第三章 この世界の真実を、神だけは知っている
屋上で襲撃に会ってから、五日の時が流れた。あれから特に変わったことは起きず、俺はいつも通りの日常を送っている。
その後、零が生きていることがわかった。彼女によると、俺は殺される直前に意識を失ってしまったらしい。その後、何者かが乗り移ったかのように、零の目でもとらえられないほどのスピードで移動して男の攻撃をかわした。そして屋上を荒らしながら男をなぶり倒し、最後は柵を突き破って殺したらしい。身の危険を感じた零はとっさに瞬間移動し、その後のことは知らないという。
あの時のことを、俺は何一つ覚えていない。気が付くとすべてが終わっていたのだ。
その出来事の詳しいことを探るため、俺は学校が終わった放課後、とある場所に向かっている。その場所とは、IPU(国際超能力者連合)の研究所。メシアに対抗してできた、超能力者だけの秘密組織だと零から聞いている。
町から遠ざかるにつれ人や建物が徐々に減ってきて、景色はのどかな田園地帯といったところである。
さらに進むと、道路の傾きが徐々に上がり、周りの景色も木など植物ばかりになってきた。まさに、山の中といった感じだ。
「ここ、なのか……?」
地図のバツ印が示している場所、そこは、普通の一軒家だった。自然に囲まれたその場所は、研究所というより、別荘という方があっている気がする。
「いらっしゃい」
声がする方向には、銀色の髪の少女がたっていた。その白いワンピースの少女は、一瞬妖精かと思ってしまったほど、肌が透き通っていた。俺が軽く会釈すると、その少女は微笑んで見せた。
少女に案内されながら、俺は建物の中に入った。中は見た目で想像していたより広く感じる。俺は廊下を歩くと、ある部屋に案内された。そこは、一面真っ白の不思議な部屋だった。壁の中心に、唯一はめられているキーパッドが不自然さを放っている。少女はそのキーパッドの番号を押した。すると、地面がゴーッという音を立てて開き、隠し階段が現れた。
まるで映画のような出来事に驚いていると、少女は顔色一つ変えず階段を下りて行った。
階段を下りると、そこはまさに研究所という場所で、コンピュータやモニターがずらーっと並んでいる。
部屋の奥に、白衣を着たおそらく三〇歳くらいの男が座っていて、こっちを見つめている。まさに、研究者といったいでたちだ。
「よく来たね、都筑君」
男は言った。
「どっ、どうも。ここ、すごい場所ですね」
噛んでしまった。初対面の人と話すと未だに緊張してしまう。
「ああ。この星の最先端の技術がつまった部屋だ。今の科学の最低でも二〇年は先をいってる。おっと申し遅れた、私は南海というものだ。よろしく」
「都筑龍馬です。よろしく」
さらっととんでもないことを言っていた気がするが……。俺は軽く礼を返した。
「高月君からの紹介だな。君は、何か能力を持っているのかい?」
「それは……わかりません。が、ここにくればわかるって言われて」
「まあ、確かにこの研究所なら、君のことをいろいろ調べることができる」
俺は改めて研究所内を見回した。そこはコンピュータがずらりと並んでいるが、特殊な装置などはない。
「どうやって調べるんですか?」
「その前に、君には能力者について簡単に説明しておこう。その種類は大きく分けて二種類、通常能力者と、特殊能力者。通常能力者とは、人間が本来持っている力が極端に発達している能力者で、確認されている数も多い。特殊能力者は、君や高月君のように、人間が本来持つはずのない力を持った人を指す。こちらはレアで我々が把握しているのは一〇人しかいない。ちなみに、そこの水木君もそうだ」
南海は椅子に座りパソコンをいじる銀髪の少女を指さした。さっき案内してくれた少女だ。まさか能力者だったとは。
「それで、君の能力についてだが。まず、君はどういうことをされると思ってここに来たんだい?」
「精密検査とかでしょうか」
「まあ、普通はそうだろうな。だが、能力に関してはそれは何の効果も生まない。能力が宿るのは、内側、つまり心なのさ。体じゃない。だから、我々は実際に起こった状況からそれを判断するしかない。まず、その力が使われた時のことを詳しく教えてくれないか?」
