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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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110「嵌合体狂騒曲③」

 シラーフェとメリベルは同時に地を蹴った。二方向に分かれて神殿を駆ける。


 嵌合体がいるわけでもない開けた空間で地を踏む。

 不気味さを覚える挙動でこちらを見る翡翠の瞳に向けて同時に剣を構える。


「フィジエハス、マギアエハス」


 リリィが強化魔法をかけ直す。前衛を担うシラーフェとメリベルに身体強化を、全員に魔撃強化を施す。

 土台を整えられた状態で得意げな表情を見せるヤナが二体の嵌合体と正面から向かい合う。


「大気を揺らす息吹。鉄槌は怒りを以て、他を穿つ。――ルストフィスト」


 生み出されるのは空気で構成される巨大な拳だ。ちょうど嵌合体の間に生み出された二本の拳はその体を殴りつける。

 回避は間に合わないと判断した嵌合体はそれぞれ受ける体勢で整える。が、強化が施された魔撃の一撃は凄まじく、その体は軽々と吹き飛ばされる。


 嵌合体が飛ばされた先にはそれぞれシラーフェとメリベルが剣を構えて待ち構えている。

 力任せに殴っているように見せてヤナの魔法制御は精密だ。求めていた軌道で向かってくる嵌合体に向けて魔龍剣を振るう。


「っ……この状態でも防ぐのか」


 確実に討てるはずだった剣撃は無理な体勢でも合わせてきた剣にとって防がれる。

 重ねる二手目で嵌合体は体勢を立て直し、一度距離を取る。


「曲がりなりにもエルフレイムの戦士ということか。行方不明となったのは精鋭という話だったか」


「首から下は別物……種族すら違うというのに上手く使うものだねえ。脳の命令系統はそうも上手くいくものなのかな。うんうん、興味深いよ」


 戦闘中とは思えない緊張感を欠いた感想を零すヤナが今回の相棒である。

 二手に分かれて戦うのならば、長年連れ添っている主従同志が組んだ方がいいという判断だ。


 正直ヤナの実力は不明瞭だ。戦える印象すら持てない人物ではあるが、魔法の扱い長けていることは数度見ただけでも分かるものだった。

 緊張感のなさも肝が据わっていると解釈し、一時的な相棒に信頼を注ぐ。


「ヤナ、よろしく頼む」


「こちらこそだと。一緒に敵を打ち倒そうじゃないか!」


 交わす言葉で互いの信頼を確かめ合い、シラーフェは嵌合体への攻撃を再開させる。

 柄を通してマナを注げば、漆黒の剣伸が淡く虹色の光を帯びる。魔管にマナを通して、身体強化を施した。


 リリィの魔法と合わせて向上した身体能力を確かめるように地を蹴った。

 少ない力でも普段の倍以上の効果を生み出す。不気味な挙動でこちらを見る翡翠に構わず、剣を振るう。


「花弁は唄い――」


 薄い唇が開き、詠唱を紡ぐ。

 生み出される風の刃を剣で斬り払う。魔撃の対処に一手を使った隙を突いて嵌合体の剣が迫る。

 なんとか剣撃を合わせることには成功したが、乱れた体勢では次の手に繋げられない。

 エルフレイムの精鋭が放つ思い一撃を受け続けるには無理のある体勢だ。


「そのまま持ちこたえてくれよ。火、爆ぜる。小。――スパーク」


 嵌合体の背後で何かが爆ぜ、重くのしかかる剣が軽くなる。

 シラーフェは一歩踏み込み、軽くなった剣を払い、突き放つ。浅いが、初めて肉を斬った感触を味わう。


 この感触を忘れないうちにとそのまま魔龍剣を横に振るう。

 流石にそこまで攻撃を許してくれるわけがなく、銀閃が走る。

