第22話
食事が済むと、後片付けだ。俺たち1年はおにぎりを包んできたラップやアルミ箔をゴミ袋に入れるだけだが、カップや重箱などもある。お茶を飲み終えると、助教はそのままビニール袋に道具をしまった。
「助教、ここからあとどのくらいですか?」
「そうだな、もうだいぶ登ったから、あと2、3時間で山頂に着くだろう」
結構来たほうなのか。この場所から風景を見ても、正直山林があって、どのくらいの高さかはわからないと言ったところだ。これが他の岩肌がくっきり見えている山ならわかりやすかったのかもしれないが……。
俺たち一行は、またリュックサックを背負う。
「準備はいいか? 再び出発だ!」
助教の掛け声とともに、先ほどと同じ隊列を作ると、山登り再開。あと2、3時間ーーだいぶ先が見えてきたな。俺は少しだけやる気が出てくる。終わりが見えていれば、ある程度気が楽だ。それは俺以外のメンバーも同じだったらしく、少しだけ場の雰囲気が柔らかくなった気がした。
山道は急なところもあれど、整っている場所もある。さっき通ったような川ーー板みたいな橋を渡るのはもう嫌ではあるがーーみたいな場所や、獣道みたいなところもある。でも、細くはなく、割と幅がある道が多い。とは言え、一列で歩かなくてはならないことには変わりないが。
「この先ちょっとぬかるんでいるから、気をつけなさい!」
「はーい!」
助教が大声で注意喚起をすると、みんな返事をした。温かいお茶を飲み、弁当を食べて幾分リラックスしたのか、いよいよ遠足みたいな感じになってきた。「遠足」というにはあまりにもハイレベルで過酷ではあるけども。でも、不思議とリュックサックの重さは感じていなかった。色々荷物は背負っているのだが、もしかしたらリュックの作りがよかったのかもしれない。よくあるだろう、「人の骨格に合わせて設計している、重さを感じにくいデザイン」とか。もしかしたら登山専門店で購入したのが、そういう類のものだったのかもしれない。ラッキーだ。
しかし、助教の言う通り、この先の道は少々ぬかるんでいて歩きづらい。さっき小降りだけど雨が降っていたからだろうか。ぬかるみに足を取られないように、慎重に進んでいく。
「わっ」
「ん? 三蔵、気をつけろ」
「ああ、ありがとう」
転けそうになった三蔵が、俺のリュックサックに軽くぶつかった。山登りや山歩きは集団行動だ。ひとりコケたら皆コケる。
「山歩きって難しいな……」
「俺もそれは思った。助教、歩くペース少し速いですよ!」
俺がつぶやくと、本能寺先輩が助教に声をかけた。
「ああ、すまない! この辺はゆっくり行こう!」
助教は修験者的にこういう道にも慣れているのかもしれないけども、俺たちは山登り素人だ。一度ゆっくりと後ろを振り返る。なんとかみんな着いてきてはいるが、ペースを落としたほうがよさそうだ。だけど、最後尾に閂先輩が着き、中盤に智里先輩、助教の後ろに本能寺先輩が着くことで、1年を補佐しつつ助教との報・連・相を案外うまくやっているのか。3ぼーず先輩たちに少し感心した。適当に並んで歩いているだけかと思ったが、なかなかいいチームだ。俺たち1年も先輩に負けてはいられない。
「柊、宇佐美さん、着いてこれてるかー!?」
「ここはコケやすいぞー!!」
俺と三蔵が声を上げると、柊と宇佐美さんも返事をする。
「なんとか大丈夫だよ!」
「気をつけるー!」
「だけど……この辺は少し落石もあるようだな」
三蔵がつぶやいたのを耳にすると、俺も周りを見回した。もしかしたら雨で地盤が緩んでいて、山頂から石が落ちてきているのかもしれないな。
「この山はまだ自然が多いほうだが、木を切りすぎると山の土の水分が吸収されなくなってしまうのだよ」
三蔵の声が聞こえたのか、助教が説明してくれる。
「ちょっと立ち止まって、周りを観察してみようか」
足を止めると、全員その場でこの山の状況を見てみる。確かに木はあるのだが、雑然と生えているわけではなく、うまく整備されてはいるようだ。こういうのも林業とか色々俺が知らないような分野に関連することもあるんだろうな。このパラレルユニバースムはそう言ったものも再現しているのか……。
「老木もあれば、若い木もある。だが、どの木も土があっての植物だし、木があっての山だ。木がしっかりと根を生やしていなければ、このように落石や土砂が落ちてくるのだろう」
「さっき雨が降ったから……というだけではないんですか?」
宇佐美さんが質問すると、漁火助教は大きくうなずいた。
「木があることで、山は水分を蓄えることができるのだよ。それが滝になったり、川になって、ふもとまで流れたりするのだ。地理でやっただろう?」
「地理は覚えるのが苦手だったなぁ」
柊が言うと、三蔵も同意した。
「私もだ。地名の暗記は苦手で……だが、このように実地で学ぶという方法もあるのだな」
「仏門女子。暗記が苦手って、結構苦労するぞ。聖職者目標だとして、これからどうやって経文覚えるんだよ。俺たちは木魚叩いてりゃいいってもんじゃないぞ」
「うっ!」
本能寺先輩に指導をされた三蔵は、ダメージを受ける。まぁ……言われてみれば。
「私も聖書の内容は丸暗記していませんが、大丈夫でしょうか?」
宇佐美さんが智里先輩にたずねると、智里先輩が苦笑いを浮かべた。
「う……僕も正直なところ、聖書を全部読むことですら難儀でね……分厚いから」
「はっはっは! お主らもまだまだと言ったところなのだろう! 安心したまえ、人生は長いのだから!」
まだまだ……って、この山道みたいなんだなぁ、人生って。そんなことを考える俺は、少し達観しすぎか?
「学ぶことって本当にたくさんありそうだな」
「そりゃあそうだろう。私たちは1年なのだから」
三蔵よ、その通りだが、お前は5校落ちているからもう少し危機感を持ったほうがよさそうだぞ。そう思ったけども、口に出さなかった俺は少しだけ成長したのかもしれない。とは言え、確かに俺たちはまだまだ1年だ。ましてや入学して数日。学ぶことがたくさんあって当たり前。
「みんな、真面目だなぁ〜……って、ボクも負けてはいられないな! 何と言ってもこの学年の首席になりたいんだから!」
「私ももっとこれから頑張らないと……」
後ろのほうで柊や宇佐美さんも鼻息を荒くする。
「いい心がけだ。みんながこの大学で、素晴らしい成果を上げられるように願うよ」
助教はそう言うと、再び歩き始めた。ーートレッキング再開だ。




