘭鈴ちゃん用に調整してある」


「……え?」


 思わず間の抜けた声が出た。


「いや、だからさ。甘すぎるの苦手でしょ? でも苦いのもダメだったし」


「……」


「だから、ちょうどいいとこ探してみたんだよ」


 軽い口調。

 でも、その内容に蘭鈴は言葉を失った。


「……なんで、そこまで分かるんだよ」


「見てれば分かるよ、それくらい」


「…………」


 刻龍はあっさりと言う。

 まるで大したことじゃないみたいに――。


「……ほら、座って」


 椅子を軽く引かれる。


「……」


 一瞬だけ迷ってから、蘭鈴は座った。


「……いただきます」


「どうぞ」


 蘭鈴は一つ菓子を手に取り、口に運ぶ。


「……!」


 黄金色の瞳がわずかに見開かれた。


「……これ」


「どう?」


「……ちょうどいい」


 ぽつりと零れた本音に刻龍はくすっと笑った。


「でしょ?」


 そのまま、もう一口。

 自然と手が伸びる。


「……なんか、止まらないなこれ」


「止める気ないでしょ?」


「よく分ってるじゃないか」


 蘭鈴は口を歪ませる。


 二人の間にゆるい空気が流れる。


 風が吹き、布が揺れる。

 紅茶の香りがふわりと広がる。


「……なあ」


「ん?」


「これ、ちゃんと“楽しませてる”のか?

 いつもとそんなに変わらないと思うんだが……」


 蘭鈴がふと口にする。


「……どうだろうね」


 刻龍は少しだけ目を細めた。


「でもさ――」


 テーブルに肘をつき、軽く頬を乗せる。


「今、楽しい?」


「…………」


 蘭鈴は少しだけ考えて――


 肩の力を抜いた。


「……ああ」


 自然に出た言葉だった。


「楽しい」


 その顔には、いつもの緊張も、気負いもなかった。

 ただ、普通に笑っていた。


「なら、いいんじゃない?」


 刻龍はあっさりと言う。


「頑張って楽しませる必要なんてないでしょ。

 蘭鈴ちゃん、無理して笑うタイプじゃないし」 


「…………」


「気づいたら楽しい、それで十分」


 その言葉に、蘭鈴は少しだけ目を丸くする。


「……お前、そういうこと言うんだな」


「意外だった?」


「実はお前が一番とんでもない事するのかと思ってたから――」


 くすっと笑う。


「とんでもない事の方が良かった――?」


「いや……

 これでいい」 


 蘭鈴がはにかむ。


 すると――


「……ほら」


 刻龍が一つ菓子を手に取る。


「これも食べてみなよ」


「これ、さっきと同じじゃないのか?」


「微妙に違うんだなぁ、これが」


「……ほんとか?」


「いいから、いいから」


 少しだけ、身を乗り出す。


「ほら、あーん」

 

「……え?」


「早く」


「いや、自分で食べられる――」


「いいから。

 ……食べるでしょ、どうせ」


 軽く押し切られる。


「……」


 少しだけ迷って――


 蘭鈴は口を開けた。


 ぱく。


「…………」


「どう?」


「…………」


 少しだけ考えて――


「……さっきより、美味しいかも……」


「でしょ?」


 刻龍は満足そうに笑う。


「そっちは“ちょっとだけ甘め”」


「……ほんと細かいな」


「蘭鈴ちゃん相手だからね」


「…………そ、そうか」


 蘭鈴は、小さく呟くと視線を逸らした。


 

