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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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108「暴発」

 嵌合体の討伐を終えたシラーフェは、レナントフが戦闘を行っている方向に目を向ける。 


 同じくオルソベーアを素体とした嵌合体とレナントフは対峙している。炎を纏う剣が嵌合体を二つに焼き斬ったところだった。

 火の粉が散るに場所に立つレナントフと目が合った。


 お互い、討伐を終えたことを視線で確認し、合流する。


「一先ず一番厄介な奴は倒せたか。後は戦士たちだけで対処できるか」


「一度、姉上たちに合流しますか?」


「そうだな、馬車が使い物にならなくなった以上、今後のことは話をせねばならない」


 周囲への警戒は怠らないまま、シラーフェたちはリリィたちと合流する。

 道中、嵌合体の死体がいくつか転がっている。嵌合体の襲撃に遭ったのだと不安を過ぎらせ、歩みを速めるシラーフェをリリィの穏やかな笑顔が出迎える。


「姉上、お怪我はありませんか?」


「大丈夫よお。メリベルとストグレンさんが守ってくれたもの」


 ストグレンというのは御者を務めていたエルフレイムの戦士の名前だろうか。

 どうやらリリィとは、既知の仲らしい。リリィの言葉通り、この場に残っていた者たちに怪我はないようだ。


「シフィの結界も助かったわ。ありがとう」


「こちらこそ、身体強化の魔法を行使していただき、ありがとうございます。助かりました」


「どういたしまして。シフィも怪我はない?」


「はい、お陰様で」


 お互いの無事を確認し合い、改めてレナントフの方に目を向ける。


「馬車が使えなくなると徒歩で行くことになるか……。神殿はここから遠いのか?」


「近いとは言い難い距離ではある。徒歩で二時間弱といったところか。精霊馬を使えば大幅に短縮することが可能だが、同行できる人数には限りはある」


 馬車は半壊したものの、繋がれた精霊馬は無事だ。多少の怪我はあったのかもしれないが、リリィが治癒したのだろう。

 空いている精霊馬が一頭と、レナントフが乗っていた一頭。少なくとも二頭は用意できる。


 そもそも人数分の精霊馬が工面できても、肝心の乗り手がいない。

 話に参加している者のうち、精霊馬を乗りこなせるのはレナントフとストグレンの二人のみ。御者を務めていたので、メリベルもある程度は乗れるかもしれない。


 リリィとヤナは二人に乗せてもらい、メリベルは影に潜んで同行する形にすればどうにかなるか。

 どの道、馬の数が足りない以上、シラーフェは残るのが最善だ。

 元より護衛としているだけのシラーフェが神殿まで行く必要ない。ここで嵌合体の討伐に参加するのが無難だろう。


「ふむふむ、つまりはみんな一緒に数㎞の距離を進めればいいのかい?」


 話を聞いているのか、いないのか分からない様子だとヤナが不意に声をあげる。

 ここに残ると進言するつもりでいたシラーフェは反射的にヤナを見た。それは他の者たちと同じで、ヤナは話に参加する者たちすべての視線を受けて得意げな表情を見せる。


「策があるのか?」


「あるとも! 大船に乗った気になってくれて構わないくらいにあるよ」


 言ってすぐにヤナは半壊した馬車に歩み寄る。それから馬車の状態を確認する素振りを見せるヤナは、少しして満足げに頷いた。


「これなら問題なく使えそうだ。さあ、君たち、乗ってくれたまえ」


「馬車はもう動かせないはずだが……」


「そうだね。車輪が歪んでしまっているし、走行するのは困難だろう。だが問題ない!」


 断言するヤナ。馬車を何らかの方法で走らせるつもりというわけではないらしい。

 説明らしい説明もなく、ヤナはただ馬車に乗るよう催促する。


「乗るのは分かったが、何をする気なのか説明してもらっても……」


「まあまあ、そんなことは気にしないでさ。思うようにはしないよ。さあ、乗った乗った」


 レナントフの問いに答えることなく、ヤナはただ乗車の催促をする。

 頑なに説明する気のないヤナの態度に不審なものを抱く。何か隠しているのではと疑いの視線を向けるのも、ヤナのあけすけな表情に打ち消される。


 持ち前の強引さに押され、シラーフェはひしゃげた馬車の中に押し込まれる。

 場にいた全員が乗車したことを確かめてから、ヤナ自身も馬車の中に足を踏み入れる。


「ふむ、やはりこの人数が入るとかなり手狭だね」


 神殿行きのためにストラトフが用意してくれた馬車だ。車体の重量や小回りが利くことを優先させており、車内はそれほど広くない。


 四人乗って少し手狭に感じる広さに成人済みの男女が六人だ。体格が良い者も多く、かなりぎりぎりな状態だ。

