番外編⑥ 刻龍のお料理教室 ③|清龍編
――翌日
刻龍のお料理教室は、結局決着がつかないまま終わった。
――はずだった。
「よし、決めた」
(強いて言えば味なら琉龍だった。でも――)
稜の言葉を思い出す。
『このホワイトチョコレートと切り揃えられてるチョコレートは普通に売れるね――』
「正直、どれも美味かった」
蘭鈴は腕を組み、満足げに頷く。
「――というわけで」
蘭鈴は顔を上げた。
「優勝は、“オレを一番楽しませたやつ”にする」
蘭鈴の宣言でお料理教室の勝負の行方が『黄龍様を楽しませたら優勝』というルールに書き換えられる。
(……順位つけるの、面倒くさくなったな――)
琉龍、清龍、刻龍は盛大なため息をついた。
「……随分と曖昧な基準だねぇ」
「いいんだよ。オレが決めるんだから」
刻龍の言葉に蘭鈴は腕を組んでふんぞり返る。
「で、どうするんだ。その“楽しませる”というのは」
清龍が淡々と問いかけた。
「簡単だ。それぞれ一日、オレを楽しませろ」
「……なるほどな」
「全員やるってことか?」
「ああ」
蘭鈴は頷く。
「せっかくなんだから、全部やる!」
(どうせなら全部やらせた方が面白そうだしな……)
「……最初は誰からだ?」
琉龍が一歩前に出る。
蘭鈴は少しだけ考えてから、口を開いた。
「――まずは清龍だな」
「ほう、私か」
「一番面倒くさそうだから先に片付ける」
「…………なるほど、賢明な判断だ」
清龍の浅葱色の瞳が細められる。
「ならば――望み通り、“仕事”で楽しませてやろう」
✕✕✕
「……これ、全部やるのか?」
蘭鈴は目の前に積まれた書類の山を見て、引きつった声を出した。
「当然だ」
清龍は一切迷いなく頷く。
「黄龍としての責務を果たすこと以上に有意義な時間はない。
それに“楽しむ”以前にやるべきことをきちんと終わらせないと本当の意味では楽しめまい?」
「いや、別にオレは――」
蘭鈴の言葉を、清龍の浅葱色の瞳が遮る。
「……でも、だからって最初にこれ持ってくるなよ……!」
「安心しろ。効率よく終わらせる方法は教えてやる」
「そういう問題じゃない!」
抗議の声も虚しく、蘭鈴は椅子に座らされる。
そして――数刻後。
「……やっと終わった……」
机に突っ伏す蘭鈴。
「なんだ、やれば出来るじゃないか――」
淡々と言う清龍は、蘭鈴の藤色の髪をポンっと撫でる。
「そういう問題じゃない……」
「もっと効率よく出来たな。集中力が足りん。ほら、次はもっと早く仕上げるぞ」
「清龍……お前、鬼か……?」
「違う。龍だ。……そして、お前のせんせーだ」
淡々と言い放つ清龍に、蘭鈴はぐったりと視線を上げた。
「……じゃあせんせー! これのどこが“楽しませる”なんだよ……」
「ここからだ」
「は?」
清龍の口元が、わずかに歪む。
「“ご褒美”を用意してある」
「……ご褒美――?」
蘭鈴の言葉を無視し、清龍は立ち上がる。
「ついて来い」
✕✕✕
連れてこられたのは、見慣れない実験場だった。
床には複雑な術式が刻まれ、空気が僅かに張り詰めている。
「清龍……ここ、なんか嫌な気配がするんだけど……」
「ほう。この気配が分かるか。
だが安心しろ。死にはしない」
「安心できる要素が一つもない!」
その時、床の術式が浅葱色に淡く光り出した――
ゴォ……と、低い唸り声が響いた。
蘭鈴の黄金色の瞳が細められる。
「……なんだ?」
「試作品だ」
清龍は淡々と答える。
「複数の魔獣を融合させた――キメラだ」
「お前まだキメラ作ってたのか!?」
次の瞬間、影の奥から現れたのは――
異形の魔獣。
複数の獣の特徴を持ち、歪な魔力を纏っている。
「これを倒せ」
「なっ!?」
