第26話
宇佐美さんが気絶したので、一度しばらくその場で休憩を取ることになった俺たち。漁火助教の言霊でなんとか目覚めた宇佐美さんだが、それでも大事をとってのことだ。……と休憩と言っても、別に座る場所もないし、その場で水筒の水を飲むくらいしかできないのだが。しかも寒いことには変わりない。
「うさみん、もう平気?」
「うん、大丈夫だよ。ごめんね、心配かけちゃって……」
「いや、宇佐美のMPが高いことは知っていたからな。けど、対処法や暴走のことは知らなかったから……」
「とりあえず、水筒の水でも飲んで」
俺が言うと、宇佐美さんは自分のリュックサックからボトルを取り出し、水を飲む。俺たちも同じように一息ついた。しかし……。
「漁火助教もすごいですね。『起きろ』って言霊だって、媒介を使っていない」
智里先輩が少し興奮気味に話す。
「偉そうに言うなら『目覚めよ……』とかだよな?」
閂先輩が茶化すと、本能寺先輩がたしなめた。
「救護者が出たんだ。あまり笑えない冗談はよせ」
しかし、『起きろ』という言葉はたったの3文字だ。これで倒れていた人間を目覚めさせるとは、さすが助教と言ったところなのだろうか。恐れ入る。
だが、それを言うなら宇佐美さんの『やめてください』も7文字だ。7MPの消費であんなに大きな岩を割るなんて……。こういうのって、MPの数値の問題か? 俺は頭に疑問符をつける。
「……この間、ぐりふぉんさんと戦ったときは、黒巣くんがガスで火花を作ったよね? あれとは全然違うのかな?」
水をゆっくり飲みながら、宇佐美さんが俺にたずねる。正直なところを言うと、俺も咄嗟の判断でやったことだから、あまり深くは考えていなかったんだよな。俺が考え込んでいると、柊が代わりに言った。
「あのときは『呪文を考える!』って思ってやっていたところはあるよね。その前のゼミでも、『火よ燃えろ!』とか、そういう例を出されていたし」
「確かにその通りだな。宇佐美の使った言霊は、どちらかというとなんというか、えーと……なんだ?」
いや、『なんだ?』って、なんだよ、三蔵。自分で考えてもよくわからなくなったからこっちに振るとは。というか、何もわからないで話し出すな。柊は割と常識人だということがわかってきたが、三蔵は頭がよさそうな案外ポンコツだったりするのだろうか。
「まぁ、『パラレルユニバースムでの呪文の応用』と言ったところじゃないか? だけどこれって、もしかして、パラレルユニバースムの中では他人にも使える……とか、ないか?」
俺が言うと、柊と三蔵がハッとしたような顔をした。
「漁火助教はうさみんを起こしたよね! 言霊を使って」
「ってことは……ここの空間では、暗示で自分を強めたり、他人に力を分けるということができるのではないだろうか」
ふたりが俺の言いたかったことをまとめる。漁火助教や宇佐美さんが使えたのだから、俺たちも言霊を使うことができるのでは? その話を聞いていた助教が、間に入る。
「ふむ……では、お主らはそれを研究材料にしたらどうだろうか? 今、大学内では論文数が足りないと言われているからのう。お主らは停学中ではあるが、停学期間が終わったら、論文にまとめてみるのもよかろう」
「論文かぁ、難しそうだね」
「柊は作家志望なのだろう? 書く練習になるじゃないか」
柊が少し弱気な発言をすると、三蔵が励ます。
「せっかくだし、このゼミグループの共同論文にしない? 私の使った魔法のことも例にできるし」
宇佐美さんが手を挙げる。俺もこの話に乗るしかない。
「じゃあ、俺はまず『論文の書き方』とか、そういう本から漁らないといけないかもな……」
「確かに。ネット小説の書き方と論文の書き方じゃ全然違いそう……」
作家志望の柊も、論文の書き方はまだ知らないのか。それもそうか。俺たちは何度も言うようだが、入学して数日の新入生なのだから。
「俺たちも帰ったら『パラレルユニバースム内の電波状況について』ってレポートを書かないとだな」
「拳。いつも君は締切ギリギリだからな……気をつけてくれ」
「総の言う『締切』は『本当の締切』の3日前だけどもな?」
3ぼーず先輩たち、またさり気なく徳を積んでやがる……。彼らのレポート提出は、期限の3日前なのか。俺たちも負けてはいられないが、初めて書く共同研究論文だ。しっかり締切を守ることはできるのだろうか?
「まぁ、1年次はまだまだ学校に慣れることから始めないといけないのう。もちろん期限内の提出はしないといけないが、お主らが自主的に出す論文である。期限は自分たちで決めるがよい」
助教が『教員らしい一言』でまとめる。そうだな、まずは学校に慣れなくては。……って、慣れる慣れないの前に停学になって助教の手伝いをし、すでに共同論文の話って……少しペース早くないか?
「大学生活って忙しいんだな」
三蔵がぼやくと、宇佐美さんもこくこくとうなずく。……だいぶ顔色はよくなってきたみたいではあるな。
「宇佐美さん、そろそろ歩けそう?」
「うん、心配させちゃってごめん。もう平気」
「よし、では山頂まで、登山を再開しよう!」
助教が声をかけると、再び俺たちは歩き始める。少し下ってしまったが、山頂まではもう少しだ。
「ねぇねぇ、でもさ、他人にも魔法がかけられるってことは、この山道を楽にすることもできるんじゃない?」
「どういうことだ? 柊」
「だから、うさみんや漁火助教がやったように……例えば『みんな頑張ろう!』とか言ったら、歩くのが楽になるとか」
柊の話を聞いていた三蔵が、さっそく声に出してみる。
「みんな、『頑張るぞ』!」
「おーう!」
それに答えたのは、3ぼーず先輩たちだった。なにげに付き合いのいい、優しい先輩方である。だけども柊の言う通りなのかもしれない。滝行が終わったあと、俺たちは凍えながら山道を歩いた。そのときはあまり意識していたわけではないし、話しているほうが楽だという気持ちからだが、みんなで励まし合い、声をかけつつ歩いていた。それに『意思』が加わることで、言霊となり、魔法になるーー。このパラレルユニバースムは、そんな場所なのではないだろうか。試してみる価値はありそうだ。
「互いを褒め合うような感じで行きましょう!」
「そう考えると、呪文レベルで難しいかも〜……」
宇佐美さんにダメ出しされる、俺。案外互いを励ます言葉って、なかなか浮かばないな……。まだまだ試行錯誤が必要なようだ。俺は歩きながら思った。




