第10話
「とりあえず、山登りはわかりましたが……どこの山に登るんですか? 仕送りの問題もあるので、そんなに遠出はできないんですけど」
俺はおずおずと手を挙げた。山に行くのはやぶさかではない。どうせ停学だ。家にこもって何をしていればいいかわからないし。天利先輩はレポートとバイトとは言っていたけど、俺はまだバイトも決めてないし、そもそも大学生活をどうやって過ごせばいいかすらわかっていない状況だ。
遠出するにも金がかかる。仕送りは毎月学費を除き10万。かなりもらっているが、アパート代が3万円で、食費が毎月どのくらいかかるか今のところわからない。食費3万以内にするとしても、残り4万。これで地方の山まで遠征となると、泊まりとかにもなるだろうし……。4万円で地方に泊まりなんて、今の御時世でできるかどうかわからん。
「そう言われるとそうだな。私も実家寺からの仕送りだから、あまり金は使いたくない……。いくら善行と言えども、自分だけのために檀家の金を使っていいものだろうか?」
「お、後輩。君も檀家問題あるのか? うちと一緒だな! 檀家さんの高齢化が問題でさ……」
「先輩、うちもです。年を取ると自分の宗派もわからないとかいう話もあって……」
「あるある!」
本能寺先輩が三蔵に絡む。っていうか、寺あるあるで盛り上がるな。そういやふたりはともに仏教徒か……。檀家問題ねぇ。なんか……俺の思っている大学生の会話じゃねぇな!? なんで先輩後輩で高齢化問題なんて話してるんだ? いや、むしろ大学生としてはありか? 社会学的見地とか……。いや、うちの学部は神仏学部だし、一応研究していることは社会学でもなんでもない「魔法学」なんだけどな!?
俺がぽかんとしていると、漁火助教がうんうんとうなずく。
「いいことである。宗派関係なく社会問題にも目を向ける……ありだな!」
「ふむぅ……私も三蔵さんみたいに見識を広めたいです……」
宇佐美さん、感化されないでほしいというか、もう少し自分でも考えてくれ。俺がこっそりそんなことを考えていると、三蔵の隣にいた柊が昔のヒロインのライバルキャラみたいな反応をした。
「ぐぬぬ……。実家話で有利に立とうだなんて、ずるいぞぉ!」
ずるいも何もないが、一応三蔵のライバルだからなぁ、柊は。こういう話に勝ち負けはない気もするけど。
「檀家ってわけじゃないけど、うちも最近賽銭が減ってさぁ〜……あと、正月の集金が異常に大変なのよ。銀行の人呼んでるけど、そこからいくら税金持っていくんだよ! みたいな。神社の修復費用でこちとら金が無いんだわ」
閂先輩……そんな内情、知りたくなかったです。まぁ、でも確かに寺も神社も重要文化財だもんなぁ。修復費用とかは必要なのか。
「修復費用に関しては、うちは割と太いほうだと思うけどな。でも、近年貧困家庭が多くなって、その分炊き出し費用とかかさんでるな……」
「そ、それは私の家もです!」
智里先輩も思わずぼやくと、宇佐美さんも口を挟んだ。どこの宗教も金銭面では苦労してるんだな。なんか、あまり俗世と関係ないところで生きているようなものかと思っていたけども、一応「文化財の保護」や「運営」とかはしなくちゃいけないものな。
案外その点でうちは気楽なのかもしれない。なんというか、施設の管理人を任されているようなものだし。親父の仕事はまた別にあるけどな。
「黒巣の金銭事情からここまで話が広がるとは……さすがである」
「えっ」
漁火助教にいきなり褒められて、意味がわからない。俺が自分の懐事情を気にしたら、勝手に話が広げられただけなんだけどもな。でも、まぁみんな金に困っているということは変わらんな。
「遠征費用に悩むことはない。こういうときのための、我らの大学施設ではないか!」
漁火助教は立ったまま腕を組んでがっはっはとまた笑う。『我らの大学施設』ーー?
