第8話
「研究に参加って……いいんですか? わたしたち、停学中……です、けど」
宇佐美さんが遠慮がちに言うと、漁火助教はがっはっはと笑った。
「だからいいのだよ。停学処分をしたのは三池教授だが……神宮寺教授が助け舟を出しているということだ」
どういうことだ? 話が見えないが……。疑問に思っていると、柊が声を上げた。
「ゼミが違って別の教授だから、いいってこと?」
「そういうわけではない。一応停学措置ということは変わらん。しかし、お主らは使える」
「使えるって、俺たちは教授らの駒じゃないんですが」
俺もはっきりと文句を言う。どうせあれじゃないか? とピンと来た。つまり、大学内のゼミの抗争ーー。俺は入学したばかりだが、教育方針の違いとかは大学の中でもありそうだ。父親と母親の育児方針が違うという話は結構ざらにあるからな。よくそれ系の揉め事を親父が引き受けていたから知っている。大学でも同じことが起きている可能性はあるだろう。
「黒巣、どういうことだ?」
三蔵は鈍いな。坊主にまでして気合を入れたというのに、神学部を5つも落ちているだけはあり、察しが良いタイプではないのだろう。
「黒巣と言ったか。お主の考えは少し当たっているが、少々違うぞ」
漁火助教はまだ何も言っていない俺の言うことを否定する。「察しが良い」を「察しが良い」で返されると、周りがついていけないかもしれない。三蔵だけではなく、宇佐美さんも柊もよくわからないと言った顔をしている。それに対して、漁火助教が説明する。
「三池教授が神宮寺教授をあまりよく思っていないと黒巣は思っているのだろう。そうではなく、研究勝負と言ったほうが早い。だが、今回は少し趣旨が違う」
「勝負や競争はよくないです〜」
宇佐美さんがへにゃへにゃと困った表情で諌める。まぁ、争いは好まないのが宗教家だからな。でも、それを言ったら三池教授も一応宗教家だったよな?
「研究の勝負なんて、よくないだろう」
「そうかな? 互いを高め合うのが学問の本質なんじゃないの?」
三蔵も勝負を否定するが、肯定も否定もせずにまるっと認めたのが柊だった。……まぁ、勝負、『勝ち負け』と言ったらよくない。だが、『互いを高め合う』という言い方をすれば、角が立たないのか。漁火助教は笑った。
「がーはっはっは! お主らはやはり、我が見込んだだけはあるなぁ。だが、少女よ。これは勝負ではないと言っているだろう?」
漁火助教の笑い声はでかいなぁ……。俺たち、すげぇ目立ってるよ。
「勝負じゃないならなんなのさ?」
柊が疑問符をつけると、漁火助教は腕を組んだまま大声で言った。
「ずばり、ゼミの共同研究だ!」
「共同研究〜?」
俺たちは声を合わせる。入学して1日停学したと思ったら、すぐに共同研究とはどういうことだ? 大学のスピードが速すぎて、ついていけないぞ……。それでも食らいついていかないと行けないのが、大学
ということか……。親から離れてひとり暮らしわっしょい! とか言ってる場合じゃないぞ、これは。
「我もまだ助教の身。新入生から教わることもたくさんある! だからこそ、共同研究に参加してもらいたいのだ!」
機嫌良さげな漁火助教を前にして、三池ゼミの天利先輩が発言をする。
「一応あたし、三池ゼミなんだけど……漁火助教、あたしの扱いはどうするの? あたしも停学なんスけど」
「天利は、レポート課題があったな。もちろんお主はそちらが優先事項だ。その代わり、『お目付け役』の3人を借りたい。3人にはこちらから連絡しておくから」
お目付け役……3ぼーず先輩たちか。天利先輩よりも、3ぼーず先輩たちのほうが確かにしっかりしているからな。あの3人は停学ではないし、何より俺たちをレベル20のパラレルユニバースムから連れ帰ってきてくれた。実力もあるのだろう、共同研究で指名されるレベルなんだから。
「天利のお目付け役は4年の日向が代わってくれるだろう」
「日向かぁ……あいつ、就活で忙しいだろうに……」
「就活先からの連絡を待つ間は暇だろう?」
「それもそうか!」
天利先輩は能天気だなぁ。それがこの人のいいところかもしれないけど、『お目付け役』がいないと行けない理由はなんとなくわかった。確かに、危ない。三蔵と柊が頼んだとは言え、レベル20のパラレルユニバースムに『うっかり』で送り込んでしまう人間だからな。でも、転移魔法がうまいということは、一応彼女も実力はあるのか……。でも、何度も言う。『迂闊に目を離せないタイプの人間』だ。
