第5話
ゼミが終わると、俺たち4人は食堂に移動していた。今日はみんな弁当など持ってきていなかったので、作戦会議とともに昼食だ。
「柊由莉亜、MPはいくつだったか?」
「63かな。HPは90。三蔵サンは?」
「64だ。HPも91。まぁトントンだな」
ふたりの会話を聞いて、俺はちょっと安心した。これで大きな差があったら、仲の悪いふたりの関係が余計にこじれる。
「宇佐美さんはいくつだったんだ?」
「私は……80、かな」
「80!?」
ガタンとテーブルを叩いて立ち上がったのは、三蔵さんと柊だ。首席を狙うふたりからしてみては、思わぬブラックホースの登場ってわけか。
「で、でも私、MPがあるってだけだよ? 魔法とか呪文とか、わからないし……。HPもみんなより少なくて60だったから。と、ところで黒巣くんは?」
「俺は……MP50。HPは120だけど、男子はみんなそれくらいだったな」
「黒っちが一番MP低いんだ。意外」
「黒巣遥には期待していたんだが……残念だな」
柊と三蔵さんはがっかりした様子を見せるが、俺が一番ショックを受けてるっつーの。なんでよくわからん数値で、人に期待されたりがっかりされたりしないといけねぇんだよ……。苛立ちながらうどんをすすると、三蔵さんがひとつ提案をした。
「このあと各自一般教養だろ? それが終わったら図書館に集合して、呪文を考えないか?」
「三蔵サンにしてはナイスアイディアだね」
「わ、私も、一緒に勉強したいです!」
「黒巣遥、君は?」
そう聞かれて嫌だ、なんて言えるわけないだろ。仕方なく無言でうなずくと、女の子3人は満足したように笑った。……笑ってるだけなら無害なんだけどな、こいつら。
◇◆◇
午前の一般教養が終わると、約束した通り図書館の入口に集合した。他の学部がかなり優秀なせいか、うちの大学の図書館はやけにでかい。どうやら社会人枠の人間や、研究のために図書館だけ利用する研究者もいるらしいと聞いている。
俺たちはバッグを持って、ミーティングルームに入る。こういう部屋があるだけでも高校の時と大違いだ。俺の出身高校の図書館は、建築科の生徒が勝手に棚を作りまくっていて、本より棚の方が多かった。
「さて、では私が一般教養の時に考えていたことを発表しよう」
パンキョーんときに別のこと考えてるんじゃねぇよ。ちゃんと勉強しろとつっこみたかったが、何を考えていたのかは気になる。黙って三蔵さんが話すのを待っていると、ノートに各自のHPとMPを書いたものを見せる。
「いいか、私と柊由莉亜はHP90、MP60ちょっと。宇佐美唯はHP60、MP80。そして黒巣遥はHP120、MP50だ。つまり……」
「どういうこと?」
柊が邪魔をすると、三蔵さんがキッとにらむ。
「最後まで話を聞け。つまり、宇佐美はMPが高いから強い魔法を使える。攻撃でも防御でもいけるだろう。黒巣は逆。呪文は短く、弱いものがいい。私と柊は、中堅だ。ふたりのサポートをすればバランスがいい」
「すごいね、三蔵さん。私、そんなこと全然思いつかなかったよ」
宇佐美さんが目をきらきらさせて三蔵さんを見つめる。すごいか? まぁ、思いつくのは確かにすごいんだろうが、素直に褒めたくない。
「それならボクだって考えてきたよ!」
柊も負けじとノートを取り出す。だからお前ら、普通の講義もちゃんと受けろよ。
「『パラレルユニバースム』にいるモンスターがどのくらいのレベルかは知らないけど、十分なMPだと思う! ボクと三蔵サンは10文字の簡単な呪文を6回使えるし、うさみんは8回だ。黒っちは5回。削れたMPの分だけ攻撃できるなら、HP190のモンスターには勝てる」
「じゃあ、10文字縛りの呪文をいくつか覚えていれば問題ないってことか」
案外簡単なのか? ただ10文字だと、一番使いやすいのは『火』の魔法だな。『水』は2文字、『光』は3文字。『火』なら1文字で済む。火ね……。
「『火よ、敵を燃やせ』とかか?」
「いや、敵に直接的に攻撃することになるなら、MPは3倍減る。8文字×3でMP24の消費だ」
「面倒くせぇ……」
俺は机に突っ伏した。ゲームの魔導士も魔法使いも、こんな細かいこと考えてねぇだろ。俺たちが異世界で戦うのって、ずいぶん手間がかかるんだな。
「あと、これが通用するかわからないけど、属性のこともあるよ!」
「属性?」
なんだよ、ただでさえ細かいっつーのに、まださらになにかあるのか? 柊はノートに五芒星を描くと、それに火・水・風・土、霊と書き加える。
「わかるっしょ? 火は水に勝てないとか、そういうの。モンスターにどんな攻撃に弱いかも知らないと。他にも白魔術とか黒魔術とかもあるし……」
「要するに、私たちはまだまだ研究が必要だということだな」
三蔵さんが立ち上がりビシッと言いきったが、カッコよくもなんともない。そりゃそうだろ。大学に入学して、1日しか経ってないんだぞ? パラレルなんとかって異世界のこともよくわかってないのに、魔法なんて作れるか。
「黒巣、君の言いたいことはよくわかる」
「マジか。だったらもっと教授に習わないとな。今日のところは解散ってことで」
「バカか、君はっ!」
バチンッ!!
