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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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115「襲撃者の正体」

 建物の中から吹き飛ばされたリーカスは犇めく魔物の中に置かれている。

 戦闘が不得意なリーカスではこの二桁を超える魔物を相手することはできない。一対一ならどうにかなるくらいのものだ。


「ロウラさん。近くにいらっしゃいますか?」


 先に外へ出たロウラに声を投げかけるも返答はない。彼女がいれば、魔物たちに危害を加えないように指示してもらうこともできただろうが、期待はできなそうだ。

 むしろ、大きな声を出したことで、近くにいた魔物の気を引いてしまったようだ。ぎょろりと音がしそうな勢いで、三つ並んだ目がこちらを向いた。


「スィクフィア」


 先制攻撃として、生み出した水球を複数叩きつける。

 一見、攻撃力はなさそうな水球だが、高速で叩きつければ、魔物の体を押し倒すくらいの芸当は可能だ。


 もっと速くすれば、その身を穿つことくらいはできる。

 今はそこまで求めていないので、手加減した速さで水球を放った。


「アクバインド」


 続いた生み出した水の縄で別の魔物の足を引っ張る。先程倒した魔物とともに犇めく魔物たちは雪崩を起こす。

 傍にいた仲間に押し潰さあれる魔物たちを他所にリーカスは手近な影の中へと逃げ込む。久方ぶりの敵のいない環境に体を弛緩させる。


「ずっと緊張しっぱなしだったから気疲れしちゃったよ。まだ終わりじゃないってのがほんとさいあく」


 誰もいない空間なのでえ、ネリスの姿のまま、リーカスとして話しても問題ない。

 状況への不満を包み隠さず表情へ映し出しながら、リーカスは思考を切り替える。

 まだ終わったわけではない。それどころか、状況はより混沌としている。


「ロウラから情報を全部聞き出せたってわけでもないのにほんっとさいあく」


 突然魔物に襲撃にされ、ロウラに捕らえられることになったリーカスは状況がまるで把握できていない。

 会話をしている中で、ロウラ側の事情はある程度把握できた。しかし、肝心のロウラの目的は分からないままだ。

 今分かっている情報から推察するにあの醜悪な魔物を使ってエルフレイムを襲撃すること辺りが妥当か。


「でも、そうするとネリス様を攫おうとした理由が分かんないんだよねー。アンフェルディアから来訪があるときを狙って襲撃したって可能性も充分ありえるか」


 多分ロウラはルーケサの人間だ。亜人種を軒並み嫌っている国ではあるので、エルフの国に手を出すこと自体は不思議ではない。

 エルフレイムはルーケサの隣国なので、襲撃される対象として早めに候補に出る国である。


 今回の訪問がネリスの成人の儀のためというのは調べればわかることで、アンフェルディア王族来る機を狙ったというのは納得できる。

 これならネリスが狙われた理由も分かる。


「殺すのではなく、攫うってのが気になるけど」


 ふとリーカスの脳裏に少し前まで話していた少女の笑顔が過ぎった。

 話の内容を思えば、不気味さすら感じる無垢な笑顔が。

 同時に彼女が褒めていた魔物たちの姿が過ぎって、リーカスは顔を引き攣らせる。


 例えばだ。例えば、ロウラがあの継ぎ接ぎだらけの魔物の素体としてネリスを使う気だったとしたら。

 嫌な予感が胸をざわつかせ、あの魔物と一体化している主の想像してしまう自分が何よりも嫌だった。今までで一番最悪な気分になった。


「この場合、なってたのは僕なんだけど……それはそれで笑えないね」


 魔族もまた生物であることに間違えない。魔物は生物を人為的にマナ汚染させたものだ。

 その理屈で言えば、リーカスたちも魔物を作る素体に成り得る。


「魔族を使って魔物を作る実験のためにエルフレイムが選ばれたなんてのは流石に考えすぎかな」


 リーカスは頭が回る方ではない。というか、こんなことを一人で考えたくもない。


「やめ、やめ。こういうのは僕の担当じゃないし。フニートとか、メリベルとか、難しいことを考えるのが得意な人が考えればいいんだって」


 周囲に誰もいないのをいいことに他力本願の言い訳を口にする。

 誘拐され、不快な空間に置かれ、溜まりに溜まった不満を音にして発散する。


 どこか投げ槍に口にして、リーカスは大きく深呼吸する。

 ロウラの任務のことよりも、リーカスには考えなければならないことがある。

 過去や未来よりも今の状況をどうにかしなければならない。状況の整理していた思考をすっ飛ばして直近の出来事へ意識を向ける。


「結局、あの火の玉は何なんだろ。死ぬかと思ったし、顔に傷ができたし、ほんっとーにさいあくな気分。まだ体中痛いし」


 助けが来てくれたにしては乱暴すぎる。巡回をしていたエルフレイムの戦士がたまたま魔物を見つけて攻撃しただけならいい。

 リーカスがいることを知らずに攻撃を仕掛けたというのならば、文句を言うだけに留めてあげよう。


「最悪なのは新手だった場合だよね。殺し合って魔物を減らしてくれるなら僕的にはありがたいけど」


 最終的にリーカスが残ったものの相手をしなければならなくなる。

 激しい戦闘の果て、満身創痍、疲労困憊の相手に介錯するくらいのことならいくらでもする。

 しかし、厄介な相手を打ち倒せるだけの強者が勝ち残った場合、リーカスじゃとても相手にはならない。多少消耗しているくらいでは勝てる未来は見えない。


「あーあ、影に潜んでいる間に全部終わってくれたらいいのに」


 戦闘が得意でもないし、頭が良いわけでもない。世界一可愛いお姫様の目に留まったお陰で「ツェル」にはなれたけど、リーカスの実力は影人の中で飛び抜けていたわけでもない。