 無駄のない剣捌きは的確に魔龍剣を狙う。


「火。爆ぜる。小。――スパーク」


 嵌合体の肩が爆ぜる。威力こそ小さいが、鍛え抜かれた剣撃を乱すには充分だ。

 激しく交わされる剣撃の中で、ヤナの魔術が絶妙に不協和音を混ぜる。相手の動きに無駄がなさすぎるが故に、ヤナの邪魔が大きな効果を齎す。

 シラーフェは今までにないやりやすさを感じながら、剣を振るう。


「花弁は唄い――」


「ウィラー」


 放たれた風の刃を同時に生成した風の刃で相殺する。

 広がる余波で髪を遊ばせながら、深く斬り込む。その剣身を剣ではないものが受け止めた。


 魔龍剣を打ち込んだのは嵌合体の右胴。

 追いついてくるであろう剣を想定して振るった刃は真っ白は歯によって受け止められた。


 嵌合体の胴がぱっくりと開き、歯を覗かせているのである。

 流石にそれは想定外であった。見た目はともかく、戦法はエルフレイムの戦士を思わせるものだったことで抜け落ちていた事実を改めて突きつけられる。


 目の前にいるのは複数の生物を継ぎ接いだ怪物であることを。


「……。…エンフラメ」


 嵌合体の歯はしっかりと漆黒の剣身をくわえている。

 押しても引いてもびくともせず、剣身に炎を纏わせる。焼かれてしまっては口を開かざる得ない。

 耳障りな悲鳴をあげる嵌合体の胴から剣を取り戻し、一度距離を取る。


「思い切ったことをするねえ。少し威力が強すぎるんじゃないかい?」


「少しマナの量を誤ったようだ。魔撃強化はあまり使うことがないから慣れないな」


 魔法の威力は消費したマナに比例して強くなる。普段の感覚で発動させた魔法はリリィが施した魔撃強化によって想定を上回る効果を齎す。

 怯ませるだけだったはずの炎は凄まじい勢いで燃え上がっている。


 退避するシラーフェの服の裾をわずかに焦がすほどだ。嵌合体の体は牽制のために放った炎に呑み込まれ、肉の焼ける臭いを周囲に漂わせている。


「魔族の中じゃ、この手の強化魔法は一般的じゃないのかい?」


「いや、単に俺があまり慣れていないだけだ。規模の大きな戦闘となれば、よく使われる魔法ではある」


 シラーフェは対規模な戦闘に参加したことがない。その上、演習などにも最低限しか参加したことがないので、強化魔法の類に縁がないのだ。

 血筋柄、優れた魔器官を有していることもあって、わざわざ強化魔法を使う必要もなかった。


「とと、あまり呑気に話をさせてくれそうにはないね。落ち着きがないのも困りものだよ」


「流石にあれで終わりにはさせてくれないか」


 炎の中で身動ぎする影を認め、剣を構え直す。あのまま炎に呑まれて終わってくれたらと思ったが、そう簡単にいかせてはくれないらしい。


 小さく息を吐いて嵌合体を見据える。

 ゆらりと揺れる体が何事かを呟く。この場で紡がれるものなど、何か決まっている。


「水。球。連。――アクアバレット」


「アクバインド」


 炎を突き抜けて風の刃が二人に迫る。

 炎を纏い、偶然にも威力をあげることとなった刃をヤナが発動させた水魔術が打ち抜く。

 複数放たれた水の球が風の刃とぶつかり飛沫を散らす。その裏でシラーフェは水の縄で嵌合体を捕らえる。


 水の縄は嵌合体を捕らえるとともに消火の役割を担っている。

 炎に呑まれた状態では近付けないので、攻撃と消火を兼ねてヤナが次々と水魔術を叩き込む。

 シラーフェは湧き上がる水蒸気に紛れるように駆け、嵌合体に迫る。極力足音も抑え、奇襲に近い形で斬り込む。


 肩口を浅く斬るだけに留めて、すぐさま身を屈める。

 すぐ上を嵌合体の剣が走り、シラーフェは低い位置から斬りあげる形で弾く。


