表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

111/125

107「嵌合体狂騒曲①」

 世界樹の森を馬車が凄まじい馬車で駆ける。精霊馬が単体で駆けるのと遜色ない速度だ。

 御者を担う人物から揺れると進言があったものの、想定よりも揺れは少ない。

 もちろん速度が速い分、通常よりも振動はある。ただ速度の割に荒々しさを感じられない運転である。


 メリベルから御者を代わった人物は精霊馬の扱いに長け、世界樹の森に慣れている人物のようだ。

 声も聞き覚えがなかったことから、エルフレイムの戦士だろう。


「失礼いたします」


 そんな声が聞こえたとともに馬車の中に影が入り込む。

 生き物のような不自然な動きを見せる影は特殊な力が干渉していることを示す。シラーフェにとってはなじみ深いものであり、聞こえた声もあってその正体はすぐに分かった。


 影の中から現れるのは騎士然とした女性だ。いつも乱れなく着こなしている使用人服には戦闘の名残を残している。


「御者が変わったから残るものと思っていた」


「私には、傍で王族の方々をお守りする役割がありますので、外の戦闘は騎士たちに任せております」


 入ってきたのはメリベルである。影人としての力、影に潜む力を使って動く馬車の中に侵入したのだ。

 本来、リリィを守る役目を持つメリベルが「王族」という言葉を選んだのはシラーフェがいるためだろう。


 ユニスをネリスにつけている中で、主を守る影の役割をシラーフェの分も担うつもりなのだろう。

 その責任感の強さは凛とした雰囲気がすでに物語っている。


「改めて状況の説明させていただきます」


 メリベルが馬車の中で状況が分からない状態が続いていたので、素直にありがたい。


「現在、周辺を数十の嵌合体に囲まれている状況です。すべてを討伐するのは困難と判断し、騎士たちが気を引いているうちに戦場を抜けるため、馬車を動かしております」


「同行している騎士はどれほど残っている?」


「エルフレイムの戦士も合わせて四割ほどになります」


 ここから先、嵌合体がいる可能性を考えるとやや心許ない人数だ。

 残る騎士たちのことを思えば、少ない数を残すことも憚られる。現場の者たちが最善と判断したことだと納得する。足りない分はシラーフェが力を尽くせばいい。


「レナントフ王子の先導のもと、抜け道を走行しているため、多少荒れた道を通ることもあるとのことですが、ご容赦ください」


「大丈夫よお。むしろ、もっと揺れてくれてもいいくらいだわ」


「一理あるね。せっかくだから、ぞくぞくハラハラと心を躍らすのも一興だ」


 やはり女性二人は肝が据わっている。緊迫した状況でも常を代わらない佇まいを見せている。

 メリベルも動じない主の様子に安心したようで、仄かに表情を緩めている。


「それでは私は影の中で周囲の警戒にあたりますので、何かあればお声がけください」


 すぐに表情を引き締め直したメリベルの体が影の中に潜む。影の中で待機することで、馬車の中と外、双方の状況を把握するつもりなのだろう。

 メリベルが沈んだのちに影は波打ち、扉の近くに待機するように蠢いた。


 その一連の流れをヤナは興味深そうに見ている。

 何か琴線に触れるものがあったのか、虚空を思わせる瞳に仄かな瞳を宿る。


「影人と言ったかな。やはりこの影に干渉する力は興味深いものだね。これは影の中に空間を作り出して中に潜んでいるという認識でいいのかな」


「その認識で問題ありません」


 影の中からメリベルの答えが返ってくる。影人の力を紐解くことはしてこなかったので、その原理を改めて説明をされるのはなかなかに興味深い。

 このまま掘り下げたいところだが、周囲の警戒にあたるメリベルに余計な負担を強いることはできない。


「ヤナ、今はメリベルの負担になる」


「それもそうだね。ボクとしたことが、失礼した」


 未知の探究という欲が先立ち、周りが見えなくなるというだけでヤナは基本的に素直だ。

 シラーフェの指摘に平静さを取り戻し、光の消えた瞳で謝罪を口にする。


「ネリス嬢のこともそうだが、影人というのは思っていたよりも興味深い人種なんだね。影に干渉することは少なくとも今の魔術ではできないからね。ボクが認識している範囲ではだが」