「はい。……でも、実はあまり良く覚えていないんです」
俺は申し訳なさそうに言った。だが、南海は表情一つ変えずに続ける。
「というと?」
「そのときの記憶がないんです。気付いた時にはすべて終わっていたというか」
俺がそういうと、南海は手を顎に当て、考え込むようにうつむいた。
「記憶がないか……そのときの状況を詳しく。覚えていることをすべて話してくれ」
「あの時は、特殊な力を持った男に、そうだ、さっきの力で言う通常能力者に殺されかけてて、俺はもうだめだって思って目を閉じたんです。ここからは俺の記憶ではなく零の話なんですが、急に意識が飛んで、その瞬間から誰かが乗り移ったかのような超人的なスピードとパワーで相手を圧倒。敵を殺したらしいです」
「そのときのことを、君は……」
「全く覚えていません。気が付いたら、屋上が荒らされていたのと、男の死体があるだけで」
「そうか……。だが、それだけの情報だと言えることは限られてくるな……」
「え、何かわかったんですか?」
南海はゴホンとせきばらいした。
「まず、君の能力は君の意識に関係なく行使される。それは我々には前例があることだ。後日詳しく話そう。次に、君の能力の種類だが、特殊能力者とみて間違いないだろう」
「なぜですか?」
俺は我慢できず聞いてしまった。俺の力はまだはっきりしないが、零の話だと身体能力が上がったに過ぎないようだ。だからさっき能力の種類について言われたとき、自分は通常能力者だと思った。だから、南海の発言に思わず質問してしまったのだ。
俺の質問に、南海は苦笑した。
「それを今から言おうと思っていたのだがね」
「すみません」
「なあに、単純な話さ。零の話だと、その敵の男は通常能力者とみて間違いない。しかも、相当な熟練の能力者だろうな。そんな奴相手に、通常能力者になりたての少年が勝てるわけがない、しかも、圧倒的な力の差となれば、なおさらだ」
「確かに、言われてみればそうですね」
「さらにもう一つ、君は無意識に力を発揮したようだが、通常能力者でそういった前例はない。その前例があったのは、特殊能力者だけだ。しかも、それはお前が知っている人物だ」
知っている人物……思い当たる節がない。
「高月千里だよ」
「なぜあなたが……千里を知っているんですか?」
「俺は直接会ったわけじゃない。この話は零から聞いたことがあるだけなんだが、高月千里はは五歳のころ、彼女の母親の死と同時期に、不思議な力を手に入れた。その頃から、高月千里の周りでは不思議なことが起きたらしい。彼女の姿が突然見えなくなったり、彼女が空を飛んだりしたらしい。それからしばらくして、彼女はその力を操れるようになったらしいが。つまり、何が言いたいかわかるか?」
「高月千里の神の力は最初無意識に使われていた、ということか」
「その通り。だから、君の力はもしかしたらそれに関連しているのかと思ってね。今、コンピュータで君の身体能力の解析をしている。零の話だと身体能力が強化されていたようだから、それが一時的なものなのかを調べたくてね」
「すごい……」
俺は素直に感心してしまった。たったあれだけの話で、ここまでわかってしまうとは。
「情報分析、それが僕の仕事だからね」
そういって、南海は笑った。
そのとき、ウーンと耳障りな警報がなり響いた。
「お客さんのご登場だ」
南海が机の上に置いてあったリモコンのスイッチを押すと、モニターが光り、家の中の映像が映し出された。そこには、赤いマントに身を包んだ人間の姿があった。魔術士のような格好だ。フードを深く被っているため、顔はよくわからない。
「僕と水木君が相手をするから、君はここで待っていてくれ」
「えっ? なにがおき……」
俺が言い終わる前に、銀髪の少女と南海は階段へと消えていった。あまりにも突然な出来事に、思考が付いていかない。この様子だと、ただ単にお客さんが来たとは思えない。
モニターに二人が現れた。何か話しているようだが、声を聞くことはできない。
