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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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113「末妹の受難」

「それではわたくしは元の部屋に戻りますね」


「ああ、報告感謝する」


 一礼ののち、ネリスは扉の方を向く。先んじて扉に伸ばされたユニスの手が止まる。

 訝しんで視線を向け、口を開くより先に答えは得られた。


 騒がしい足音にネリスが気付いたのとほとんど同時にユニスが道を開けるように扉から退いた。

 すぐにノック音がして、返事の間もなく扉は空けられた。足音に気付いてから扉が開かれるまでそれほど間もなく、ネリスとエマリは揃って驚いた顔で目を向ける。


 不敬にも許可なく王の執務室に足を踏み入れたのは、金色の髪と翡翠の瞳を持った美青年だ。

 長いこと森の中にいたのか、髪は乱れ、美貌は土で汚れている。きちんと整えば、美形揃いのエルフの中で際立つ程の美しさを持っている人物だった。


「フリクルンド、客人の前だぞ」


「火急の事態ということでご容赦を」


 現れたのはエルフレイムの第一王子、フリクルンド・アルフヘイムだ。以前、エルフレイムを訪れたときにネリスも何度か顔を合わせたことがある。

 知っている人物だったことに安堵する余裕はなく、ネリスは切羽詰まったフリクルンドの様子に緊張を走らせる。


「町中に体調の魔物が現れました。現在、私の指示で戦士が対処に当たっています」


「それは継ぎ接ぎだらけの魔物か?」


「いいえ? あの気持ち悪いヤツは今んとこ、森の中でしか確認されていません。町の中に現れたのは普通の魔物です」


 一呼吸で平静さを取り戻したフリクルンドは落ち着きすぎとも思える様子で言葉を並べる。

 やや緊張感に欠けている姿は次々に異常事態が起こる中で頼もしく見える。フリクルンドの雰囲気は少しライに似ていて、だからだと思うのはなんとなく癪な気分になる。


「と言っても、エルフレイムでは見たことのない種ですね。それが前触れもなく、突然町に出現しました」


「突然……それは影から現れたのではありませんか?」


「おや、客人というのはネリス嬢のことでしたか? いや、その姿は……」


「ネリスで間違いありません。今はリカの力で、この姿になっているのです」


 喋り方か、立ち振る舞いか、ネリスの正体に気付いたらしいフリクルンドは想定していた姿との違いに首を捻る。手短に説明すれば、得心がいったように頷いた。


「それで、魔物が影から現れたのでは?」


「言われてみれば、確かに影の中から現れていたような気もするね」


 フリクルンドの答えに、ネリスは拳を握りしめる。紡がれる肯定は影人の関与を疑わせるものであった。

 立場的にも、心情的にも認めがたい事実である。じかし、ネリスは王族で、示された事実を事実として認めなければならない。

 下手に否定してアンフェルディアとエルフレイムの関係に亀裂を入れるわけにはいかない。


「影の中に魔獣を潜ませ、エルフレイムまで運搬した可能性が高いですわ。ユニス、先程言っていた気配はどうなっていますか?」


「まだ感じられます」


「ならば、まだ魔獣が潜んでいるかもしれませんわ。ユニス、潜んでいるものの規模と場所の把握を」


 本音を言うと、ユニスが感じた気配がリーカスであればいいと思っていた。

 そうであってくれたならばすべてが丸く収まるのに、と。

 優しくない現実に打ちのめされそうになる心を奮い立たせ、ストラトフを見る。


「フリクルンド、民の避難誘導。戦士は好きなだけ連れて行け」


「仰せのままに。……ああ、避難場所は王宮の庭で構いませんね?」


「ああ、任せた」


 大仰に一礼して、フリクルンドは部屋を後にする。責任の所在について議論するより、目の前の出来事に対処することを選んでくれたことに安堵する。

 影人の関与を考えずにいられない状況でも、ストラトフの目はネリスを尊重するように見ている。


「慌ただしいところを見せて申し訳ない。ネリス嬢は気にせず、部屋に戻ってくれて構わない」


「このような状況で気にするなと言われても無理ですわ。大人しく待っていることも、申し訳ありませんができません」


 また守られるだけの立場に押し込まれそうな気配を感じて言い放つ。

 長年連れ添った影や尊敬する兄姉たちが危険な場所に自分だけが安全圏にいることなどできない。

 いや、これはエリスがしたくないだけの我儘だ。震えた指先を握り締めることで誤魔化し、気高い王女を纏う。


「影人の関与が疑われるのならば、これはアンフェルディアの問題でもあります。部外者として扱う必要はありません」


 弱味として追及されるであろう事柄を自ら口にした。