 間違っても女性の体に触れてしまわないよう。シラーフェは出来得る限り身を小さくする。


「レナントフ王子、神殿の方角はどっちかな。大まかなもので構わないよ。距離は十㎞弱という認識で問題ないかな」


「馬車の向きを変えず真っ直ぐ……大体八㎞くらいだな」


「なるほど、了解した。細かい調整は難しいから、多少の誤差は見逃してくれたまえ」


 周囲のマナが震える。ヤナの瞳は真剣さを帯び、周囲にいくつもの魔術陣が出現する。

 未完成の魔術陣がいくつも重なり合ったそれをヤナの指がなぞる。


「膨張する波動。潜熱が生み出す事象を以て、それは膨らむ。膨らみ、膨れ返れ」


 不完全だった魔術陣が急速に描きあげられていく。マナの震えは大きくなって、重なり合う魔術陣に集う。

 一塊となったマナはヤナの言葉通りに膨れ上がる。暴発してしまいそうなほどに膨れ、限界を訴えて震える塊にヤナは手を伸ばす。


 無感情な瞳が静かに見つめ、人差し指でマナの塊を突いた。


「針を一刺し。弾ける火勢は天を衝く。――フレンヴェレン」


 静けさを持った声が最後の詠唱を紡いだ。


 瞬間、爆発音が響き、シラーフェたちを乗せた馬車は大きく飛び上がった。

 ちょうど馬車の真下、角度をつけた位置で怒った爆発が絶大な力を生み出し、車体を大きく浮かび上がらせた。


 六人を乗せた馬車は飛び上がった勢いを消さないままに空を駆ける。

 空を駆けるという字面だけ見れば、物語の中に入ったような魅力的な絵図だ。しかし、実態は空を駆けている事実を気にかけている余裕はない。


 爆発による衝撃と、突然飛び上がったことでかかる負荷に全身を揉まれる。

 立っていることも、座っていることもままならず、激しく揺れる車内で同じく体も激しく揺さぶられる。

 思考を纏める余裕もなく、女性に触れない気遣いに意識を割くこともできない。


 微かなリリィの悲鳴と、楽しげなヤナの笑声に紛れてシラーフェもまた息を零す。

 どれだけそうされていたか分からない。徒歩の二時間よりも長い体感があって、やがてゆっくりと車体が落ちていく感覚があった。


 緩んだ負荷に気持ちまで緩んですぐに気付く。この先に待ち受けているものに。


「シルトテクト」


「スィロウア、ヴェント」


 同じことに気付いたらしいリリィが馬車を守る結界を展開させる。同時にシラーフェは馬車の動きを遅くし、風を起こして衝撃を相殺することを試みる。


 ヤナの魔術によって、空を駆け、神殿までの道を進んだ。そこまではいいが、この先、馬車には着地の衝撃を待っている。

 悪いようにしないと言ったからには何らかの対策を取っていると信じたいが、笑声をあげるだけのヤナの姿はあまり信用できない。


 結界で馬車を守った。速度を落とし、風で勢いを削いだ。他にできることは――。


「ヴアヘデラ」


 再度、リリィが唱える。


 地面がすぐ傍まで迫った頃、木々の隙間から伸びた蔦が馬車を絡め取る。

 地面に衝突するのではなく、蔦に絡め取られる形で馬車は止まった。無意識に息が零れる。


「到着したようだね。これでかなり距離が稼げたはずだよ」


 あれだけの衝撃に揉まれたというのにヤナは元気なままだ。最悪な乗り心地を楽しんですらいたようで、その顔には嬉々としたものが宿っている。


「馬車を下すわねえ」


 リリィの声があって、馬車ゆっくりと地面の上に下ろされる。

 繊細な蔦の動きによって振動もほとんど感じないまま、数分ぶりに安定した地面に足をつけた。

 元気なのはヤナくらいなもので、他の者は皆それぞれに疲労の色を滲ませている。


 一先ず、馬車を降り、広い空間で新鮮な空気を吸う。


 ヤナの言葉通り、かなりの距離を進んだことに間違いないのだが、ここは目印になるもののいない森の中。シラーフェの目には馬車に乗る前とほとんど変わらない景色が映し出されている。

 違う点をあげるとすれば、嵌合体と戦闘を行う騎士たちの姿がないことか。


「レナントフ王子、ここはどの辺りなんですか?」


「……神殿の程近くのようだ。辿り着くまで五分もかからないだろう」


 周囲を舞う精霊を通じて情報収集を行っていたレナントフが応える。 

 道中、不思議なほど目にすることがなかった精霊が、気付けば周囲を飛び交っていた。これもまた馬車に乗る前と変わった点と言えるだろう。


「手段はともかく、短時間で大きな消耗もなくここまで辿り着けたのは僥倖だな」


「そうだろう、そうだろう。これで少しは駄々を捏ねた分の成果は出せたかな。意外とボクは役に立つだろう?」


 得意げに紡がれる言葉は紛れもない事実だ。

 手段はともかく、ヤナのお陰でここまで辿り着けた。それだけもこの道行にヤナが同行した理由に成り得る。手段はともかく。


「ボクの功績を褒め称えたいところかもしれないが、そんなことよりもボクは早く神殿を目にしたいところでね。この欲望を少しも抑えたくないんだ。そろそろボクたちの歩みを再開させようじゃないか」