「ヤナにも知らぬ魔術があるんだな」


「そりゃあるとも。現存する魔術は一通り頭に入っているとはいえ、魔術の研究は日夜行われている。ボクの知らぬ魔術が新たに誕生しているかもしれない」


 興味を持ったことはとことん追求する。故に魔術について熟知しているというヤナへの印象は本人に一部否定されながらも、概ね間違いなさそうだ。

 新しく生まれているかもしれない魔術までは把握できないとはいえ、現存するものを一通り頭に入れているだけで充分だ。


 シラーフェも多くの魔法を知ってはいるが、現存するものすべてとは言えない。ヤナの場合、魔法にまで精通していそうだから恐ろしい。


「公にされていない研究を許可なく見るのは法的に禁じられているからね。流石のボクでもすべてを知ることはできないのさ」


 メギストリス魔導王国は国を挙げて魔導の研究をしていると聞く。

 研究に関わることへの制限が厳しいのかもしれない。


 長いこと自国に籠っていたシラーフェにとって、他国の風習は興味深いものだ。ヤナが未知を求める気持ちを少しだけ理解できた気分で目を向けたところで、馬車が大きく揺れた。

 車輪が浮くほどの揺れに、シラーフェたちは座したまま体勢を崩す。


「しばらく揺れが続きます。何かに掴ま――」


 御者台から声をすべて聞き終えることなく、馬車は横転する。


 御者に身構えるシラーフェの耳がエルフ族の詠唱が届いた。契約した精霊から力を借りて発動する精霊魔法の詠唱である。

 御者を務めるエルフが唱えたもののようで、巻き起こった風が馬車を立て直した。


「皆様、馬車から降りてください」


 衝撃を殺して何とか立て直したものの、いくつかの部品が歪んでしまっている。

 これではまともに走行するのは難しいだろう。


 影から姿を現したメリベルが先に降りて安全を確認し、リリィ、ヤナが順に降りる。シラーフェは殿を務めた。

 数時間ぶりに美しい森の景色を目に収めることになったシラーフェは様変わりした様相に顔を顰める。


「おやまあ、すごい景色だね。壮観だ。生きている嵌合体をこの目に収めるのは初めてだけどすごいね! すごく気持ち悪い!」


 言葉を選びもしない率直なヤナの感想。あれを見てしまえば、咎めることなどできやしない。


「俺が遭遇したものより小さいな」


 剣の柄に手をかけ、平静に保つように呟く。

 シラーフェの視界では複数の嵌合体が犇めいていた。ヤナと会う前に遭遇したものとは一回り以上小ぶりなものばかりだ。


 数自体も同程度なので、一見すると規模が小さいように思える。

 しかし、小ぶりだからと侮ることはできない。微かなマナの震えを感じ取り、目を向ければ、宙に描かれる魔術陣を認めた。


 周囲を犇めく嵌合体は魔術を操ることができるらしい。

 見た目だけではなく、その能力も個体によって変わるのが嵌合体の厄介なところだ。


「シルトテクト」


 魔術陣が発動する機を見計らって結界を張る。

 宙に生み出された土の杭が結界に叩き込まれ、砕け散る。


「花弁は唄い、生み出すのは食らいつくす貪食の風――ヴェンズグラ」


 魔術が不発に終わった隙を突いて、精霊魔法で生み出された風の顎門が大きく開く。

 一口で嵌合体を呑み込み、その体をばらばらに噛み砕いた。


 シラーフェは精霊魔法が発動したのとほとんど同時に飛び出し、剣を抜く。マナが豊富な土地の中で、漆黒の刃は仄かに虹色の光を帯びる。


 目端でとらえた飛来物を切り捨て、さらに前へ踏み込む。飛来物は席程の魔術と同じ土の杭だ。

 シラーフェはこれより以前に同じ魔術を見たことがある。


「やはりオルソベーアが素体となっているようだな」


 目に収めた嵌合体の姿に独りごちる。

 使われている素体は魔獣という話だったが、今目の前にいるそれの頭は見覚えのあるものだった。

 クマに似た魔獣、オルソベーア。龍の谷ミズオルムへ向かう道中に遭遇した魔獣だ。


「頭だけならば皮膚の硬さを心配する必要はないな」


 首から下に使われている魔獣は知らぬものだ。警戒は切らさないようにしながらも、剣を振るう。

 虹色の軌跡を描く剣撃は甲高い音とともに止められる。


「これは氷か?」


 シラーフェの剣を防いだのは嵌合体の皮膚を覆うように現れた氷の鎧だ。


「ウィラー」


 風の刃で牽制し、距離を取る。

 その軌跡をたどって冷気を纏った粒が後を追う。

触れてはまずいものだと本能的に察し、火魔法を発動させる。詠唱を必要としない火を生み出すだけの基礎魔法だ。


「シラーフェ、そのままで」


 不意に届いた声に従い、シラーフェは一度動きを止める。