「とりあえず、今日のところは疲れただろう。解散だ。天利は停学期間、三池研究室でレポートを書くように。他の4名は明日、朝9時に神宮寺研究室に集合だ。いいな? 私は政経学部のアカハラを報告しなくてはならないからな。では!」
それだけ言い残すと、漁火助教は行ってしまった。
「……これから、どうしましょうか?」
宇佐美さんが苦笑いを浮かべる。これからかぁ。
「私はひとり暮らしだから、家に帰る。明日の9時に研究室だ。遅れるなよ」
三蔵もあっさりと行ってしまった。普通女子って「このあとどうする? お茶でも行く?」みたいな話に持って行くものじゃないのか……? 三蔵ってちょっと変わってるよな、って、今更か。クールだっていうのはわかっていたけども。
「宇佐美さんと柊は家近いのか?」
「私は自宅から通っています。親が厳しいので……柊さんは?」
「ボク? ボクも一応通学圏内だから通いだね。三蔵サン帰っちゃったから、ボクも帰るかな! じゃーね!」
柊もさっさと帰っていく。あいつ案外三蔵以外に興味ない……? 女子っていない人間の悪口を広めるとか、そういう『ロビー活動』をするもんじゃないのか? 意外だ。三蔵と柊は仲が悪いと思っていたのに。案外そういうのはドライな感じか? 嫉妬で泥仕合されるよりは断然いいか。同じゼミで同じグループなので、俺はできるだけ平穏に過ごしたい。しかし……。
「女って、わからん……」
「はぁ?」
思わず口にすると、宇佐美さんが不思議そうな顔をする。おっと、不審がらせてしまったか。っていうか、今俺と宇佐美さんふたりきり? ど、どうしよう……かわいい女の子とふたりきりって! こ、これは三蔵と柊が返って気を効かせた系か?
……と、ちょっと邪な気持ちが宿ったが、俺は冷静を取り戻した。もう時刻は夕方だ。宇佐美さんは実家から通学しているということ。俺が引き止めていたら帰れない。ただでさえ気弱そうな子だ。俺は初対面で怖がられていたし、ここは自分から帰す方向に誘導しなくては。
「俺も帰るよ。宇佐美さんも、気をつけてね?」
「あ、ありがとう! じゃあ、また明日!」
「はぁ……」
ため息をつくが、これでいい。かわいい子といちゃいちゃとか確かに憧れる。だが! ……俺は三蔵と柊のせいで漁火助教の措置がついたとは言え停学扱いだ。これ以上何かしでかしてはいけない。っていうか、本当に宇佐美さんと俺、とばっちりなんだけどな!?
でも、これで教授らに目を付けられたことは確かだし、清く正しい大学生活を送らなければまた何かしらの苦言を呈されるだろう。そう思うと、少し気が重い。肩を落としていると、「ぐうう〜」と腹の虫が鳴った。
「……帰ってメシでも食いながら、明日のことを考えよう」
宇佐美さんを帰したのを再度確認して、俺は大学近くのスーパーへ向かった。
大学と俺の借りているアパートがある藤ヶ丘にあるスーパー。ここは少し俺の地元より物価が高い。それもそうか、都内と県内じゃ流通の理由が違う。「少し高ぇなぁ〜……」と思いながら、夕食の材料を買う。
俺は一応自炊を始めた。男のひとり暮らし、コンビニメシでもいいのだが、工業高校出身だと「自分で作ったほうが安上がりだし早いんじゃね?」というメンタルが育ってしまうらしい。
ーー今夜は何を作ろうかな? 家族からの仕送りで生活している状態だと、そんなに無駄遣いはできない。これはバイトとかしたらもっといいもの食べられるか? バイトねぇ……。それも考えないといけないが、とりあえずは夕食だ。
とりあえずカレーかな。自分で作ったほうが早いとは言え、俺の調理スキルはそれほど高くはない。家庭科でやった調理実習程度で。カレーなら多く作りすぎても冷蔵庫で何日か持つし、明日の朝も手抜きできる。よし、カレーだ。
とりあえず、人参、じゃがいも、肉、カレールーをかごにいれる。あとは適当に漬物でも作っておこう。カレーと言ったら福神漬だが、塩もみしたキャベツでも作っておこう。キャベツもかごに入れると、レジに並ぶ。ここのスーパーはまだ無人化しておらず、パートさんが会計をしてくれている。下手すりゃ孤独になりやすい大学生活だが、こういう少しのやり取りでも人と接することができるのはありがたい。
