第24話
「どうかしたか? 黒巣……ん? 鹿か」
三蔵も気づくと、本能寺先輩も足を止める。
「驚かしたらかわいそうだぞ?」
「いえ……そうではなくて」
そんな話をしているうちに、鹿は列の後ろのほうへと走っていく。
「鹿……」
「鹿だぁ!」
「やっぱり自然なんだね」
「だけどこの鹿……」
閂先輩も気づいたのか? あの鹿、目が赤く光っていたっていたこと。俺は少しだけゾッとした。あの鹿の目は、まるで何かの警告をしているかのようでーー例えば「これ以上山に入ってくるな」とか……。
「鹿って、神様の使いっていうよね」
柊の言葉に、なおさら確信を深めた俺は、助教に告げる。
「助教、鹿、何か言いたげだったような……」
「ああ……だが、もう頂上はすぐだ。一応、山の神にはお邪魔する旨お伺いを立てたのだが……」
パラレルユニバースムの山の神にも、事前にお邪魔することを確認するのか。だが、確かに頂上はもうすぐ。鹿はもしかして、頂上の守り神とか? この先立入禁止と言われても、ゴミ拾いなど善行は積んできているつもりなんだけど……それこそが人間の欺瞞なのだろうか。もともと人間が山に立ち入らなければ、ゴミなんて出なかったわけだし。
「……警告して当然じゃない? 子連れだったよ?」
「え!?」
柊のあまりにもあっけらかんとした声に、俺たちは素っ頓狂な声を上げる。智里先輩、宇佐美さんも同調する。
「よく見ていなかったのか? うしろに子鹿がいたぞ。山の神に伺いを立てていたとしても、子連れの鹿はびっくりするでしょう」
「子ども連れだったら、確かにお母さん鹿は得体のしれない人間を見かけたら怖がるよね……」
「俺はそこまでよく見てなかったけど、本当にここは大自然の中なんだなぁ!」
閂先輩も呑気なことを言っている。子連れだったか。でも、ただでさえ俺たち人間は、この山に「お邪魔しているよそ者」の立場である。簡単に言うと、大きな山というお屋敷に赤の他人が侵入しているような状況だ。俺たちに害意はないとは言え、自分の家に赤の他人が入り込んでいたら、そりゃあ怖いだろうし威嚇もするだろう。
「山頂に着いたら早々と下山しよう。せっかく善行を積んでいても、山の住人に迷惑をかけたら元も子もない。しかし、パラレルユニバースムの山にも鹿がいるとは……」
助教はどこからかメモを取り出し、書き込んでいる。本当に奥深いな、パラレルユニバースムは。
「そう言えば、前に私たちはぐりふぉんさんに会いましたよ!」
後ろから宇佐美さんが助教に話しかける。パラレルユニバースムには、意外と動物やら他の生命体がいる。実際俺たちはグリフォンに遭遇して、逃げ帰ってきたわけだし……。
「今回は魔法の出番はなさそうだけどねぇ」
柊が気楽に言う。滝行や長時間登山とかいうきついことはしているけども、この間のようにグリフォンに襲われるよりはマシなのだろうか? 滝行や登山もとんでもないけどもな。
「グリフォンに遭遇したのかよ、1年は」
閂先輩が驚いたような声を上げると、智里先輩と本能寺先輩も反応した。
「レベル20の場所ってグリフォンが出るのか……俺たちが行かなかったら、本当に命が危なかったんじゃないか」
「いや、俺たちでもグリフォンの対応ができたかどうか……」
先輩たちもそんな感じだとしたら、本当に俺たちだけでグリフォンを撃退できたのって奇跡じゃないか。
「あのとき、くろっちが機転を利かせなかったらヤバかったよね!」
「私は気絶してしまって……本当に情けなかったです」
「でも、今回のパラレルユニバースムは、魔法の出番はなさそうだな?」
魔法を使わなくていいのなら、それに越したことはない。
「……というか、助教。ガスバーナーなんか使わなくても、パラレルユニバースムなんだから魔法で火起こしできたのでは?」
俺がたずねると、助教は首を振った。
「確かにその通りだが、ここはパラレルユニバースムと言っても山は山である。魔法で火起こしすることは可能であろうが、それを消火するためにも魔法を使うだろう? そもそも我の研究は、『パラレルユニバースム内で善行をした場合のMPの変化』だ。MPを使っていたら、測定できぬだろう?」
まぁ、当初の研究課題はそこか。確かに魔法を使ってしまったら、MPの変化なんて測定できなくなるよな。
「だけど善行って、本当にゴミ拾いだけで足りるのかなぁ? 鹿サン驚かせちゃったよ?」
柊の声が聞こえる。神の使いを驚かせたのは、不覚だったのではないだろうか? 俺が助教に目をやると、今まで器の大きなところしか見えていなかった助教が、珍しく少し焦りを見せていた。
「うむ……確かにその通りである。山の神に伺いを立てても、鹿を驚かせてしまってはな……。研究は何事にも敬意を払わなくてはならない。我はそこを少々ぬかったのかもしれぬ」
「敬意か……」
三蔵も考え込む。この場合、山に敬意を払わなければならなかったってことか? 山に敬意ってどんな風に払えばいいのだろうか。
「祝、地鎮祭的なことはお前が得意だろう? 何かいい案はないのか?」
本能寺先輩が声をかけるが、閂先輩は下方から「うーん」と唸り声を上げている。
「僕も地鎮はできるが……やはり讃美歌か?」
「山の歌っていうのはありますけど、どうなんだろう?」
柊が疑問符をつける。
「しかし、歌が禁止の宗教と言うものもあるからのう」
「じゃあ、やっぱりやまびこが一番なのでは?」
助教の声に、宇佐美さんが手を叩く。やっぱりここでの最善の魔法の言葉は「やっほー」ということか。
「なんだ、私たちは山に登る前に最善の魔法を知っていたということか」
三蔵がそうまとめたとき、大きな音がして地面が振動する。大きな音は、だんだんと近づいてくる。
「な、なんだ!?」
「う、うわ! あ、あれはーー!!」
俺たちは今起きていることに目を見開いた。
なんてこった! 嘘だろ!! こんなことって実際にあり得るのか!? まるで漫画や昔のアニメみたいに、大きな丸い岩が頂上からすごい勢いで転がってくる。
「こ、これが本当のローリング・ストーン……」
「三蔵、言ってる場合か! 閂先輩! 岩が転がってきます!! 下がって!! 柊と宇佐美さんも!!」
「えぇっ!?」
「きゃぁぁ!!」
「逃げるぞ、みんな!!」