「もしかして、パラレルユニバースム? あのレベル20の大変な思いは懲りごりだよ〜!!」
柊の言う通り、俺もレベル20は嫌だな。なんとか機転を効かせてなんとかなったけども、3ぼーず先輩たちがいなかったら元の世界に戻れなかったし。でも俺は、いささか漁火助教の「助教」という立場に懸念を抱いていた。助教という立場についてあまりわからないが、俺たちを研究助手の代わりに使おうとしてないか? もしそうだとしたら、レベル20に飛ぶこともあり得るということだし……。
不安な表情で漁火助教を見ると、目が合った。
「大学というのは、就活する場所ではない。神宮寺教授も言っておるだろう? 『神学部落ちは呼んでいない』と。要するに、大学は『研究する人間』が必要なのである」
「三蔵サンは、家を継ぐために神学部志望してたの?」
柊が三蔵に訊ねる。俺もちらっと宇佐美さんを見た。彼女もそうだろうから。3ぼーずもどうなんだろう? やっぱり実家を継ぐために……とか? 俺は先輩方にも目をやった。柊の言葉に反応したのは、先輩方だった。
「お前ら、そういやどうしてこの大学に入ったんだ? 後輩ちゃんが言う通り、実家継ぐため?」
「そういう君はどうなんだ、祝」
「総、その反応はお前も神学部落ちだったのか?」
おいおい、3ぼーずって仲がいいわけじゃなかったのか? いつもセットだから、お互いのことをよく知り合っている同士かと思っていたんだが……。やっぱり信ずるものが違うと、仲はよくないとか?
「先輩たち、なんでいつも一緒なんですか」
「天利先輩から目が離せないからだっ!!」
俺が聞いたら速攻で声を揃えて返事する。……天利先輩、何者だ。あの人無宗教って言ってたけど、実力があるのは確かだからなぁ。ただ、先日みたいに後輩にそそのかされてとんでもないことをしでかすのはわかる。だからこの3人が全員でお目付け役してるんだろう。
「この大学は確かに滑り止めだった。だけど、入学式後に出会った天利先輩が不安要素すぎて……!」
「天利先輩は俺が1年のときから大変だったんだぞ!! 君たちにその怖さがわかるかっ!!」
「天利先輩を止められるのは、俺たちしかいないっ……!!」
「はっはっは、日向がいるがな」
苦悶の表情を浮かべる3ぼーずに対して、淡々とした笑いで答える漁火助教。なんて酷だ。しかし、天利先輩は3ぼーずが1年のときから大変だったのか。なんとなくわかるけど、3ぼーず先輩方も天利先輩と同じ匂いがするのは気のせいだろうか。
「閂くん、本能寺くん、智里くん、3人の成績は学部トップクラスなのになんでこんなに天利くんで苦労してるんだろうな?」
「天利先輩が留年してるからですっ!!」
「はっはっは、人のせいにするなー」
漁火助教がまたあっさりと返す。本当に何なんだ、3ぼーずと天利先輩の関係って。3ぼーず、なんか勝手に天利先輩で苦労してるな……。端から見ていると新手のコント集団にも見えなくない。
「私は家を継ぐためという志があったのだが……」
「私もです……」
「ちょ、ちょっと! なんでふたりが自信なくすのさ! 黒っちを見てよ、何も考えてない顔してるよ!」
3ぼーず先輩たちの体たらくを見て少しショックを受ける三蔵と宇佐美さんだが、なぜそこで俺を引き合いに出すよ、柊。
「柊、この魔法構築論のゼミは、宗教関係ないんだぞ。俺たちの目的は言い争うこととかじゃないだろ……」
「意外と考えてたんだね」
柊、思ったより毒舌だな。とは言え、実際には何も考えていなかったことは嘘ではない。言い争うと面倒くさいので、適当に場を丸く収めようと思っただけだ。確かに何も考えてはいない。
「まぁ各々言いたいことはあるだろうが、旅費に関しては問題ない。レベルはそんなに高くないパラレルユニバースムを使う。だが、登山計画はきちんと立てなくてはならない……山を甘く見るな」
漁火助教の目が光った。山ーー小学校のときに林間学校で登ったけども、子どもでも大丈夫だとは思ったんだけどもな。だけどもきのこ狩りで遭難したとか、雪山遭難とかはよく聞くし、確かに山は舐めてはいけない。日本でメジャーな富士山だって、普通に危ないと聞く。観光気分で登ると山岳救助隊を呼ばなくてはならなくなるし、そもそも山では高山病とかもあるって聞くな。ーー甘く見るな。そりゃそうだ。山は危険だ。秋口はクマも出る。