 敢えて口にすることでアンフェルディアの潔白を証明するとともに、ネリスが介入する理由付けにもなる。


「とはいえ、わたくしは世間知らずの小娘です。でしゃばって、エルフレイムの皆様の邪魔をするつもりはありません」


 守られる側に押し込まれる理由はネリス自身が一番分かっている。

 だからこそ、きちんと線引きをした上でストラトフと向かい合う。


「わたくしにできることはありませんか? わたくしにも何か手伝わせてください」


「まったく……女というのはこういうとき妙に強くなる」


 小さく息を吐くストラトフが誰を思い浮かべているのか、なんとなく予想がつく。

 ネリスと同じように蚊帳の外に置かれることを嫌い、自分を売り込んだ人物への心当たりが主張強くあった。認めたくはないものの、見方によっては確かに似ている部分もある。


「フリクルンドの指示に従って民の避難誘導に協力してくれ」


「分かりました。それでは一度失礼致します」


 一礼し、今度こそストラトフの執務室を後にする。

 フリクルンドが出て行ってからそれほど時間に経っていない。少し急げばすぐに追いつくだろう。


「わたくしの我儘に突き合わせる形となって申し訳ありません。これから向かうのは危険な場所です。貴方たちは部屋に戻っても構いませんわ」


 ネリスに同行してくれてはいるが、ユニスも、エマリも本来は兄シラーフェの従者だ。

 ネリスの都合で危険な場所にまで突き合わせるわけにはいかない。


「私はシラーフェ様からベルゼビア様のことを任されております。どうぞ、私のことはお気になさらず動いてください」


「ん、私もネリス様と一緒に戦います。置いてけぼりはさみしいから」


「不躾なことを言いましたね。謝罪します。二人が一緒だと心強いですわ」


 本当に兄は良い従者を持っている。二人の存在を頼もしく感じながら、足早に歩を進める。

 すぐにフリクルンドの背が見えてきた。彼はネリスの足音に気付いて振り向いた。


「父上の指示ですか?」


 翡翠の瞳はこちらを見てすぐに理解を宿す。

 まだ何も言っていないのにネリスがここに来た理由を察しているようだ。


「ええ。ストラトフから避難誘導のお手伝いをさせていただく許可をいただきました。わたくしが無理を言った形ではありますけれど……」


「あの頑固者が納得せず許可を出すことはない。ネリス嬢が気にすることはないさ」


 実の父親とはいえ、一国の王を頑固者と称するなど、場合によっては不敬愛に問われてもおかしくない。それがフリクルンドの言葉となると気にならないのが不思議だ。


「戦士たちにも粗方指示は出してある。ネリス嬢は……そうだね、私に同行して避難誘導の手伝いをしていただこう。こういうのは目立つ人間がやった方が効果あるからね」


「分かりましたわ」


 執務室を出てからそれほど経っていないのに、すでに戦士たちへの指示出しを終えているとは驚きだ。

 ストラトフがフリクルンドに少ない指示しか出していなかったのはこれが理由なのだろう。多くを言わずとも最適解を出すという信用がそこにあるのだ。


「現場へ向かいながら、いくつか質問させてもらっても?」


「構いませんわ。答えられる範囲のことであればお答えします」


「はは、そう警戒せずともいいよ。作戦を組み立てる上で必要な質問だからね」


 言って、フリクルンドはネリスたちにいくつか質問をした。

 ネリス、そして後ろに控えるユニスとエマリの戦闘能力に関する質問だ。主に戦法や魔王適性、得意なこと、苦手なこと。


 話をしているうちにネリスたちは緑青宮の門の近くまで来ていた。魔獣はもうこの辺りまで来ているようで、壁越しに戦闘音が聞こえてくる。


「ユニス君は一先ず周辺の影を探ってくれ。不審な気配に気付いたら私に報告してくれ、位置が細かければ細かいほどいい。無理する必要はないけどね」


「分かりました」


「それじゃ、さっそく戦場に出るよ。たくさんの危険が潜んでいるし、怖いことも山程あるだろうが、委縮する必要はない。私が守るよ」


 軽口のように紡がれる言葉が妙に頼もしく思える。知っている感覚だと気付けば、更なる安心感がネリスを包んだ。

 今はその感覚に甘えることにして、ネリスは前を見据えて戦場へ足を踏み入れた。


 壁の中と外だけでここまで違うのか。突き刺すような戦場の空気を味わい、ネリスが最初に感じたのはそれだ。

 こうして実戦の中に身を置くのはリーカスが攫われたときと今回で二回目になる。

 慣れない空気に圧倒される心を押しやり、フリクルンドの方を見る。


「どちらへ向かうのですか?」


「まずは民が一時避難している場所に向かおう。緑青宮までの道は開拓中だから多少怖い目に遭うかもしれないけど……」


「心配には及びません。自ら協力を申し出た以上、覚悟はできていますわ」


「頼もしい返事だ。勇ましい女の子は好きだよ」


