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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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109「嵌合体狂騒曲②」

 神殿に出入りするための扉は固く閉じられている。

 視線を向けた先にいるはずのエルフ族二人の姿を見ることは叶わず、白い壁に阻まれる。


「開くときはゆっくりだったというのに閉じるのは随分と早いんだねえ。一瞬だったよ」


 呑気な感想を零すヤナの言う通り、扉が閉じられたのは一瞬のことだった。

 視線を遣ったほんの一瞬の間に、神殿の扉は閉じられたのである。外にレナントフとストグレンが残される形で。


「姉上、扉を開けられますか?」


「試しているけれど、ダメそうね。応えてくれないわあ」


 外は外でレナントフが開けられないか試しているかもしれないが、いづれにせよ、扉が応えてくれる気配はない。完全に分断されてしまったようだ。


「しかし、扉は何故閉まったんだろうね? 人数制限でもあったのかな」


「だとしたら、ストラトフ王が忠告していたはずだ。何か予想外のことが起きていると考えた方が無難だろう」


「それもそうだねえ。となると、根っこに悪戯を仕掛けた人物の策ということも有り得るか」


 悪戯とは随分可愛らしい表現である。

 エルフレイムの民が聞けば、険しい表情を浮かべてしまいそうである。敵の策を肯定したくはないものの、エルフ族二人がここにいなくてよかった。


 もっとも奔放なヤナの振る舞いには短い間でもだいぶ慣れてきたところで、あまり気にしないかもしれないが。


「分断することよりも、閉じ込めることが目的と考えた方が自然かな」


 分断する最たる目的は戦力を分けることにある。実際、シラーフェたちも戦力を分散される形となっているが、それによって大きな問題が生じるということはない。

 何より、戦力の分断は相手の戦力規模が分かってこそするべき策だ。


 神殿行きは突発的に決まったことであり、同行者の選出も急拵えで行われたものだった。戦力の把握は難しいだろう。

 そもそも嵌合体との戦闘により、騎士たちと別れたときの方が余程戦力を分散できている。

 敵の目的として考えるのならば、ヤナの言う通り、監禁の方がしっくり来る。


「この中に敵の目的となる人物がいるということか」


「ベルゼビア様が狙われたこともあります。敵の目的となる人物がいるということでしょうか……?」


 リリィたちが最初に嵌合体に遭遇した際、敵はネリスを狙い、代わりにリーカスが攫われた。あの場でネリスが狙われた理由はまだ分かっていない。

 狙われたのはアンフェルディア王族の方だという可能性もまだ充分にある。


「樹の乙女でもある第二王女に、アンフェルディア王。敵としては垂涎ものの獲物だろうね」


「その場合、ヤナは巻き込まれた形になるわけだが……」


「おや、謝罪は不要だよ。ボクは自ら志願してここにいるんだ。巻き込まれたと言うのならば、ボクは巻き込まれに行っているんだ。その責任は自分で取るよ」


 清々しいヤナの表情を前にすると浮かんだ罪悪感も沈んでいく。


「このまま話をしていても答えは出ないでしょうし、一先ずここに来た目的を果たしてしまいましょう。それで何か変わることもあるかもしれないわ」


 ここで話していても埒が明かない。

 シラーフェたちは一先ず神殿の奥へ進む。罠があることを警戒してメリベルが先を行き、シラーフェが殿を務める形で進んでいく。

 角に意識を向け、周辺のマナに異変がないか逐一確認する。


「神殿というだけあってマナが多いな」


 世界樹の森は元々マナが豊富な土地ではあるが、神殿の中は特にマナの濃度が高い。