「可愛いだけが取り柄の僕にあんまり無理難題を吹っ掛けないでほしいもんだね」


 零す不満が一先ずここまでにしてリーカスは腰からナイフを抜く。

 リーカスの纏うメイド服の腰のリボンは裏でナイフを仕舞えるようになっている。エマリのメイド服と同じものである。


 影を纏い、姿が変わっていても身に纏う服自体は変わっていない。

 視覚情報を無視して慣れた感覚でナイフを引き抜き、入った影とは別の出口を選択する。


 影の中には暗く何もない空間で広がっている。この空間の広さはそれぞれで、その範囲にある影人はすべて出口として使える。

 外の状況はなんとなくしか分からないので、事前に位置関係を把握しておく必要がある。


 中には細かく外の状況を把握できる者もいるのでそこは才能の差だろう。

 その点においても平均的なリーカスは一先ず安全そうな影の出口として選んだ。


 ナイフを構えた状態で、リーカスは半壊した建物の中に立つ。

 リーカスが捉えられていた建物の中だ。魔物がうじゃうじゃいる外に戻るよりはマシだと判断した。


「まずはロウラさんと合流した方がよさそうですわね」


 影の外に出たので口調はネリスのものに戻した。ロウラがいる以上、まだネリスのふりをしている必要がある。

 立ち振る舞いを完全に切り替え、ナイフを隠し持つ形でロウラの捜索に当たる。


 火の玉の襲撃を受け、リーカスによって雪崩を引き起こされてもまだ魔物の数は多い。

 安全に過ごすには魔物を制御できるロウラの存在が不可欠だ。


 なるべく魔物を刺激しないように気を付けながら、ロウラを探す。ロウラが外に出てから、それほど時間は経っていないので、そこまで離れてはいないはずだ。


「魔物の様子を見て来るという話でしたし、すぐに見つかると思っていたのですけれど……」


 眉根を寄せてリーカスは呟く。ロウラの姿がまったく見つからない。

 声すら聞こえず、嫌な予感を胸に落としてリーカスは犇めく魔物の横を慎重に歩く。


「ロウラさん、いらっしゃいますか?」


 魔物を刺激しないよう、呼びかけを続けながら周囲の様子を注意深く見る。

 やはり返事はない。先程の襲撃で被害を受けたのだろうか。

 敵とはいえ、今いなくなられるとかなり困ったことになる。


「この数の魔物の相手は遠慮したいですわね」


 ロウラを装った人物は魔物も一緒に全滅させてほしいところだ。

 息を吐くリーカスは目端で瞬くものを捉える。先程の火の玉だと直感的に判断して回避行動に移る。


 手頃な影がないので、傍にいた魔物を盾にする形で身を潜める。

 すぐに火の玉の晴れる音が聞こえ、覚えのある襲撃が空気を揺らす。

 分厚い立のお陰でリーカスにはほとんど被害はなく、余波が髪やスカートを揺らすくらいのものだ。


 盾となった魔物の苦鳴を聞きながら、リーカスは飛び出した。

 影を伝い、犇めく魔物の裏に隠れ、身を隠しながら火の玉が放たれた方向へ駆ける。

 荒れ狂う暴風が上手い具合にリーカスの足音を隠してくれている。肌や服が汚れ、浅く裂かれる一先ず我慢する。


「あれが……っ、何ですの?」


 暴風の中、見えた人影に息を零したリーカスは何かを踏んで立ち止まる。

 それは人の腕だった。見覚えのある服を纏うそれに恐る恐る手を伸ばす。


「っ……腕だけしかありませんのね。ロウラさんのもののように見えますけれど」


 多少驚きはしたが、この手のものは一族にいた頃に幾度と見てきた。「ツェル」になるにしろ、「スクト」になるにしろ、この程度のことで冷静さを欠くことなど許されない。


 影人は幼い頃から 王族の力になるために様々な訓練をさせられる。

 その成果を実感しつつ、一応怖がるふりはするべきかと思案する。今はネリスの姿をしているので、この状況を恐れずにいるのは不自然ではないかと。


「そんなことを気にしている場合ではありませんわね」


 果たしてロウラは生きているのか。もはや、ネリスのふりをしている必要もなくなっているかもしれない。


「予想外のことばかりで腹立たしいですわ」


