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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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111「嵌合体狂騒曲④」

 目の前にいるのはエルフ族の特徴を持った嵌合体だ。


 頭部がもっとも分かりやすく金髪に翡翠の瞳に長耳。誰が見ても分かるエルフの特徴を残している。

 上半身は獣のもので、腕だけがエルフ族のもののようだ。下半身は魚人族を思わせる肌をしている。


「その顔、エルラドね」


 人の顔を覚えるのは得意な方だ。自国で行われるパーティや外交で訪れた国で知り合った人々の顔と名前はすべてリリィの頭の中に入っている。


 自国を除けば、もっとも訪れることの多いエルフレイムには知っている顔も多い。

 嵌合体の素体として使われているエルフ、エルラドはシャーロフの護衛として何度か顔を合わせたことがある。


「王族の護衛を任されるほどの精鋭がこんな姿になるなんてね」


 知り合いの死を、それを冒涜する有り様を痛ましい思いで見つめる。

 別れというのは何度経験しても、慣れるものではない。胸を締め付ける感情を瞳に映し、口元には笑みを乗せる。

 微笑みを絶やさないこと、それはリリィが自分自身に課していることだ。


「リリィ様、大丈夫ですか?」


「大丈夫よお。ふふ、みんな、心配性よねえ」


 シラーフェもリリィのことを心配そうに見ていた。同じ色を宿してこちらを見る影にリリィは笑いかける。

 エルラドはシャーロフとともに西方に調査に赴いていた人物だ。


 嵌合体の素体となった彼の姿はシャーロフの安否を不安視させる。

 シャーロフもエルラドのように嵌合体にされているかもしれない。婚約者の死を考えずにはいられない状況で、シラーフェも、メリベルも、リリィのことを心配してくれている。


 その温かな視線があれば、リリィは笑みを浮かべていられる。それにだ。


「私はまだシャーロフのことを信じているのよ。だから心配はいらないわあ」


 ヤナに聞かれたときと同じ、根拠はない。ただ一つ、リリィを心配してくれるいくつもの視線よりも、リリィの胸を温かくしてくれる想いがあるから。それだけだ。

 それだけでも、この世でもっとも大切な気持ちだとリリィは思っている。


「今は戦いに集中しましょう。エルラドにはゆっくり眠ってほしいもの。メリベル、お願いね」


「我が主の仰せのままに」


 恭しく答えるメリベルは剣を構え、嵌合体へと挑む。

 幼い頃から何度も頼もしい背中を見つめる。


 リリィには剣のことはよく分からない。兄弟たちの手合わせを、幾度も見てきてはいるけれど、実際に剣を扱う人に理解には及ばない。エルフレイムの戦士はとても強い。

 その中で精鋭ともなれば、アンフェルディアの騎士でも敵う者は一握りだろう。


 ならば、メリベルはどうか。幼い頃より王族に仕える者として戦闘訓練を受けているとはいえ女性だ。

 単純な力比べでは男性に負けてしまうが、その程度は負ける要因にはならない。


 力で及ばないのならば、別のところを補う。強くなるための努力を怠らないメリベルは誰よりも強いのだとリリィはよく知っている。

 彼女が重ねてきた努力がリリィのためのものであることも知っている。


「従者の思いに応えるのも主の務めよね」


 メリベルがリリィのために強くあろうとしているのならば、その道筋を示すものも主の務めだ。

 微笑みを絶やさないリリィはそっと周囲のマナに意識を向ける。


 神殿ということもあって、マナの濃度が高い。そういった場所には必ず精霊がいる。

 飛び交う精霊の中で、性質の異なるものを見つけ出す。五感を通して些細な変化を感じ取ることはリリィの特技の一つだ。


 他者の顔を覚えるのと同じ、リリィが己の役割を果たすために身に着けたものである。

 その特技を駆使して、野良の精霊に混じる契約精霊を見つけ出す。


「貴方がエルラドの契約精霊ね」


