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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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117「携える温もり」

 守ってくれていた影の力が解けて、動揺する胸を押さえてネリスは笑う。

 こちらを心配そうに見るエマリを安心させるために、自分自身を鼓舞するために。


 脳裏に描いているのは、もっとも尊敬する姉の姿だ。いつだって笑顔を絶やさない姉を真似て、ネリスも自身の顔を笑顔で飾り立てる。


「皆様を避難させるのでしょう? 早く行きましょう」


 先んじて中に入っているフリクルンドに続くように、ネリスたちも小屋の中に足を踏み入れる。

 と、不意に小さな手がネリスに触れた。驚いて視線を向ければ、不器用に笑みを浮かべたエマリと目が合う。


「ネリス様、だいじょーぶです。私が一緒にいます」


「ふふ、貴方がいてくれるならとても心強いですわ。エマリ、ありがとうございます」


 心優しい小さな少女の手を取り、握る。ネリスはエマリと手を繋ぎ、小屋の中に入る。


「おや、可愛らしいことをしているね」


 フリクルンドは一瞥をくれてそれだけを言った。

 立場を弁えているのか、優先順位の問題か、ネリスの姿が変わったことに触れることはしない。

 すでに意識は民を避難させることに向けているようで、少し先に進んだところで誰かと話している。この小屋に避難している者たちの纏め役のようだ。


 いくつか言葉を返し、フリクルンドは奥の部屋へ進む。一瞥で促されたネリスたちも後に続く。

 中には三十人ほどのエルフが身を寄せていた。話に聞いていた通り、その大半が子供だ。大人も幾人がいるが、病気やけがを理由に体が自由に動かせない人のようだ。


 戦う術を持たぬ者とは話に聞いてはいたが、思っていたよりも人数は少ない。

 エルフ族は成人するとともに必ず一体以上の精霊と契約するという。戦闘向きとは言えないにしても、精霊魔法で最低限自衛できる者は除外してあるだろう。


「さあ、みんな、緑青宮の庭を見てみたくないか? 私のちょっとした自慢なんだ」


「おにわ……? こわいのはおわったの?」


「残念ながらまだ終わっていない。そこはごめん。謝るよ」


 期待を覗かせて問いかける幼い少年に、フリクルンドは膝を折って答える。

 幼さを理由に遠ざけることはせず、目線を合わせたフリクルンドは誠実に言葉を紡ぐ。


 そもそも高貴な立場の者が平民の言葉と対等に言葉を交わしていること自体、異例なことだ。しかし、子供たちの反応を見る限り、日常的な行為であることが窺えた。


 そう言うところも兄によく似ていて、ネリスは複雑に胸を揺らす。こんなことで兄を思い出しているなんて知られたら、からかわれそうだと表情は平静を保つ。


「でも、綺麗な庭で遊んでいる間に怖いことは終わっているよ。これは私が約束しよう」


「ほんと?」


「ああ、本当だとも。絶対に君たちを守るよ。だから、もう少しだけ怖いのを我慢できるか?」


 不安で瞳を揺らしながらも幼い少年は頷いた。

 少年だけではなく、建物内にいた子供たちは次々と声をあげる。それだけでフリクルンドが民から慕われていることが伝わってくる。

 勇気を振り絞る子供たちに穏やかな目を向けるフリクルンドは一人一人の頭を優しく撫でる。


「さて、じゃあそろそろ出発しようか。準備は整っているかい?」


 話をしている間に大人や年長の子供たちは移動する支度を整えてくれていたらしい。

 事前にフリクルンドが指示していたのだろう。これだけの人数が移動するなら、それなりの準備も必要だ。

 フリクルンドの声掛けがあるまで、そのことに思い至らなかった自分を恥じる。


「先導は私がいたします」


 ユニスの申し出を聞き、ネリスは自省を中断する。

 今は自分のことを考えている状況ではないと外に目を向けた。


「でしたら、殿はわたくしたちが務めますわ。フリクルンド様はこの子たちと共に移動してくださいまし」


「それはありがたい申し出だけれど、いいのかい?」


「問題ありませんわ。経験不足は認めますけれど、わたくしもアンフェルディア王族の一人。戦う術は心得ております」


 ユニスが心配そうにこちらを見ている。シラーフェからネリスのことを頼まれた手前、危険に身を置くことを止めたいのだろう。

 先んじて、先導を申し出たことを後悔している様子のユニスにも伝わるように手を持ち上げる。エマリと繋いだままの手を。


「それに一人というわけでもありません。エマリと二人で殿を務めさせていただきますわ」


「ん、がんばりますっ」


「女性二人がやる気になっているのに止めるのは野暮か。うん、任せるよ」


 二人の覚悟を見て、フリクルンドはあっさりと引き下がる。この場を指揮するフリクルンドが納得した以上、ユニスも口を挟むことはせず、心配そうな視線を寄越すだけに留まった。