 その上、答えの見えないことばかりだ。

 一先ず、と爆風の中に隠されていた人影の正体へ目を向ける。すでに爆風は消えており、下手にはその姿を晒している。


「エルフレイムの戦士……ではなさそうですわね」


 リーカスの方角から見えるのは後ろ姿だ。その服装からエルフではないと判断した。

 屈んで何かをしている。地面に落ちているものを弄っているようで、嫌な音がリーカスの耳に届く。


 このまま何も見なかったことにして、隠れ潜んでいたいところだが、ここまで来たらもう逃げられないと覚悟を決める。距離を保ちつつ、ゆっくりと相手の正面へ回り込む。


 頭を注視するリーカスの目が最初に捉えたのは灰色の髪。次いで青い角。


 符合する特徴が意味することを理解しながら、リーカスは相手の正面に立った。

 身を隠すなんて意識は頭から抜け落ちて、真正面から立ち向かう。


「なんで……あんたがここにいるわけ?」


 ネリスを装うことも忘れて問いかける。

 目の前の人物は動きを止め、緩慢な動きで顔をあげる。赤い瞳と目が合った。


「……イフアン・ラァーク」


 それは約一年前、イゾルテ・ラァークが起こした謀反に加担し、その後行方不明となっていた人物の名前だった。

 イフアンの対処にあたっていたカナトとレナードの話によると協力者の手によって逃されたはずだ。


「その様子じゃルーケサ側についたってわけでもないよね? それともロウラとは別口?」


 その場に立ち尽くすイフアンの足元そこには血濡れの物体が転がっていた。

 片腕を失い、頭皮の一部がずる剝けている。見覚えのある毛髪が周囲に散らばっている。


 イフアンの足元に転がっている死体はロウラのものだ。

 生気のない瞳が恨みがましく、こちらを見ているような気がして意識的に視線を外す。


 レナードの話を聞いたときはルーケサの関与も疑われていた。それがルーケサの工作員(推定)のロウラを害したのならば、イフアンの協力者はルーケサの人間ではない。


「なんて単純な話にはしてくれないみたいだね」


 リーカスの問いかけにイフアンが答えてくれる気配はない。黙秘を貫いているならまだよかった。

 しかし、事態はもっと最悪で、イフアンの目はロウラの死体に負けず劣らずの虚ろな目をしていた。


「ルーケサに何かされたわけ?」


 薬か何かっだろうか。ロウラと同じく使い、使い捨ての駒だと思えば、ルーケサのかかわりを否定できなくなる。

 自我が破壊された状態では敵味方の判断もつかないだろう。

 任務の全容を知らないロウラとぶつかり、幼い少女が命を散らした。納得できる筋書きだ。


「ぁ……あ゛ぁ……。っあああああぁぁぁぁ」


 ようやく口を開いたと思えば、イフアンは唐突に大声をあげた。

 周囲のマナが大きく震え、見覚えのある火の玉がいくつも生成される。

 建物が破壊されたときよりも数が多いそれにリーカスは頬を引き攣らされる。


「ほんと、さいあく。……っ、スィクフィア」


 同数の水球を生み出して、火の玉が破裂する前に叩きつける。

 火と水がぶつかり、水蒸気が視界を白く染める。

 一度影の中に身を沈めたリーカスはイフアンの背後に飛び出す。


「アクバインド」


 イフアンの腕も水の縄で拘束し、ナイフで斬りつける。それとともに背中に蹴りをお見舞いする。

 リーカスの蹴りなんて大した威力はないけど、イフアンの体勢を崩すくらいのことは可能だ。

 虚ろな目がぎろりとこちらを見る。不気味な挙動に息を詰めるリーカスの傍で、マナが震える。


「まずっ……」


 目の前で生成された火の球が破裂する。咄嗟に水を生成するも気休めにしかならない。

 破裂の衝撃をほとんど真正面から受け、リーカスの体は数メートル先まで吹き飛ばされる。

 痛みに揉まれる中で、リーカスは絶叫あげるイフアンを見た。火球が次々と生み出され、追い打ちをかけるように破裂する。

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