玄関マット
家の中に入る時、玄関マットが泥そのものに僕には見えていた。これは昔からのことで、誰にも話したことはなかった。同級生の誰かをうちに呼びたい時には困りそうなものだが、これは僕にかぎっては困ることもなかった。
母さん、父さん、たまに親族、そしてこの僕も誰に教わるでもなく、玄関に広がっている泥は避けて家に上がった。
玄関マットの置かれるところに鎮座している泥については本当に、誰も話そうとはしなかった。
子ども心に、僕もこれはうちの中のことだからと、疑問に思うこととは分けて、慎重に考えようとしてきた。あるいは、突っ込んで考えないようにも。
けれど、ほかの多くのことがらと同様にこの泥マット問題について、僕の兄だけが一人浮き上がっていた。
兄にはその、我が家の妙な泥が、昔からまるきり見えていないのだ。
玄関マットの位置にあって、玄関マットであるかのように見せかけて、広げられてあるが、それは泥だ。物心ついた頃、ある日何の予告もなしに現れた泥。僕がいちども、どんな角度からも触れることのできない泥。
兄だけがそれを平然と踏んでいく。
そうしてそのまま家の中に入る。外に出る時もそれは一緒で、学校や少年野球なんかで外に出ていく僕たちを見送る母さんの目付きや表情を、いつからか僕はまじまじ見る癖がついた。
でも、長年同じ家で暮らしてきた僕から見ても、兄が泥をマットと捉えていることや、父さんも母さんもそれについては全く何を思っているのか僕に覚らせることがないこと、全てが、一体どう考えたらいいか、その助けになりそうなことも、僕の周りの誰も、いっこうに匂わせなかった。
僕の家の中は、いつも兄の足跡だらけ。
でも一晩経つと、それらはいつもきれいに消え失せている。一つ残らず。
そして、誰も何もいわないのだ。
僕たち家族は毎朝同じテーブルに就く。
もしかしたら、世のなかの全ての弟たちにとってもこの点は殆ど大差ないかもしれない。僕にとって兄という言葉は、泥を含んでいる。
そしてその事実を、今朝も僕は、嬉しいとも悲しいとも思えずにいる。