 剣ごと腕を跳ね上げられ、晒される隙に二手目を叩き込む。火傷痕を残す胴が白い歯を覗かせる様を目にしながら、縦に剣を走らせた。

 切っ先が嵌合体の胸を貫き、その体に赤い線を描く。


「っ……」


 鮮血が散る。

 赤い飛沫は嵌合体のものだけではなかった。


 跳ね上げられた剣がシラーフェの腕を貫く。走る痛みに堪え、一歩強く踏み込んで三手目。

 肉が深くえ抉られるのも構わず、嵌合体の身に赤い線を描く。

 漆黒の剣を追いかける銀閃があって、線は途中で止められる。


「しぶとい、な。……どこかに魔石があるのか?」


 魔物の弱点は魔石だ。どのような魔物であっても、魔石を壊してしまえば倒すことができる。

 火に呑まれても、胸を貫いても、大量の血を流しても、強者として佇む嵌合体を倒すにはそれしかない。

 剣を交わしながら、シラーフェは嵌合体の魔石がどこにあるのか探る。


 手を負傷しても、身体強化を重ね掛けしているお陰で動きにそれほど影響はない。

多少の痛みなら我慢できる。〈復讐(フリュズ)の種〉が与える苦痛に比べれば可愛いものだ。


「ヤナ、魔石の在り処は分かるか?」


 相手はエルフレイムの精鋭。その体は別物であったとしても、その剣撃は一級品だ。

 洗練された剣撃を捌きながら、魔石の場所を探すのは難しい。

 少しの余所見が致命的な状況で、シラーフェは魔石の場所を探ることをヤナに任せる。


「魔石の在り処だね。任せてくれたまえ。少しの間、援護を休ませてもらうよ」


 返ってきた言葉を頼もしく思い、シラーフェは時間稼ぎの戦闘に集中する。

 ヤナはこの手の知識が豊富だ。任せろと言ったならば、必ず魔石の場所を見つけてくれるだろう。


「天に透かせれば、万物は正体を晒す。開く眼は答えのみを知る。――サーチミラー」


 指で丸を作ったヤナはその真ん中を覗き込む。指の間に魔術を発動しているようで、動き回るシラーフェと嵌合体をじっと見つめている。

 一方向からでは見つけられなかったのか、ヤナ自身も動き回り、魔石の在り処を探っている。


「ふむ、なるほどね。だから、見つからなかったのか」


 激しく響く金属音に紛れてヤナが呟く。微かに捉えたシラーフェは期待に応えてくれたのだと息を零す。

 どんな注文が来ても応えられるように意識をわずかにヤナへと向ける。

 戦闘に支障のない程度に抑えてはいるが、あまり長く持たせられない。


「印を示せ。夜天を瞬く帝星。消えぬ灯火。マークステル」


 刹那、嵌合体の体が数か所、光を放つ。眩しく思うほど強くはなく、夜空に輝く星を思わせる。

 不当感覚、方向性も分からない形で、十数個の光が嵌合体の体に描かれている。


「印をつけたところに魔石があるよ。すべてを壊せば、その嵌合体は機能を停止するはずだよ」


「これをすべてか……よく見つけられたな」


「一個一個が小さくて大変だったよ。時間がかかってしまってすまないね」


「いや、充分な早さだ。ここからは俺に任せてくれ」


 相手の弱点が分かれば、格段に動きやすい。一呼吸で意識の切り替え、柄を握る手に力を込める。

 時間稼ぎの剣舞の間に、強化魔法を施された体の感覚にも慣れてきた。


 常と変わらぬように意識せず、望む形で体で動かすことができる。

 漆黒の剣がシラーフェの意識に応えて虹色の光を帯びる。


「十を超える魔石を壊すのは骨を折れる仕事だ。もっとも一つ一つが小さいのならば、話は変わってくる」


 シラーフェの変化には気付かず、変わらぬ調子で振るわれる嵌合体の剣を弾く。


 剣の達人を素体として使っていても結局はそこまでだ。

 剣だけ真似しても、いづれ限界が来る。定型化された動きだと分かれば、優れた動きでも上回るのは容易い。


