第23話
それにしても、本当にだいぶ歩いたな。かれこれ8時間か。途中滝行があったり、弁当を食べたりはしたが山頂に近づいてはきていた。
「トレッキングくらい気楽な感じでとは言っていたが……」
少し気分が明るくなってきたとは言え、やはり過酷なものは過酷である。俺が軽くぼやくと、三蔵がたしなめた。
「何事も気持ちからと言うだろう? もっと君は前向きになったほうがいい」
「仏門女子、なかなかいい事を言うな。その通りだぞ、1年」
本能寺先輩にも言われる。聖職者志望に挟まれると、こんな感じで強制的にマイナス思考からプラス思考に転じさせられるのか。いいことかもしれないけど、精神的に削られるな。そう思ってしまうのは、やはり俺がまだまだ弱いからなのだろうか。
俺以外の1年は、結構前向きでポジティブだなと今更ながら痛感する。三蔵は首席を目指しているし柊も三蔵をライバル視しながらも楽しそうだ。宇佐美さんは宇佐美さんで、マイペースながら呑気にやっている気がする。なんだか俺だけか? メンタル弱いのは。とは言え、山登りは大変である。前向きな気持ちねぇ……。でも、一切観光色はない。普通、トレッキングだとか山登りって、もっと自然の写真を撮ったりとかしないのだろうか? そもそもこんなにスマホが普及しているのに、俺たちの周りはあまりSNSにアップするために写真を撮りたい! とかいう面子がいない。昨日の弁当作りだって、『いわゆる普通の大学生』だったら、『今みんなで弁当作ってまーす☆』とか投稿するために写真を撮るもんじゃないのか? 俺は後ろのメンバーを見る。俺がみんなのアカウントを知らないだけで、実はこっそり写真を撮っていた……とかはないか。料理のときにスマホを持っていたやつすらいなかった。
俺たち1年は、普通の大学生と感覚が違うのだろうか。まぁ……確かに違うかもしれないな。俺や三蔵、宇佐美さんは実家が何かしら聖職関係だし、柊に関してはもともとそういうものに興味がないのかもしれない。
色々考えたが、そもそも論、この俺たちが来ている『パラレルユニバースム』ってなんだ? 入学式のときにいきなり転移魔法で空間移動させられたけど、そのときはみんなパニクっていて『スマホで写真撮ってSNSにアップだ!』なんて余裕のあるやつはいなかった。俺はハッとして、本能寺先輩に声をかけた。
「先輩、パラレルユニバースムにラジオ電波は入るかって実証実験はやらないんですか?」
「お、そうだった。スマホとラジオの電波だったな。助教、ちょっと止まってもらっていいですか?」
「うむ」
助教を止めると、本能寺先輩は智里先輩と閂先輩に声をかけた。
「総ー! 祝ー! スマホとラジオの電波を確認するぞー!」
「三蔵、スマホは結局持ってきたか?」
「私は置いてきている。滝行があると聞いて、スマホが水に濡れたらよくないと思ってな」
それも正しい判断だろう。三蔵の代わりに、柊が手を振った。
「ボクが持ってきてるよ!」
三蔵と宇佐美さんは置いてきたようだが、俺も惰性でリュックにスマホを入れていた。まぁ、こんな山道でスマホいじりなんて当たり前にできないし、ゴミ拾いはともかく滝行というとんでもないことをやっていたのだから、スマホなんて現代の産物を思い出す余裕などなかったが。スマホを取り出すと、電波が入っているか確認する。ーーしかし、当然というか、圏外だった。
「こっちは圏外です!」
俺が告げると、ラジオを持ってきていた智里先輩が音量を上げる。しかし、ザザッという砂嵐の音しか聞こえない。
「……ラジオも電波が入らなさそうだ!」
「まぁ、そうだろうな」
助教があっさりと言う。最初からわかっていたのだろうか? 助教は俺たちを見て言った。
「もともと山の電波状況は悪いものだからな。地方でも、あまりラジオの電波が入らないところがあるだろう? それと同じだと言える。これがパラレルユニバースム独自のものかは、他のレベルにも行ってみないとわからないとは思うけどもな」
言われてみれば、その通りだろうなってところか。離島の山では山頂まで登らないと携帯電話が使えないとか、使えたとしても隣の離島の電波を利用しているとか、そんな話も聞いたことがあるからな。
「でも、写真自体は撮れるんじゃない? まだ山頂じゃないけど、途中の記録として写真撮ろうよ!」
柊が発案すると、助教が乗った。
「記録写真か。確かにそういうものも必要ではあるな。しかし、写真自体は撮れるのか?」
俺はパラレルユニバースムについてよくわかっていないけども、助教も理解していないのか。ここはVR的な何かだと思ってはいるのだが、写真に残せるものなのか? 改めて考えてみると、よくわからない。というか、そこまで考えがいたらなかった。
俺は試しにその場で自分の足元の写真を撮ってみることにした。
カシャリと音が鳴ると、カメラ自体にはきちんと風景が残っている。俺はスマホを本能寺先輩経由で漁火助教に見せた。
「ふむ……これはVR空間で言うところのスクリーンショットと同じと考えていいのだろうか」
ああ、なるほど。スクショか。そう言われると合点が行く。スマホが返ってくると、俺は画像を消した。どうせ撮るならしっかり撮りたいと思ったからだ。スマホの容量的な問題である。
「写真が撮れるということは、レベル15の山の状況を記録できるのではないですか?」
宇佐美さんが言うと、さっそく「なるほど!」と言いながら閂先輩が山の風景を撮り始める。柊も負けじと辺りをカメラに収める。最早学年は関係ない。今回は一応、共同研究だからな。
「これ、あとでレポート提出とか言われない!?」
柊……そこを心配していたか。助教のほうを見ると、本人は堂々と笑っている。
「我からレポート提出はさせないが、まぁないよりあったほうがいいかのう。というか、言いだしっぺは3年生だよ」
「祝! しっかり写真撮っとけ!!」
「よしっ!」
本能寺先輩と智里先輩が大声を出す。本当に研究熱心だな、うちの学部の人たちは。勉学の熱に圧倒されていると、俺の横でがさり、という音が聞こえた。振り向くと、そこにいたのは一頭の鹿ーー。
俺は鹿の目を見て驚いた。まるで警告をしているかのように、赤く光っていたからだ。