 角を撫でるマナの感覚には妙な既視感があった。


「にしても、建物の中に植物が生えているというのは奇妙なものだね」


 城を基調とした建物の中には至る所に植物の根が張り付いている。

 ユッグイグル神の根と繋がっているという話なので、あれらの根はユッグイグル神のものなのだろう。


 世界樹の森はそのすべてがユッグイグル神の体である。森に生えている植物はすべてユッグイグル神の一部であり、ここにある根もすべて神の一部と考えた方が自然だ。

 細い根はびっしりと生えた建物となると廃墟の印象が強いが、場を満たす空気がそうさせるのか、ここでは神秘性を感じさせるものとなっている。


「中が入り組んでいなくてよかったわあ。案内役がいなくなって迷うことになっていたでしょうから」


「その場合、それが分断の理由だと分かりやすかったんだけどね」


 神殿は単純な構造の建物で、シラーフェたちは入ってからずっと一本道を進んでいる。

 部屋などは特になく、先にあるものを祀るために作られた建物といった印象だ。

 閉鎖された空間をただ歩くだけの状況にやはり既視感を覚える。


「さっきから浮かない顔をしているわねえ。シフィ、何かあったの?」


「大したことでは……」


「こんな状況だもの。大したことでなくても話してほしいわあ。お姉ちゃんの心配事を一つなくすと思って……ね?」


 そこまで言われてしまっては話さないわけにはいかない。

 いつもは何を前にしても動じず、穏やかに微笑んでばかりいるリリィが心配そうにこちらを見つめている。

 波立っているようにも見える赤目はシラーフェの弱いところを擽る。


「……神殿の空気に既視感を覚えただけのことです」


 そう口にしたと同時にリリィの表情から憂いの色が消えた。

 シラーフェに話をさせるため、わざと不安を表に出していたようだ。表情一つにも意味を持たせることが人心を掴むコツだと以前お茶会で話していたことを思い出す。


 長兄フィルすらもリリィには敵わないと言う。あの兄が敵わないのなら、シラーフェが敵うわけがなかった。


「神の神殿に似た空気というのは興味深い話だね。神殿は数あれど、神の身に繋がっているものはそうない。存在、記憶を辿れば、すぐ思い当たるんじゃないかい?」


「記憶を……」


 少なくとも王になってからの約一年の間のことではない。もっと前、それでいてアンフェルディア国内の出来事でもない。

 そこまで絞れば、答えを見つけるのは簡単だった。


「二度ほど似たような場所に足を踏み入れたことがある……」


 どちらもシラーフェにとっては印象的な出来事だったので、すぐに思い出せた。

 一度目も、二度目も、友人と絆を深めた大事な記憶を伴うものだ。

 特に二度目はこの胸に重く刻まれている。思い出すとともに疼きを伝える種のことは意識から外した。


「そうないと言ったばかりだと言うのに二度も!? やはり王になる者と言うのは一味違うね。それはここと同じ神と繋がる神殿ということでいいのかな!?」


「あ、ああ……二度目は似たような場所、なのだと思う」


 ヤナの勢いに気圧されながら答える。


「すまない。成り行きで立ち寄っただけに過ぎないので俺も詳しくは知らないんだ」


 二度ともシラーフェの意思で足を踏み入れたわけではない。


 一度目は龍の谷ミズオルムで。

 龍結晶と魔龍石を授かる条件に頼まれた調査の途中、落下した先にあった空間だ。結局、あの場所がどのようなものだったのか、シラーフェは知らないままだ。


 二度目は水精の王女が支配する海で。

 これもまた調査の最中で発動した転移魔法によって、シャトリーネが管理する空間に足を踏み入れることになった。元々はエーテルアニス神のものだったようで、繋がりはともかく神と深い縁がある場所に変わりない。

