第9話
ーー翌日9時。
「時間きっかりだな」
俺はぴったりの時間に神宮寺研究室前に到着すると、すでに柊と宇佐美さん、3ぼーずがいた。時間通りだが、意外だ。
「あれ? 三蔵は? こういうのは絶対に時間前に来るタイプだと思ってたんだが……」
「三蔵さんらしくないね、遅刻なんて珍しいじゃん! っていうか、ボクのライバルを名乗るくせに遅刻だなんて〜!」
柊が何故か怒る。こういうのって、ライバルを出し抜いた! とか思わないもんなんだな。……って、むしろ俺がマイナス思考なのか? 工業高校時は男子が多かったから、女子の気持ちがわからん。でも、確かに同じグループのメンバーが遅れたらよくないもんな。
「スマホの情報だと、近くの電車が遅延しているそうです……大丈夫かなぁ、三蔵さん」
宇佐美さんも心配そうな表情を浮かべる。電車遅延か。だけど三蔵って、この辺に住んでるんじゃないのか? ひとり暮らしって言ってたし。この地域だと、1駅2駅だったら線路沿いを歩いてもそんなに時間はかからないと思うが。
「1年、遅刻かぁ。たるんでるなぁ〜」
「いや……始業30分前に来ている祝には言われたくないと思う」
「1時間前に来て、植物の世話をしている総にも言われたくないだろ」
なんだ、この3年次。俺たちの知らん徳を積んでいる。意味わからん。
「おはよう、諸君。あれ? 三蔵がいないな?」
漁火助教が来て、研究室の鍵を開ける。
「遅刻か? 電車遅延の話は聞いているが……」
「すまない! 遅れたっ!!」
三蔵が廊下をバタバタと走ってくる。ちょうど研究室が開いたところだし、ギリギリセーフにしてやってもいいのではないだろうか。やっぱり大学の研究だと、遅刻にもうるさいのか?
「おはよう、電車遅延か?」
「いえ、漁火助教。猫を助けていました」
「……ねこさん、ですか?」
不思議そうな顔をする宇佐美さん。柊も首をかしげると、三蔵は説明を始めた。
「路上で怪我をしてる猫がいてな。よくわからんが、動物病院の場所がわからなかったから、とりあえず近所の耳鼻科を叩き起こして……」
「耳鼻科!?」
「医者は医者だろう」
柊が驚くと、三蔵はさらりと返した。しかし、猫が怪我していて耳鼻科を叩き起こすってとんでもないやつだな、こいつ。まぁ、一応動物を助けたんだから善行なのか……? 耳鼻科はいい迷惑かもしれんが。しかも「医者は医者」って、大丈夫だろうか。
「まぁ、地元の医者だからな。自分で処置できなくても、動物病院に連れて行ってくれるだろう」
「ならよかった!」
柊もそれでいいのか? ……うん、いいのか? いいのだ、何も問題がない。
だが、とんでもない行動タイプの人間だなぁ、三蔵は。よく考えたら気合いで坊主にするくらいだ。このくらいのことは大した事案でもないのだろう。肝が座りすぎていて怖い。
しかし、今日一日だけを見ても、聖職者志望は全員早く来るか善行や徳を積むというおまけつきだ。意味がわからない。
「ともかく全員揃ったな。それでは私の研究内容について説明しよう。席に座ってくれ」
研究室は、大きな机が並べられていて、ある意味研究室らしくない。普通の講義室のようだ。ただ違うところと言えば、本棚が多いというところだろう。もちろん耐震用の突っ張り棒が取り付けられているが、本でぎっしりだ。
やっぱり宗教的とか神話的なものか? と思ったが、よく見たら普通の古典小説だったり、絵本だったり、漫画だったりする。なんだ、この研究室。研究室らしくない。どちらかと言うと、『講義のできる図書館』だ。
とりあえず漁火助教に言われた通り、俺たちは適当に席につく。三蔵と柊が張り合っている関係上、俺は自然と宇佐美さんと隣同士になってしまうのだが、それはいいのか悪いのか。宇佐美さんはかわいいけども、女子相手だと気を使ってしまう。かといって3ぼーずのひとりと隣同士になるのもな。彼ら、わりとしっかりした先輩だし。