今日2発目のビンタを食らう俺。くっ……三蔵! 手が早すぎだっつーの……。もう『さん』づけもしてやんねーからな。この女!
「大学は教授に勉強を習う場所じゃない! 自ら研究する場所だっ!」
「じゃ、じゃあどうすればいいの?」
宇佐美さんがびくびくしながらたずねると、三蔵はこほんと咳払いをした。
「これからパラレルユニバースムに行くぞ!」
「は!?」
「いいね、それ! 誰か教授を捕まえて、連れて行ってもらおう!」
「みなさんがそういうなら……」
「えぇ!?」
こ、この3人は!! むちゃくちゃすぎんだろ!!
こうして俺は、悪党に連れ去られるお姫様のように、教授たちのいる研究室棟へと引きずられて行った。
◇◆◇
「三池教授はこの部屋だな」
3階302号研究室。下には『三池』とネームプレートもかかっている。三蔵がノックすると、中から「ふあーい」と聞き覚えのある女性の声がした。扉を開けると、そこには……。
「はぇ? ひみはひはひのーのひんひゅーへいひゃん」
「天利先輩!」
天利先輩、三池教授のゼミ生だったのか。だけど先輩以外の学生はいなさそうだ。本とたくさんの資料に囲まれていた先輩が、ドーナツをくわえたままのそっと出てくる。
「どーしたの? 三池教授はいないよ。学会に出てるから」
もぐもぐしながら先輩は、奧にある三池教授の部屋を指さす。ドアにはホワイトボードがあり、『本日、学会12:00-』と書かれていた。
学会……そんなものがあるのか。それ自体信じられない。魔法研究学会とかか? 胡散臭すぎる。どんな面子が集まってるのかも気になるけど、アンダーグラウンドな感じが嫌でも伝わるわ。
「タイミング悪かったなぁ、どうする? 三蔵サン」
「手はまだある。天利先輩」
「なーに?」
「パラレルユニバースムに連れてってくださいっ!」
「うぇっ!?」
「きたねっ!」
口に入ってたドーナツの欠片が落ち、反射的に避けると、天利先輩はむっとした。
「なんだよー、『きたね』って。びっくりしたんだからしょうがないじゃん」
「あの、私たち、パラレルユニバースムのこともよく知らないので、もっと研究したいと思ったんです」
うるうるした目で先輩を見つめる宇佐美さん。これは卑怯だ。男だったらイチコロかもしれない。女の先輩も、宇佐美さんの表情にほだされてるのがわかる。
「天利先輩だったら、異世界への行き方も知っているのではないかとっ!!」
「おねが~い、先輩!」
そして三蔵と柊に力強く片手を握られると、先輩はでれっと笑った。
「いやあ、後輩のお願いとあれば仕方ないなぁ……。よし、わかった! 先輩のあたしが連れてってあげようっ!」
ドーナツを持ったまま、先輩は胸を叩く。本当に大丈夫なのか? 不安だった俺は確認すべきだった。先輩がなぜ、ひとりで研究室にいたのかを。
長机の上に大量のレポート用紙が散らばっていたことに、俺たちは誰一人気づかないで、ホールへと向かった。
◇◆◇
「君たちはまだ新入生だし、レベル1の世界に送るね」
「レベル1……パラレルユニバースムにはレベルがあるんですか?」
三蔵が質問すると、天利先輩がふふんと嬉しそうに回答する。
「うん。大体あたしたちが研究で飛ぶところは、レベル1からレベル5までの世界だよ。それ以上になると、教授、准教授ぐらいに能力がないと危ないからね」
「へぇ、自分たちの力に応じてワープできるんだ」
柊も三蔵も、熱心にメモを取る。本当にゲームの世界だな。俺は飽きれた。
大学に入ってまでやりたかったことはこれじゃない。だからといって、本当に牧師になるための勉強をしたかったわけでもないけど。ああ、しくじったな。もっと進学するならするで、真面目に考えりゃよかった。
そう後悔している場合でもないか。天利先輩が呪文を唱えようとする。
「えーっと……確かレベル1の異世界転移の呪文は……」
「先輩?」
不審な顔をすると、先輩は焦ったように手を前で振った。
「あっ! べ、別に忘れたわけじゃないよ!? ただ、4年前に習ったやつだから……」
……不安だ。三蔵や柊は真剣に見ているし、宇佐美さんはずっと眉毛を八の字にしている。この面子で異世界に行くのもなかなか勇気がいるかもしれない。
「よし、思い出したっ! 『オン・キリキリ・ハラハラ・フダラン・バッソワカ・オン・バザラ・トシャカク』」
先輩は指を交差させたり、手を合わせたりを繰り返す。何やってんだ?
「先輩、カッコいい!!」
「九字護身法か。さすがだな」
柊と三蔵が興奮してるけど、俺にはそのツボがまったくわからない。宇佐美さんも不思議そうにじっと見つめている。
「OK、行っくよ~!! 『転移、パラレルユニバースム!」
「うわあっ!!」
身体が大きく揺れる。目の前が真っ白になって、吐きそうだ。重力に押しつぶされそうになる。その力が消えると、今度は落下する感覚。そのまま俺は気を失った。




