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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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105「囚われのお姫様(仮)」

 それは突然の出来事だった。


 突然霧が現れ、突然同行していた別の馬車を見失い、突然見たことのない魔物に襲われた。

 複数の生物を繋ぎ合わせた歪な、欠片も可愛さを持たない醜悪な外見をしていた。


 騎士たちだけでは手に思えず、リーカスたちも戦闘への参加を余儀なくされた。

 本音を言えば、お姫様二人には馬車の中で大人しくしていてほしかったが、安全圏で見物する自分を良しとする方々ではない。

 そこが最高に素敵で、無敵に可愛いのだから仕方がない。


 リーカスはいつだって可愛さの肯定者だ。この世界でもっとも優先すべきのことは可愛さであると信じている。可愛いは何人にも覆せない正義だ。


 可愛さを凛々しく纏って、気味が悪い魔物と立ち向かうもっとも大切な人。

 それを狙う醜い存在に気付けた自分を褒めてやりたい。咄嗟に主の影を纏い、主に自分の影を纏わせた。


 リーカスは影人の中でも珍しく、他者に影を纏わせることができる。

 戦闘能力が低い、護衛としての能力値が低いリーカスが『ツェル』の候補に選ばれたのはこの力があったからだ。

 主と姿を入れ替えたリーカスは身代わりとして敵に捕らえられることになった。


 気持ちの悪い触手に体を拘束され、最悪の扱いで今いる場所に連れてこられた。

 四肢はぬめぬめしたもので拘束されている。多分、運ばれていたときに体を縛っていたものと同じ、まあつまるところ、あの触手だろう。


 最悪の気分だ。いや、可愛い主がこんな扱いを受けることにならずに済んでいるので、最悪より一つ上だ。

 でもやっぱり気持ち的には最悪である。


「こんにちは。お姫様」


 幼さの残る問いかけにリーカスは瞑っていた目を開ける。


 こちらを覗き込むのは声の印象を裏切らない幼い少女だった。

 リーカスとりもいくつか年下、二桁の年齢になってからそれほど経っていない年頃に見える。

 想定よりもだいぶ幼い敵の姿に驚きつつも、それを表に出さないように努める。


「気分はどうですか?」


「最悪の気分ですわ。もう少し丁重な扱いをしてほしいものですわね」


 飽くまで主――第二王女ネリーレイス・ベルゼビア・アンフェルディアとして振る舞う。口調、仕草、すべてネリスを模倣する。


 幼い頃からもっとも近くで見てきたから、多くが気付かない癖まで完璧に再現することができる。

 偽物だと気付けるものはネリス本人以外いないと自信を持って言える。


「ふうん、思っていたより落ち着いてるんだね。もっと泣き喚いたり、怒ったりするもんだと思ってた」

「騒いで解決するのであれば、そうしますわ」


「ちょっとつまんない反応ではあるかも」


 残念そうな表情を見せる少女。年相応の喋り方で、素朴な印象を受ける。


 歪な様相の魔物に囲まれた空間にはあまりにも不釣り合いだ。捕らえられたお姫様の世話をするために寄越された侍女と言われた方が納得できる。

 しかし、幼い頃から使用人として王族に仕えているリーカスには侍女の類ではないことが一目で分かった。


「貴方は何者ですの? 不便ですから呼び名だけでも教えていただけませんか?」


 まずは情報収集から始める。逃げるにも、場所も敵の規模も分からない状況では迂闊に動けない。

 無事に逃げられたとして、またネリスが狙われるようなことになっては困る。


 相手の素性と目的を明らかにしたいところだ。幸い、相手は会話が成り立たない類の者ではない。少しでも多くの情報を引き出すための会話を試みる。


「名前? 名前はー、ロウラです。家名は言っちゃダメって言われてるからごめんなさい」


「ロウラさんですね。わたくしはネリーレイス・ベルゼビア・アンフェルディアと言います。こんな目に遭わせているのだから、ご存知だとは思いますけれど」


「ううん、名前までは知らなかったから助かる……助かります。ええと、真ん中の名前で呼ばなきゃいけないんだっけ?」


 名前を知らないということはネリス個人を狙っていたわけではないらしい。


 アンフェルディア王族であれば、誰でもよかったのだろうか。

 現王であるシラーフェや樹の乙女であるリリィがいる中で、ネリス一人を狙う理由はない。もっとも狙いやすいところを狙った考えた方が、非常に腹立たしいが納得はできる。


「アンフェルディアの風習をよく知っていますわね」