とりあえず俺は宇佐美さんの隣に座る。先ほど言った通り、柊と三蔵は隣同士。3ぼーずは本能寺先輩と智里先輩が隣同士だ。閂先輩、本能寺先輩と智里先輩が仲悪いって言ってたっけ。わざとだな……。普通だったら嫌がらせか? とか思ってしまうけども、閂先輩もよく知らないけども聖職者志望だとしたら……確 信 犯だ。
「ふむ、お主ら、やはり我が見込んだだけあるな」
「どういうことですか……?」
宇佐美さんが不思議そうに小さく手を挙げると、漁火助教があごをさすりながら笑う。女性なのに、どことなく男性的な振る舞いに見えてしまうところが、彼女の性格故なのだろう。
「いや……自然と仲違いしているふたりを組ませているところが、うまいなと。宇佐美と黒巣もだな」
「え? 俺も?」
どういうことだ? 宇佐美さんとはうまく付き合うのが難しいと思っているだけで、別に仲違いはしていないんだが。むしろわかりやすいのが三蔵・柊と智里先輩・本能寺先輩だろう。
「まぁ、お主が疑問に思っていることも我の研究のひとつである。では、説明しよう」
漁火助教がホワイトボードに字を書く。高校にある黒板と違うので、チョークの音がしないところが新鮮だ。キュッとマジックの音が止まると、ボードを見た。ボードには『山登り!!!!』と「山登り」にびっくりマークが4つもついていた。っていうか、どういうことだ? 共同研究で山登りって。
「漁火じょきょー、俺たち3年まで呼んで、共同研究が山登りってどういうことっスか?」
「閂くん、今から説明する。山……山というのは聖域なのだ」
「じゃあ登ったらダメなんじゃないの?」
柊が真っ当なツッコミを入れる。聖域っていうなら、確かに登らないほうがいいんじゃないか?
「それが近年の旅行者の増加で、山がゴミで汚れているのだ。それで、『聖職者志望の親睦を兼ねた山登り兼ゴミ拾い兼魔法研究のための修行』をすることが我の目的だ」
「ボクは聖職者じゃないんだけど……あと、黒っちはどうなの?」
「俺?」
突然話を振られた俺は、狼狽える。俺は一応牧師の家系ではあるが……正直親には葬式に坊さん呼んでくれとか言ってるくらいだからなぁ。昨日親のすごさは感じたが、それと跡を継ぐこととは話が完全に別だ。そもそも工業高校出身なので、一応手に職をつけようと思えば……って、今のところそんな度胸がないから大学に進学しているんだけどもな。
「ま、まぁ、魔法研究のための修行って面もあるみたいだし」
「もともと神宮寺教授の研究は宗教関係ないからな。我も正直言うと、あまり関係がない」
漁火助教もあまり関係ないってどういうこっちゃねん。聖職者志望の親睦を兼ねてるんじゃないのか? もしかしてこの人の目的って……。
「我の研究目的は、『善行や徳を積むことで、MPは伸びるのか』というものだ」
「MPって伸ばすことができるんですか?」
「良い行いをすれば、きっとみんなが喜びますねぇ〜。それに、山登りですかぁ〜」
三蔵が目を輝かせ、宇佐美さんはのほほんとしている。
「後輩4人と山登りか……」
「悪くないんじゃないか? 親睦を兼ねという話だし、停学でくすぶっているよりは健康的だ」
「っていうか俺たち的にもいい話じゃないか?」
3ぼーず先輩たちがわいわいしていると、漁火助教がうむ、とうなずく。
「近年、聖職者たちも苦労が耐えないと伝え聞いていてな。なんでも自分たちの檀家や信者の悩みが多種多様になり、その負担が増えているとのこと。そういう人々たちも、ストレス発散をしなくてはならない。だが、うまくできないのが難点だ。そこで我が考えついたのが『登山』ということである」
なんだそりゃ。聖職者も苦労が耐えない……? うちの親父とお袋はわりとのほほんとしているが……そうなのだろうか? 言われてみれば、という感じか。漁火助教の言っていることはわからなくはないけどな。やれイベント運営だ、学校経営だ、他人の心配事の相談だ、ケンカの仲裁だと色々忙しいっていうのはあるのは知ってはいたから。確かに、こんなご時世じゃ聖職者ですら病むだろうな……。そもそも息子である俺は病んでグレたわけだし。
「我は聖職者というか巫女家系であったが……なかなか苦労してな。幼き頃は、真っ暗闇の洞窟に2、3週間閉じ込められたり、毎日水をぶっかけられたりなどした」