「“楽しませる”のだろう?」
「いやいやいや! 方向性おかしいだろ!」
だが、魔獣は待ってくれない。
地を蹴り、一直線に蘭鈴へと襲いかかる。
「……っ!」
瞬間、蘭鈴の黄金色の瞳が輝いた。
反射的に身体が動く。
拳を叩き込み、魔獣を吹き飛ばす。
「……は、はは……」
蘭鈴は息を整えながら笑った。
「なるほどな……」
次々と現れるキメラ。
それを、叩き伏せる。
躱す。
蹴り飛ばす。
次第に、その動きは研ぎ澄まされていった。
「……悪くない」
口元が、楽しそうに歪む。
「久しぶりに、全力で動ける……!」
黄金の魔力が溢れ出す。
最後の一体を叩き伏せた瞬間――
静寂が訪れた。
「……どうだ?」
清龍の声。
蘭鈴は肩で息をしながら振り返る。
「……確かに、これは楽しいかもしれない」
「だろう」
「……“ご褒美”はこれで終わりか?」
蘭鈴は首を傾げ、黄金色の瞳で清龍を見る。
「いや、今のは前座だ――」
「前座?」
「本番はここからだ。という意味だ」
「前座の意味くらい知ってる! ……バカにしてるだろ」
ぷくーと頬を膨らませる蘭鈴に清龍は口を歪ませる。
「いつも琉龍との手合わせだけでは飽きてきただろう。……それに、物足りない顔をしているな。
――“ご褒美”だ。私が直々に相手をしてやろう」
その言葉に蘭鈴の黄金色の瞳が強い輝きを放った。
清龍の浅葱色の瞳が細められる。
――その瞬間、空間が軋む。
黄金と浅葱の魔力が正面から衝突した。
「……っ!」
蘭鈴は一歩踏み込み、拳を振り抜く。
清龍はそれを受け流し、逆に間合いを詰める。
「動きは悪くないな」
「そっちは余裕そうだな!」
「当然だ」
短い応酬。
だが、その一瞬一瞬が濃密だった。
視線が交差し、魔力で作り上げた剣がぶつかって弾ける。
――楽しい。
蘭鈴の口元が自然と緩んだ。
「はは……やっぱりお前、強いな」
「当然だ」
清龍の目が、わずかに細められる。
「だが――」
次の瞬間。
空気が変わった。
「――これで、終わりだ」
清龍の魔力が一段階跳ね上がる。
「っ……!」
浅葱色の光が実験場に広がる。
一瞬で距離を詰められ、蘭鈴の視界が揺れた。
――速い。
防ぎきれないと判断し、咄嗟に身を捻る。
だが。
「トン」と軽く額に触れられた。
「……詰めだ」
「……へ?」
清龍は一歩引く。
それだけで、勝負は決した。
静寂が落ちる。
「……今のは反則だろ……」
「ルールは決めていない」
「……くそ」
蘭鈴は悔しそうに顔をしかめる。
だが、すぐにふっと笑った。
「……でも」
肩の力を抜き、息を吐く。
「楽しかった」
その一言に、清龍はわずかに目を細めた。
「そうか」
「……ああ」
蘭鈴は頷く。
「ちゃんと“楽しませてもらった”ぞ。
……悔しいけどな」
そして清龍の顔を見る。
浅葱色の瞳に黄金色の瞳が映る。
「また手合わせしてくれるか?」
「……お前がきちんと“仕事”をすれば、いくらでも“褒美”はくれてやる」
「うぅ……、褒美だけ欲しい……」
「それはダメだな」
二人は微笑む。
そして、蘭鈴はくるりと背を向ける。
「よし、次だな」
「もう次に行くのか?」
「当たり前だろ」
振り返りもせず、蘭鈴は言う。
「せっかくの勝負なんだ。全部見るって言ったしな」
そして――
「次は……琉龍だ」
清龍編でした!
まさかの「仕事→戦闘」という流れでしたが、これはこれで清龍らしい“楽しませ方”だったかなと思います。
蘭鈴もなんだかんだ文句を言いつつ、しっかり楽しんでいました(笑)
次回は琉龍編。
一番素直で、一番“距離が近い”回になるかもしれません。
明日3月27日投稿予定ですので、よければ引き続きお付き合いいただけると嬉しいです!




