第4話
新歓の翌日はオリエンテーション。一般教養は他の学部と一緒で、なんとなくホッとした。ここだけはまともだ。普通の学生たちがきちんと話を聞いている。この講義は異世界に飛ばされたりしないしな。当たり前か。
問題はこのあとのゼミだ。異世界? 魔法? 考えるだけで頭も胃も痛い。
「さて、どんなびっくりゼミがあるんだか」
事務局でゼミの案内を見つけると、またため息が出てしまった。
なんだよ、『魔法学』、『魔法構築論』、『治癒魔法総論』、『魔法と体術』って……。まともなゼミはねぇのか!? 選択肢なんてたくさんあるようで0じゃん! 全部『魔法』がついてやがる。
「黒巣遥、君も来てたのか」
「三蔵さん?」
今日の三蔵さんは当たり前だが私服だ。ジーパンにお洒落なトップス……この格好なら普通の美人だ。坊主も、ファッションだと思える。
「君、ゼミはどれを取るか決めたか?」
「いや……正直研究したい分野がなくて」
「甘えるなっ!!」
バチンッ!!
三蔵さんのきついビンタが飛ぶ。……痛ぇ。な、なんで?
「私だって家の寺を継ぐために大学に進学したんだ! 本当は仏教学部に通うはずだったのに、魔法なんかとも思ったよ。だけどな、落ちたら落ちたところでトップを目指すべきだろっ!」
正論だけど、三蔵さん、よっぽど5校落ちたのがコンプレックスになってるようだ。同情はする。受かったところがここだもんな……。俺と一緒と言えば一緒だ。親父はきっと、神学部と同じようなことを学べると思ってここを勧めたんだろうけど、実際は宗教関係ないから……。
「ふっふっふ、三蔵サンっ! もうゼミは決まったの?」
「柊由莉亜!」
悪夢再来。このふたり、昨日の新歓でよくわかったが、相性最悪だ。女同士の争いなんて醜いだけじゃねぇかよ……。早々に逃げようとしたが、タイミング最悪なところである人に捕まった。
「黒巣くん! よかったぁ、会えて」
「宇佐美さん?」
「ゼミ、どこがいいか迷ってて……よかったら同じゼミ、選択しない? 私、もともと神学部志望だっ
たから、魔法とかよくわからなくって」
「待って、宇佐美唯。黒巣遥! 私も君と同じゼミを選ぶ!」
「は……?」
「何それ! だったらボクも同じゼミにする! 三蔵サンを打ち負かすためには、同じ条件じゃなきゃね!」
「ちょ、ちょっと落ち着けよ。三蔵さん、なんで俺と同じゼミなんか……」
「入学式の時、井戸が世界と世界をつないでいると気づいたのは君だ。私は君の頭脳を買っている。君と同じゼミなら、きっと私も高みに上れる」
「だったらボクもだよ! 黒っちに目をつけてたのは、三蔵サンだけじゃないんだからね!」
井戸を見つけたのは偶然だったんだけど……。しかし参ったな。見る人が見れば、これはいわゆるハーレム状態かもしれない。個性的な女の子たちに囲まれて、『一緒のゼミを取ろう』と言われてるんだから。でも俺は嬉しくもなんでもない。宇佐美さんはともかく、他のふたりはズレている。
三蔵さんが受かった大学でベストを尽くしたいという気持ちは理解できる。できるが、『魔法学』とか研究して、将来どうなる? これを極めて教授になったとしても、胡散臭いだけだろ。
柊さんに関しては、第一志望がここだったところからして、ちょっとどころか相当まずい。厨二病をこじらせ続けてこうなったのか。
「黒巣遥、君はどのゼミを取るんだ。早く決めろ」
「ボクらも同じゼミに入るんだから、さっさとしてよね」
「黒巣くん……」
ああ、くそっ! 最悪だ! こうなったらやけだ!
