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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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106「神殿へ」

 就眠期に入ってしまったユッグイグル神を目覚めさせるために決まった神殿行き。

 話し合いの末、リリィの他にメリベル、レナントフ、ヤナ、そしてシラーフェの動向が決まった。

 ネリス、ユニス、エマリは緑青宮で留守番となる。


 樹の乙女であるリリィとその影であるメリベル。案内役であるれ何オフに、己の価値を示して半ば強引に同行を勝ち取ったヤナ。

 その中にシラーフェが混ざることになったのは、戦力不足が懸念されたからだ。


 騎士やエルフレイムの戦士も同行するとはいえ、嵌合体の犇めく場所へ赴くのにやや戦力が不安視される。そんな話が出た際にシラーフェ自ら立候補した形だ。

 リリィが向かう以上、他国の王族を巻き込むわけにはいかない云々は今更だと捻じ伏せた。

 来訪先で問題が起こっているのならば、許される範囲で協力する方がお互いのためだ。


 敵から狙われていたネリスは緑青宮で待機することになった。シラーフェが同行する代わりに、こちらに多めに騎士を残し、ユニスも護衛としてこちらに残る形だ。

 危険な場所に連れて行くわけにはいかないので、エマリも共に留守番だ。


「シフィ兄様、気を付けていってらっしゃいませ」


「ああ。何が起こるか分からない。ネリスも気を付けてくれ。騎士やユニスがいるとはいえ、安心はできない」


「分かっていますわ。こちらはわたくしにお任せください」


「あまり危ないことはしないでくれよ」


 神殿へ向かうシラーフェたちよりも緑青宮に残るネリスたちの方が安全だと分かっていても、心配する心は止められない。

 離れている間にリーカスは攫われそうになる事態がなっていたから余計そう思うのかもしれない。


「ん、シラーフェ様。私もいます」


「そうだったな。エマリ、ネリスのことを頼む」


「ん、がんばります。シラーフェ様も気をつけて、怪我しないで元気で帰ってきてください」


 不安を宿す赤目に笑いかけ、その頭を撫でる。シラーフェの傍にいたいと願いながら、己の力量を理解して自分から留守番を申し出てくれた。

 我慢ばかりさせている状況で、せめてその健気な願いくらいは叶えてやりたいと思う。

 戦闘になれば、難しくなりそうな願いではあるが、努力はしよう。


「ユニス、二人を任せた」


「はい。シラーフェ様もお気をつけて」


 一通りの挨拶を済ませたところで、リリィが姿を見せた。神殿へ赴くにあたって、樹の乙女として装束に着替えたリリィは揃う面々を順繰りに見て嫣然と笑う。

 いつもと違う装いのせいか、己の美貌が際立って見える。元々の美しさに神秘的な空気が加わって、神々しさを纏っている。


「リリィ姉さま! おれが樹の乙女の衣装ですの? とても美しいですわ。よく似合っています」


「ええ、特別な記事を使っているんですって。なんだか、ユッグイグル様に守られている気がして頼もしいわあ」


 衣装の変化を見逃さないネリスは馴染みのない意匠に興味津々だ。

 特訓な生地の言葉通り、マナに反応して光を帯びる特殊加工をされているようだ。アンフェルディアでは見たことのない生地で、興味を引かれる気持ちはよく分かる。


「後でゆっくり見せてあげるわね」


 今はゆっくり衣装を褒める時間はない。それを理解しているネリスは少し残念そうにしながらも引き下がる。


「シフィの方はもう準備できたかしら?」


「はい、問題ありません」


 リリィはシラーフェのことを呼びに来てくれたらしい。騎士たちの方の準備も終わったようだ。

 シラーフェはエルフレイムが用意した馬車に案内される。魔獣の一種である精霊馬が繋がれたそれは、世界樹の森を早く駆けることに特化したものだ。


 非常事態ということで乗り心地よりも、速さを考慮した形だ。

 同行する騎士たちも精霊馬が貸し出されている。アンフェルディアには魔獣を乗りこなす習慣はないが、この短い時間で上手く手懐けたようだ。乗りやすい精霊馬を選んでくれたのもあるだろう。