さて、買い物は完了。あとはアパートに帰宅する。駅と大学の中間点にある、2階建てのアパート、102号室が俺の部屋だ。
「ただいま〜って、誰もいないけど」
むしろ誰かいたら俺だって怖い。帰宅して、大体午後5時か。なんだかんだで学校に長居していたようだ。俺は手を洗うと、急いで炊飯器に米をセットする。それが終わると、野菜の皮むきをして、レンチン。手早く肉をフライパンで炒め、水を入れるとしばらく煮込む。その隙にキャベツをざく切りし、塩で揉んだものをタッパーに入れておいた。
これで2-3日は食料が持つだろう。毎食作るほうが学校で習った食育的にはいいんだろうけどもな。今日くらい大学に長くいるとなると、料理の手間に関して考えなくてはならない。
カレーの材料を煮込んだものにルーを入れると、最後に牛乳を混ぜた。これでカレーはひと煮立ちさせたら完成だ。
……そういや昼飯食ったっけ? 俺は、なんだかんだ忙しくて昼飯を食い忘れていたことを思い出した。パラレルユニバースムに飛んでいたから、昼飯という概念を忘れていたのは悲惨だ。そりゃあ腹が減るだろう。
と、そんなことを考えているときだった。スマホのほうにメッセージが届く。キャベツの塩漬けのレシピを再確認するためにスマホをキッチンにおいていたのだ。
「げ」
思わず声が出る。お袋からだ。
『はるちゃん、ひとり暮らしはどう? 何か困ったことはない? 入学式のあと連絡がなくて心配しているのよ?』
このタイミングで親からの定期連絡かよ〜!! どうしたものだろうか。春休み中だったら適当に帰していたが……今日に限っては措置があったとは言え『停学処分』を受けたばかりだ。
隠すことはできるが、学費を払っているのは親だ。それに腐っても牧師家庭ーー嘘をついた場合、停学どころか退学させられて、そのまま家で修行を積んで跡を継げとかいいかねないぞ、親父は。
言いたくはないが、何かの関係で親に直接連絡が行くかもしれない。そうなったときの場合のために、先手を打っておかねば。
『母さん』
『なあに?』
『父さんいる?』
しばらくすると、親父からメッセージが来た。
『どうした? 遥』
『告解だ。父さんは牧師だから言うけど、停学になった』
俺は素直に吐露した。親父は牧師だ。俺も嘘はついていない。素直に告解した。しかも『告解で牧師に言う』ことは、守秘義務が発生するし、私情が挟めなくなるのだ。
『お前というやつは……何をしたんだ』
『なんというか、同輩に巻き込まれて』
しかし、親父はそうは甘くなかった。
『告解って言えば怒らないと思ったか! ……ともかく、素行を改めなさい。だが、友達や同窓生というものは、いい面も悪い面もある。人を見極めるのではなく、行いを見極めなさい』
俺は親父の言葉にハッとした。いつも夫婦仲のいいだけのノロケ夫婦だと思っていたが、きちんと仕事するんだなぁ……。親父がわりと真っ当な「いい事」を言ったことで、俺はちょっと親を見直した。
『ママよ。話はグループチャットの記録に残ってるから、パパとの会話見たわ。パパの言う通りだけども、あなたももうひとり暮らしをしているんだから、きちんとなさい!』
おっと、お袋乱入。だが、お袋もまともなことを言っている。いつものほほんとしているだけかと思ったら、さすが牧師夫妻なんだなぁ……。俺はちょっと両親を見直した。親と離れてみて、初めてわかることもあると言うものか。
実家が嫌で逃げ出すためにこの大学を受けたけど……こういう風に親のいいところに気づけたっていうところは、悪くないかもな。ある意味、このひとり暮らしという選択は俺にとって間違いじゃなかった?
『とは言え! 人付き合いはとても難しいのよ。だけども、あなた自身の芯……善悪の軸を持ってね』
『私たちは見守ることしかできないが、無事に卒業するんだぞ。遠くから祈っているからな。ママを悲しませるなよ』
『パパも悲しませちゃダメでしょ?』
『いや、もちろんそうだよ、ママ』
おっと、親のノロケが始まってしまった……。でも、ある意味これで許されたのは俺にとっては幸いだろう。俺は両親に向けて『ありがとう』と返信すると、ちょうど米が炊きあがった。