そのとき、信じられない出来事が起きた。俺は思わず自分の目を疑ってしまった。気付いた時には、二人が倒れていたのだ。それは本当に一瞬で、理解するまで少し時間が必要だった。何が起きたのか全くわからない。フードの人間は何かをした様子もなく、さっきと同じ場所にたっている。
フードの人間は、そのまま部屋の奥へ進んでいった。たしかそっちは、真っ白い部屋、つまりここにつながる部屋だったはず……。
ドーン。背後で耳を裂くような大きな爆発音がした。振り向くと、階段付近が跡形もなく崩れ去っていた。
煙の中、人の影が浮かび上がる。
気が付くと、体が震えていた。
「初めまして。都筑龍馬君」
フードの人間の正体は、若い男だった。俺は名前を呼ばれて驚いた。俺はこの男を知らない。なぜ名前を知っているのか。
「お前は何者だ?」
俺は声が震えないように気を付けながら言った。
「名前は東条連夜。それ以外の情報は今は言えない。今は、高月千里を知っているもの、ということにしておこう」
「どうして千里を知って……」
「邪魔者が来たようだ」
フードの男が言った。
男の視線を追うと、零がたっていた。
「博士になにを」
零の声がぷつっと切れて、彼女は地面にうつぶせの状態になった。零はピクリとも動かない。さっきと同じだ。男は何もしていないし、動いてすらいない。
だが。そのとき、俺は見逃さなかった。東条の位置が一瞬で少し動いたのだ。ゲームのバグのような、ありえない動きだった。
「おいいいっ」
俺は叫んだ。
「心配するな。気を失っているだけだ。上の二人もな」
男は言った。殺していない……? この男の目的はなんなんだ。
「また邪魔が入ってもなんだから、手短にいこう。我々の目的は、創造神を探すことだ」
「創造神……千里を殺した奴か?」
「その通り。我々は高月千里を詳しくマークしていたわけではない。現状彼女について一番詳しかったのは、都筑龍馬、お前だ。なにか心当たりはないのか?」
「千里を殺した犯人についてか? それがないからこっちは困ってるというのに、そんなものあるはずがないだろっ」
俺は声を張り上げていった。
「そうか。それは残念だ。最後に一つ教えておいてやろう。我々はお前と非常に目的が近い存在だ。また会う日もそう遠くないだろう。さらばだ」
そういうと、男は一瞬で姿を消した。
俺は胸をそっとなでおろした。
男の言う通り気を失っていただけで、その後三人は意識を取り戻したが、念のため病院に行くことになった。
それから三時間ほどたったころ。南海の病室にて。
「南海さん、大丈夫ですか」
「ああ。体に傷はないし、大丈夫のようだ」
そういうが、心にはかなりダメージが大きかったようで、さっきからずっと落ち込んだ表情をしている。
「あの男は、一体何者なんですか?」
「わからない。研究所のあたりをメシアの連中がうろついているという情報が入ってて、君をおとりに捕まえようと思っていたのだが。いや、すまない。たまたま君が来ると聞いて、思いついたんだ」
「それは別にいいですけど。それなら、あの男はメシアの一員なんですか?」
「それもわからない。あんな能力は初めてだ。俺の目でも感知できなかった。そんなことは今まで一度もなかったんだ。君はみていたんだろう、何が起きたのか。教えてくれ!」
南海は声を荒立てていった。
俺は自分が見たことをすべて話した。南海はしばらく考え込んだ後。
「わかった。この件は俺から上に報告する。今日はいろいろすまなかった。君の手続きは後日改めてやらせてくれ」
「わかりました。また後日伺います」
そう言って、俺は病室を後にした。
病院からの帰り道。俺はフードの男について考えていた。
奴が零をやったとき、一瞬感じた不自然さ。一瞬で能力を持つものを気絶させる力。この状況から導き出される答えは、一つしかない。時間停止能力。漫画やアニメではラスボスが使うようなチート能力。奴は俺たちを殺さなかった。奴は組織の人間なのか、そうでないのか。何の目的で研究所に来たのか。今の俺には知るすべはない。




