第11話
「うちのゼミは基本的に座談会だな」
「普段はみんなで茶を飲んでいる」
「めっちゃ楽しい! 茶だけにな!」
……三池ゼミはそれでいいのか。そんな茶飲み会のようなゼミで、レポート課題を出されている天利先輩って本当にある意味何者だよ。
「なんで天利先輩だけレポート課題が出てるんですか?」
宇佐美さんが3ぼーずに訊ねる。そらそうだ。天利先輩だけレポートって何か違和感だな。茶飲み会だったらレポートの必要ないだろうに。
「レポートは天利先輩の研究課題なんだよね。卒論の前哨戦っていうか」
閂先輩が言う。彼の言葉から察するに、天利先輩は卒論の下書きのためのレポートを出そうとしているらしい。天利先輩はとんでもない能力があるらしいけど、本当になんで留年してるんだ? その質問を口にしたのが三蔵だった。
「卒論課題にきちんと3年から取り組んでいる真面目な先輩が、なんで留年してるんですか」
本当にそうだよな。まぁ、本来なら4年だから卒論に取り組むのもおかしくはないんだけど……。俺も留年しないようにしたいし、後学のために留年条件を聞いておこう。何と言っても俺たちはすでに停学処分を1回食らっているんだから。
「何をしたら留年になるの?」
柊も素直に訊ねる。本能寺先輩と智里先輩が答えてくれた。
「簡単に、出席日数だよ」
「彼女の場合、学習意欲の問題……と一丸に言えないところが大変なんだ。天利先輩は奨学金を返すためにバイトをしているからな」
奨学金かぁ。俺は運良く親が学費を払ってくれたからなぁ。……いや、待て!? なんで奨学金を払ってまで、無宗教の人間が「神仏学部」に入ったんだ!? 俺は頭にクエスチョンマークをたくさんつける。これが法学部とか経済学部だったらなんとなくわかるんだよ。その後の就職に関わるとか。でも、自分で言っちゃなんだが、「神仏学部」だぞ!? 経済学部のやつらに『中二学部』とか揶揄されてるんだが?
「……そういや柊って、なんでこの学部受けたんだ?」
「言ったじゃん。ボクは自分のやりたいことで選んだって」
「道楽か」
「違う! ボクはファンタジー作家かシナリオライターになりたいの!」
三蔵が切って捨るような言い方をしたが、柊はつまるところどちらかというと文学部とか専門学校的なノリで入学したのか? ……まぁありえない話ではないけどな。
「なんでもよい。大学的には研究費が入れば問題ない! がーっはっはっは!」
助教的にはそれでいいかもしれんが……本当にいいのだろうか、そんな感じで。でも、大学的に広く門戸を開いているほうが学費は集まるのかもしれないけど。しかし、それだと本当に天利先輩は大学に入ったんだ? という気持ちになってくる。
「天利先輩も作家とかになりたいんでしょうか?」
「そんな話は聞いたことがないけどな」
宇佐美さんの言葉に、本能寺先輩がそっけなく返す。本能寺先輩は、結構かわいい女子にはぶっきらぼうなところもあるんだな。
「だけど、だとしたら本当になんで奨学金をもらってまで大学に入ったんでしょうね?」
「言っただろ、だから天利先輩から目が離せないって」
「後輩、キミも天利先輩を一緒に見守るか……?」
「遠慮しておきます」
俺が疑問を口にすると、即智里先輩と閂先輩が絡んできたが丁重に辞退した。なぜなら……すでに俺は同学年同じゼミの女子3人でいっぱいいっぱいだからだ。女子3人の目付けというわけではないけども、なんというか……どちらにせよ面倒くさいことには変わらないのだ。
天利先輩が男子3人を目付けにしているのと逆で、俺は女子3人に囲まれた男ひとり……。今回の合同実習は3ぼーず先輩がいてくれるので、少しは気楽なんだけども、息苦しさはないわけではない。
「ともかく持ち物だ。2リットルの透明なゴミ袋とトングも必要だぞ。ゴミ拾いをするのだからな」
「うへぇ、荷物多いなぁ」
柊がぶうたれる。しかし善行や徳を積んで、本当にMPが上がるのだろうか? 俺と同じく不思議に思ったのか、三蔵が口を開いた。