 と言っても、こちらも結局シラーフェが話せることは多くない。


「そうか、残念だね」


 言葉ほど残念に思っていないように見えるのがヤナだ。

 その目はすでに進行先へと戻されており、思考の切り替えの早さにこちらがついて行けない。

 状況が先の二件とよく似ている。この先に何かが待ち受けている気がしてならない。


 ルーケサの工作員と相対することとなった一度目のように。

 四〇〇年前の記憶を見せられることとなった二度目のように。


「止まってください」


 シラーフェの警戒を肯定するようにメリベルが硬い声で呼びかけた。

 空気中のマナから異変を感じ取るシラーフェはすぐにメリベルの呼びかけの理由を悟る。


「前方に敵が待ち伏せています。数は二体、いかがなさいますか?」


「いくらメリベルでも一度に二体の相手はきついだろう。一体は受け持とう」


 一本道なので待ち受けている敵は倒さないと進むことはできない。

 改めて敵の姿を確認するために向けた赤目がきらめくものを捉えた。


「姉上、ヤナっ!」


「伏せてください」


 咄嗟にリリィとヤナを庇う位置に立つ。

 シラーフェと同じく迫る敵の攻撃に気付いたメリベルが呼びかける声を聞きながらそれぞれ身を屈める。


「敵に気付かれたようですね。一度私の方から仕掛けますので、援護をお願いします」


「分かった」


 剣を抜いたメリベルの体が影に沈む。神殿内にある影を伝って移動し、一気に距離を詰めていく。

 影の中を移動しているので敵もメリベルのことに気付いていない。


「シンフラメ」


 シラーフェはメリベルが迫る方向とは真逆に位置に火魔法を発動させる。

 威力は抑えた、敵の意識を逸らすための攻撃だ。メリベルからも、離れた位置に立つリリィたちからも外れた敵の視線、その後ろからメリベルが銀閃を放つ。


 完璧に隙を突いた一撃は金属音とともに防がれる。欲を掻いて攻撃を重ねることはせず、メリベルは自らの体を影に沈めた。

 切れ長の目がこちらを一瞥する。言わんとしていることを察して、シラーフェは地を蹴る。


「フィジエハス」


 リリィが発動した魔法により軽くなった体で距離を詰める。

 シラーフェは影に潜んで奇襲を行うなんて真似はできない。真正面から迫るシラーフェに敵は当然気付いて、その翡翠の瞳がこちらを向く。構わず、地を蹴る。


 強化された一蹴りは常とは迷う速度を実現する。翡翠の瞳がシラーフェを見失い、再度捉えるよりも先に魔龍剣を抜く。

 その首を完全に捉えた一撃はメリベルと同じく防がれる。

 響くのは金属音。相手が持つ剣に防がれたのだ。


 シラーフェと鍔迫り合いになるその裏で、メリベルが影から飛び出す。

 一度メリベルの剣を防いだものは今、シラーフェの相手をして使えない。翡翠の瞳がメリベルの方を見ることすら嫌うように、シラーフェは攻撃を重ねる。


「俺の相手をしているというのに、余所見をするなんていただけないな」


 敵の意識を釘づけにさせるために振るった剣は弾かれる。だが、問題ない。

 その間にメリベルの剣が迫り、敵を討つはずだった。


 再度響く金属音。二体目が戦闘に介入し、メリベルの剣を払った。

 最初メリベルが攻撃を仕掛けたときも、シラーフェの攻撃を仕掛けたときもまるで動く気配がなかったので、意識の隅に置いていた存在だ。

 完全に排除していたわけではなかったので、シラーフェも、メリベルも冷静に対応する。


「マーモア様、失礼します」


 不意にメリベルに抱えあげられたことの方が動揺が大きい。

 メリベルはその細腕で軽々とシラーフェを抱え、そのまま身を影に沈める。


 影の中で意識を保っていられるのは影人のみ。当然、シラーフェの意識は黒に染められる。

 体が沈む感覚とともに角を通してメリベルの気が送られる。そのお陰か、影の中で辛うじて意識を残していられる。


 幾度か影を渡り、ようやくシラーフェたちは影の外へと出た。

 暗闇を揺蕩っていた意識が明瞭としたものになっていく。切り替わった景色から状況を理r買いするシラーフェを庇う位置に立ちつつ、メリベルはその体を下した。


「離脱するためとはいえ、手荒な扱いをしたことを謝罪致します」


「戦闘中のことをいちいち咎めるつもりはない。気にするな」


 答えながら、改めて敵を相対する。

 金髪に翡翠の瞳と長い耳。エルフ族の特徴の頭を持つ敵から首から下を別の魔物で引き継いだ嵌合体だ。


 ここまで様々な嵌合体を見てきたが、ここまで胸糞悪い気持ちになったのは初めてだ。

 疼く感情を抑え、リリィの様子が気になるものの、今は敵に集中する。そんなシラーフェの横に誰かが立った。


「なるほど、行方不明になっていたエルフレイムの戦士を材料に使っているようだね。魔物以外使って嵌合体を作り出すとは……なかなかに興味深い」


「ヤナ、危険だ。離れててくれ」


「守ろうとしてくれていることは感謝するよ。だが、今回ばかり共闘を申し出させてもらうよ」


 庇護対象として見ていた人物からの共闘の申し出に、困惑を隠せないまま見返す。


「ここは二手に分かれて戦った方が得策だと思うんだが、どうかな」


「シフィ、私たちにも戦わせてちょうだいな。お姉ちゃんも少しは戦えるのよお」


 ヤナの後ろから微笑するリリィからの援護射撃もあってシラーフェは敵を一瞥する。

 ここでごねていても仕方がないと首肯で答える。庇護対象が守られてばかりではないことはエマリと重ねた日々の中で知っている。

 シラーフェ達は短い作戦会議ののち、改めて敵の嵌合体と向き直る。

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