 アンフェルディアでは王族の名を呼ぶことは不敬とされている。王族の名ははミドルネームの部分で呼ぶというのがアンフェルディアの常識だ。


「えっとねぇ、ティフルくんに教えてもらったんだよね。潜入するときとか、こういう細かいことを覚えてると役に立つって」


「ティフル、というのはロウラさんのご友人ですの?」


「んー、友達ってより家族かな。同じ家で育ったの。すっごくかしこくてー、先生からたっくさん褒められてて……すっごくかっこいいの」


 ロウラは仄かに頬を染めて答える。恋する乙女の顔だ。

 リーカスは恋する乙女が好きだ。恋は女の子を可愛くする万能の調味料だ。


 こんな状況でなければ、ロウラの表情を可愛いと褒め称えていたところだ。今は冷徹に撤し、可愛らしい表情さえも情報を引き出すために利用させてもらう。


「ティフルさんのことがお好きなのですね」


「ええー、えー、分かっちゃう?」


「そんなに愛おしそうな表情をしていたら分かりますわ。同じ家ということはご兄妹なんですの?」


「ううん、血は繋がってないよ。ほら、私たちは孤児だから」


 なんというか、こちらが心配になるくらいにいろいろと話してくれる。

 いつの間にか敬語も外れており、親しい友人に話す感覚でリーカスと接している。


 家名を名乗ることは止められているようだが、他の部分は口止めされていないのだろうか。

 少し話しただけでも分かるロウラの性格を思えば、かなり杜撰な対応だ。


「ごめんなさい。不躾な質問でしたね。謝りますわ」


「いいよ、いいよ。生まれたばっかで捨てられて親のことなんて覚えてないし、それなりに楽しく幸せだったから、全っ然気にしてないよ」


 音だけ聞けば少女二人が他愛もなく会話しているだけに見える。

 実際は片方の拘束されているのだから、おかしな状況だ。

 受け答え自体は普通のロウラに思えるが、状況で見れば異常性が目立つ。


 育った環境、ロウラが生まれてすぐに預けられた孤児院のせいだろうか。

 ヒューテック領にある国の中には孤児を工作員として育てる機関があると聞いたことがある。


 工作員と言われると首を傾げてしまいたくなるほど、普通なロウラだが、話を聞くに育成機関たる孤児院で育てられた可能性が高い。

 この普通っぽさすら演技かもしれないと警戒は途切れさせない。


「ティフルくんにも会えたしね」


 はにかんで、本当に嬉しそうな表情を見せるロウラ。

 リーカスの琴線に触れる可愛さを見せるロウラも前に平静を保つのも大変だ。


 既に正体が見抜かれており、リーカスを揺さぶるためにロウラを用意したのではないかと思ってしまうほどだ。


 世界でもっとも可愛い主の存在を思い出して、沸き立つ感情を抑える。

 恋する乙女の可愛さを、ネリスの可愛さには決して敵わない。


「素敵ですわ。ティフルさんへの想いが伝わってきます」


「そう言われると照れちゃうなあ。あんまりこういう話ができる人もいなくて……ちょっとうれしいな」


「いくらでも話してくれて構いませんわ。わたくしも恋の話は大好きですもの」


 本音を少しだけで混ぜて口にする。ここで無理に話の流れを変えるのは得策ではない。

 今はロウラとの親密度をあげて、口を滑りやすくさせる方がいい。断じて、リーカスが恋話を聞きたいわけではない。


 ティフルとやらも孤児院で育てられた工作員のようなので、恋話の中にも得られる情報はあるはずだ。


「ティフルさんはどのような方なんですの?」


「ティフルくんはー、すっごく頭が良いんだよ。いろんなことを知ってて、何でもできて……不器用で失敗してばっかの私とは全然違うの」


 瞳を輝かせながら、ロウラは愛しい人のことを語る。

 それを聞きながら、リーカスは堪らなく惜しい気分になる。


 これが捕らえられている状況でなければ、相手が敵でなければ、心から喜んでこの話を聞くことができるのに。


「普段は冷たいんだけどね、私が本当に困ってるときは助けてくれるの」


「それは……憎いことをする殿方ですわね」


「そう! そうなの! 胸がきゅんきゅんしてどうしようもなくなるの」


 そつなく人の心を掴む所業をする男性にリーカスも心当たりがある。

 脳裏に浮かぶのは主のもっとも近い兄だ。あの手の天然人誑しは本当に性質が悪い。


 ティフルとやらも似た人種だと認識しておく。当時にロウラを天然人誑しに絆されてしまったエマリと同種と認識する。

 正直、敵の情報としては役に立たない部類の情報だが、それはそれ。


「でも、一年くらい会えてないんだ。先生の用事で外国に行っちゃってそれっきり」


「遠い国なんですの?」


「んー、それはよく分かんない。いつ帰ってこられるのかも分かんないなあ」


 先生の用事は工作員としての仕事だろう。ティフルは外国で任務についており、その期間は長くとも一年程。