 すぐ傍で戦闘が行われているとは思えない軽さばかりを見せながら、フリクルンドは先導する。その後ろをネリスとエマリ、ユニスの順で続く。


「花たちよ」


 ふくよかな声に応じて、フリクルンドの周囲を複数の精霊が舞う。

 フリクルンドの契約精霊だろう。花という呼びかけ通り、周囲を舞う精霊は皆、花の形をしている。独自の姿を保っていられているのを見る限り、高位の精霊だ。

 それを片手では足りない数と契約しているなんて、かなり優秀な使い手なのだろう。


「私たちを守ってくれ、愛し娘たち」


 光を散らして応える精霊が魔法を行使し、ネリスたちはマナの膜に守られる。

 見た目で言えば、結果に似ている。実際、周囲の攻撃からネリスたちを守る役割を備えてはいるのだろう。

 しかし、それだけではないような気がする。


「詠唱もなしにこれほどの魔法を行使するなんてすごいですわね」


「花たちのお陰だよ。私は何もしていないさ」


「確かに直接行使したのは精霊かもしれませんけれど、精霊と契約者の関係はその単純なものではないと聞き及んでいます。……今回の場合、フリクルンド様が魔法を編んだのではありませんか?」


「勇ましいだけではなく賢いなんて素晴らしいね。その通りだよ」


 魔族は必要としないものなので、ネリスは精霊魔法について知識でしか知らない。

 それでもフリクルンドがかなり高度なことをしていることは理解できた。

 複雑に編まれた魔法はネリスには分からない原理で四人を守ってくれている。


 周囲に点在している戦士のお陰でネリスは魔獣に襲われるどころか、その姿を遠目に見るだけに留まっている。

 時折、飛んでくる流れ弾はフリクルンドが生み出した膜に触れると同時に溶かされて消えていく。何属性の魔法なのかすら分からない。


「ここから少し細い道に入るよ。ユニス君、先の影に不審物の気配はあるかい?」


「いえ、特に感じられません」


「それは重畳。この先には戦士もいない。万が一に備えておいてくれよ」


 フリクルンドの言葉に頷き、いっそう周囲に警戒を巡らせる。と言っても、実戦経験がほとんどないネリスには気配を読むほどの芸当はできないので、意識を少し外に向ける程度のものだ。

 無理に気を張っても気疲れしてしまうだけだ。気配を探るのは得意な人に任せて、ネリスはいざというときのために動ける準備をしておく。


「この辺りには魔獣が来ていませんのね」


「この先には一時避難用の小屋があるからね。世界樹の森にいる精霊たちに頼んで結界を張ってもらっているんだ」


 ストラトフの執務室に来るまでに精霊たちへの根回しまで済ませていたらしい。

 軽い空気に隠された優秀さは長兄フィルや次兄キラに通ずるものがある。やはり兄弟の長ともなると性格はともかく、近い性質を持つようなるものなのだろうか。


「見えてきたね」


「あの中に皆さんがいらっしゃるのですね」


「戦う術を持たぬものを優先して避難してもらってるよ。子供や病人が中心だね」


 フリクルンドが指し示す先にあるのは木造の小屋だ。

 普段は集会所として使われているもののようで、一般的のよりも幾分か大きい。が、エルフレイムの民すべてを避難させるには狭すぎる。


 幸い、エルフ族はその種族特性から精霊と契約している者が多い。魔獣が多く生息している森の中で、自分の身を守るくらいのことはできる。


「ここから今来た道を通って緑青宮に戻るわけだけど、移動には少々手間取るだろう。君たちには移動の補助と、周囲の警戒をお願いするよ」


「分かりました」


「そうそう、中にいるのは子供が多い。不安にさせないよう笑顔でね」


 言って、フリクルンドはお手本を示すように笑顔を浮かべた。

 美形揃いエルフ族の中でも際立った美貌が柔らかな笑顔を宿す。人を惹きつける表情はフリクルンドの弧叔母通りの効果を周囲の人々を与えるだろう。


 ネリスも倣って笑顔を浮かべる。中にいるという子供たちを安心させられるように意識して、口の端を上げる。

 魔法で水鏡を生成し、自身の笑顔を確認する。と言っても、そこに映し出されるのはリーカスの顔だが――。


「え……」


 確かに鏡にはリーカスの顔が映し出されていた。

 自分が浮かべた笑顔をリーカスが浮かべているという奇妙な姿。それが水鏡に映し出されたのはほんの一瞬。

 水鏡に映し出されたリーカスの顔は刹那のうちにぶれ、元のネリスの顔に戻った。


「なん、で……」


 思わず震えた声が零れた。リーカスの術が解けた意味を思って、全身が大きく震える。

 嫌な想像ばかりが浮かんで胸を締め付ける。


「エリス様、大丈夫ですか?」


「だい、じょうぶ、大丈夫ですわ」


 早鐘を打つ胸を抑え、口元に不格好な笑みを浮かべる。

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