 細かな打ち合わせをして、一行は出発する。先導するユニスが影の中の気配を探り、フリクルンドが周囲の気配を探り、警戒を最大限に来た道を辿る。


 人並の索敵能力しか持たないネリスは無理に周囲へ意識を配ることはせず、後方にいる子供に話しかけながら歩く。子供たちの不安を少しでも取り除けるよう、自分のできることを考えて語り掛ける。

 アンフェルディアの話にはみんな興味があるようで、笑顔も見られた。


 そうして細い道の中ほどまで差し掛かったとき、遠吠えのようなものが聞こえた。


「エマリ? 大丈夫ですか?」


 遠吠えにもっとも大きく反応したのはエマリだ。

 繋いでいる手を通して震えを感じ取り、その顔を覗き込む。その目は大きく見開かれ、恐怖で波打っている。


「…っ……あのときと、おんなじ声」


 ネリスの言葉に答える余裕のないエマリが震えて呟く。

 以前話に聞いたことがある。エマリの故郷の村は魔物化した魔獣に襲われて壊滅したのだと。そのときエマリは家族を亡くしている。


 襲った魔物の名はシアンコウ。犬に似た魔獣が素体として使われていたという話だ。

 同じ魔物とは限らないが、犬の遠吠えはエマリに村が襲われたときのことを思い出させるには充分だ。


 ネリスは繋いだ手をぎゅっと握る。言葉よりも雄弁にエマリへ語り掛ける。

 手の温もりがエマリを少しでも安心させられたらいい。そう願いながら、ネリスは真っ直ぐ前を見つめる。


「みんな、伏せてくれ!」


 いち早く攻撃の気配を察したフリクルンドが声をあげる。

 遠吠えとともに放たれた魔撃の光を見て取り、ネリスは不安で震える手を強く握る。


「エマリ、安心してくださいな。敵の攻撃は決してあなたには届きません」


 敵の数、攻撃の規模は分からない。が、問題はないとネリスは勝気で彩る。

 フリクルンドの号令で身を低くする者たちの中、ネリスは迫り来る光を見つめる。

 それは火の玉のようであった。燃え盛る炎の塊を見つめ、弧を描いた口を開く。


「レイニングクア」


 大量のマナを消費して、広範囲に魔法の雨を降らせる。

 ネリスたちが歩く道を除き、森の中に飴を降らせる。敵の数が分からないので広範囲に、攻撃の規模が分からないので大量の雨を、大盤振る舞いでマナを消費した。


 カナトに大喰らいと揶揄されるネリスの真価である。

 魔族において、魔器官が優れている者は魔法に扱う際に長けているとされる。アンフェルディア王族はそもそも魔器官が優れて生まれることが多く、その中でもネリスは一際優れた魔臓を持っている。


 魔臓はマナを貯蓄する器官だ。魔臓が優れていれば優れているほど、多くのマナを貯蔵することができる。

 マナに豊富なエルフレイムにいることもあり、珍しくネリスの魔臓は満たされている。

 大盤振る舞いでマナを消費しても、後三回は同じことができる余力が残っている。


 局地的に降り注ぐ豪雨に打たれ、火の玉は残らず消え去られた。あくまで雨なので、攻撃を放った遠吠えの主にまで影響を与えていると楽観はしない。


「雨が止むまで十分ほどあります。今のうちに」


 雨が降っている間、遠吠えの主は火の玉を放つこができない。攻撃の手が緩んでいる隙に一行は細い道を足早に進む。

 その間、何事もなく、とはいかず、獣が地を駆ける音が近付いているのを感じる。


「遠距離がダメなら当然直接来るよね」


 こんな状況でもフリクルンドの表情に焦りはない。子供たちを不安に思わせないためか、元々そういう気質なのか、落ち着いた様子で自身の契約精霊に指示を出している。


「ネリス嬢のお陰で攻撃に集中できるね」


 言って、フリクルンドは腰に下げた靴から取り出した小さなナイフを投げる。

 投げるというよりも宙に添えるといった投げ方だった。力を入れているように見えないのに、ナイフは目で追えない速度で森の中に吸い込まれている。


 辛うじて捉えた残像でナイフの上にフリクルンドの契約精霊の一人が乗っていることに気付いた。

 光の粒を鱗粉のように散らしながら、ナイフは木々の間を駆けていく。


 迫る犬型の魔獣――シアンコウを真っ二つに裂き、ナイフはフリクルンドの許に戻ってくる。その最中、フリクルンドは二本目のナイフを投げる。

 フリクルンドの手から離れた二本目のナイフは返ってきたナイフとぶつかる。キンっ、と甲高い音を鳴らして軌道を変えたナイフはそれぞれの方向に宙を駆け、シアンコウの命を刈る。