 エルフ族は精霊と契約することで魔法を行使する。魔族の持つ魔器官の役割を契約精霊が担っている形だ。

 より高位の精霊あるいは複数の精霊と契約することで、より高い魔法を行使することができるようになる。


 精鋭というだけあって、エルラドの契約精霊は中位精霊二体だった。

 リリィの呼びかけに応え、すぐ傍を飛ぶ二体の精霊に手を伸ばす。


「貴方たちの主、エルラドはもうこの世にいないわ。あそこにいるのはただの抜け殻、大切な人の体をあんな風に使われるのは悲しいわよね」


 契約主と精霊は特別な絆で結ばれているというのはシャーロフから聞いた話だ。

 リリィは、アンフェルディア王族と影の関係に近いものと認識している。

 失ったはずの相方が今もなお動いている状況に困惑している精霊に道を指し示す。


「私たちでエルラドを眠らせてあげましょう。貴方たちが力を貸してくれると嬉しいわ」


「……そう。もうあの子はいないのね」


 明滅する光が悲しみを帯びた声を紡ぐ。

 憂う精霊たちの体から光が生まれ、弾けて消えた。


 エルラドとの間に交わされていた契約を破棄したのだろう。これで嵌合体はエルラドの精霊魔法を使うことができなくなった。


「分かったわ。私たちは貴方に協力する。あの手の最期がこんな姿なんて悲しすぎるもの」


「ありがとう。心強いわあ」


 敵の能力を一つ削って、心強い味方を手に入れた。望む結果を得られたリリィは変わらぬ微笑みを浮かべて、戦闘中のメリベルに目を向ける。


「取り敢えず、あの子の助けになってくれるかしら」


「分かったわ。任せて」


 嵌合体のもとへ向かう精霊たちを見届ける。これでメリベルも少しは楽になるはずだ。


「私ももっとお仕事しなくしゃね」


 リリィには直接戦闘を行う術を多く持っていない。その分、出来る限りの支援をする。

 赤目に嵌合体と剣を交わすメリベルを移す。


「ヴアヘデラ」


 嵌合体の動きを邪魔する形で足元を蔦に生成する。

 突如現れた蔦に足を取られて踏み込みが浅くなる嵌合体の剣が空を切る。

 空振る手元に周囲を舞う精霊たちが魔法を叩き込む。その間にメリベルは自身の体を影に沈め、嵌合体の背後の影から姿を現す。


「ヴアヘデラ」


 再度蔦を生成して嵌合体の邪魔をする。リリィが生み出した隙をメリベルは最大限に活用する。

 背後を取った影からの奇襲は嵌合体の背を深く傷つける。


 痛みに絶叫する嵌合体は水かきのついた足で地面を叩く。

 周辺のマナが大きく波打つ。異変に気付いたメリベルは大きく退いて距離を取る。

 波打つマナは水へと変わり、メリベルへ、リリィへと押し寄せる。


「バカね。私たちに水の攻撃なんて意味ないわ」


 迫り来る水の壁がマナに還元され、光の粒が美しく舞う。

 エルラドと契約していたのは水精霊だ。嵌合体が行使した水魔術は瞬き程度の時間でマナへと還元された。

 戦闘に慣れた中位精霊が二体もいたからこそできた芸当だ。


「どうやら策を間違えたようだな」


 地を蹴り、一度離れた距離を詰める。

 攻撃を一瞬で無効化された形である嵌合体ではあるが、メリベルの剣を容易く受け止める。


 先程メリベルにつけられた傷はもう塞がっているようだった。水の壁は治癒する時間を稼ぐためのものだったのかもしれない。

 万全の様子の嵌合体へ、一切の動揺もなくメリベルは剣を交わす。


「使われている魔獣に治癒が得意な子がいるようねえ」


 今もメリベルの剣が、聖理恵たちの魔法が嵌合体を傷付けているが、すぐに治癒されてしまう。

 嵌合体を倒すためにはあの治癒力をどうにかする必要がある。


 戦闘中とは思えないのんびりとした調子で考え込むリリィは状況を変えるための魔法を編む。

 その間もメリベルの動きに合わせて戦いを支援することも忘れない。


 腕の立つ者の剣は美しい舞踏を思わせる。剣には疎いリリィではあるが、舞踏は得意分野だ。

 リリィの主戦場である社交界において舞踏――ダンスは必須の技能だ。


 単にダンスを踊ればいいというものではない。時に周囲を魅了し、ロキに相手を引き立て、その場にもっとも適したダンスを披露する必要がある。