「惜しいな。願うなら、生前に手合わせしたかったものだ」


 結局のところ、嵌合体は死体を利用しているだけ。唾棄すべき現実が分かっただけでも儲けものということにしよう。

 達人の欠片を味わい、すべてをと欲を掻く心を抑えて、見慣れた剣の流れをすべて完璧に捌く。

 赤目は素体になったエルフレイムの戦士を思って哀切を移す。


「せめてこれ以上穢されることのないよう、この手で終わらせてやろう」


 走らせた虹色の剣撃で嵌合体の腕を斬り飛ばす。剣とともに飛ばされ、武器を失うこととなった嵌合体がその口を開く。


「花弁は唄い――」


「ウィラー」


 武器を奪われれば、魔法を使うことは予測済み。同じ風魔法で相殺し、魔龍剣で嵌合体の胸を貫く。

 防ぐ剣はなく、虹色を纏う剣は易々とその体を貫いた。


 剣の纏う光はまだ消えない。シラーフェのマナを含んだ光は剣を抜いてもなお、嵌合体の中に残って輝いている。


「爆ぜろ」


 短い言葉に応え、嵌合体の中に残された光は一斉に弾ける。

 衝撃で体を大きく揺らした嵌合体の体がゆっくりと頽れる。

 そのまま動く気配がないことを見て取り、シラーフェは息を零した。賭けに近い策であったが、上手く魔石をすべて壊すことができたようだ。


 動かなくなった嵌合体を静かに見下ろし、手向けるように火をくべる。勢いよく燃え盛る炎を見て、胸を複雑に揺らした。


 魔物を作り出す技術はルーケサが生み出したものだ。そして、エルフレイムはルーケサを隣接する国である。

 最初に異常が確認されたという西側は壁を隔ててルーケサと隣接する地であった。


 その事実に過剰に反応する存在が複雑に揺れる心を黒に染め上げんとする。

 エルフレイムの戦士の死を穢した存在への怒りを擽ってくる。


「あんな隠し技があったなんて驚きだよ! あれも魔法の一種なのかい?」


 暗いところへ押し流されそうになる思考を引き戻す声で我に返る。

 シラーフェの心中で疼くものなど知らず、魔法への興味だけで輝く瞳が現実に戻ってくれる。


「隠していたというより、思いついたことを試しただけだ。剣を通してマナを送り込み、体内で魔法を発動させた。あまり威力は出せないが、細かな魔石を破壊するには充分だ」


「話を聞く分には強力な技のように思えるけど、実際はそうでもないのかな」


「それよりもヤナの魔術の方が凄いだろう。あれは話に聞く短縮詠唱か?」


 魔術を行使する際の詠唱は魔法よりも長い。戦闘では不便であることから短縮詠唱なるものが開発されていると聞いたことがある。


「そうだよ。ボクは簡単な魔術にしか使えないけどね」


「短縮詠唱は高度な技術と聞く。使えるだけでも充分だとう。戦闘中、ヤナには何度も助けられた。感謝する」


「はははっ、ボクの方から戦闘への参加を申し出たんだ。その分の仕事はするよ。……そうそう、怪我をしていたね。腕を見せてくれたまえ」


 言われて、嵌合体の剣を受けた腕を差し出す。未だ血は止まっておらず、地面を赤く汚している。

 戦闘中は気にしていなかったが、思っていたより深い傷だったらしい。


「天の落涙。生命の雫。創痍に落ちて慈しみを注げ。――ハイヒール」


 温かな光がシラーフェの傷は見る間に塞がっていく。あれだけの傷が短時間で塞がったのと見る限り、かなり高位の治癒魔術なのだろうと推測する。


「治癒魔術も使えるんだな。感謝する」


「これぐらいは朝飯前さ。ボクはこう見えて役に立つ女だからね。これから先も頼ってくれて構わないよ」

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