「やあ、来たね。先に座らせてもらってるよ」


 馬車の中に足を踏み入れたシラーフェを迎えるのはヤナだ。用意された馬車にはシラーフェの他にリリィとヤナが乗る。

 危険な状態の世界樹の中で、他国の要人を精霊馬に乗せて駆けるわけにはいかないという配慮だ。


 シラーフェだけなら精霊馬に乗ってもよかったが、二人のことを想えば、馬車に同席する方が無難である。メリベルは御者台の方に乗り、周囲の警戒にあたる予定だ。

 代わりというわけではないが、シラーフェは馬車の中から不測の事態を警戒する。


「この馬車の乗り心地は最高だね。王族と一緒のお陰で得をしたね」


「あら、野外調査のときは馬車に乗らなかったの?」


「王子と精霊馬を二人乗りだよ。まあ、二人だからね。それくらいが案外ちょうどいいよ。あれはあれで貴重な経験ではあったしね」


「王子様と二人乗りだなんて物語の中みたいな状況だものねえ」


 いつの間にか仲良くなっていた女性二人は和やかに会話を重ねている。

 緊張感のないやりとりだ。硬くなりすぎて心が疲弊してしまうよりずっといいとシラーフェは耳を傾ける。

 女性陣の会話に割り込んでも、良いことはないと知っているので聞き役に徹する。


「おや、リリィ嬢はその手の話に興味がある口なのかい?」


「そおねえ、一度くらい経験してみたいとは思うわ。恋物語の主人公と自分を重ね合わせて焦がれた回数は数えきれないくらいあるわよ」


「意外だね。リリィ嬢ほどの人ならその手の経験はそれこそ数えきれないくらいしていそうなものなのに」


 お茶会では定番の恋物語の話で盛り上がっている。ヤナは研究に関係すること以外に興味がない人物という印象だったので、リリィと楽しげに話している姿は意外だった。


 相変わらず瞳に光が宿っていないものの、リリィとの話を楽しんでいることが伝わってくる。

 人の心を解すことが得意なリリィと、独特な人懐っこさを持つヤナだからこそ作れる空間なのかもしれない。


「意外とないものよ。頼んだら誰かやってくれないものかしら」


「それならちょうどいいところにちょうどいい人がいるよ」


 二対の瞳が向けられる。

 対照的な瞳なのに言わんとしていることは同じだと分かるから困る。

 馬車の中で三人きり、逃げ場はなく、助けを求められる人材もいない。


「姉上の相手をするのに俺では役不足です」


「あらあ、そんなことないわよお。シフィが相手をしてくれるなら私も嬉しいわあ」


「光栄ではありますけど、シャーロフ王子に悪いですから」


 恋物語を真似るのならば、婚約者たるシャーロフほど相応しい者はない。

 婚約者を差し置いてリリィの相手役に収まるのは憚られると口にして後悔する。


 今、シャーロフは消息不明だ。心配していないわけがないリリィの前で口にするのは軽率だった。

 謝罪を口にしても空気が悪くなるだけなので、バツの悪さを感じて押し黙る。当然、リリィはそんなシラーフェの心情を読み取って、安心させるように笑いかける。


「そおねえ、シラーフェが相手したら嫉妬してくれるかしら」


「勘弁してください」


 笑みの中に茶目っ気を混ぜたリリィに苦い表情を返す。

 悪戯めいた姉の姿がシラーフェを気遣ったものなのか、本心から来るものなのか判別できない。

 ともあれ、悪くなるかと思った空気は変わらず、状況にそぐわない和やかな雰囲気を保っている。


「シャーロフは確か調査に向かって消息を絶った王子だよね。なるほど、リリィ嬢に好い人だったのか」


 せっかく流れた話題をヤナが掘り返し、シラーフェは再度表情を硬くする。リリィは反応らしい反応もなく、変わらず穏やかな笑みを浮かべるばかりだ。


「やはり不安なものなのかい?」


 ヤナは遠慮というものを知らない。

 リリィのものとは別種の笑みを入れて、リリィの心情に踏み込む。シラーフェは妙に緊張した心持ちでリリィの返答を待つ。


「不安はないわ。私はシャーロフを信じているもの」


「状況的に無事な可能性の方が低いだろうに、迷いはないものなのかい?」


「違いはないわ。シャーロフは生きている。無事かまでは分からないけれど、生きてはいる。根拠はない、ただの直観よ。それを私は真実だと信じているの」


「ふむ、事実を事実としてしか見えないボクには理解できない思考だね。興味深いよ」


 好奇心に突き動かされ、問いかけたらしいヤナは満足げに頷く。