 仕事に失敗して死亡している可能性もある。敵に殺されるのならまだしも、ロウラも口振りから察するに味方に処分されたなんてこともありそうだ。


 孤児院出身の工作員の立場はあまり高くない。使い捨てにされる程度の存在だと思われる。

 となると情報源としてどこまで役に立つか。あまり期待はできないかもしれない。


「もしかしてロウラさんも先生の用事とやらでこちらにいらっしゃるんですか?」


「そんな感じかな。でも、あんまり詳しくは話せないよー」


 あわよくばと思ったが、そう上手くはいかないものだ。口止めされているのか、そもそも詳細までは知らされていないのか。


「あら、そうなんですの。せっかく仲良くなったことですし、保護者代わりとなる方がいらっしゃるのであれば、ご挨拶したいと思ったのですけれど、それも難しいかしら」


「そうだねー、ここには私しかしないから。先生は孤児院の方にいるよ」


「それは残念ですわ」


「仕方ないよ。他の子たちの世話もあるし、先生は忙しいからねー」


 ここがどこまでを指すのか分からないが、少なくとも上司である先生は来ていないらしい。

 できれば、相手の人数くらいは把握しておきたい。ロウラの表情を窺いながら、慎重に口を開く。


「こちらに来ているのはロウラさんおひとりなんですの? まだお若く見えますけれど、一人で他所の国を訪れるなんてとてもできることではありませんわ。尊敬します」


「えへへ、王族様に褒められるなんて嬉しいなあ」


 この反応からはまだ確信には至れない。さらに踏み込むべきか迷う。

 ロウラはまだリーカスのことは信頼してくれている。下手に踏み込んで、警戒心を持たれては困る。


「あ」


 リーカスの方を見てロウラが小さく呟く。仄かに身を固くして続く言葉を待つ。

 四肢が拘束された状態ではできることは少ない。最悪の事態を想定して、使えそうな影の位置を横目で確認する。


「私、いつの間にかタメ口になっちゃてた。ごめんなさい。偉い人にはちゃんと敬語使わなきゃって思ってたのに……」


 大したことのない内容でそっと体を弛緩させる。

 緩みに気付かれないように努めつつ、意識的に口角をあげる。


「気にしていませんわ。むしろ親しくなれた気持ちで快く思っていました。せっかくですし、わたくしのことはネリスと呼んでくださいまし。ロウラさんともっと仲良くなりたいですわ」


「えっ、いいの? えへへ、うれしいなあ。孤児院では魔族はすっごく怖い人だって聞いてたけど、全然怖くなくて安心したよ。ちゃんと役目を果たせそうで安心したよ」


「怖い事なんて少しもありませんわ。魔族の中にも優しい人はたくさんいますわ」


 魔族が怖いという教えが主流なのはルーケサだ。その影響を受けた周辺諸国出身の可能性も捨てきれないので、一先ずルーケサの関係者程度の認識でいくとしよう。


 ルーケサの人間は幼い頃から魔族への悪感情を育てられると聞くが、ロウラは強い嫌悪感は持っていないようだ。物語の中でよく登場する悪役くらいのものとして見ている。

 このまま上手いこと、認識を改めさせて懐柔できるだろうか。そんなあまり考えは即座に否定する。


 あまりにも緊張感のない態度で、リーカスに対して心を開いているように見えても、ここに来た目的は忘れていない。思考誘導できる自身は正直ない。

 リーカスの得意分野とも言えないので、ここは変な欲はかかず、時期を待った方がいい。


「優しい人かあ。じゃあ、魔族の中にはあの子たちを受け入れてくれる人もいるかなあ」


「あの子たち、というのはどなたのことですの?」


「あの子たちだよー。ほら、外にたくさんいるでしょ」


 促されるままに視線を動かし、リーカスは顔を引き攣らせる。こればかりは表情を隠しきることはできなかった。


 リーカスがいる建物の外で犇めているのは、複数の生物を繋ぎ合わせた歪な魔物だ。

 ここに捕らえられる前、リーカスたちを襲った魔物と同種のそれが数えきれないほど待機している。


「かわいいよねえ」


「…っ……そ、そうですわね」


 咄嗟に出かかった否定の言葉を呑み込む。あの魔物を可愛いと称する感性はまるで理解できず、相容れないと心中で呟く。それでも口では肯定を示した。

 機嫌を損ねるようなことがあってはいけない。耐え難い気持ちは必死に抑えた。


「実はあれ、私が作ったの。先生に唯一褒めてもらった私の特技なんだあ」


「それは素晴らしいですわね。わたくしも……す、素敵だと思いますわ」


 また一つ、重要な情報を得ながらも、リーカスは拘束されてからもっとも強くこの場から逃げたいと強く願った。

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