「漁火助教、先輩方のMPの変化はないんですか? 私たちは入学時にMPとHPを計測していますが、3ぼーず先輩たちは日々善行をしているかと思います。彼らのMPを計測すればよいのでは?」
「確かに! 入学時のときと比べて変わっているかどうか見たらわかるかも!」
「ふむ……」
三蔵と柊の言葉に、漁火助教があごを擦る。そこは盲点だったな。3ぼーず先輩たちのMPが入学時から変化しているかどうかわかれば、わざわざ山行をしなくてもいいのか。
「健康診断のときにでもデータを測っていそうなものですけども……」
宇佐美さんもぽわぽわした感じで三蔵と柊の言葉をフォローする。……あれ? この3人、意外とチームワークいい? 俺、遅れを取ったか? そうか、ゼミってそういうものなのか……。のほほんとした弁論を通して、アイデアを乗せていく。うまくできているもんだな。
「漁火助教。今MPを計測することはできないんですか? 3ぼーず先輩のデータがあれば、漁火助教の研究の裏付けもできるのでは……」
「その必要はないよ。すでに我、持ってるもん。3人のデータも」
「ふわっ!?」
その場にいる3ぼーずが思わず噴き出す。
「聞いてないですよ、漁火教授」
「俺たちも持っていないデータですよ……」
「いつ計測したんです!?」
「宇佐美くんの言う通り、健康診断は受けただろう? 学生の栄養摂取状態も確認するのも仕事だよ。ひとり暮らしの学生が多いと、栄養面の心配が出てくる。そのための健康診断だ。お主ら3人はしっかりと食事はしているようだな」
「健康、診断……」
3ぼーずたちはぽかんとした。三蔵が言う通り、1年次も入学時にMPとHPを測った。これはパラレルユニバースムに行くときのために必要だったからだろう。だけど3年次は健康診断のときに測っていたのか。
「まぁ……その毎年健康診断のときに、MPとHPの検査もそりゃあするだろう。パラレルユニバースムで何かあったとき、問題だからな」
言われてみれば、確かにその必要はあるよな。学校に通っている限り、研究施設であるパラレルユニバースムで何かあったら、責任を取るのは大学側だからな。
「そのデータから見るに、今のところMPに関しては普段の行いなど関係はなかった。だが、我の研究したいのは『パラレルユニバースムでの善行・徳積みの成果』なのだよ。とは言え、普段徳を積むことは良いことだからのう、続けるといい」
「徳なんて別に積んでねぇし!!」
本能寺先輩が変にツンデレるが、彼ら無意識か……。特段何も思わず平然と1時間前に来たり、花に水やったりしてるのか……。
「そういや今日は三蔵も徳を積んでたな」
「? 何かやったか?」
こいつもか。これだから聖職者は……。いや、いいことか。俺も何か善行すっかなぁ。善行していたらスーパーの品が安くなるとか……しないか。そんな邪念があったら、善行も徳もないだろう。
「ともかくパラレルユニバースムでの徳積み……ゴミ拾いだが、多分麓のほうにゴミは落ちているだろう。かといって、あまり大きなゴミは持ち運べないからなぁ」
「ヒマラヤのほうでもゴミ問題はあると聞いています」
三蔵がなんか少し学術っぽいことを言い出した。ヒマラヤ……確かにあの辺も登山客のゴミに悩まされていたっけ。
「それを言うなら富士山もだよ!」
「そうですね。山にゴミを捨てるのはよくないことです」
柊と宇佐美さんもそれに続く。
「だけど、パラレルユニバースムだぞ? あれって一応仮想現実に近いものじゃなかったか?」
「だよな。ゴミなんて都合よく落ちているのか?」
「ゴミ拾いは確かに善行ではあるが……」
閂先輩、本能寺先輩、智里先輩が、そもそも論を話す。言われてみれば。俺たち1年はまだパラレルユニバースムのこともよくわかっていないけども、VRみたいな仮想現実世界だとして、都合よくゴミなんて落ちているのか? むしろ仮想現実だとゴミは落ちていないようなイメージだけども……。実際の山は、三蔵や柊が言う通りゴミだらけだとしても、仮想現実でそこまで再現するのか? なんていうか、俺は仮想現実に夢を持っていたのかもしれないけども、そこまでリアリティは求めてないんだよなぁ。
