第25話
「はっはっは! 鹿はこの警告をしてくれていたのか!」
「笑ってる場合じゃないですって、助教!」
一番最後尾の助教と本能寺先輩の声が聞こえるが、俺たちは現在山道を走って下っている。くそっ! ここまで登ってきたのになんで岩に追いかけられているんだ!!
「ど、どーすんのさぁ!」
「誰か、岩を止めろ!! 祝! 総!」
「拳が一番岩に近いだろ! ってか助教! なんとかしてくださいっ!」
「はっはっは! 避けろー!!」
3ぼーず先輩までもパニックだ。助教はと言うと、何故か先ほどからずっと笑っている。いや、教職だろ!? なんとかしてくれって!! 大体避けるって、どうやって!?
「ここは学生の知恵を絞るべきところである!」
そんなこと言って、実は何も考えてないとかじゃないだろうな!? 助教、器がでかすぎるのか、大雑把すぎるのか、何も考えていないのか、全然わからねぇー!! っていうか、いつの間に岩をやりすごしてる!? 助教だけ、どうやったんだよ!!
「皆の衆も避けたまえ!!」
「なんで助教は平気なんだよー!」
「パ、パラレルユニバースムだから、魔法が使えるんじゃ……!」
「そうだっ! 黒巣! 何か魔法だ!」
「俺ぇ!?」
宇佐美さんと三蔵に焚き付けられるけども、何の言霊も浮かばないぞ!? っていうか、まずこんな山の中で岩に追いかけられている状況。ちんたら考え事なんてできねぇって!!
「避ける……と、ともかく横に……っ!」
もう呪文とかどうでもいい。俺は咄嗟に脇の山面にへばりつく。本能寺先輩も同時だ。三蔵と智里先輩もさっと避けてやり過ごす。
「う、宇佐美!!」
「ひっ……!」
三蔵が大声を上げる。まずい、宇佐美さんが避けきれていない。このままじゃ、轢かれるーーそう思った瞬間、彼女は右拳を石に向けながら叫んだ。
「もう……『やめてください』っ!!!」
その瞬間、宇佐美さんの体が発光して、岩は盛大な音を立て砕けた。ーー嘘だろ? 一体何が起こったっていうんだ……?
「は、はへ?」
「うさみん、大丈夫!? す、すごい……」
「……助かったな」
宇佐美さん、柊、閂先輩が、その場にへたり込む。だけど、どうしてーー? なんで岩は砕け散ったんだ? 俺が見た感じだと、まるで……「宇佐美さんが拳で岩を割った」ように見えたんだが……?
「皆の衆、怪我はないかー!」
助教も俺たちと同じように、山面に体をへばりつけたから助かったのか。俺たちにも『避けろ』とは言っていたな。だけど、本当にどうして宇佐美さんたちは助かったんだ?
「一体、何が起きたの……?」
当の岩を砕いた本人も理解していないようだ。近くにいた柊や閂先輩もぽかんとしている。
「光ったな、宇佐美の体」
「あ、ああ……もしかして、言霊を使ったのか?」
自分で言ってはみたものの、彼女が使った言霊なんてーーもしかして。
「『やめてください』、か?」
本能寺先輩が口に手を当ててつぶやく。
「え? でも、火も水も何の関係もないですよ?」
三蔵が疑問を述べる。確かにその通りだ。元素的なものを使っていないし、『やめてください』というのはただの否定というか……。
「『危ないのはお断りします』という強い意思、というやつだろう! 石だけにな!」
「助教、笑えません」
本能寺先輩が呆れるけども、宇佐美さんの強い意思……か。というか、『強い意思』も何も、誰だって怖い思いはお断りだよな。
「でも、ある意味その『意思』を含む言葉は強いのでは……? 場合によっては『自分自身に魔法をかけている』とも取れる」
「一種の自己暗示というやつだな!」
「自己……暗示?」
三蔵の言葉を助教がわかりやすく大きな声でまとめると、聞いていた宇佐美さんが驚いたように言った。自己暗示か。
「……これって、もしかして『自己暗示』だから、直接的な攻撃魔法にはならないの? 岩が砕けたのに?」
柊も声を上げる。まぁ、でも自分を強化する魔法なんかは、ゲームの世界ではあるよな。MP自体は減るけども、攻撃魔法よりはコストはかからなかったような……。
「あの、うさみん、空手とかやってた?」
「ううん、武道の経験はないよ。でも、私が岩を砕いたんだ……はふぅ」
「い、1年!」
智里先輩が支えるが、宇佐美さんは気絶した。あちゃー。彼女はMPは高いんだけど、刺激が強いとこうなってしまうんだよなぁ。
「大丈夫か、1年! 助教! 救護者ですっ!」
閂先輩も心配する。助教はなんとかしてくれるのだろうか? 俺たちが見ていると、助教は「やれやれ」と言った感じで宇佐美さんに近づく。滝行でも山登りでも大丈夫だったけど、やっぱり彼女にパラレルユニバースムはきついのか……。
助教は宇佐美さんに近づくと、呼吸を確認してから、たった一言告げた。
「『起きろ』」
その瞬間、ぱっと宇佐美さんは目を覚ました。
「あ、あれ? 私……」
「お主は自分の潜在能力に驚いて気絶していたのだよ。だが、もう大丈夫だ。あとはこれから自分自身の力をうまく活用していくとよい」
「……よくわからないですけど……」
漁火助教の言葉の意味がなかなか飲み込めない宇佐美さんに、柊が口添えする。
「多分、うさみんはMPが強すぎてパラレルユニバースムで暴走しがちってことなんじゃない?」
「天利先輩と同じタイプか……」
「あーこれは厄介だぞ、1年たち」
智里先輩と閂先輩が少しだけ俺たちを憐れむ。天利先輩と同じ……そう言えば言っていたな。彼女の場合、『酔うと異世界に飛ぶ』って。確かに目は離せない。
「宇佐美の場合は、『魔法で暴走しかねない』と言ったところか」
「……まぁ、パラレルユニバースムに来るときは要注意だな……」
今みたいに自分を守るためにうっかり言葉が『呪文化』するくらいならいいけど、他の実習で暴走したら少し怖いかもしれない。
「MPが高い人間にありがちなことである。そんなに気にするでない!」
助教が大雑把にフォローする。そうだな。深刻に考える必要はないか。というか、そもそもパラレルユニバースムってそんなに危険な場所なのか? 俺たちが飛ばされたところの難易度が毎回高いだけだろう。今回だって、入学して間もないのに助教の手伝いで、講義でやる以上のところにいるわけだし。
「……貴重な体験をしているのか……」
俺がごくりとつばを飲むと、三蔵も意味を理解したらしい。
「ああ、高校の時とは全然違う……。大学は『教えを乞う場所』ではなく、『研究機関』なのだな……」
神宮寺教授や漁火助教が「神学部落ちは呼んでいない」と言った意味がわかった気がする。大学は、就活の足がかりにするための場所ではないんだーー。




