第21話
ランチタイムとかいうおしゃれな感じとは程遠いし、「ピクニック気分」なんてものとは一切関係ないと言える山登りだ。空腹か? と聞かれたら、それよりも寒さで大変だったし。でも、温かい飲み物を口に入れたことにより、少しだけ何かを食べたいという気持ちにはなった。
「結局1年は何を作ったんだ? 一緒に料理したんだろう?」
本能寺先輩が俺たちを見る。俺たちはリュックサックから大きめサイズのおにぎりと、アルミ箔に入れた漬物、卵焼きを取り出し、各自テーブルの上に並べた。
「ふうん、結構ちゃんと作ってるじゃん!」
「栄養のバランスなどもよさそうだな」
閂先輩と智里先輩も感心してくれる。
「まぁ……味見はしてないんですけどね」
俺が言うと、宇佐美さんが笑った。
「おにぎりに味見も何もないと思うよ」
柊と三蔵も続く。
「卵焼きだって基本焼くだけじゃん?」
「漬物も、塩で揉むだけだな」
弁当だけども、いわゆる芸術的な料理とは縁が無い、まさに空腹を凌ぐための食事だ。
「先輩方も一緒に作ったんですよね? やっぱりおにぎりですか?」
俺がたずねると、3ぼーず先輩たちもごそごそと自分たちの荷物を漁る。
「俺たちは……じゃーん! これだー!」
閂先輩の合図で、3ぼーず先輩たちが弁当箱を開く。中から出てきたのは……。
「あ、カレーだ!」
柊が驚いた声を上げると、智里先輩が湿度で曇っているメガネを光らせた。
「そうだ。米が腹持ちいいということだったし、栄養面を考えるとカレーかと」
「俺たちもそんなに普段は凝った料理とかできねぇからな。でも、弁当箱のことを考えると、俺たちも素直に握り飯のほうがよかったか?」
「いや、カレーは何かあったときのために作り方をマスターしておいたほうがよかったからな。炊き出しのときの定番はカレーや豚汁だし」
閂先輩が笑うと、本能寺先輩が真面目に答えた。そうか、宗教家だと、炊き出しとかもやらないといけないことがあるんだな。親父やお袋も何かと祭りで料理してたな……。俺は食べる要員しかやってなかったけど。
「皆の衆、なかなか考えておるのう」
「そういう助教は何を準備したんですか?」
三蔵がきくと、助教はリュックサックから大きな風呂敷包みを取り出す。先程のテントといい、どこにしまっていたんだ。というか、助教は荷造りうまいな? コンパクトにまとめてあの俺たちとそんなに内容量が変わらないはずのリュックサックに詰め込んでるんだから、旅慣れているのだろう。
「我が持ってきたのは……これだ!」
助教が取り出した風呂敷の中に入っていたのは、重箱。柊と宇佐美さんが開けると、そこにはいなり寿司やら巻き寿司やらが入っていた。もちろんたこさんウィンナーもだ。
「はぁ……豪華だなぁ」
俺が思わずつぶやくと、漁火助教は豪快に言った。
「何。お主らはこういうときの弁当を知らなかったのか?」
「こういうときのお弁当……?」
宇佐美さんが首を傾げる。山登りのときの弁当ってことか?
「おにぎりがベストアンサーじゃないのか?」
「ボクもそう思うけど」
三蔵と柊が声を上げると、3ぼーずたちもやんややんや言い始める。
「炊き出しに関しては鍋で作るものだろうが……」
「まぁそうだよな」
「山で食うカレーもうまいぞ?」
智里先輩があごに手を当てて考え込み、それにうなずく本能寺先輩。普段は仲が悪くても、意見は一緒らしい。閂先輩は自分たちで持ってきたカレーに舌鼓を打っている。
「助教、弁当に正解も不正解もあるんですか?」
俺がたずねると、助教はお茶を口にしながら笑う。
「昔、催し物があるときは、大抵重箱を使ったものだよ。こういうように、みんなで分け合うためにな」
分け合う……か。大雑把で、とんでもない化け物のような助教だけど、色々考えているんだな。さすが教職と言ったところか。
「皆の衆も食べるとよい!」
「え、いいんですか!?」
宇佐美さんが聞くと、助教はまた盛大に笑った。
「遠慮するな! 山登りは体力勝負! よく食べるように!」
「じゃあ、遠慮なく……いただきます!」
閂先輩が自分のカレーよりも先にいなり寿司を口にすると、智里先輩が諌めた。
「祝、まずは自分の弁当を食べてからだ」
「そうだぞ」
本能寺先輩もまずは自分のカレーを食べ始める。冷えてもカレーはうまいはずだ。そう言えば、俺も一昨日カレーを作っておいたっけ。家に帰ったら今夜はまた残り物のカレーだな。
「ボクらも食べよう!」
「いただきまーす」
柊と宇佐美さんが声をかけると、一斉におにぎりにかぶりつく。俺が先に口にしたのは、梅干しだった。米は冷たいが、何はともあれ食べなくては。
「いいか? 食べて、エネルギーを燃やして体を温めることが大事だぞ。あと、よく咀嚼するように!」
助教の言う通りに、黙々と食事をする俺たち。たまに口にするお茶が温かい。
弁当を食べながら、俺はふと思ったことがあった。……あれ? これってもしかして、「最高の贅沢をしているのでは?」と。山に登っての弁当。確かに滝行は過酷だったし、実際今も寒いのだが……。お茶の温かみを改めて痛感することができたし、何はともあれ山の中で食べるおにぎりほどうまいものはないと一般的には言われている。まぁ、何度も言うが、寒いことには変わりないのではあるが。
気づくと、あっという間におにぎりを平らげていた。俺、もしかして腹減ってたのか? 自分でも気づかない速さで食べ終えていたので驚く。今まで寒さばかりに気を取られていたけど……。よく噛んで食べろとは言われていたが、三蔵や柊、宇佐美さんもペロリと食べ終えている。俺たちも早速助教の重箱のご相伴に預かる。美食とは言えないのだろうけども、大自然の中で食べる弁当というものはうまいのか。助教も自ら持ってきた弁当を食べているけど……これも助教自ら作ったものだよな? すごいな……。俺たち1年はおにぎりと少しのおかずを作るだけでてんやわんやだったのに、助教はみんなのこともしっかり考えて重箱をこの山道担いできたんだ……。器がでかすぎる。
そんなことを考えていると、いなり寿司がラスト1個になった。一同、しんとする。誰が食べるんだ……? でも、誰も手をつけない。すると、すっと本能寺先輩の横から箸が出てきて、いなり寿司をさらっていった。
「はっはっは! 残り物には福があるってな!」
結局そのラスト1つを食べたのは、作った本人である漁火助教だった。