「そおねえ、レナントフ王子、案内をお願いできるかしら」


 二者二様の懇願を受けるレナントフは頷き、先導する。

 内から溢れる衝動を抑えられない様子のヤナが後に続き、その後ろをリリィとメリベルが行く。シラーフェがその後に続き、ストグレンが殿を務める形だ。


 レナントフの言葉通り、それほど時間はかからず、白い建物が見えてくる。緑青宮に似た造りをしているあれがユッグイグル神を祀る神殿なのだろう。

 漂う荘厳な空気がそうさせるのか、前にするだけでもその存在感に圧倒される。


「ここがユッグイグル神の神殿かあ。派手さはないというのに、とんでもない迫力を感じるよ。すごいね。月並みな誉め言葉しか出てこないくらいにすごいよ」


 瞳をこれでもかというほど輝かせたヤナは陶酔しきった表情で見つめる。時折立つ位置を変えながら多方向から神殿を見つめ、周囲の空気を味わっている。

 誰より熱心に神殿於姿を見ていたヤナが不意に首を傾げる。


「扉が開いていないようだね」


 シラーフェも気付く。

 神殿の扉は侵入者を拒むように固く閉ざされている。あれでは中に入ることはできない。


「神が眠りついていることで扉も閉じられているのか……?」


 だとすると、ユッグイグル神を目覚めさせるという目的は果たせないものとなる。

 ストラトフがこの可能性を考えず、指示を出したとは思えない。シラーフェは判断を仰ぐため、レナントフを見た。


「問題はない。これが通常の状態だ。神に認められた者でなければ、扉を開くことはできないようになっているんだ」


「なるほど、なるほど、それを聞いて安心した。と同時に不審を覚えるね」


 レナントフの言葉は純粋な安心材料とはならなかった。

 それはシラーフェたちがこの神殿を訪れた理由に反するものであったからだ。


 予定から外れてユッグイグル神は就眠期に入った。誰かが人為的に神を眠らせたという話であり、それを行うには神殿内にある、もっとも太い根に細工する必要がある。

 つまり誰かは少なくとも一度は神殿に侵入していなければならない。


 しかし、神殿は通常の状態を保ち、扉は硬く閉ざされたまま。下手人は神殿自身が持つ警備機能を正規の方法で突破した可能性が出てくるのである。


「神に認められた者というのはエルフレイム王族も含まれますか?」


 リリィの表情を窺いながらも問いかける。その可能性が浮上した以上、聞かないわけにはいかなかった。


「……含まれる」


 答えるレナントフは表情にも、声にも、苦々しいものを強く混ぜた。

 その果てに導き出される答えは一つだけ。複雑な思いを胸に抱き、それを口にするべきか迷う。


 この場にいる者は皆、頭が回る。わざわざ口に出せずとも同じ答えを頭に浮かべているはずだ。

 音にして柔らかな心をえぐるような真似をする必要はないと――。


「シャーロフが使われた可能性がある、ということね」


 周囲の気遣いを裏切って、リリィ自身がそれを口にした。


 行方不明になっているエルフレイムの第二王子、リリィの婚約者である彼が敵の手に落ちている可能性を。

 リリィの表情は静かで、不思議と静かで、その内心を読み取らせてはくれない。


「沈んでいたって仕方ないわあ。私たちは私たちのできことをやっていきましょう」


 折れない強さを、消えない輝きを示すように笑んでリリィは歩き出す。

 背筋を伸ばし、前を見据えて神殿へ歩いていく。纏う衣装がマナを含んで淡く輝き、光の残滓が軌跡を描く。すぐ傍をメリベルが伴う。


 その姿は著名な画家が描いた絵画を思わせる。状況も忘れて見入ってしまうほどだ。

 一挙手一投足、見られていることを意識した所作はそれだけで他者の目を惹きつけるのだ。

 そうしてリリィは神殿の扉の前まで歩み寄り、その手を伸ばす。細く長い指先が扉に触れた瞬間、強い光が瞬いた。


 魔国一の美貌が幻想的に照らし出される。

 光が収まった頃、固く閉ざされていた扉がゆっくり開かれていく。

 魔法でも組み込まれているのか、扉は独りでに開き、樹の乙女を迎える。


「さあ、みんなも行きましょう」


 おっとりと微笑むリリィに促され、シラーフェたちもまた神殿へ歩み寄る。

 未だ残る光の残滓の中で歩いて、リリィに誘われるように神殿の中へ足を踏み入れた。

 シラーフェに続いてヤナが足を踏み入れ、残る二人に視線を遣る。瞬間、扉が勢いよく閉じられた。

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