19. 温泉
「さあ、アッシュ! 行くわよ!」
温泉大好き星人のヴィーは、テンション上げ上げで、俺の腕を掴みシートから俺を立たせる。
「え? 俺も一緒に行くのか?」
「当然でしょ」
「いやいやいや、混浴はまずいだろ」
彼女と混浴できるなら、毎日でもいいと思っていたが、いざ、誘いを受けると怖じ気ずいてしまう、俺は小心者だ。
「何言ってるの、子どものくせに」
そういえば、俺はまだ十歳になっていない。ギリギリセーフか? 悩んでいると、なぜか彼女はその場で服を脱ぎ出した。いや、これはアウトだろう!
「ほら、アッシュも脱いで」
彼女は自分の服を脱ぎ終えると、今度は俺の服を脱がしにかかった。
「いや、自分で脱げるから!」
抵抗はしたが、抵抗は無意味だと言わんばかりに、俺は服を剥ぎ取られてしまった。
「アマデウス、緊急避難射出経路解放」
彼女の命令で、ブリッジの床に穴が開いた。
「さあ行くわよ!」
彼女は俺を抱き寄せると、そのまま穴に飛び込んだ。
「ちょっとーーーー!」
裸のまま彼女に抱き抱えられ、ウォータースライダーのように、チューブの中を弧を描くように滑り降りる。後頭部に彼女の大きな胸が当っているが、それを楽しむ余裕がない程の急降下である。そして、かなりの速度で、チューブの先から船外に放り出された。
「うあー!」
ああ、こりゃ尻尾の先か。放物線を描いて落ちながら、ちらりとDSDSアマデウスの後部が見えた。
バッシャーン!
俺たちは、そのまま温泉の中に着水した。
「ヴィー!!」
「あはは! 温泉楽しいー!」
怒ってやろうと思ったが、楽しそうに、犬かきで泳ぎ始めた彼女の姿を見て、怒る前に確認することにした。
「ヴィー、掛け湯って知ってる?」
「何それー! そんなことより、アッシュは泳がないの?」
「温泉では泳がない」
「えー! なんで? こんな広いのに。しかも、貸切だよ。自由に泳げるんだよ」
どうやら、温泉に関する常識が、俺と彼女で大きく違うようだ。
しかし、裸で泳ぎ回られると、目のやり場に困るんだが。
「ヴィーは、裸を見られて恥ずかしくないのか?」
「え? だって温泉だよ。子どものアッシュに見られても恥ずかしくないわよ」
「子どもといっても、俺は転生してるんだぞ! 精神年齢は、前世も合わせれば二十代後半だからな」
「でも、体は子どもだから問題ないでしょ」
彼女は、俺の股間をニヤニヤした目で見ながらそう言った。
「クッ! 屈辱! いつか泣かしてやる」
「あはは、それは楽しみね」
「絶対に、ヒイヒイ泣かしてやるんだからな!」
「うーん、でもそうなると、私の婚約者が黙ってないかも?」
「ヴィー、婚約者がいるのか?」
「ええ、親が決めた婚約者だけど、もちろん元の世界にね」
「親が決めた? ヴィーはもしかして貴族なのか?」
「私の世界には貴族という、親から子に引き継がれる身分制度はなかったわ」
「そうなのか」
貴族制度がなかったのに知っているのは、アニメから得た知識だろうか?
「身分制度はなかったけど、軍の中に派閥があったから、上位士官の子どもは英才教育を受け、昇級の機会も恵まれていたし、そして、その仲間も美味しい思いができていたわ」
そして、彼女は遠くを見つめて続けた。
「私の家は代々将軍を輩出している名門で、父は軍の行動を決定する最高評議会のメンバーでもあるの。婚約者の家も同じように名門で、お互い手を結ぶことにより確実に勢力を伸ばしていたわ。ある意味、アニメに出てきた貴族の政略結婚と変わらないわね」
彼女が深宇宙探査任務を受けたのは、このことも関係しているのだろうか?
「私がこんなことになっちゃって、この婚約はどうなっちゃったかしらね」
「まだ、行方不明になって3か月だろ、そんな短期間にどうにもならないだろ」
「まあ、普通ならね。ただ、妹のパープルが私の婚約者を狙ってたのよ」
狙ってたって、命をじゃないよな。
「姉の婚約者に横恋慕するなんて、とんだ妹だな」
「本当にね。いったい、テイラーのどこがそんなによかったのかしら?」
テイラーというのは婚約者のことだよな。
「ヴィーは婚約者のことが好きではなかったのか?」
「好きか嫌いかで聞かれたら好きだったわよ。ただ、恋愛感情はなかったわね」
「もしかして、俺にもワンチャンあったりする?」
「ないない。このお子ちゃまが何言ってるんだか。まあ、あと十年経てばわからないけどね」
この美人ともっとお近づきになれるかもと思ったが、そう、うまくはいかないようだ。まあ、でも、十年後はわからないと言うし、その時に期待していよう。きっとエルフ……じゃなく宇宙人《バルクァン星人》だから十年後も今のように若々しいだろうし。
「なに、いやらしい目で見てるのよ!」
「いや、十年後もピチピチかなっと。でへへ」
「当たり前でしょ! このすけべ!!」
「あ! ブクブクブク……」
俺は彼女に、頭を押さえられて温泉に沈められてしまった。必死にもがいたが、危なく、あと一歩で溺死するところであった。