「このゼミにする!」
俺が勢いで決めたのは……。
◇◆◇
「私が『魔法構築論』担当の神宮寺だ。ちなみにうちのゼミは、宗教色0だからな。神学部・仏教学部落ちのやつは呼んでいない」
その言葉に、三蔵さんと宇佐美さんがピクリとする。柊はふふんと調子に乗っているようだな。
俺がこの『魔法構築論』を選んだのは、神宮寺教授が言った通り『宗教色0』だからだ。俺の実家は教会でこの大学を受けることになったが、それは東京に逃げるための口実でしかない。
できれば穏便に大学生活を終え、実家に帰ることなく就職したい。若しくは、きちんとやりたいことを見つけて、大学に入りなおすとか……。ともかく牧師になるのは嫌だ。
他のゼミは、元・宗教家の教授が多かった。入学式で挨拶したあの3人もそうだったし。魔法関係のことを研究するのはもう仕方ないことだと諦めるしかない。こういう学部なんだから。
「このゼミは、異世界で使える呪文の研究……つまり魔法開発をする。まずは今から4人1組になってもらおう」
4人1組。天利先輩が言っていたのはこのことか。この時点で嫌な気はしたが、案の定。
「黒巣遥! 私と組め!」
「黒っちと組むのはボク!」
またこれだ。俺が何をしたよ……。ただ、あのとき偶然井戸を見つけただけだろ。俺、魔法なんてもんがいまだにあるかも信じられねぇし、異世界に行ったのも夢じゃないかと思えて来てる状態なのに。
「ふたりとも、ケンカしないでくださ~い!」
宇佐美さんがおろおろする中、またも火花を散らす三蔵さんと柊。宇佐美さんは困った顔をしていたが、急にぱああっと笑顔に変わった。
「そうだ、4人1組だったら、三蔵さんと柊さん、私、黒巣くんで組めばよくないですか?」
「さらっと宇佐美さん入ってるのはなんでだ?」
つっこむと宇佐美さんは恥ずかしそうに視線を逸らす。
「私、人見知りで……。黒巣くんと一緒だと頼れそうだし、三蔵さんと柊さんとも仲良くなれそうだから」
かわいい子に頼れそうと言われるのは嬉しいが、あのふたりと仲良くなれる自信があるのはすごい。
「うさみん! ボクは三蔵サンとライバルなんだよ!?」
「いや待って、柊由莉亜。これはお互いを高め合ういいチャンスなのかもしれない。同じチームで切磋琢磨する……悪くない」
「むぅ……。そう言われるとそんな気がしてきた……」
おいおい、柊まで丸め込まれてるぞ。結局俺の意見はガン無視で、俺たち4人はチームを組むことになった。
チームごとに席を移動すると、神宮司教授はホワイトボードに何か書きはじめる。
「いいか。魔法を構築する、つまり呪文を考えるのは案外簡単だ。火や水などの属性指定、そして攻撃・回復方法を一文にすればいい。ただ問題はマジックポイントだ」
神宮寺教授は達筆すぎて、何を書いているのかわからない。だけど、呪文を考えるってことは、言葉と言葉の組み合わせってことなのか。もっと意味の分からないふわっとしたことを言われると思ったが、意外だった。
「『言霊』というのは知っているか? 呪文も同じだ。言葉に力がこもればこもるほど、効果が大きくなる。だが、この呪文……魔法は無尽蔵に使えるわけじゃない。君たちにはマジックポイントが生まれたときからあるのだ。MPが切れたら、魔法は使えない」
MPって、ゲームかよ。あまりにも現実離れした説明にうんざりしているが、俺以外の3人……三蔵さんと柊、宇佐美さんは必死にノートにメモってる。これって俺も真面目にやらなきゃいけない系? ……マジかよ。こんな意味不明な知識、絶対将来役に立たないっていうのに。
「教授、自分のMPはどうやったらわかるんですか? また、MPがなくなったらどうすれば……」
三蔵さんが挙手をしてたずねる。それを見た柊は、ちっと舌打ちした。先を越されたと思ったんだろう。
「MPはこの機械で調べる」
教授が見せたのは、どう見ても血圧を測る機械だ。でもこれでMPがわかるように改造されているらしい。
「MPや体力……HPがなくなったら、自動的に異世界からログアウトする。異世界に存在するためにはある程度魔力が必要だからな。ただしHPには気をつけろ。0になったら死亡だ」
死亡って、いきなり重い。ゼミの実習で死ぬ可能性もあるってことか? あり得ねぇ。冗談だろ?
周りを見ながら、俺もメモをする。もしかしたら将来、ゲーム会社に就職して、こういうネタを使う機会があるかもしれない。……まだ将来のことは確定じゃないけど、牧師以外の仕事だったら何でもいい。とりあえず『死なない』。これは卒業するまでの第一条件だ。
「君たちチームにはひとつ課題を与える。まず、異世界で使える実践的な魔法を考えること」
「はっ!?」
反射的に声をあげてしまった。魔法を考えるって、そんなことできるのか!? 俺が教授をじっと見ていたら、またホワイトボードに図を書きはじめる。
「呪文には『制限』がある。長い呪文ほど効力も大きくなるが、MPも削れる。だから最初は短くて単純なものを考えるんだ」
「教授~! 短い呪文って、例えば?」
柊が手を挙げると、今度は三蔵さんがむすっとする。本当に仲悪いな、このふたり。
「例えば、『火よ、木を燃やせ』だと7文字。これで7ポイントだ。文字数で削れるMPが変わる。ただし、例外はある」
「例外……?」
宇佐美さんがまたきょとんとした顔で首を傾げる。
「『殺せ』や『倒せ』みたいな直接的な攻撃言語を使う場合、削れるMPは3倍になるから気をつけるように」
なんだかよくわかんねぇけど、呪文って自分で考えるもんなんだな。
こうして初回のゼミでの教授の話は終わり、各自HPとMPを計測したら帰ってもいいことになった。