「どのくらいの山なんですか? そのパラレルユニバースムの山は」
俺が質問すると、漁火助教が持っていた紙の地図をホワイトボードに貼ろうとする。それを三蔵と柊が手伝う。マグネットで固定すると、席に着いた。
「パラレルユニバースム、レベル15くらいの場所だ。お主らが迷い込んだレベル20よりは低いが、油断は禁物である。我々の目的は、麓のゴミを拾い、滝行をし、山頂へ向かい、そこから無事に降りてくることだ。その山行で善行を積むことによりMPは上がるかーーそれが研究のテーマだ」
きちんと聞くと、なかなかハードスケジュールだな。地図を見る感じ、パラレルユニバースムの山自体はそんなに標高は高くないと思う。標高1900m。
「距離的にはどのくらいですか?」
「30kmくらいだ。傾斜面ではある」
三蔵と柊はそれを聞いてノートにメモする。こいつら、意外と熱心だな。お互いライバル視しているとは言え、俺も負けてはいられないだろう。
「あの、私、登山は小学生以来なんですけど……山登りはどんな格好ですればいいんですか?」
宇佐美さんも質問する。山登りの格好か。一時期「山ガール」なんていうのもいたくらいだから、トレッキングもある程度流行っているとは言うが、俺は山登りについて何も知らないな。
「山登りの格好? 袈裟や法衣じゃないのか?」
本能寺先輩がぽかんとした表情で言う。確かにお遍路さんは法衣だけども……これはパラレルユニバースムの登山だからなぁ。魔法構築論は宗教関係ないとのだし、法衣って言ってもなぁ……。
「まぁ昔の修験者は法衣で登っていたな。だが、今は身の安全が一番! 自分の身を守れず、人の身と心を守れると思うな!」
漁火助教が言い切った。なんというか、これも彼女の修行で得た知見なのだろうか。でも、その通りだ。というか、確か学校の授業とか講義とかで怪我をしたりしたら、教職員の責任にされるんだったな。大学は「大学の自治」とか色々あるらしいけど、学生も教員も命あっての研究だ。
「法衣じゃなかったら、何を着ていけばいいんだ……」
「そこ、深く考える? 総」
「登山初心者だと何を着ればいいかなどわからないだろうな」
閂先輩が智里先輩にツッコんでいるところ、漁火助教が助ける。話を聞いている俺もわからん。小さいときに登ったとき、何を着ていたっけ?
「気温とかはわからないんですか?」
柊が質問すると、漁火助教が答えた。
「パラレルユニバースムレベル15は、雨の冬山だ。水はけするトレッキングシューズと、雨具は必須だな。あと、ダウンジャケットと、体温調節できるように脱ぎ着しやすい服装であることが大切だ」
「ふむふむ……」
隣の宇佐美さんがカリカリとペンを走らせるのがわかる。気づくと全員ノートにメモを取っていた。なんだかんだ言って、この学部って真面目なんだな。偏差値自体そんなに高くなかったのでもっとチャラついているかと思っていたけども。偏差値で大学の価値って、案外決まらないもんなんだな。俺も同じようにメモを取る。遅れを取るわけにはいかないからな。
しかし、雨の冬山か……。今は4月だけど、パラレルユニバースムは季節も超越してるんだな。まだまだ知らないことばかりだ。
「あと、帽子なども必要だな。転んだときに頭を守る。下着は替えも必要だ」
「荷物いっぱいじゃん!」
「山登りだからな」
柊と三蔵がテンポよく会話する。なんか……今更だけどもゼミっぽいな? だけど3ぼーず先輩たちはともかく、俺たちは停学の代替処分なんだよなぁ。まだ正規のゼミをろくに……というか、ほぼゼミの説明くらいしか受けていないのに、こんな状況でいいのだろうか。いきなり実践に入っているような気がするんだが。
3ぼーず先輩たちは、すでにゼミを受けているはずだよな? 先輩たちはどう思ってるんだろう。こういう実践っぽいのはすでに慣れてるのか?
「……先輩方は、こういう感じのゼミって慣れてるんですか?」
ちょっと怖いけど、俺は聞いてみた。3ぼーず先輩方は3人とも体格がいいので少し怖い。……俺も顔が怖いとは言われるが、後輩は先輩から何かしら吸収していかなくてはいけないものだからな。
ゼミなんて受けるのは初めてだからな。どんなものなのか俺たち1年は全然わからないんだーー。