「虐待だよ!!」
声を上げたのは柊だった。漫画みたいな修行を想像するならば「そっか」と済ませてしまうだろうが、確かに今、そのような行為をリアルで子どもにしたら単なる虐待だ。当の本人である漁火助教は「はっはっは」と笑っているが、全員ドン引きである。
「修験者はそんな野蛮なことを未だにしてるんですか……?」
「そりゃあ、筋肉も俺よりつきますわ……」
「そこまでメンタル強くないとダメっスか……?」
智里先輩、本能寺先輩、閂先輩の順でドン引きコメントが述べられる。
「とんでもないのだな、修験者は」
「ひぇぇ〜……」
三蔵も宇佐美さんももはやドン引きを超えて怯えている。そんな修験者の提案する修行……いや、山登りを、俺たちはするのか……? 共同研究とか聞いて迂闊にノる話ではなかった……? そんな修験者に目をつけられたって、大丈夫か? やべーやつかもしれない、これ。正直、俺も怖い。
「案ずるでない。我の計画しているのは、ゴミ拾いがメインである。……まぁついでに滝行は計画しているがな」
「滝行!?」
3ぼーず先輩が身を震わせるが、意外とそれに反応しなかったのは、1年次女性たちだった。
「滝行自体はそんなに怖くはないな、何事も経験だ。宇佐美は大丈夫か?」
「三蔵さんが怖くないと言うなら、私も大丈夫です! 日本には宿坊体験というものもありますからねぇ」
「三蔵サンもうさみんも大丈夫って言ってるのに、ボクがやらないなんて言うわけがない! 滝行、一度やってみたかったんだよね〜」
……お前ら、裏切る気か。女性陣が怖くないって言ってたら、1年次男は俺しかいねぇんだぞ!! 俺が怖がって『行きたくない』とか言えなくなるだろうよ……。
「黒巣くん、どうかね?」
漁火助教! ここで話を振らないでください!! 3ぼーずの俺を見る目が少し怖いが、先輩方だって同じシチュエーションになったら嫌と言えないでしょう!! ……と、一応心の中で文句は言っておく。
「行くしかないでしょう。女子だけで行かせるわけにはいかないですから」
「女性を守るのも男の役目だ」
「煩悩退治にはいい話だな」
「神社の近くでも滝行はできるしな。俺もいつかはやらないとと思っていたんだ」
智里先輩、本能寺先輩、閂先輩もはっきりと言う。俺も覚悟が決まった。
「行きますよ、ここまで来たら!」
「ここまで来たらも何もない。お主ら1年次は停学の免除のためであるぞ」
漁火助教がにべもなく言い放つ。そうだった。俺たち1年に拒否権はなかったのだ。だけどもある意味女子3人みたいに気楽に構えることは必要なのかもしれないな。俺だけか? こんな真面目に考えてるのは。
「ともかく、目的は登山……言い方を変えれば、トレッキングである。あまり難しく考えないように。そして、ついでにゴミ拾いをして滝行をする。これでMPが増えるかどうか……登山後は各自のデータを取らせてもらうぞ」
「MPが増えれば、パラレルユニバースムでたくさん魔法が使えるってことだよね?」
呪文オタクなガチな中二病の柊が、目を輝かせる。
「そうだな」
漁火助教が強くうなずくが、俺は腑に落ちなかった。
あれからよく考えたが、パラレルユニバースムで魔法が使えても、俺たち実生活で何の得もないんだけどな!? 本当にこの学部って何を研究しているんだよ……。神宮寺教授という存在からして、神仏と魔法とは全然関係ないだろう。やっぱり意味がわからん。しかし、もう学費は払ってしまった。とは言え受験のとき全然そんな素振りもなかったんだけどなぁ……。国語と英語と現代社会だったぞ、この大学。
まぁ私大だからだろうが、これはある意味詐欺では……。いや、まともに大学を選ばず適当に決めた俺が悪いか。親の口車に乗せられて、ひとり暮らしという餌に食らいついたのが悪かったか。
「ともかく、山歩きは現代的にひとりではできないからな。共同研究という意味は、そこからだ」
トレッキングとは言え、確かに山は『山』というだけで危ないよな……。そんなことをひとり思った。




