番外編① 『稜』という名前の由来
※ここから先は番外編です。
本編完結後の世界を描いたエピソード集となります。
本編を読了後にお楽しみください。
名前というものは、時にその者の人生を決定づける。
――少なくとも、稜はそう信じていた。
この由来を聞くまでは。
「……りゃ、りゅ、りょ」
琉龍は至極真面目な顔で、そう呟いた。
✕✕✕
「そういえば、お前たちの出会いをちゃんと聞いてなかったな」
玄武国から龍脈門を通って龍国にやって来ていた商人――稜――と、蘭鈴の元従者――琉龍――が楽しそうに談笑している様子を黄金色の瞳がとらえる。
琉龍も稜も久しぶりに会う(といっても二週間ぶり……)親友と積もる話があるのだろう。
ここまで考えて、ふと、蘭鈴の頭に先ほどの疑問がよぎったのだ。
「俺たちの出会いか……。そういえばお前にちゃんと話してなかったな」
蘭鈴の傍らで、琉龍は、稜が持ってきた商品を品定めしながら目を細める。
「なんか、そうやって改まって聞かれるとちょっと恥ずかしいなぁ〜」
「久しぶりに琉龍に会える!」
と、玄武国から翠玉自慢の商品を持参した稜は、両手を頬に当てて恥ずかしがる素振りを見せる。
「あ、別に話したくないなら話さなくていいんだ。ただ、ちょっと気になっただけだから――」
稜の反応に「過去の話は恥ずかしい」と勝手に解釈した蘭鈴が琉龍と稜を二人きりにしようと話を終わらせ手を振り、退室しようとする。
「あ、蘭鈴ちゃん! 違うよ! これはねぇ、琉龍との出会いを聞いてほしい、もっと質問して……! の意味!」
「お、おう、そうなのか、すまん。分からなかった」
稜が真顔で蘭鈴を見つめる。
その真摯な栗色の瞳に、蘭鈴はたじたじと後退した。
「稜! 蘭鈴を困らせるな」
琉龍の叱責にシュンとなる稜。だが、稜はこれくらいではめげないのである。
「前にもちょっとだけ話したけど、両親に捨てられて、誰にも頼れなくて……。
だから、声をかけてくれた琉龍は、僕にとって運命だったんだ」
デデン――!
そんな効果音が似合いそうな稜の語りに、二人顔を見合わせ、次第に聞き入っていた。
「めちゃくちゃタイプの美人が声をかけてくれた! 当時の僕はそれだけで舞い上がった」
「稜……」
「美人」という言葉に少しだけ引っかかったが、
それでも稜が自分との出会いを大切に思ってくれていることに、琉龍の胸が熱くなった。
「僕ね、最初、琉龍の事女の子だと思ってたんだ……」
伏し目がちに告白する稜に蘭鈴はうんうんと頷く。
琉龍を初めて見て、『男性』だと気がつく、つわ者はいるのか、いや――いない。
蘭鈴はそんな確信を込めてもう一度深く頷いた。
琉龍は顔を若干引きつらせるも、幼少時にいつでも珀龍の身代わりになれるように、と妃教育も受けていたし、仕方ないか――。と思い直す。
「そういえばね、この『稜』って名前も琉龍が付けてくれたんだ――」
稜は、照れたように頬を朱に染める。
「この名前は、僕と琉龍とを繋ぐ言うなれば”言霊“だと思うんだよね」
稜はうっとりと、自らの名に込められた(であろう)深遠な意味を語る。
「……なるほどな。琉龍、お前ちゃんと考えて名前を付けてやったんだな」
蘭鈴の羨望の眼差しが琉龍に突き刺さる。
「おっなんの話してるの? 蘭鈴ちゃん!」
「おい、蘭鈴。面白い話なら私も混ぜろ」
そこに、清龍と刻龍が通りかかり、一気に部屋が賑やかになった。
「清龍、刻龍。面白いかは分からないが、今、稜と琉龍の馴れ初め? を聞いていたんだ」
「馴れ初め……」
琉龍がポツリと呟いた。
その言葉を聞くと刻龍は突然声を出して笑い始めた。
「ははははは……! 馴れ初め……! それはとても興味深い! 是非、お兄さんたち聞かせてくれないか?」
「えー、刻龍はもう、僕たちの事知ってるでしょー。知ってる人に教えても面白くないの!」
稜はぷくーと顔を膨らませた。
「……蘭鈴、馴れ初めというのは『恋人同士』に使う言葉だ。琉龍と稜が『恋人関係』にあるならその言い方は正しいが――」
清龍が蘭鈴の肩に手を置き、「せんせー」らしく教える。
その光景が刻龍のツボに入ったようで、刻龍は笑い転げていた。
「もう! 刻龍ったらひどいよ! 折角蘭鈴ちゃんが僕たちの事認めてくれたのに――!」
稜は琉龍にピトッとくっついてうっとりしていた。
琉龍の顔がだんだん引きつっていく。
「これは二人の邪魔は出来んな。蘭鈴、これから琉龍ではなく私たちを大いに頼れ」
清龍は蘭鈴の腰に手を回し退室するよう促した。
蘭鈴はいまいち状況が飲み込めずに頭に「?」を浮かべていた。
「……りゃ、りゅ、りょ」
その時。沈黙を守っていた琉龍が、再びポツリと漏らした。
「りゃ、りゅ、りょ……?」
稜が不思議そうに繰り返す。
「俺の名前は『琉龍』だろ? だからお前にも”龍”にちなんだ響きがいいと思って……」
稜の瞳が期待に輝く。運命の由来が、今、明かされる――!
「だから――、りゃ、りゅ、りょ。で、”稜”だ」
「………………はい?」
稜の脳内で、今までの感動的なBGMが音を立てて止まった。
(え……。僕の人生を支えてきたこの名前……ただの「ら行」の連想ゲームで決まったの!?)
「……つまり、深い意味はないということだな。名付けとは本来、もう少し慈しみと熟考の跡が見えるものだが」
清龍の無慈悲な追撃。稜の心はバキバキと音を立てて折れかける。
「いや! ちゃんと俺なりに考えたんだぞ! 名前ってのは大事だ! 呼ばれるたびに刻まれるもんだ!」
琉龍は『名付け』について力説する。
「俺が考えた中で一番しっくりきたのが“りょう”だったんだ! 角があって、線が鋭くて……なんか、お前っぽいだろ」
「……結果として成立しているのが、なおさら問題だな」
清龍はしみじみ呟く。
「もしかしたら稜は『りゃう』とかって名前になってたかもしれないのか?」
蘭鈴が真剣な琉龍に対して真面目に応えた。
放心状況の稜。
真剣な琉龍。
辛辣な清龍。
天然の蘭鈴。
「ははっ……は、ははははは!!
ちょっと待って、『りゃう』とかダサすぎて、そんな名前付けられたら俺泣いちゃう!!」
刻龍は笑い過ぎてむせ出した。
「……僕の感動しかけた時間を返してよー!!」
部屋の中で稜の叫びがこだましていた。
✕✕✕
「どんな由来であれ、僕は琉龍がつけてくれたこの名前が気に入ってるんだ」
『稜――リョウ――』
それは、境界に立つ者。――生き残るための名前だった。