 すぐ傍を駆ける者の金色の髪が視界の端できらめく。美しい輝きに目を奪われる一瞬があって、熱を帯びた風が肌を撫でた。


 剣に炎を纏わせたレナントフの剣撃が嵌合体に叩き込まれる。シラーフェの剣撃を防いだ氷の鎧は溶かされ、刃が肉を断つ。


「リリィ嬢とヤナ嬢は?」


「あちらに。メリベルとエルフレイムの戦士が守っています」


 半壊した馬車のすぐ傍にリリィとヤナはいる。前方と後方、それぞれにメリベルと御者を務めていた戦士が立ち、周囲を警戒している。


 幸い、あちらにはまだ嵌合体の姿はない。

 シラーフェが残した結界も機能しており、心配はいらないようだ。ヤナの戦闘能力までは把握していないが、近接戦闘に持ち込まれなければリリィはそれなりに戦える。


「先にクマ型の嵌合体を討つ。シラーフェ、右の奴を任せる」


「分かりました」


 厄介な土の杭から対処するという判断だろう。戦闘中、どこから飛んでくるか分からない土の杭に意識を向け続けることは難しい。

 オルソベーアを素体とした嵌合体はすでに倒したものの他に二体いる。


 片方はレナントフに任せ、シラーフェは指示された右側の嵌合体に目を向ける。

 先程の嵌合体と違い、こちらは上半身までオルソベーアの体を使っている。下半身は馬に似た形をしている。


 腕もまた別の魔獣のものを使っているようで、水かきのようなものがついている。

 嵌合体は後ろ足で地面を掻く。予備動作の類だと判断して、シラーフェは先に地を踊る。


 強く地面を蹴ったシラーフェは体が妙に軽くなっていることに気付いた。想定よりも速い速度で、想定よりも近い距離で嵌合体と相対する。


 想定を上回った結果により、剣を届く距離へ迫った。魔龍剣を握り直し、マナを注ぐ。 

 虹色の光を帯びる剣身を叩き込む。やはり体が軽く、少ない力で硬いはずのオルソベーアの皮膚に剣を通せた。


「これは姉上の魔法か」


 リリィは木属性と陽属性に魔法適性がある。陽属性は治癒や浄化以外にも防御や身体強化といった多種多様の魔法がある。

 リリィが施してくれた身体強化を施してくれた体の軽さを確かめつつ、さらに剣を叩き込む。


 先程剣撃を叩き込んだのとまったく同じ位置、深くまで刃を届かせる。

 嵌合体があげる絶叫に呼応して、周囲に魔術陣が展開される。近距離から射出される土の杭を魔龍剣で捌く。切り払い、打ち返し、切り捨て、打ち砕く。


 その間にも魔術陣は新たに展開され、次の杭が生成されていく。


「デリクァ」


 嵌合体が大きく体勢を崩す。地面を穿たれた穴が嵌合体の後ろ足を呑み込み、ひっくり返った体に土の杭が被弾した。

 高く上がった嵌合体の前足が鮮血を散らす。


 シラーフェは身を屈めて第二陣をやり過ごす。マナを散らす硬い皮膚でも近距離から土の杭を打ち込まれたら損傷も大きい。もう前足はまともに機能しないだろう。


「それでもまた戦う意思は消えないか」


 新たに魔術陣が展開される。

 生み出されるのは渦巻く水を纏った土の杭。数を増やしたそれは真っ直ぐにシラーフェを狙って射出する。

 今度はどう避けても嵌合体自身に誤爆しようがない向きを狙っている。


「先の嵌合体と違って多少の知能はあるようだな」


 素体となった魔獣の違いだろうか。その手の考察は専門家に任せるべきと剣を握り直す。

 射出される杭に剣を合わせる。水を纏っているせいか、先程よりも重い。

 簡単に切り払えそうにないと角から吸い上げたマナを魔力に変換する。


「ウィラフェアシャント」


 術者を起点に風を起こす『ウィラフェア』と鋭利な風を巻き起こす『ウィラーシャント』を掛け合わせた魔法だ。

 起点をシラーフェから魔龍剣にずらし、風を起こす方角を一方向に絞って発動させた。


 広がる風が全方向、迫り来る杭を千々に切り刻む。

 風はさらに先へと進む。杭を切り刻みながら宙を駆け、その刃を嵌合体へときらめかせる。


「やはり、この程度の練度では届かないか……」


 駆け抜けた風の刃はその手にマナを散らされ、硬い皮膚をほんの上澄み程度裂いたのみにとどまった。

 風に数拍遅れて嵌合体に肉薄するシラーフェは予想通りの結果をただ受け止める。


 周囲のマナを角から吸い上げ、魔管に通し、掌から魔龍剣に注ぐ。マナを注げば注ぐほど、魔龍剣は美しく輝く。

 漆黒の剣身を虹色に染め、シラーフェは無心でただ振るった。


 リリィの魔法で軽くなった体と、ドワーフ王が討った剣の輝きが合わさり、硬いはずの皮膚に容易く刃を通す。

 想定よりも軽い感触で嵌合体の頭は落とされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