第五章 世界はまた繰り返す②
成瀬一樹と会ってから、一晩が明けた。自分の中では、未だに気持ちが落ち着かない。
コーヒーを淹れ、俺はソファーに腰を沈めながらテレビをつけた。チャンネルをいつもみている朝のニュース番組に合わせる。ここだけ切り取れば、いつもと何も変わらない普通の休日であるように見えるだろう。だが、今日は祝日であるにもかかわらず、俺はIPUの支部に顔を出さなければならない。昨日の研究所の事件について報告する為だ。それに加え、一樹の件もある。行かないわけにはいかない、そんなことはわかっているが、俺の体はしばしの休息を求めている……。
そんなことを考えていた時、真面目な印象が強い人気男性アナウンサーが、一つのニュースを読み上げた。その内容を聞き、俺は耳を疑った。
「続いてのニュースです。きょう未明、環境保護団体を名乗るメシアという団体から、日本国あてに宣戦布告状が届いたということが分かりました。警察はイタズラ目的の犯行だと……」
「はっ?」
思わず声をあげてしまった。メシアが日本に宣戦布告? ニュースではイタズラだと言っていたが……。そのとき、俺は昨夜の成瀬との会話を思い出した。五日後の三時、大きな行動を起こす……、まさか。俺はこのとき、はじめて自分が関わっている出来事の大きさを知ることとなった。一樹の話が本当なら、これから国を巻き込んだ戦争が始まる。なんだよこれ。聞いてねえよ……。とにかくこれを誰かに伝えなくては。俺は零の電話番号を携帯に打ち込んだ。
二、三回コールがなった後、もしもし、という声が聞こえた。
「俺だ、都筑龍馬だ。今ニュースを見た。メシアが宣戦布告、って本当か?」
「本当。ニュースでも言ってた通り、イタズラだというのがIPUの見解。メシアはこれまで大きな行動を起こしていないもの」
「これは嘘じゃない。これから本当に戦争が起きる」
俺はそれを言った後、妙な気持になった。無意識に、一樹の言うことを信じてしまっていたのだ。あれだけ裏切られたにもかかわらず、昨日のあいつを見て思ってしまった。こいつは嘘を言ってないって。
少し間が開いて、零が言った。
「どういうこと?」
「昨日会ったんだ、メシアの奴に。そいつが言うには、五日後、いや、もう四日後か。その日の午後三時に、大きな行動を起こすって。だから、今回は嘘じゃない」
「詳しいことは会って話す。今すぐ支部に来れる?」
「ああ。この前教えてもらったっところだろ? 急いでいく。
「分かった」
電話が切れると、俺は急いで支度をし、家を飛び出した。
IPU東京第一支部は、一見普通の高層ビルのようだった。てっきり昨日の研究所のような場所を想像していたので、いい意味で期待が裏切られた。
テナントにはIPUの文字はなく、おそらく架空なのであろう会社が入っている。それほどの徹底ぶりだ。
自動ドアをくぐると、そこは高級ホテルのようなロビーだった。この人たちは能力者なのだろうか……と考えながら、受付の女性に、「都筑龍馬というものなんですが……」と声をかけた。
「少々お待ちください……。はい、確認が取れました。一三階の面談室で高月様がお待ちです」
と教えてくれた。俺は礼を言うと、エレベータに乗った。ボタンは三〇階まである。ここすべてがIPUの建物なのだろうか。
一三階につくと、扉の前には零がたっていた。その恰好は、黒いワンピースにサンダル。普通のオフィスのようなその背景にはなじまない恰好だ。といっても、自分もとても人のことを言える恰好ではないのだが。
「こっち」
零に案内されたのは、会議室と書かれた部屋。そこは白い長机とパイプいすが並べられたまさに俺が思い描いていた会議室、といった部屋だ。
「ごめん。ここしか空いてなかった」
零は申し訳なさそうに言った。性格に似合わず気を使ってくれている姿が、なんだかかわいらしかった。
「別に構わないさ」
「もう一度話を聞かせて」
「ああ。昨日、友達の成瀬一樹に会った。そいつは俺の記憶から消えていて、千里を思い出した時に一樹のことも思い出したんだ。昨日一樹は自分がメシアであることを認めた。そして、五日後の午後三時に我々は行動を起こすと言った……」
「記憶から消えていた……」
零がそうつぶやいたとき、扉がバンという音をたてて勢いよく開いた。そこに立っていたのは、スーツ姿の女性だった。年齢は二〇代後半だろうか。髪を後ろで結んでいて、その容姿はまさにエリート。
「悪いが、今の話を聞かせてもらっていた」
話を聞かせてもらったって、ここは個室だぞ。扉も閉まっていたし。そのとき、俺は部屋の隅にカメラがおいてあるのを見つけた。なるほど、そういうことか。
「誰ですか?」
俺が尋ねると。
「私は保土ヶ谷由紀。一応副支部長だ」
よくわからないが、どうやら偉い人らしい。
「最初に結論を言おう。IPUが君の話を信じる可能性は限りなく低い」
「なぜ…………」
あまりにも突然の宣告に、俺は言葉を失う。
「証拠がないからだ。まず、IPUのデータベースでは成瀬一樹という人物の情報は確認できなかった。つまり、その人物がいる証拠はない。組織というものは、簡単には動けないようにできているんだ」
「でも、このままじゃたくさんの人が犠牲になるかもしれないんですよ?」
「君はどうしてそこまでその人物の言うことを信じるんだ? メシアの一員なんだぞ」
「それは……自分でもはっきりとはわかりません。裏切られましたし、今でも許せません。でも、俺の親友だったんです。あの時のあいつは、昔と変わっていた。でも、俺にはわかったんです。あいつは嘘をついていません」
「親友か……」
保土ヶ谷はうつむいて数秒の間考え込んだ。
「わかった。一応私の独断で調べさせておく。それが私にできる精いっぱいだ」
「ありがとうございます」
「あと、このことは他言するなよ。特に、IPU内ではな。メシアとつながっていることが分かると、余計な疑いがかけられることになる」
「わかりました」
「今日は忙しいから、ここで失礼するとしよう。何かあったら連絡してくれ」
そういって保土ヶ谷は名刺に連絡先を書いて渡すと、扉の向こうへ歩いて行った。
と思ったら、さっと振り向いて。
「あ、そうだ。言い忘れていた。都筑龍馬、お前は私の部下になるから。よろしくな」
「ええええっっ」
最後に、とんでもない情報を置いて行きやがった。あの人は絶対自分の思い通りにならないと気が済まないタイプだ。それで、日ごろからいろんな人を振り回しているのだろう。この一瞬で俺はその情報を読み取った。さすが人間観察の天才。とか言ってる場合ではなく。
保土ヶ谷が場を去った後、俺は零に言った。
「本当になにか事件が起きるのかは自信がない。まあ、起きないに越したことはないけどな。ただ、戦争になることだけは避けなければならない。それは、千里に誓ったことだ。理想の世界を作るって。だから、俺は戦争を全力で阻止しに行く」
「私は信じる。だから、私も協力する」
「本当か? ありがとう」
その後俺は昨日の研究所での出来事を話すと、会議室を後にした。