 二本のナイフは再度ぶつかり、軌道を変える。一本は森の中を駆け、一本はフリクルンドの手元に戻ってくる。

 危なげなく、糸でもついているかのような正確さでフリクルンドはナイフを掴み、再度撫でる。その繰り返しだ。


 足早に歩を進めながら、フリクルンドは精密すぎる軌道を描いて迫るシアンコウの命を次々と刈り取っていく。撃ち漏らしは、


「ウィラー」


 ユニスが風魔法で斬り裂く。

 二人の連携により、十を超えるシアンコウが倒されていく。その様を横目に足を動かすネリスは笑みを持って、視線をエマリに落とした。


「ご覧なさい、エマリ。貴方の恐れるものなんて取るに足らないものですわ。もう二度と貴方の大切なものを傷付けることなんてできません。わたくしがさせません」


 強い言葉を選んで、エマリだけではなく、自分自身をも鼓舞する。


「何よりエマリはあの頃よりも成長しています。奪われるだけのっ無力な子供ではない、抗う術をもう持っているはずです」


「ん……もう逃げなくてもいいの?」


「ええ。エマリは強くなりました。この一年間を重ねてきた努力は何一つ無駄ではありません。傍で見てきたわたくしが保証します」


 温かな熱を届ける掌が慎ましくネリスの手を握り返す。

 震えてばかりいた瞳に芯が宿る。ネリス好みの光を灯した赤目を見て、もう大丈夫そうだと安堵する。


「ネリス様、私、強くなりましたか?」


「ええ、エマリはとっても強い子です」


「ん! もう負けない。もう逃げない……怖く、ないっ」


 自信を強く宿したエマリは腰のリボンから抜いた杖を構える。

 花を模した可愛らしい意匠の杖だ。手折れた一輪の花を思わせるその杖はシラーフェから贈られたものだと言う。


 もうエマリは杖を必要としないだけの実力を有しているが、お守りとして持ち歩いている。

 今は傍にシラーフェがいないので、勇気づけてもらうために使っているのだろう。


「シュッフラメ」


 花を模した杖の先端から火の玉が放たれる。

 ネリスが降らす魔法の雨を抜けて姿を見せたシアンコウの足を、エマリが放った火の玉が焼く。

 体勢を崩すシアンコウを見て、ネリスはずっと繋いでいた手を離した。


「エマリ、いってらっしゃいな」


「ん」


 空いた手でエマリは腰のリボンからナイフを抜いた。

 これもまたシラーフェから贈られたものらしい。ナイフを構えるエマリは地を駆け、体勢を崩したシアンコウに斬りかかる。

 まだまだ拙さの残る動きながら、エマリの振るう刃は的確にシアンコウの命を刈る。


「……勝てた」


 地に伏すシアンコウの姿を見て、エマリは小さく呟く。

 恐怖の対象として見ていたものがあっさり命尽きたことに驚いている様子であった。


「ほら、言ったでしょう。貴方は強くなっているのです」


 自分のことのように得意げに告げるネリス。

 誇らしい気持ちで注がれる視線の中でエマリはナイフを構え直す。

 もうシアンコウへの恐怖は完全に消え失せているようだった。


 フリクルンドとユニスの連携の中にエマリが加わる。ネリスは降り注ぐ雨を維持しながら援護する。順調にシアンコウは数を減らしていく。

 このまま細い道を抜けられる。そう思ったときだった。


「影の中で何かが移動しています。もうすぐこちらまで……っ」


 影の中の気配を読み取ったユニスが声をあげる。そのすべてを聞き終える前に黒い影がネリスの前に躍り出た。

 その姿を視認したと同時に凄まじい衝撃が周囲に撒き散らされた。


「スィロジェ……きゃあ」


 水魔法で身を守る障壁を展開させる。

 守るのは避難中の子供たちだ。水の障壁が子供たちを衝撃から守る代わりにネリスの体は至近距離で放たれた衝撃に揉まれ、吹き飛ばされる。


「ネリス様っ!?」


 お互い宙に足を浮かした状態でネリスとエマリは再び手を繋ぐ。

 ネリスはエマリの手を引いて、守るように抱き締めた。ネリスの手の中でエマリは体勢を変えながら、吹き飛ばされる先を見る。


「ドラクテンダ」


 唱えた言葉に応えて、土が盛り上がる。通常の「ドラク」とは遠い、柔らかさを持った土はネリスとエマリの体を包み込み、衝撃を吸収する。


「ほかの、方々は…?」


「……ん、ネリス様、誰かがいる」


 他の人たちと引き離されてしまったらしい。その事実を確かめるネリスは、エマリに言われてその存在に気付く。

 逆光となり、影だけで映し出される人物。誰なのか分からないながらも、影だけでも分かる特徴に息を呑む。

 その影は、二本の角をは生やしている。それは魔族の特徴であった。

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