 瞳に光を宿していないものの、人の心の動きに興味が向いていることが窺い知れた。目の前に現れた未知を貪欲に求めるのは何が相手でも同じようだ。


「ヤナちゃんには好い人はいないの?」


「期待に応えられなくて申し訳ないが、その手の話とは無縁なのさ」


「心を注げるものがあるのは素敵なことよ。ヤナちゃんは確か精霊について研究しているんだったわね」


「正確にはマナによって生み出される超常的存在だがね」


 リリィはさり気なく相手が興味を持つ話題にすり替えた。

 アンフェルディアの外交を担う手腕は伊達ではない。美貌だけでは各国の要人の相手はできない。


 内心を読み取らせない穏和な笑顔と、柔らかさに隠れた巧みな話術こそ、リリィの最大の武器だ。

 ヤナは話題を変えられたことを意識していないはずだ。


 乗せられるままに光を宿した瞳で、ヤナは己の研究を語る。嬉々とした表情を見せるヤナをリリィは変わらず表情で見つめている。

 赤目に宿る慈愛はシラーフェも身に覚えのあるものだ。話の内容以上に話をしているヤナの姿を楽しんでいるようだ。


「ご歓談中失礼します。前方の複数の嵌合体が確認されましたので、一度馬車を止めます」


「援護は必要か?」


「一先ず護衛のみで対処あたります。何かあれば、またお声がけさせていただきます」


 御者台に乗るメリベルから声があり、馬車が止まった。

 安全圏から待っているというのも落ち着かない。申し訳ない気持ちが湧いて、すぐにでも戦闘に参加したいが、でしゃばって騎士たちの邪魔になってはいけないと我慢する。


 世界樹の森に慣れているエルフレイムの戦士を中心に展開している戦闘に今シラーフェが介入しても不協和音になりかねない。


「心配しなくても大丈夫よ。みんな、強い子たちだもの」


「気を揉んでいても仕方がないさ。何事もなるようにしかならないからね」


 シラーフェとは対照的に女性陣は落ち着きはらっている。二人を見ていると自分が情けなく思えてくる。


「すみません。危険な状況で安全な場所にいるのは落ち着かないもので……」


「驚いた。国の長というものはもっとどっしり構えているもんだと思っていたよ。下々の犠牲は仕方がないと割り切っているもんだとね。君は随分と謙虚な人なんだね」


「割り切った方がいいとは理解してはいるが、犠牲を知らぬことにできない性分なのだ」


「割り切ることと知らないふりをすることは同義ではないよ。犠牲を受け入れる代わりに伴う責任をすべて背負うという意味もある。うちの長はこっちの人だね」


 うちの長というのはメギストリス国王のことだろうか。


 割り切ることの冷たい印象にばかりシラーフェにはない考えだ。

 国の頂に立つ者はどうしたって足元が見えづらい。それ故、取り零すものも多く、離れた距離の分、冷え切った感覚こそ、シラーフェにとっての『割り切る』であった。

 もっとも身近だった父王の姿が強い印象として残っているのもあるだろう。


「この手のものは人の数だけ答えがあったりするものだからね。君は君なりの割り切り方を見つければいいんじゃないかい?」


「私は優しすぎるシフィが大好きよ。そのままでいるには障害も多いでしょうけれど、私はどんな答えも応援するわあ」


 やはりこの二人を前にしていると自分の未熟さを思い知らされる。いや、この二人だけではない。

 シラーフェの周りにいる人たちは皆、シラーフェにはない芯を持っている。


 足りない自分を思い知らされるばかりで、どうやら自信を失っているらしいと薄く笑う。

 この弱さに付け入らんとする存在を内側に感じ、気を引き締めるとともに意識を切り替える。

 シラーフェ自身の中にも芯を、と意識だけして泰然とした自分を描く。


「安全圏で呑気にしていられるのも今だけかもしれないしね。ここでゆっくり力を温存して、後半大活躍なんてこともあるかもしれない。気楽に構えておくのが吉だよ」


 そんなヤナの言葉が呼び水と言わんばかりに騒がしさが馬車を揺らした。

 誰かが慌てて御者台に飛び乗った音が聞こえ、間もなく馬車が動き出す。


「このまま突っ切ります。多少揺れますが、ご容赦ください」


 焦りを滲ませた男性の声が投げかけられ、馬車は一気に加速する。

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