 当然、共に踊る相手もそのときどきで変わる。その都度、相手の癖や性格、体調すらも読み取って、望む形のダンスを完成させる。


 これもまた一つのダンスだと、リリィは嵌合体の邪魔をするために魔法を行使する。

 いつもそうしているように必要な場所に必要なものを置く。それだけで嵌合体の動きは鈍り、メリベルの剣はより深いところに届くようになる。


「ヌルハイルインヒビター」


 並行して構築していた陽魔法を発動する。見た目ではすぐに効果は分からない。

 メリベルや精霊たちが攻撃を重ねていけば、目に見える形でも効果が分かるようになるだろう。

 一先ず大仕事を一つ終えたリリィは嵌合体の邪魔に集中している。


「治癒が得意だと怪我を気にしなくなるのよねえ」


 微笑が紡ぐ言葉を肯定するように嵌合体は自らに施される傷を気にもせず、戦闘を続ける。

 水の壁で時間稼ぎをしていたときと違い、浅い傷ばかりなのが理由だろう。

 すぐに治癒するものだと思っている。多少の傷くらい気にも留めない、回避行動すら取らずに戦闘を続ける嵌合体の動きがリリィの目には危ういものとして映る。


「気付いていないのか? 傷が癒えなくなっているぞ」


 メリベルが答えを指摘する。もう嵌合体は自身の体を治癒できなくなっている。

 リリィが施した陽魔法の効果である。本来陽魔法は治癒や強化を主体としている。弱化は陰属性の本文だが、陽魔法も使い方次第で似たような効果を齎すこともできる。


 直接戦闘に参加するわけではないリリィには高度な魔法を編むための充分な時間があった。

 もう自然治癒に頼るしかない傷をいくつもつけた嵌合体を慈愛の目で見つめる。


「理解する知能がないのか、軽い傷だと甘く見ているのか」


 全身から血を流しながらも、剣撃を重ねる嵌合体をメリベルは冷たく見る。

 他者を真っ直ぐに見る凛々しい瞳は、奇怪な魔物であれど、敵として見据える。


「いづれにせよ、それが貴様の敗因だ。願わくば、万全の状態で手合わせしたかった」


 心から惜しんで紡がれる言葉を、リリィは笑みを深めて聞いていた。

 曲がることを知らないメリベルの姿がリリィは昔から好きなのだ。


 終わりを宣言し、振るわれるメリベルの剣は嵌合体本体ではなく、その影を貫く。

 影人は影を通して他者の干渉することができる。剣を貫けれた箇所から血を噴出させながらも、嵌合体は隙を晒すメリベルへ銀閃をきらめかせる。


 影を貫いた刃はそれを可能にさせるほど浅いものだった。

 何故なら、影への攻撃はとどめを刺す過程でしかないから。


「――ギフドエンフラメ」


 嵌合体の剣がメリベルに届く寸前で止められる。

 全身に施された傷から炎が噴き出し、内側から嵌合体を燃やし尽くす。


 影を通して、体を燃やす炎を毒として送り込んだのである。火属性と陰属性の複合魔法だ。

 炎はやがて勢いを弱め、跡には灰と複数の魔石が残っている。


「魔石は回収しますか?」


「そうねえ、ヤナちゃんが喜びそうだし、一応回収しておきましょうか」


 言いながら、もう一方の嵌合体を相手している弟の方を見遣る。

 シラーフェの心配は特にしちえない。シラーフェは強い。他の兄弟に比べれば、経験という点で劣るものの、この程度の相手に後れを取ることはないだろう。

 ヤナもあれでいてかなり魔術の腕が立つようなので、上手くシラーフェを支援してくれるはずだ。


「あら、あちらもちょうど終わったみたいね」


 視線を向けた先で嵌合体が倒れ伏した。その死体を燃やし、ヤナと言葉を交わしている弟の方へ歩み寄る。

 どうやらシラーフェは怪我をしているようで、ヤナが治癒魔術を発動している。


 気安い態度で言葉を交わす二人はとてもいい雰囲気でリリィは弟の新しい友人に思わず笑みを零す、

 王に選ばれてから、シラーフェの世界は急激に広がっている。


 もうリリィが手を引く必要はなくなったのだとちょっとだけ寂しい姉心は胸にしまう。

 シラーフェが王に選ばれたことを、正直リリィはあまり歓迎していない。でも悪いことばかりではないのかなと前向きに受け止めつつ、二人と合流する。

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