 風が吹く。

 穏やかな時間が流れる。


「……なあ刻龍」


「ん?」


「なんかこれ、ずるくないか?」


「何が?」


「こういうの――」


 言葉を探すように、少しだけ間が空く。


「……なんか、普通に楽しい」


「それの何がダメなのさ」


 刻龍は笑った。


「むしろ、それが一番でしょ」


「…………」


 蘭鈴は何も言わなかった。


 ただ――


 もう一つ菓子に手を伸ばした。


✕✕✕


 どれくらい時間が経ったのか分からない。


 気づけば、テーブルの上の菓子はほとんどなくなっていた。


「……食べすぎたなー」


 蘭鈴がぽつりと呟く。


「いいじゃん、楽しんでた証拠でしょ」


 刻龍は軽く笑った。


「……まあな」


 素直に頷く。


 風が少しだけ冷たくなってきた。

 夕方が近い。


「……そろそろ戻るか」


「そうだね」


 二人は立ち上がる。


 さっきまで座っていた椅子。

 並んでいた菓子。

 ゆるやかな時間。


 それらを置いて、歩き出した。


✕✕✕


 黄龍の執務室に戻ると、すでに全員が揃っていた。


「遅かったな」


 琉龍が腕を組んで言う。


「まあねー」


 刻龍が軽く返す。


「……それで? どうだった?」


 清龍が静かに問いかけ、その視線が蘭鈴に向く。


「…………」


 三人の視線が集まる。


 蘭鈴は少しだけ考えてから口を開いた。


「……決めたぞ」


 蘭鈴が腕を組んで頷く。


 三人の視線が集まる。

 

「……全部楽しかった」


「…………」


 一瞬、静寂が落ちる。


「清龍のはさ」


 蘭鈴は視線を向ける。


「ちゃんとやった後の感じ、嫌いじゃなかった」


「……そうか」


 清龍がわずかに目を細める。


「琉龍のは」


「……」


「一緒にいるのが、なんか落ち着いた」


「……ああ」


 琉龍の声が少しだけ柔らかくなる。


「刻龍のは」


「ん?」


「気づいたら楽しかった」


「でしょ?」


 刻龍がにやりと笑う。


 蘭鈴は一度、全員を見た。


 そして――


「順位とか、オレにはつけられなかった」


 ポツリと呟く。


「全部違って、全部“楽しかった”」


 少しだけ笑う。


「――いっそのこと、全員優勝でいいのでは? と思った」


 その一言に、三人は一瞬だけ言葉を失った。



「……やっぱりそう来るかー」


 刻龍がくすっと笑う。


「曖昧だな」


 清龍がため息混じりに言う。


「……だが」


 琉龍が静かに口を開く。


「それでいい」


 蘭鈴はにっと笑った。


「オレが楽しかったんだから、それが一番だ」


 その言葉に、誰も否定しなかった。


「全員優勝なのは分かったが……、それでは優勝商品はどうなる?」


 口を開いたのは清龍。


「うっ、やっぱり忘れてなかったか……」 


「それが一番大事なことだからな」


 蘭鈴は目を閉じて考える。 


「――分かった。

 全員やろう!」


「……ほう」 


「一日ずつ付き合う。順番に」


 蘭鈴の黄金色の瞳がゆっくり開かれる。


「……今度はオレの為にじゃなくて、お前たちが好きなことをしていいってのはどうだ?」


「まあ、優勝商品は“蘭鈴ちゃん一日券”だもんね」


 刻龍が頷く。


(今回の“勝負”も既に蘭鈴ちゃん一日券みたいなところあったけど……)


「それはつまり――」


 琉龍が口を開く。

 

(また蘭鈴と二人っきりで外出できるってことだよな)


「……優勝商品があるなら、私はそれで構わん」


 清龍は淡々と同意を述べる。


「……まあ、悪くない……な」


 琉龍も小さく頷く。


「じゃあ決まりだね」


 刻龍が手を叩いた。 

    

「それとさ、またやろう――

 こういうの」

 

 三人はきょとんと蘭鈴を見つめる。


「お料理でもいいし、別のことでもいいし……」


 少しもじもじしながら話す蘭鈴に三人は顔を見合わせた。


「いいね、それ」


 刻龍が笑う。


「今度は最初から勝負なしでやるか」


 清龍が言う。


「……ああ」


 琉龍が頷く。


 蘭鈴は満足そうに笑った。


「楽しみだな」


✕✕✕


 ――こうして。


 刻龍のお料理教室から始まった勝負は、


 まだ終わらない“続き”を残したまま、


 一旦の幕を下ろしたのだった。


 それぞれが、それぞれのやり方で――


 確かに、“楽しませた”。


 そして。


 その時間は、誰にとっても悪くないものだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


「刻龍のお料理教室」編は、今回でひとまず一区切りとなります。


三人それぞれの“楽しませ方”、いかがでしたでしょうか。

蘭鈴の答えも、きっと彼ららしい結末になったのではないかなと思います。


ちなみに皆さんは、誰の“デート(?)”が一番好きでしたか……?

よければ理由も含めて教えていただけると嬉しいです!


そして次回は、少しだけ雰囲気を変えて――

「ドラゴンキメラ」のお話を投稿予定です。


第一話は【3/29】に投稿予定ですので、

引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです!

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