「問題ない。パラレルユニバースムの山は現実の山をモチーフにして作られているからな。ゴミは落ちているだろう」
「問題ないんですか?」
珍しく宇佐美さんが口を挟む。まぁ、現実の山だろうが仮想空間の山だろうが、ゴミが落ちていることは問題がある。宇佐美さんがまともだ。
「麓のほうに落ちているって話ですけども、地形はどうなってるんです? 助教」
智里先輩が質問すると、本能寺先輩も負けじと意見を言う。
「地形を知らずに山は登れないでしょう。大体30kmくらいと言われても、どんな感じか想像がつきません」
「山行なんて普段しねぇもんな」
閂先輩も笑う。山行をするのって、やっぱり修験者とか山伏とかそういう系なのだろうか? 成績優秀な3ぼーずも「普段はしない」って言っているくらいだもんな。
「所要時間は大まかに見て15時間くらい歩く」
「ふぁっ!? 15!?」
俺は思わず声を上げた。15時間って……1日が24時間で、睡眠時間を8時間取ったとして、ほぼ起きてる時間ずっと歩くってことか!? 驚いたのは他の面子もだった。
「15時間も歩いているとき、トイレとかどうするの!?」
「我慢する」
「ひぇっ!!」
質問した柊に対しての漁火助教の回答に、宇佐美さんがビビる。三蔵はというと……。
「面白い、修験者の修行が受けられるんだな……」
なんか変な風に闘争本能……いや、違うか。学習意欲を湧かせている。ある意味三蔵もやべーやつだ。3ぼーず先輩はというと……。
「漁火じょきょーも一緒に登るんでしょ?」
閂先輩が顔を引きつらせながら訊ねると、漁火助教は大きくうなずいた。
「もちろんだ。引率がいなければレベル15のパラレルユニバースムは危ない。だが、お主らはレベル20の体験者だ。期待をしている」
「期待……されちゃったなぁ」
「ああ……」
本能寺先輩と智里先輩も顔を引きつらせている。いくら聖職者でも、これは苦行の域に入るのか……。ここまでである程度わかった。漁火助教はやべーやつだ。修験者っていうけど、この山登りって「トレッキング」とか軽く言ってる場合じゃないくらい本当に過酷じゃん!!
「まぁ、アイアンマラソンよりは全然楽なはずじゃないか?」
「どっちも楽じゃないよ!!」
三蔵が寝ぼけたことを言ったところ、中二病かと思ったら意外と常識人だった柊がツッコむ。ボケとツッコミで、もしかしていいコンビなのだろうか。だが、俺個人としては15時間耐久登山とアイアンマラソン、どちらも御免被りたい。
「宇佐美さん、行けそう?」
俺は何気なく隣の宇佐美さんに声をかけた。入学式のパラレルユニバースムでは怖がっていたし、レベル20では気絶してたもんなぁ彼女。レベル20より低いけども、15時間耐久登山って……。彼女が一番心配だ。だが、宇佐美さんは案外やる気だった。
「大丈夫です! 前回はみんなの足を引っ張っちゃいましたけど……山登りなら大丈夫です!」
「はっはっは! 大いに結構! クマが出ても大丈夫だな!」
「それは俺たちも大丈夫じゃないです」
智里先輩があっさりと言い放つ。漁火助教は豪胆だけども大丈夫なのか? 多分、話を聞く感じ、彼女は相当苦労しているんだと思うけど……。いや、苦労っていうか、虐待とも言える修行を受けてきた、か。「自分が乗り越えたんだから、後続も乗り越えられるだろう!」とか思われていたらちょっと怖い。ましてやクマと戦え! とか言われて勝てるとは思わないし。漁火助教はクマと戦って勝つ気なのか? まぁ、クマと相撲を取ってそうな印象を持つほどの活力はあるのは確かだけども。
「一応、クマ避けの鈴は携帯するようにしよう。山道を歩くときの必需品だ」
「鈴なんかで効くもんかねぇ?」
「ないよりあったほうがいいだろう」
柊と三蔵がこそこそ話す。宇佐美さんは少し青ざめている。
「ラジオとかも念のために持っていくか」
「総、ナイス。そうだな。ラジオがあれば電波状況もわかるし」
「パラレルユニバースムって電波あるのか? スマホ通じたか、あそこ」
「……」
3ぼーずが黙る。本当に大丈夫か? この共同研究。俺は密かに頭を悩ませた。




